第8章『Fin』02
敵軍の姿が消えた雪原で、メルケルと副将、参謀、生き残った将軍たち――ローデン中将、グランマン中将、サリアン准将――レベッカと俺、アンディとベル、そして旧侵攻軍からの合流組を代表してランデル少将が、一堂に介している。
「斥候からの報告では、我がフェルセン軍の生き残りは騎士団を含め約4万1千。それにこちらに合力してくださったベルマン王国軍の約20万。これが現在の友軍です」
参謀が手際よく報告を済ませると、ランデルが挙手した。
「当初、寝返り組は私の手兵2万と親しい将軍3名の手兵10万でしたが、その後、ベルマン全軍が私に同調しております」
「あなたが、ベルマン本国と掛け合ってくださったのですね、辺境伯」
「仰せの通りです、レベッカ殿下。まぁもともと我が国は今回の侵攻に完全には乗り気ではなかったのですよ。フェルセン王国を支配下に置いて魔碯石を奪取したところで、遅かれ早かれそんなものは枯渇する。もう魔法に依存しない仕組みを本気で考えねばならない時期なのです。『選択ノ書』はまさに渡りに船。その効果が戦場でも実証された以上、ベルマン本国に、貴国との協調路線へ舵を切らせるのは、さほど難しいことではありませんでした」
「ランデルさん、そうすると、他の侵攻国も歩調を合わせ、協調路線に乗り換えてくる可能性もあるんじゃありませんか?」
「あり得ますね。しかし、そうならない可能性もある。何しろ彼らは、ベルマンに比べると、元来、好戦的な種族ですからなぁ」
「だから、ともにフェルセン王都に凱旋せず、いったんここで解散して、ランデルさんたちは自国に戻るんですね? 万一ヤツらが攻めてきた場合に備えて」
「ま、そういうことです。幸いにして我が軍は、ほとんど無傷です。大負けして相当数を失った彼らが攻めてきたとしても、何とかできるでしょう。それに……これだけの数の軍で貴国に押し入ってしまっては、いまや友軍とはいえ、貴国にとってもあまり気持ちのよいものではないでしょう」
「承知しました。ランデル殿、このたびはまことに助けられた。あらためて礼を申します」
メルケルが手を差し出し、ランデルがしっかりとそれを握る。
「後日、正式に同盟のお話をしにうかがいますよ、メルケル閣下。その際は、私が全権大使でしょうなぁ。どうかヒスカルの雪辱をはらそうなどとお考えにならぬよう。お手柔らかに頼みますぞ」
ランデルは、悪戯っぽくレベッカに向かってウィンクした。
ベルマン軍がランデルの下、整然と帰路につく準備を始めたのを見計らってから、メルケルが俺たち一同に、あらたまった声で言った。
「……さて、諸君、ランデル殿の前ではできなかった話を、しなくてはならない」
メルケルは、サリアンに目配せをした。
「では、私から。結論から先に申しますと、これから王都に、通信魔法を使い、戦結果の速報を入れようと思います」
「おお、勝利報告ですね、准将!」
「奇跡的な勝利だ、国王陛下もさぞお喜びだろう」
参謀たちが沸き立つ。
「実は、私からメルケル総司令に先ほど上奏したのは、違う内容です」
サリアンが合図すると、配下の兵がなだれ込み、副将2名の両脇を掴んで確保した。
「なっ……何をするかっ、貴様ら!」
サリアンは、気持ちのこもらない礼をささげ、微笑んでいる。
「恐れ入りますが、王都に着いて事の次第がはっきりするまで、身柄を拘束させていただきます。ご容赦のほど」
副将たちは身を捩りながら、口々に罵倒の言葉を吐いている。
「実は、ある筋からの情報が入っております。こたびの戦、ハナから勝利はあり得ないと見越した政府内の一派が、適当なところで和議を持ちかけるよう副将の方々に密命を出していたと」
「バカな! 根も葉もないことを!」
「そうだ! いやしくも我らは国王陛下から直々に遣わされた副将だぞ。全軍の士気に水を差すような密命などあるものか!」
「けど、和議を進言してましたよね、軍議のときに」
俺は、思わず口を挟む。
「素人がわかったようなことを言うな! あれは、我が軍に多大な犠牲が出たのを冷静に分析して熟慮の末、やむなく進言したのだ」
サリアンは、立派な魔碯石を手に掲げ、副将たちにの方に向けた。
「まぁまぁ、そう熱くならずに。よくお聞きください」
魔碯石が明滅を始め、ノイズ混じりの声が聞こえてきた。前に、『選択ノ書』の講演会で地方巡業してたとき、ベルがやっていた通信魔法と同じやつだ。
ノイズが次第にクリアになり、あまりこの場には似つかわしくない軽い口調の声が、鮮明に聞こえてきた。
「やぁ〜、皆さん! ご機嫌はいかがですかなぁ」
すぐにレベッカが反応した。
「ノルデンフェルト侯爵!」
「おやぁ? その声は、王女殿下ですな? 少し、声にたくましさがついてきたのでは?」
飄々として聞こえはするが、この男、れっきとした王政評議会の中心人物だと、かつてレベッカが言っていた。
見ると、副将が二人とも顔が青ざめ、絶句している。微笑みをたたえるサリアンの眼に、残忍な光が刺す。
「お二方もよくご存知でしょう? 王国内でも群をぬく情報網をお持ちのノルデンフェルト侯爵です。この方がわざわざこのような形でお話になっているその意味が、おわかりですね?」
「サリアン准将〜、私がご提供した情報、お役に立ちましたかな?」
「もちろんですよ侯爵。もうお二方は、すっかり観念されたようです。今から私が皆さんにお伝えする内容も、察しているのではないでしょうか」
副将たちは、次第に震え始めた。
「和議の本当の目的は、ただ戦を終結させるためだけではない。その先に、真の狙いがありますよね?」
「……な、何を言っているのか、さっぱりわからん」
「わ、我々はただ、無益な犠牲を出さぬために……」
「そうですか。たいへん失礼ながら……あなた方はあまり賢くはないようですねぇ。シラを切るというのはね、相手側にまだ確証がない状況でこそ有効なんですよ。私たちはもう確証を持っている。ここでシラを切るのは、その確証の信憑性を上げ、単にあなた方と、その背後にいる者を追い詰めるだけだというのに……」
サリアンは、ネズミをいたぶるネコのようだ。
「では、終わりにしましょう。ノルデンフェルト侯爵、すべてお話ください」
魔碯石がまた明滅し、ノルデンフェルトの飄然とした音声が仔細を話すと、副将たちは凍りついた。
その様子を冷ややかに眺めながら、サリアンは部下にある命令を伝えた。
命を受けた部下は、帰路につき始めていたランデルのもとへと急行した。




