第6章『SEVEN DAYS WAR』07
目を覚ましたレベッカは、見知らぬ天井をぼんやり見ている。
体のあちこちが痛い。
傷というより筋肉の痛みだ。粗末なベッドに長時間寝ていたせいかもしれない。
記憶は曖昧だが、ずいぶん長いこと寝ていたような感覚がある。
ベッドから起き上がり、しばらく頭を抑えてから室内に目をやる。壁の至る所に無数の小さな穴が穿たれている。たぶん弾痕だ。壊れたチェストやサイドテーブルなどが転がっており、激しい銃撃戦があったことがわかる。
窓には遮光カーテンがかかっている。筋肉痛に顔を歪めながらふらつく足取りでそれを開けると、眩い光が差し込んで思わず目を閉じる。
次第に目が慣れてくると、窓外は一面の銀世界。抜けるような青空には、高い位置に煌々と太陽が輝いている。
窓を開けると、澄んだ冷たい空気が流れ込む。体が求めるままに深呼吸する。
ノックの音がしてドアが開き、室内の様子に驚いた男がすぐドアを閉めた。駆け去る足音。程なく乱れた複数の足音が近づき、ノックと同時にドアが開く。
「殿下!」
真っ先に入ってきたのは……少し思い出すのに時間がかかったが、ベルと彼女を救出に来た男だ。
「殿下、わかりますか……」
レベッカは、コクリとうなずいた。
「……キルケ少佐……ですね」
キルケは踵を合わせ敬礼する。一緒に入ってきた部下たちが顔を見合わせ、口々に安堵の声をあげる。
「はいはい、通してくれ。道を開けんか」
白髪の白衣を着た老人が妨げとなる兵たちの頭を小突きながら入ってきた。
「失礼しますよ」
レベッカをベッドに座らせると、老人は脈を取り、下まぶたを引き下げて結膜を診る。
「軍医殿、いかがですか」
軍医は、いくつか問診してから答えた。
「大事ない。ご無事じゃ」
兵たちから歓声が上がる。レベッカはすかさず尋ねる。
「ベルは……騎士のヴィークストレームは? 無事なの?」
キルケのすぐ後ろに直立する兵士が、敬礼しながら答える。
「ご無事です! いま野戦病院で治療にあたっております!」
「ひどい傷なの……手足の爪が……」
軍医が飄々と答える。
「ああ、それは心配ご無用。再生します」
「えっ?」
「幸いにして爪母……根元の組織は無事でした。あやつはなかなか剛健ですから、まぁ3、4ヶ月もすれば爪は生えてくるでしょう」
「うぅっ……」
ここにきて一気に色々な思いが込み上げてきたのか、レベッカは両手で顔を覆い、嗚咽した。
「よかった……よかった……」
肩を振るわせながら何度か嗚咽は繰り返されたが、溜まった感情をすべて吐き出すまで、そう長い時間はかからなかった。
顔を覆う手が離れた時には、もう湿った感情をすべて処理できたのか、すでに責務を背負う王女の顔になっていた。
「キルケ少佐、今日は何日ですか」
レベッカの切り替えの速さに戸惑いながら、少佐が答える。
「て、帝暦555年12月2日、であります」
「救出してくれたこと、感謝します。それで、戦況は?」
「それは私からご説明しましょう」
サリアン准将が入ってきた。「笑う常勝将軍」の異名の通り、爽やかな笑顔をたたえている。
「いま殿下がおられるここは、オーストル砦です。昨日早朝、奪還に成功しました」
「撃退したのですか、60万の大軍を」
「奇しくも……勝ちました」
「……奇しくも?」
「はっ、我が軍は10万を投入、二手に分けて挟撃。地の利を活かしたとはいえ、圧倒的な兵力の差により当初、苦戦を強いられましたが……」
サリアンは兵たちに向かって手を広げた。
「この者たちが実によくやってくれました。ただ……何と申しますか……」
「何ですか、准将」
「はぁ……たいへん曖昧な申し方になるのですが……」
サリアンの説明は、確かに、いささかつかみどころのないものだった。
敵軍の足並みが、突如乱れ始めたこと。
明らかに失策と思わざるを得ない采配が、敵軍に立て続けに起きたこと。
絶妙のタイミングで大雪が降り始め、装備が十分ではなかったのか、敵軍の動きが一気に鈍ったこと。
追い打ちをかけるように、雪は猛吹雪となり、敵軍は凄まじい向かい風と豪雪を前に身動きが取れなくなったこと……。
とにかく、まったく予想も予測もつかない偶発的な好条件が重なったというのだ。こうなるともう、戦術だの戦法だのという話ではない。
「まぁとにもかくにも、今回の戦役は7日間で終了。またしても我々は撃退に成功したというわけです、ハハハハハ!」
見るからに明るく、運のいい男だとはレベッカも思う。
かつてメルケル軍相も言っていた。結局、戦では運のいい者が戦果を上げるのだと。それは戦の素人であるレベッカにも何となくわかるのだが……。
「こたびの7日間戦争は、『勝利の書』……要するに、魔法に依存しない新基軸が功を奏したのだと私は考えています」
笑いながら頭を描くサリアンは、軍服を着ていなければとても軍人には見えないかもしれない。
「しかしそれは……ご無礼ながら、殿下もご同様では?」
傍に立つキルケを指し、
「この者から報告を受けております。ヒスカルでも色々と……その……重なったと」
「アウスヴァール、したのですよ、准将」
サリアンは、学生が頭の中で記憶したことを思い出すような所作をした。
「アウスヴァール……選択! 選択されたのですね。うむ、わかります、わかりますよ、殿下。『勝利の書』にあったことです。我々もそれを実践したのです!」
「イサクっ……イサク・トキのレクチャーを実戦に使ったのですね、准将」
「そうです。まぁ、お恥ずかしい話ですが、あれほどの兵力差でしたので、マトモに戦ったところで結果は見えていました。半信半疑でも何でも、使えるものはすべて使ったというのが正直なところです……。兵の一人一人、全指揮官に至るまで、アウスヴァールを実践させました」
「現象が意図の通りになったということは、あなたが思うほど皆さんは半信半疑ではなかった、ということですね」
サリアンは頭を搔く。
「いやぁ、私以外は皆、信じていたのかもしれません……」
「いまでも半信半疑、なのですか?」
レベッカは、ちょっと意地悪な笑みをたたえた。
「いえ、いまでは私が誰よりも信じていると申し上げましょう。こたびの戦果は、メルケル閣下にも詳細にご報告申し上げてあります」
「軍相……ですか。最後の半信半疑の方かもしれませんね……」
「ヒゲの先まで戦場畑の軍人ですからなぁ」
おどけて見せたが、すぐに真顔になった。
「しかし、魔碯石枯渇問題がある以上、魔法に頼る軍制は改める必要があると私は考えます。殿下、私と同様の考えを持つ者は、軍内でも増えておりますよ」
サリアンは、メルケルの片腕の一人だ。この発言には、それ相応の重みがあると見てよい。
「つきましては殿下、早急に王都に帰還し、私からメルケル閣下にご報告……上奏した内容について、その……後押しをしていただきたいのですが」
「まず、その上奏の内容をお聞きしてから判断すべきかと思いますが、いかがでしょう」
サリアンが伝えたその内容は、少なからずレベッカを驚かせるものだった。




