第7章『さよならの向こう側』05
王都中央通りの、とある一室。
ここは、メラニー商会が所有する武器屋の地下室。
この建物に地下室が存在することは、メラニー商会の従業員もほぼ知らない。なんでも現会長の先々代、つまりメラニーの高祖父が密談用に作ったものらしい。
かつて武器商人として暗躍していた時代もあるメラニー商会にとっては「負の歴史」の産物といえる。それでも現会長が迷った挙句に提供してくれたのは、ひとえに娘の身の安全を考えてのことだった。
「先生、大丈夫ですか、つけられてませんよね」
「……あのなぁメラニー、お前が用意したこの変装セット、もうちょっと何とかならねぇのかよ」
文句を言いながら、むしり取るようにして変装を解いていく。年配の女性が身につけるような帽子、ショール、ガウン、スカートそれにカバンから取り出した下着……。
「あっ、先生! ダメですよ、ちゃんと下着もつけてください!」
「できるかっ! そんなもん、つけてもつけなくても変わんねぇだろ!」
「変装っていうのはですねぇ、見えないところから成り切るのが大事なんですってば」
「お前それ、もはや趣味のレベルだろっ!」
「念には念を、です。次からは必ずそこまでやってくださいよ。先生だけの問題じゃないんです。私やうちの商会の安全もかかってるんですからね!」
「マジかよ……毎度毎度、趣味でもねぇのにガチな女装マニアみてぇなことやんなきゃいけねぇのか……」
「やってもらいます。やらずに後悔するよりやって後悔する方がいいんです!」
「どっちにせよ後悔するんじゃねぇか……それ、使い方、なんか違ってねぇか」
そこへ、アンディが入ってきた。
「おう、待ってたぜ……って、おいメラニー、いまさらだけどよ、何でこいつはフツーに私服程度で許されてんだ? 何でこいつだけ変装しなくていいんだよ」
「アンディさんは騎士ですもん。もし誰かにここに入るところを見られても、騎士が武器屋に出入りするなんて、ぜんぜん不思議じゃないですよ」
「そりゃそうだが……お前もメラニー商会の人間だからここに出入りすんのは当然ってことだろ? 何だか俺だけ貧乏くじ引かされてる感じだなぁ」
「まぁまぁ先生、そのうち快感になりますから」
「なるかっ! ぜってぇ、なるかっ!」
「……本題に入りましょう。我々には時間がありません」
「そ、そうですね……今日は先生からの招集なので、先生、どうぞ」
「うん……まず、レベッカのことだ。お前たちも気づいてるかもしれねぇが、あいつ、だんだんヤバい方に進んでるんじゃねぇか?」
「そうですねぇ。私も心気になってたんですよぉ」
「メラニーは、最近あいつに会ったのはいつ頃だ?」
「ベルさんのお見舞いに行った日が最後ですねぇ」
「そっか……。あんときの作戦会議じゃ、せっかくヒスカルで「選んで決める」ことに吹っ切れてアウスヴァールのコツも掴んだレベッカを、動きやすくしてやる方向でいろいろと俺たちの分担を決めたのに……あの野郎、議会であんな演説なんかやりやがって……思いっきり作戦無視だよなぁ」
「私もそれ、あの子に伝えようと思って何度も連絡したんですけどねぇ……ぜんぜん連絡が取れないんですよぉ」
「気になるな……あいつ、何考えてんだ」
「実は、気になるのはそれだけじゃなくて、あの、私、そもそもあの子が敵国から生還したことも、実は先生から聞いたのが最初で……直接は聞いてなかったんです。あんな、議会でのことだって……いままでなら、大事の前には真っ先に私に話してくれたのに……」
「妙だよなぁ、誰に言わなくたってメラニーには話しそうなもんだが……」
「そうでしょうか……僕は別段、不思議には思いません。虜囚の件も、議会での一件も国家の機密に関わることです。私的な関係者に話さないのは、むしろ公的なお立場上、当然ではないかと」
「え? ……まぁ、そりゃあ理屈ではそうなんでしょうけど……」
「まぁアレだな、それはそれとして……その、これまでの二人の関係性から見りゃあ、ちょっと水くさいってことだよな、メラニー?」
「……ですねぇ。なんか、雰囲気が違うっていうか……いまのあの子の立場を考えれば、きっと忙殺されて余裕がないのかもしれませんけどねぇ」
「それにほら、あいつのことだからさ、お前や俺たちを面倒事とか危険に巻き込まねぇようにって……配慮してんのかもしれねぇぜ」
「あっ、それあり得ますねぇ。仲間思いのあの子が考えそうなことですよ」
「私的な感情などではなく、あくまで上に立つ者としての公的責任感からだと思いますが」
「……アンディさんっ! 私的とか公的とか……そういうことじゃないと思いますけどっ!」
メラニーは、不快をあらわにした。
「あの子は……レベッカはねぇ、そういう杓子定規みたいな発想をする子じゃないんです。立場がどうとか……偉くなったからってあの子の人柄が変わったりするもんですか!」
「いや、僕はただ、姫はもう以前のお立場ではないということを……」
「だからっ! 立場なんて……」
「まぁ待てメラニー。そう熱くなるな、お前の気持ちはよくわかってるって」
「レベッカが何だか様子がおかしいし、アンディさんもなんか冷たいし……どうしちゃったのよみんなぁ……」
「アンディは冷静に見てくれてんだって。感情的になっちまったら物事ってのは正確に見られなくなる。な、メラニー、それは理解してやってくれよ。アンディ、お前さんもこいつの心情ってもんをさ、わかってやってくれねぇか」
「わかりました。そのように努めます」
メラニーは、まだ唇を噛んでいる。
「ただ、いまメラニーが言ったことは俺も気になってたんだ。レベッカは、ちっとばかり危険な状態じゃねぇかってな」
「危険って……どういう意味です、先生」
「オーバー・タグだよ」
「そう、ですね。それについては、僕も同感です」
「え? なに、どういうことですか?」
「あいつ、何だか生き急いでるように見えねぇか?」
メラニーは大きく目を見開いた。薄々感じてはいたことを認めたくないような顔だ。
「あ、悪ィ……ちょっと言葉がアレだったが……なんていうのかな、いろんなモンを一身に背負おうとしてるっていうのかな。和平交渉みてぇな場所に放り込まれたり、捉えられて命の危険にさらされたり……おまけに目の前に迫ってるとんでもねぇ脅威の矢面に立たされる羽目になっちまった。議会であんな派手に演説かましたってことは、徹底抗戦の言い出しっぺになっちまったってことだろ? あんだけ煽った以上、自分が戦の先頭に立たなきゃって……あいつのことだ、覚悟しちまってんじゃねぇかな」
「姫は、正式に作戦参謀の任を引き受けられましたね。次に侵攻が始まった場合、間違いなく戦場に出られるおつもりなのだと思います」
「戦意を上げるために自分から最前線に飛び込むとか、いまのあいつ、あり得るだろう? 選んで決めるにも程があるって話だよ。まぁったく、バランス感覚ってもんがぶっ壊れてんだから」
「いや先生、でも、さすがにそこまで無茶は……」
「そうだ、本来そんな無茶をするヤツじゃねぇ。けどな、ここまで前に出ちまった以上『いざとなったら、それも辞さない! その覚悟を持たなきゃ!』とか、どんどん重要性を上げちまってる可能性はある。そうなりゃ、オーバー・タグに陥って……」
「そうですね。その危惧に基づいた過剰な覚悟が、意図にすり替わり現象化する……『選択ノ書』的に考えるなら、そうなりますね」
「現象化するって……そんな……」
メラニーの脳裏に、戦場に散るレベッカの姿がよぎり、慌てて首を振って打ち消す。
「だから……俺があいつを止めようと思う」
「は? 先生が? どうやって……」
「実は……クロンへイムを通してメルケルの爺さんに、レベッカ付きの特任参謀として参戦させて欲しいってな……打診してたんだ。『選択ノ書』の大元の俺なら、あいつのサポートにうってつけだろうってな」
「ええええええええっ?」
「で、了承が下りた」
「先生、それこそ無茶ってもんですよぉ……」
「ハハハ! 大丈夫大丈夫、俺はあいつと違って責任感のセの字もねぇからな。あいつが無茶しそうになったら、首根っこ掴んで引き戻してやるさ」
「まぁたしかに、先生なら真っ先にヤベッとか言ってトンズラしそうですけどねぇ」
「トンズラって……なかなかの死語を繰り出すな……。けどまぁ、そんなとこだ。俺なら、絶対にわざわざ死地に飛び込むような、飛び込ませるようなマネはしねぇ。それにな……」
アンディに目をやる。
「あっ、ひょっとして、アンディさんが先生の護衛になるんですか?」
「ん? いやいや、それはないよ。騎士が護衛するのは、あくまで国王とか王族だからな。で、実はな、今日メラニーに伝えたかったのはもう一つ、まさにこのアンディのことなんだ……」
思いもよらないことが、メラニーに告げられた。




