第7章『さよならの向こう側』04
「おいっ、どうなってるんだ!」
ペイロン財相の執務室に血相を変えて駆け込んできたのは、第二王子・スティーグ=トマス。
「聞いたぞ! 議会で……好き放題やられたらしいじゃないか!」
ペイロンは、ゆっくりと椅子から立ち、スティーグ=トマスにソファを勧める。
「まぁ殿下、とりあえずお掛けください」
スティーグ=トマスは、熱気をまといながらソファに身を投げる。
「おいっ、そこの秘書! 走って来たから喉が渇いてるんだ、さっさと何か持ってこい!」
命じられた女性が一礼して、出て行った。
「殿下……どこまでお聞きですか?」
「レベッカのヤツを担ぎ出すヤカラが議員どもをそそのかしてっ、間抜けな議員どもが……まんまと煽動されたってところまでだ! 」
「レベッカ様のお言葉の内容は、ご存じですか?」
「徹底抗戦するんだろう? クソッ! こっちの計画が台無しじゃないか」
相変わらずザツな思考回路だ。おのれの利益が揺らぐ不安しか、この男は思い浮かばぬらしい。
「殿下、まず落ち着いてください。計画が頓挫することはございません」
「こっ、これが落ち着いていられるか! せっかくこれまで色々と……お、早いな」
先ほどの女性が戻って来て、テーブルにティーセットを並べた。
スティーグ=トマスは、大きめのカップに並々と入っていたぬるめのお茶を一気に飲み干すと、ティーポットから2杯目を注ぎ、今度は少し熱めのお茶をゆっくりとすすった。
「計画は本当に大丈夫なのか」
ペイロンは、お茶を持って来た女性にうなずいて感謝の意を示し、女性が黙礼で答えた。
やれやれ……彼女がお茶の温度に気配りしたことにも気づかぬらしい……フン、そんな甲斐性などあるはずもない、か。
「想定内ですよ、殿下。レベッカ様がこのところ支持者を増やしておられることも、その理由も、私はとっくに知っております。大丈夫、計画は続行できますよ」
「貴公がそう言うのなら、そうなのだろうが……」
「殿下のご不安、この私めもよく理解しておりますが、どうかお忘れなく。我らの計画はすでに国王陛下もご承認だということを」
「うむっ、そうだ、そうだな。父上もご賛同してくださっている!」
「議会が何を騒ぎ立てたところで、最終的には国王陛下の一言で決まるのです。よいですかな殿下、我々は最後の切り札を握っているのです。王国を危機に晒す徹底抗戦などさせるものではありません」
スティーグ=トマスの表情は、二転三転する。安堵して快活になったかと思うと、また別の懸念に襲われて顔色が曇る。
「しかし……ヤツが黙っていないのではないか……クロンへイムめが……あやつは父上も軽視できない男だ。これまで王国を好き勝手に操ってきたあの男も、いまではすっかりレベッカにたらしこまれて……徹底抗戦に傾いてるそうじゃないか」
まったく次から次へと心配事を引っ張り出してくるな。こういう輩は要するに心配事や不安が好きなのだ。趣味みたいなものだ。そのくせ自らが産み出した心配や不安の被害者のような顔をする。実に面倒くさい。
「先ほども申した通り、この国の元首は国王陛下です。クロンへイム丞相はあくまで陛下から政権を預かっている者にすぎません。最終的な決定は、陛下が行うのです。よいですかな殿下、これが、この国の仕組みなのです」
「そうか……そうだったな。うむ、わかった。それに……父上には貴公がついているしな」
「畏れ入ります、殿下。よしんばクロンへイムが押し切って徹底抗戦したところで、考えてもごらんなさい、勝てるはずがないではありませんか。過去2回は、たまたま幸運が重なって退けましたが、そんなものいつまでも通用するはずがない。次に三国連合が本気を出してあの圧倒的な兵力で攻めてくれば……いや、今度はもっと凄まじい数で押し寄せてくるかもしれない……勝てるはずがないのです。そうなれば……」
「貴公が以前から言っていることが起きるのだな。貴公がクロンへイムに敗戦の責任を負わせて辞任に追い込む!」
「あくまでも陛下の御名の下、です。私めは、陛下のご意向に従い組閣し、クロンへイムを戦犯として糾弾することを土産に、三国連合と和平交渉に臨みます」
「うむっ、うむ! 楽しみだぞ、ペイロン!」
つくづく、おめでたい男だな。この「プラン1」は、万事都合よく進んだ場合だ。実のところどちらでもよいのだ。「プラン1」がダメだったときには、「プラン2」に移行するだけのことなのだから……。
スティーグ=トマスは、鼻歌でも歌いそうな雰囲気で執務室を出て行った。ティーセットを用意した女性が、それを片づけている。
「ご苦労だったな。ずいぶんそれをお出しするのが早かったが、あらかじめ準備しておいたのだろう?」
「はい」
「お茶の温度や分量も、配慮したのだろう?」
「殿下は、かなり喉が渇いておられましたので、ぬるめのお茶をたっぷりカップにお入れしておきました。本来はもう少し熱い方が美味しいですから、それはティーポットの方に。ただ、殿下はお気づきではなかったようですが……」
「殿下は、あのようなお方だからな。まぁ、たまたま君が報告に来てくれていたときで助かったよ。引き続き、丞相を見張ってくれたまえ」
ヒルダ=クリスティン・フェルド――クロンヘイムの元に秘書として送り込んであるペイロンのスパイは、目礼すると、手際よくティーセットをトレイにまとめ、退室した。
誰もいなくなった執務室で、ペイロンが独りごちる。
「フェルドか……所作も気配りも、完璧だ。しかし、あれほどまでクロンへイムに心酔していた彼女が、まさかヤツを裏切ってスパイの話を受け入れるとはな……。崇拝していた丞相閣下が、どんどんレベッカ王女に傾倒していく姿に耐えられなくなったらしいが……クロンへイムもヤキが回ったな」
北向きの窓から、はるか先の空を眺める。あの空の下には、内通国の一つ、ベルマン王国が息を潜めている。
「まぁ何にせよ、あの優秀な秘書が持ち込んでくる情報はどこに対しても高く売れる……せいぜい役立たせてもらうさ」
ペイロンは魔碯石を取り出し、通信魔法を起動させた。




