第7章『さよならの向こう側』02
同じ頃、「作戦会議」のようなことが、王都の他の場所でも行われていた。
まず、王宮からほど近いドラク伯爵邸。
この王国では、ドラクのような中級貴族は全貴族の7割ほどを占め、領内から集めた年貢を国王に貢いで魔碯石の権利を確保・維持する、いわば魔碯石利権の上顧客のような存在であった。
その多くが自分や一族の分よりも多く魔碯石を購入し、領内の富裕な民や領土を持たない下級貴族に転売して利益を得るという構図が、もう長きにわたり定着していた。
ドラクもまた、つい最近まではそんな中間業者のような役割以外に、王政への関与などできない立場だっだのだが……ここにきて大きく状況が変化していた。
独立自尊派――近い将来の魔碯石枯渇を見越し、魔法に依存しない方法を中心に王政を改革しようとする一派が、このところにわかに勢力を拡大してきた。ドラクは、盟友ビョルン子爵を片腕として、この独立自尊派の首班を名乗っていたのである。
この一派はいま、レベッカ王女を支援し、彼女を擁して王政への発言力を増している。
エルドハウンの罠に落ち、敵国に捕囚された失態は、一転して、勇敢に敵国に潜入し奇跡の生還を遂げた英雄として評価を上げた。ついには60万もの大群を撤兵させたのも彼女の画策だったということにまでなっている。
本人とはまったく無関係に、尾ヒレというものは都合よくつけられていく。その背後には、必ずそれによって利益を得る者がいる。独立自尊派の台頭は、まさにその典型といえるだろう。
ドラクとビョルンは、次なる一手として、軍部に勢力を伸ばすことを目論んでいた。
「我々の申し出に快く応じてもらえて、嬉しく思いますよ」
ドラクは応接室を訪れた2人の将校に手を差し出した。
「こちらこそ、光栄です、伯爵」
握手に応じたのは、キルケ少佐であった。同伴者のクランツ中尉がその後から両手で握手した。
「軍部にも着々とシンパが増えております、伯爵」
「心強く思います。今日は、よくいらっしゃいました」
その後からビョルン子爵が少佐と中尉の手を握り、一通りの挨拶が済んだ。
ドラク伯爵とビョルン子爵は将校2人にソファをすすめてから、それぞれ椅子に腰を落ち着けた。
ドラクが口火を切る。
「ジョシュア殿下からも話はうかがっております。よくぞレベッカ殿下を救出してくださった。我々からも深く感謝します」
キルケ少佐はクランツ中尉に目で意思の確認をしてから答えた。
「実は……あの救出作戦は、もともとジョシュア殿下から持ちかけられたのです」
「なんと! そうでしたか!」
ドラク伯爵は思わず前に乗り出した。
「うむ、うむ、なるほど。納得できますよ」
「ジョシュア殿下は、たいへんな姉君思いですからなぁ」
ビョルン子爵が顔をゆるめながら3人に向かって同意をうながす。ドラクはそれに応じて笑って応えたが、後の2人は少し複雑な表情を返した。キルケに至っては、あからさまに眉間に皺を寄せている。
「どうなされた、少佐」
「失礼……レベッカ殿下があのような苦境にありながら……王族の方々は一体何をなさっておられたのかと……」
室内がしんと静まりかえった。
「たいへん畏れながら、ジョシュア殿下以外の方々はまるで他人事のように傍観されていたと聞いております」
「いやいや、それはほら、王族というお立場上、軽々しく……」
一つ一つ言葉を選びながら答えようとするビョルン子爵を、ドラク伯爵が手で制した。
「正直申し上げましょう……たしかに、そのような状況だったと、我々も認識しています」
「不敬を承知で申すなら、私は、憤りを感じております、伯爵」
キルケ少佐は拳を握った。その様子をドラクは見逃さない。
「いや、お気持ちはお察しする。危険を冒してレベッカ殿下をお救いに行かれた少佐だからこその憤りなのでしょう」
「護衛のヴィークストレーム殿は過酷な拷問で憔悴しきっておりました。レベッカ殿下はそれを目の前で見せられたようで……それでも気をしっかり持っていらっしゃった。お二人とも、見事なお覚悟を持ってあの苦難に立ち向かっていたのです。だというのに、王宮では……」
キルケが拳を膝に叩きつける。
「わかりますよ、少佐。レベッカ殿下はこれからの王国にとって無くてはならないお方。そして何より、これまでに二度も絶望的脅威から救ってくださった恩人なのですから」
「おっしゃる通りです伯爵。王族が殿下をお守りしないのなら、誰かがその役割を担うべきなのです。あなた方が独立自尊派を立ち上げ、殿下をお支えしつつこの国を変えようという志をお持ちと知ったとき、私は胸が震えました。ここにいるクランツもそうです」
クランツ中尉は、無言で、しかし力強くうなずいた。
「それで我々に接触を試みたのですね?」
「そうです、伯爵。懇意にさせていただいているジョシュア殿下のお取り計らいもありました」
「はっはっはっ……ジョシュア殿下が、何といいますか……たいへん交友範囲が広くいらっしゃることは存じておりましたが、軍部にもお仲間がおられたとは……あらためて驚いておりますよ」
「ただ、伯爵……我々も我々のシンパも、立場上、表立って行動を起こすことができません。そこで水面下で独立自尊派をお支えし、あなた方のお力で、何とか王政改革を成し遂げていただきたいのです」
「魔法に依存しない新しい王政……ぜひ実現していただきたい」
クランツ中尉が言葉を添えた。
「心強く思います、少佐、中尉。それでその……不躾ですが、どれぐらいいらっしゃるのでしょう……あなた方のシンパとは……」
キルケに促され、クランツが鞄からリストを取り出してテーブルに置いた。
「977名。昨日夕刻時点の数です」
ドラクは数十枚におよぶリストをパラパラとめくりながら息を呑む。びっしりと直筆の署名が並び、そのほとんどが士官・下士官クラスで占められている。
「こ、こんなに……」
「まもなく……数日内には1000名を超えるでしょう」
ゴクリ、とドラクもビョルンも溜飲を下げた。
「ご覧の通り、シンパのほとんどは士官・下士官クラスです。リストは1000名弱ですが、その下に忠実な兵たちもいると思ってください」
キルケ少佐の眼差しは、いたって冷静だ。それが逆に、ただならぬ覚悟を感じさせる。
「それはつまり……」
「伯爵……」
クランツが、リストを鞄にしまいながら言った。
「我らは、本気ですよ」
キルケ少佐とクランツ中尉が退室したあと、ドラク伯爵は窓際に立ち、パイプに火を点けた。それを見計らって、ビョルン子爵が声をかける。
「伯爵、我らにとっては願ってもない追い風ですな。あれだけの数が後ろ盾になれば、もはや政府も我々を無視することはできなくなるでしょう!」
「何を言ってるのだ、ビョルン」
ドラクは、振り向いて煙を吐く。
「その気になればクーデターもやれる……直接口にはしなかったが、ヤツらはそう言ってたのだよ」
「なっ……」
「この件、我々だけにとどめておける話ではないな……あのお方にも……」
「そうですね、ご、ご報告しなくては!」
同じ頃――
ドラク邸を辞したキルケとクランツは、足早にある男の執務室に向かっていた。
「上首尾でしたね、少佐」
「うむ。これで我々も動きやすくなる。軍部が露骨に政治に干渉することはできないからな。格好の隠れ蓑だよ」
「あのお二人、なかなかコントロールしやすいように思いました」
「所詮は、苦労知らずの貴族サマだからな。あの方の見立て通りだよ」
「ええ! あ《・》の方もお喜びになるでしょう」
「いや、あ《・》の方にしてみれば、わかりきった結果だ。次の指示を淡々とお出しになるだけだよ」
「なるほど。では急ぎましょう、少佐」
二人の将校は、いつしか小走りになっていた。




