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第8章『Fin』03

 フェルセン王国宮廷では、国王の私室にペイロン財相と数人の王族が集まっていた。


 「さて、皆様、先ほど戦場からの速報が入りました」


 報告を始めたペイロンに、一同の視線が集まる。


 「残念ながら、我が王国軍は大敗を喫しました」


 「た、大敗……というと?」


 第2王子のスティーグ=トマスが、思わず椅子から腰を浮かせる。


 「ほぼ、全滅……とのことです」


 スティーグ=トマスは、悲鳴に近い声を漏らした。さすがに国王も、動揺を隠せない。


 「お父上さま、ご心配にはおよびませんわ。これも想定通りじゃないですか。ただちにプラン2を発動すればよいのです」


 「なるほど、なるほど。エリカの言う通りじゃな」


 「ペイロン卿、プラン2は、敵軍が王都に進軍してくるケースを想定したものだったな。やはり……迫っているのか?」


 「第一王子殿下、現在、王都境界壁付近まで近づいているようです」


 「それは……確かなのか」


 「はい、殿下。守備隊がベルマン王国旗を、目視確認しております。その数、およそ20万」


 「に、20万……。派兵した我が王国軍と同じぐらいの……大軍ではないか」


 「はい、殿下。王宮に残る騎士団2000では、とても防ぎきれないでしょうな」


 「ペイロン卿、プラン2発動、ということですね?」


 「おっしゃる通りです、エリカ妃殿下」


 「お父上さま、かねてからのお申しつけ通り、我が家は夫・スティーグ=トマス殿下ともども、すでに亡命準備はできております」


 「うむ、うむ。お前はいつも通り、万事ぬかりないのぅ、エリカ。レオン=ハンス、お主はどうじゃ?」


 「はっ、万端整っております」


 「ペイロン、亡命先への連絡は?」


 「すでに済んでおります、陛下。ただ、同行させる魔碯石の研磨技術者どもの準備に、いま少しかかりそうです」


 「うむ、急がせい」


 「お父上さま、この間に脱出の手筈をおさらいしてはどうでしょう」


 「なるほど、なるほど。よう気づいたのぅエリカ」


 「陛下、では私が……」


 第一王子が言いかけたのを無視して、エリカが国王に向けて手筈の説明を始める。いつもながら、この女の頭の中には国王の印象をよくすることしかない。


 「魔碯石研磨技術者の準備が整い次第、王宮の隠し通路から南側国境まで進み、私がエクレフ王国国境警備隊に亡命受け入れの密約書を提示します。そのままエクレフ側に高速馬車を用意させて乗車。エクレフ首都まで直行して国王に謁見し、クロンヘイム丞相の解任とペイロン卿の丞相就任を伝えて亡命政府樹立を宣言。エクレフ王宮の第二離宮をもって我が亡命政府の拠点とします」


 「うむ、うむ、それでよい。さすがエリカじゃ」


 「陛下、その手筈に一つ、つけ加えることを進言致したいのですが……」


 「申してみよ、ペイロン」


 「今回の敗戦の責任者として、レベッカ殿下の首を連合軍に差し出させることをお許しいただけないでしょうか」


 さすがに第一王子が、逡巡の意を表す。


 「いや、そこまでは……身柄の引き渡しに止めれば済むのでは……」


 国王も即断できずに髭を撫でていると、エリカがその背中を押した。


 「お父上さま……たいへん畏れながら……やむをえないように思えるのですが。亡命政府と連合国との友好関係のためには、いったんケジメをつけ、誠意を見せる必要があるのではないでしょうか。あ、もちろん、お父上さまのご意向次第でございますが……」


 「……そうだな。うむ、エリカの言う通りであるな。ペイロンよ、そのようにするがよい」


 「すみませんお父上さま、お義兄さま。出過ぎたマネをしてしまい……」


 「気づかいは無用じゃ。よくぞ申してくれた、エリカよ。そも、いまの進言は王太子から出るべきではないのか、レオン=ハンスよ」


 レオン=ハンスは、一瞬、不快な視線をエリカに投げたがすぐに戻した。生来おっとりしたこの男も、この女の要領のよさというのか小賢しさというのか、そのあたりに気づき始めて少し苛立っている。


 「お、お言葉ですが陛下、曲がりなりにも一族であるレベッカの命を奪う発言を、王族として軽々にはするべきではないと、配慮したつもりなのですが……」


 「ほぅ……ではその判断を下した余もまた、軽々であったと……そういうことか?」


 「いえっ! け、決してそのような……。私はただ、諸外国への心象を害することを、その、万一の悪評につながる可能性を、その、懸念したまででして……」


 国王は深く息を吐きながら言った。


 「レオン=ハンスよ、難しく考えなくてよいのだ……そなたは考えすぎるきらいがあるのぅ。もそっと単純明快でよいのだ。エリカを見習うがよい」


 「いえいえ、畏れ多いことですわ、お父上さま……私こそ、まだまだ熟慮が足りず、お恥ずかしいです」


 「ハッハッハッ! そなたは、謙虚にすぎるわい。もっと自信を持つがよいぞ」


 「……はい、お言葉、肝に銘じて努めます。あの、お父上さま、亡命後の各国との友好関係を強めるための方策をいくつか考えてみましたので、お手隙のときにでもお目通しくださいますか。亡命先から再びフェルセンに戻るためには、まず亡命政府を各国に認めさせ、その協力を得る必要があると思いましたので」


 ファイリングされた書類を献上する。


 「ほう、なるほど、なるほど。そなたのいう通りじゃな。やはりそのためにも、戦犯を明確にし処断する必要があろう。レベッカの首の差し出しは、欠かせぬな、ペイロンよ」


 「はっ。では、メルケルのもとに派遣してある副将に、その旨、指示致します」


 ペイロンは、内心でほくそ笑んだ。


 よし、これでいい。これで完成だな、こいつらも知らぬ私の真の目論見は……。


 ペイロンが魔碯石を取り出し、通信魔法を発動させようとしたところに――


 ドアが、ノックもなしに開いた。


 「こ〜れは、穏やかではありませんなぁ」


 「ノルデンフェルト卿?」


 「ぶっ、無礼ではないか、断りもなく入ってくるとは!」


 「非礼をお許しください、第一王子殿下、第二王子殿下」


 ノルデンフェルトが片手をあげて合図すると、その背後から次々に騎士が入室してきた。というより、乱入してきた。


 「なっ……なんじゃっ! 控えいっ、控えぬかっ!」


 威圧的に声を荒げる国王を尻目に、騎士たちは第一王子、第二王子、エリカ王子妃、ペイロンを取り押さえ、国王の周りも取り囲んだ。ノルデンフェルトは、エリカから一枚の文書を取り上げると、それをヒラヒラさせながらため息をつく。


 「やれやれ……まったくもって困りましたなぁ」


 「卿っ! 無礼でしょう! 返しなさいっ!」


 取り乱すエリカを、騎士たちが組み伏せる。


 「いやぁ、本当に困りましたなぁ。このように物騒な密約書が出てきてしまっては。挙句の果てに、王国救済の立役者であられるレベッカ王女殿下の首を差し出す、な〜んてことまで聞いてしまってはねぇ」


 「救済? バカバカしい。大切な国王陛下の軍を壊滅させ、敵の王都進軍まで許しておきながら、妄言をいうものね、ノルデンフェルト卿!」


 「壊滅? 王都進軍? ……何のことです、エリカ王子妃?」


 ノルデンフェルトは、自分の魔碯石を使い、王都境界壁の守備隊に連絡を入れる。


 「私だ。いまここに陛下もおられる。現状報告をしてもらおうか」


 「はっ。陛下、お聞きになっておられますか! どうかご案じになられぬよう。ベルマン軍は、王都侵入直前に進路を変え、全軍退去しております。おそらく、おそらく自国へ引き返すものと思われます! 」


 「な……何じゃと? 」


 「お喜びください、陛下! 我が王国軍も……約4万、凱旋途中です。多くの兵を失ったものの……陛下、侵攻軍を見事に撃退! 勝利です! 勝利です!」


 「どういう……ことじゃ」


 ヘナヘナと国王は椅子に崩れ落ち、王族たちも呆然としている。


 「レベッカ王女殿下は、果敢に戦場に立って友軍を奮い立たせ、負傷。生死の境をさまよわれましたが……い、命を……お命を取り留められ……くっ……ううっ……」


 守備兵は、感極まって言葉を詰まらせる。


 「殿下は……殿下はっ……お見事に王国をお救いになられました! 陛下、お喜びください! 我が王国軍は、まもなく王宮へ凱旋致しますぞ!」


 通信を切り、ノルデンフェルトは、王族たちに向けて諭すような口調で声をかける。


 「……お聞きの通りです、皆様。凱旋とはいえ、20万の兵は4万に減ったとのこと。これがどういう意味かお分かりですね? 」


 「わ、わかります……わかりますわ、卿! 」


 エリカは露骨にノルデンフェルトに笑顔を向ける。初めてではなかろうか、国王以外の者に、この女が擦り寄るのは。


 「よかった……本当に……安堵いたしましたわ! 大変な戦だったのでしょう……ね、多くの犠牲が……レベッカ殿下もよかった、お命を、ね、取り留められて、これでもう苦渋の選択をしなくても、ね、よくなりましたわ、民もこれで守られ……」


 「……まったく……あなたという人は……何というのか……」


 「誤解が、誤解があるといけませんから、卿、ちゃんとお伝えしなければ、ね、最悪の事態に備えておかなくてはならなかったから、最悪の事態でも王国を守るのが私たちの役割ですから、ね、苦しいこともやらなくちゃいけなかった……でも、よかった……もうこれで、そんなことをしなくても済むのだわ、これで本当に肩の荷が……」


 「……黙っていただけますか、そろそろ。聞くに耐えないのですが」


 「えっ? ああ、そうですわね。ご理解いただけましたか、私たちの本意を……」


 「……黙れと、言っている。君側の奸め」


 「ごめんなさい、黙りますわ。ただね、ほら、万一誤解があると……」


 ノルデンフェルトは、大きく息を吸い込むと、一気に吐き出した。


 「黙らぬかっっ! この恥知らずめっ!」


 エリカは、この上まだ弁明しようと言葉を探している。その様子にさすがに鼻白んだ面持ちで、国王が吐き捨てた。


 「……エリカよ、もうやめぬか。見苦しいぞ」


 「あの、ノルデンフェルト卿、私がお伝えしたいのは……」


 今度は国王を無視し、媚びを売る相手を変えたようだが、そんなものには一瞥さえせず、ノルデンフェルトは国王に目を向けた。


 「陛下、まことに遺憾ながら、もはや言い逃れはできぬかと」


 「貴様……誰に向かって物申しておる。余は、フェルセン国王であるぞ」


 「畏れながら、陛下……ここまで証拠がそろってしまいますと……密約書に、レベッカ王女殿下への仕打ち……」


 「黙れ黙れ! 下がれ、ノルデンフェルト! 国王への不敬は、重大なる罪であるぞ!」


 「王政評議会の総意として、私は、物申しております」


 国王は、湧き上がる言葉を、呑み込まざるを得ない。


 この国で唯一、国王に対して異を唱えることのできる機関。重大なる国家への裏切り行為に対しては、国王の罷免すらできる機関――それが王政評議会である。


 ノルデンフェルトの傍に、二人の男が立つ。レベッカを擁立する独立自尊派の首班、ドラク伯爵とビョルン子爵である。


 「陛下、レベッカ王女殿下を支持申し上げる我々独立自尊派と致しましては、こたびの殿下への仕打ち……首を敵国に奉じようとするなど……看過するわけには参りません」


 「黙れ! 貴様ごときが何を言うかっ! 控えぬよドラク!」


 「陛下、まだお分かりになりませんか。我々独立自尊派の真の首班は……」


 「ビョルン……貴様、まさか……」


 ノルデンフェルトに視線を移す。


 「お察しの通りです、陛下」


 ノルデンフェルトは、ニィッと微笑む。


 「潮時ではありませんかな、陛下。我が王政評議会としては、失礼ながら、王族の皆様の誰一人、王政を担うには相応しくないと判断せざるを得ないのですよ……ただお一人を除いて」


 「馬鹿なっ! レベッカごときに、何ができるのか! 魔法も使えぬあぶれ者に! 」


 「その殿下が、王国を救ったのですよ、陛下! あなたたちが安穏とこの王宮に閉じこもり、ご自分たちの保身のみに明け暮れて、挙げ句の果てに兵を見捨て、民を見捨て、亡命などという愚行を企んでいる間に! レベッカ殿下は兵とともに、文字通りその命を賭しておられたのですよ!」


 「……認めぬ……認めぬぞ、そのような謀反など……」


 「国王アードリアン=ミカエル・フェルセン! 王政評議会は、貴殿のすみやかなる退位を申し伝える! 第一王子レオン=ハンス、第二王子スティーグ=トマス、第二王子妃エリカ=ジョアンナは身柄を拘束し、処遇については追って伝える。財相ペイロンは現時点をもって解任。あ、そうそう……ペイロン卿には、別途問い糺したいことがあります。取調べ室でお待ちください」


 キッ、とペイロンはノルデンフェルトを睨みつけた。


 「あなたが密かに……お一人だけでエクレフ王国と取り交わしていた密約について……あぁ、それだけじゃ〜ありませんでしたなぁ。ベルマンへの内通の件も、エルドハウンの裏切りも……まぁ盛り沢山ですよ、卿」


 ペイロンは唇をかみながら、引っ立てられて行った。


 ノルデンフェルトは、ドラクとビョルンに向かって指示を出す。


 「さ〜てと、これで目の上の瘤は片づいたな。それじゃあ君たち、レベッカ殿下をお迎えする準備を整えてくださいな」


 二人は、深々と頭を下げた。


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