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第8章『Fin』〜エピローグ〜

 帝暦556年1月3日。


 フェルセン王宮では、午前中に新内閣発足の式典が盛大に執り行われ、午後からは庭園が一般市民に開放されて賑わっている。


 出店もたくさん出て、まさにお祭り騒ぎだ。あちこちから笑い声や子供のはしゃぐ声、客寄せの声なんかが聞こえてくる。人混みがきらいな俺も、なんだかほっこりしてくる。戦が、本当に終わったんだなと感じる。


 王宮内では、まだセレモニーが続いているが、そういうのも苦手なんで、抜け出してきた。ホントなら仕事部屋にこもって執筆でもしていたいところだが、夕刻には終宴式が控えているし、途中で呼び出しを喰らうかもしれないから、敷地内にはいるようにって、レベッカから釘を刺されている。


 つくづく窮屈になっちまったなと思う。


 新内閣はクロンへイムによる改造内閣みたいなものだが、新たに「啓発局」を設置。そう、自己啓発の「啓発」だ。丞相直轄で教育機関を取りまとめるお役所だ。

 その主眼は、『選択ノ書』の普及。老若男女、あらゆる階層にわかりやすく『選択ノ書』を編纂したり、講演会を企画したり……まぁこれまでメラニーと一緒にやってたようなことの延長みたいなところもあるが、規模が違う。国家規模ってことになってしまった。


 レベッカがその責任者、つまり「啓発局長官」。

 そして俺は、副長官……断りきれなかった。お役人だよお役人。

 ああ、まだ胃の辺りがピリピリする。ホント、あり得ない。組織も組織、お役所だなんて! 組織に属するなんて、前の世界であのブラック企業にいたとき以来だ。放っておくとあのときのトラウマが襲ってくるが、断りきれなかった。レベッカからの頼みだから……。


 レベッカのヤツは、例の前国王たちの売国騒動で一掃された王族に代わって女王に即位するんじゃないかとか、摂政として実権を握るんじゃないかとか、色々とウワサが飛び交ったが、そのいずれにもならなかった。


 なので、いまは国王不在で、第一王子が摂政となっている。これも大方の予測に反する人選だった。売国騒動にはあくまで国王や第二王子夫妻、ペイロンらにそそのかされ、第一王子はやむなく従ったってことらしい。レベッカ殺害にもただ一人、異を唱えたってことになっている。ホントかよとも思うが、いまとなっちゃ真相はわからない。


 ペイロンといえば、あの男、取調べでとんでもない事実がボロボロと露見した。


 裏で内通していたのはベルマン王国とエクレフ王国、それにダリアン王国。


 あいつの真の目論見は、亡命と欺いて王族たちをエクレフ王国に連れて行き、実のところはそこで監禁させて自分だけがフェルセンに戻り、丞相に就任して実権を握るってことだったらしい。その引き換えに、魔碯石の採掘権の半分と、研磨技術士の提供……そんな魂胆がエクレフと進んでたってことだ。


 そのために、まず将来的に魔碯石利権の妨げになると危険視したレベッカを片づけようと、ベルマンに彼女を売ったわけだが、外相でもありレベッカの個人的な旧知でもあるエルドハウンが、実行犯として最適だったってわけだ。エルドハウンはここ数年、魔碯石の不正斡旋に手を出していたことをペイロンに握られていたらしい。ったく、どいつもこいつも貴族どもは……。

 そうそう、レベッカのダリアンへの婚約話も、そもそもペイロンが国王に進言したとのこと。個人的には、これが一番、俺はムカつく。


 前国王や王族たちはすっかりペイロンに騙されてたわけだが、それだって売国行為には違いない。極刑は免れないと誰もが思っていたがーー禁固刑で済んでしまった。

 王族の禁固刑なんて、軟禁ということにはなってるが、実態は身分こそ剥奪されたものの、悠々自適の隠遁生活だ。こんなもん、罰でもなんでもないだろう。しかし、この沙汰についても、裏でレベッカが動いたらしい。あいつ、お人好しにも程がある。


 「トキ副長官、ノルデンフェルト侯爵がお呼びです。すぐに王宮の執務室までお越しください」


 ふぅ……まったく窮屈この上ない。やっぱりレベッカに言って、顧問とか御意見番とか、もっと自由なポジションに変えてもらおうかな。




 ノルデンフェルトの執務室に入ると、レベッカも、メルケルの爺さんも来ていた。あれ、アンディのやつも。そっか、こいつは騎士団副団長に抜擢されてたんだった。


 「イサクくぅん、悪いねぇ、お散歩中に」


 気づかいはありがたいんだけど、このイサクくぅんっていうの、どうにかしてほしいんだよな。イヤな寒気が走る。


 「皆さんにお越しいただいたのは他でもありません。レクライム党のことです」


 レクライム党――王政転覆を図る一党のことだ。前国王下の王政に不満を持つ連中が、あの侵攻戦争の頃から秘密結社化して水面下で勢力を伸ばしていたらしいんだが、なんとその首謀者が……。


 「党首、ジョシュア=ルカ・フォン・フェルセンから、たったいま声明文が届きました」


 そう、あの小僧が王族の分際で王政転覆をもくろむ首班って……なかなか面白いマネをやらかしたもんだ。


 「シモン先生、声明文っていうと? あのお坊っちゃん、何を伝えてきたんだ?」


 ノルデンフェルトは、ふふんと鼻で笑いながら、全員に向けて答えた。


 「どうやら彼らは、活動拠点を国外に移したようです。先ほど我が配下が確認したところ、ジョシュア=ルカの潜伏先は、もぬけの空でした」


 「ハハハッ! こりゃあいい! まるで反抗期の子供の家出だ」


 「いや、それがねぇ……あながち笑い話でもないんですよ。声明文にはまだ続きがありましてねぇ」


 一同の視線がノルデンフェルトに集まる。


 「今後、彼らは活動手法をテロリズムに移行すると書いてあります」


 「フム、面白いではないか。ちょうどサリアン少将を中心に治安軍を創設したところだ。そのような企みなど踏み潰してくれる」


 メルケルは自慢の髭を撫でながら、吐き棄てた。


 「心強く思いますよ〜軍相。ただねぇ……軍部内にもレクライム党のシンパが潜んでいるとの情報も入ってきております」


 「あり得ぬな。王国軍は一枚岩だ。いるはずがないわ、そのような不埒者など」


 いや、そうも言い切れないんじゃないのか。あのジョシュアが軍の中に入り込んで「オトモダチ」を多く持っていたのを、俺は知ってる。それだけじゃない。街中にも、国外にだってあいつの息のかかった仲間がいたんだ。いつどこでテロが発生してもおかしくない。


 ノルデンフェルトが、俺と目を合わせ、うなずいた。


 「彼の人脈を甘く見ないことです。何しろ以前、この私よりも先に、国外情報を掴んでいたこともあるのですから」


文は回し読みされ、最後に読んだレベッカがそれをノルデンフェルトに戻してから、一同に向かって頭を下げた。


 「皆さん、お詫びします。弟が仕出かしたということ、それに……レクライム党の活動指針が『選択ノ書』であるということ」


 「いや、俺が詫びるのが筋だろう。あいつには『選択ノ書』のレクチャーをしたこともあるし。みんな、申し訳ない……」


 重苦しい空気を、少しだけアンディが変えてくれた。


 「皆さん、まだ深刻なテロは何も起きていないのです。わざわざこんな声明文を送ってきたのは、我々に心理的な揺さぶりをかけようとしているのではないでしょうか。まんまとその術中にハマらないことです」


 「そうですね〜気を取り直しましょう。メルケル軍相、まずはサリアン少将にこの声明文のことを通達し、治安維持に総力を上げるよう指示していただけますか」


 「承知した」


 「アンディノウスくんはぁ、騎士団にこの件を共有し、王宮警備を徹底するよう団長に要請してください」


 「承知しました!」


 「私は、クロンへイム丞相のところへ向かいます。彼はセレモニーの主催者という立場上、この場にはお呼びしませんでしたが、そろそろ終宴式ですからねぇ。レベッカ殿下も、終宴式には出られるのでしょう?」


 「私は……啓発局に寄ってから参ります。リンド陪政官にこの件を伝えておきたいので」


 そっか、メラニーは陪政官として、今日、当庁してたんだった。


 「あ、俺もレベッカ……殿下に、同行します」


 「わかってるよ、イサクくぅん。キミは式典とか苦手だもんねぇ。いいんだよ、いいんだよ」


 この人、発達特性のあるヤツに寄り添える資質があるのかもしれない。この呼び方さえ改めてもらえれば……。




 啓発局は新設された部署ということもあり、まだ室内が雑然としている。これから片づけたり何なり準備が大変そうだが、人の活気だけはもう十分溢れている。


 局員は政府からの出向者もいれば、民間から招聘された者、軍から派遣された者、実にさまざまだ。寄せ集めともいえるが、多様ともいえる。これまでこの国にはなかった仕事をやっていくには、面白い人選だと俺は思っている。


 メラニーは、リンド商会の仕事と両立して陪政官という、まぁ顧問的な役割で招聘されていた。


 「……なるほど。その、レクライム党みたいに『選択ノ書』が悪用されないようにしないとダメですねぇ。講演会とかレクチャーとかの内容ややり方を練らないと」


 「頼むわね、メラニー。遠慮はいらないから、思いっきり案を出してちょうだい」


 「かしこまりました、長官閣下さまっ!」


 ピシッと敬礼のマネごとをする。


 「やっ、やめてよ、長官なんて……」


 「あのなぁ、それに『閣下さま』って……人前で呼ばれたら恥ずかしくて口押さえるレベルだぞ」


 「いやぁ、ちょっと言ってみたかったんですよぉ、先生」


 「あ、俺はセンセイのまま、なんだ」


 「あの……じゃあメラニー、あっちで案出ししましょうか、ね、あっちで……」


 「ああ、大丈夫よレベッカ。そういうの、私、一人で集中したい方なので」


 「あらそうなの? でもほら、一緒に考えた方が……」


 「大丈夫大丈夫。じゃ、ちょっと考えてきまーす」


 にべもなく断られ、レベッカはウロウロしながら、局員たちに声をかけては「畏れ多いですっ」と遠慮されている。


 「あの……レベッカ……」


 「あっ、あなた、それ手伝いましょうか???」


 「いえ! これぐらい一人で大丈夫ですよ!」


 「あのぅ、レベッカ?」


 「ああああっ、そこのあなた! 私もそれ、持つわよ!」


 「いえっ、めっそうもない! このようなことはお任せください!」


 局員たちがレベッカを避けてみんな別室に引っ込み、完全に二人っきりになってしまった。


 「レベッカさん……なんか……避けてません?」


 「なっ! 何を言うのかしらっ! 何を言ってらっしゃるのかしらねっ!」


 「レベッカ、まず落ち着いてくれるか。ちゃんと話をしないか」


 もう以前のように、遠慮だか先回りだか諦めだか投げやりだか、よくわからないような面倒な思考を、俺はしなくなっている。


 あの戦場で、レベッカを失うのではないかという思いをしたときに、もうそういうことはどうでもよくなったんだ。ある意味、肚が座ったというのか……。


 そんな雰囲気が伝わったのか、レベッカは、何かを観念したかのように、大きく深呼吸した。


 「……ふぅぅぅっ。まぁ、いろいろあったけれど、王国にとってはいい再スタートかもしれないわね」


 「そうだな。まさにゼロからのスタートって感じだな」


 「うん。大きく変わるわね、王国は」


 「変わってくれないと……たくさん犠牲も出たから、な」


 レベッカの表情が、一転して凛然としたものになった。


 「そうね。そうよ。あの人たちのためにも……変わらなきゃ」


 しばらく俺たちは、窓の外に目をやった。夕陽が空を黄金色に染めている。


 「……あ、そう、変わったといえば、あなたも変わっちゃったわね」


 「ん? そうか? うん、そうだよな。あの戦場で、パラレル・スライドってやつをやったらしいから……」


 「らしい……って、曖昧な言い方ね」


 「正直なところ、よくわからないんだ。確実な実感が無いっていうか……見た目が変わったわけじゃないし」


 「口調が……変わっちゃたわ」


 「え? そうかな……」


 「何だか、荒っぽさが無くなったっていうのか……お行儀がよくなっちゃったかも」


 「そうかなぁ……ん? なっちゃった……ってことは、前の方がよかった? なんか、変か? 」


 「いえ、そ、そうじゃなくて!」


 「身の丈に合わない……いや、違うな……合わねぇ感じになっ……ちまってるのか?」


 「違う、そうじゃなくて……」


 「あ〜もう、考えれば考えるほどわかんなくなる……()()()はどんな……」


 「違うってば!」


 真っ赤な顔で叫んだ。


 「……そ、そのままで……」


 「ごめん、声が小さくてよく聞き取れなかった……」


 「……バカ」


 「えっ? なんて?」


 「もうっ! いいのっ、そのままで! そのままがいいのっ!」


 子供のような口調で、もう耳まで真っ赤になっている。


 「うん、わかった。キミがそういうなら、それでいい。俺は、キミが望むことをするって決めたから」


 「……やっぱり、変わったわ。ちょっと……強引な感じ……」


 「そうかも。もう遠慮するの、やめたからな。心の内も、もう隠さないことにした」


 言いながら思い出す。戦場で、倒れて目を覚ます前に、感極まってレベッカに告白したこと。


 「……知ってる。聞こえてたもん……」


 ……えっ? えええっ? 聞こえてたって……こいつ、あのとき……意識が……。


 「ああっ! そっ、そーだ、俺、メラニーに言われてたんだった!」


 「なに? いきなり……」


 「いやぁ〜忘れてたよぉ、いけないいけない! なんかメラニーのヤツがさぁ、王都の古本屋で、お、面白いものみっけたって、ねぇええ」


 「ちょっと、私の話も……」


 「すぐ目を通してって言われてたんだったよ、うん。すぐにって言ってた。すぐにってことは、すぐにってことだからなぁ!」


 逃げるように、資料室に駆け込む。


 「ひ、冷や汗もんだぞ、あんな……恥ずかしいこと……聞かれてたって……仕切り直さねぇと」


 机の上に置いてある古本を、パラパラとめくる。本文なんか、とてもじゃないがいまは頭に入らない。


 がーー。


 巻末に、何かが挟まっている。


 「なんだ? 封筒?」


 中には紙切れが一枚。これ、ドイツ語じゃねぇか?


 

 Für meinen Sohn, Isaak.

 (我が息子、イサクへ)



 「え? なんだ、これ」


 読み進めるうちに、手が震えてきた。




 私は、もう一つの世界において、ビブリオエピロギスを使い、世界を変えた。

 しかし、変えすぎた。

 アウスヴァールは制御を失い、王国は崩壊し、多くの犠牲を出した。

 我が息子イサクも、その犠牲の一人となった。

 私は無数の世界の中から、最も私に近い息子を選び、この書を伝えることにした。

 私も「選択」したのだ。


 


 「……何なんだ、これ……。ワケわかんなくなってきた……」

 ワシャワシャと髪を掻き回す。


 「『選択ノ書』を使ってたヤツが……前にいたってのか……その世界って一体……それに、俺が、こいつに『選択』されてたって……あ〜もう、ワケわかんねぇ」




 ……とまぁ、堅苦しいのはここまでにしよう。

 息子よ、私ができなかったことを、お前に託す。

 ビブリオエピロギスを、今度こそはうまく使ってくれたまえ。

 第一巻は、アウスヴァールの構造について。

 第二巻である本書が、その制御について記されている。


 


 「ククッ……フフフッ……まったく、コイツ……」




 この第二巻をうまく活用すれば、

 第一巻に振り回されることはないだろうと思う。




 「いまさら第二巻って……気が利かねぇヤツだなぁ……もう十分、振り回されたっての」



 

 『選択ノ書』と真摯に向き合えば、まずお前自身が、少しずつでも変わるだろう。成長するだろう。

 私は、誰も信じず、誰からも信じられなかった。

 お前には、その轍を踏まないでもらいたい。

 息子よ、本書を、今度こそ活かしてほしい。

 お前の大切な、お前が信じ、お前を信じる者とともに。


 『選択ノ書』は、お前とその大切な者たちが選び、変わり、成長する物語でもあるのだから。


 アロイス・アーブラハム・カウツキー


  

 「……せめて、伴侶とともに、とか言ってくれよ。ホント……気が利かねぇなぁ」


 俺は、ワシャワシャと髪を掻き回す。


 封筒から落ちた写真の人物も、同じ仕草で写っていた。



 ~Fin~

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