第6章『SEVEN DAYS WAR』04
帝暦555年11月28日。
フェルセン王国王宮では、丞相クロンへイムが国王アードリアンⅡ世への状況報告を行っていた。
「……以上のように、東側国境の砦を占拠した侵攻軍は沈黙を守っており、撤退準備を進めているものと思われます」
「なるほど、なるほど。それで、撤退はいつ頃になるのだ?」
「それにつきましては、私めから……」
クロンへイムに同行して謁見した小男が甲高い声で申し出た。
ヨアキム=ヨハネス・フォン・ベイロン財相。
現内閣のナンバー2で、反レベッカの急先鋒にして魔法至上主義者と目される男。クロンへイムの政敵といってもよい人物で、財相という内閣の最重要ポストをもぎ取ったのは次の丞相の座を狙っての布石だといわれている。
「侵攻軍は、すでに撤退の準備に入っていると聞いております。その具体的な時期については現時点では確定情報がありませんが、まもなくではないかと思われます」
「陛下、それは私も聞いています」
第2王子のスティーグ=トマスが直言した。
「レベッカの身柄を3国連合に預けたのは正解だったということですよ、陛下。振り上げた拳を下げてもらうには、それなりの誠意を見せる必要があったのです」
スティーグ=トマスは、妻のエリカにバトンを渡す。
「レベッカ王女は、身をもって尊い犠牲になってくださったのですね。でも、こちらの誠意が相手側に伝わって撤兵されれば、王女はきっと無事お帰りになりますよ。これで真の平和が戻ってきます、陛下」
「うむ、なるほど、なるほど。エリカの言う通りだ。こたびの余の深謀を、お前はよう理解しているな」
「恐縮ですわ、陛下!」
エリカは深々と頭を下げながら、ペイロンに目くばせする。第2王子夫妻、それに第1王子夫妻や国王妃、側室に至るまで、いまや完全にペイロンと癒着している。王族たちはいまやその大半が、身の安全と魔碯石の利権を担保してくれているペイロンの支持者なのだ。
クロンへイムは内心苦々しい思いで、隣に立って得意気になっているペイロンを盗み見ている。
(まんまと出し抜かれたわい。こたびの謀略、こやつが陛下を担ぎ上げたに相違ない。差し詰めあの小賢しい第2王子妃あたりを巻き込んで上奏させたか。陛下の人を見る目の無さも………来るところまで来たな)
「じゃが、エルドハウンには、してやられたのう」
「はっ、仰せの通りです、陛下。まさか一国の外相が敵国への亡命を謀るなど……明らかに人選を誤ったとしか……」
第1王子レオン=ハンスは、だいたい国王の言葉に便乗し、言葉を置き換えた程度の発言しかしない。
「うぅむ……丞相、そなた何も気づかなかったのか」
「は、お恥ずかしい次第……」
「陛下、我々閣僚にも責任の一端はございます。どうか丞相をお責めにならぬよう」
「あのぅ、財相……あなたがエルドハウンを外相に任命したの? 違いますよね?」
「いえいえ、エリカ妃殿下、私めにはそのような権限などございません」
「……閣僚の任命は、すべて丞相たる私の責務でございます」
「あ、ごめんなさい……あなたを責めてるわけじゃないのよ。ただ、人を重用するというのは難しいなって思っただけ」
(そっくりそのまま陛下に申し上げたいところだ。このような小賢しい女などを重用するとは……)
「ただ……大丈夫なのでしょうか、丞相」
「わかっておる、財相。すでに手は打ってある」
「何だ? どうしたのだ?」
国王の問いに、ペイロンは、大袈裟な身振りで説明する。
「仮にも一国の大臣が敵国に亡命したのです。我が国の内情が筒抜けになるのではないかと。もし、我が軍の機密などが敵方に漏れてしまいますと……」
国王は狼狽して身を乗り出した。
「おおぅ! まずい……まずいではないかっ! それは困るぞ、丞相!」
第1王子、第2王子までがうろたえて椅子から腰を上げたり座ったりを繰り返す。動揺は妃たちにも広まって、口々に喚き始める。
「軍事機密が漏れてしまったら、また攻めてくるんじゃないのか?」
「ただでさえ兵力差があるというのに……どうするんだ? 防げるのか?」
「えっ、待って……平和になったのではなかったの?」
「そうよ、平和になったと聞きましたわ」
「だからっ、事情が変わったんだ! こちらの軍隊の……その……配置とか数とか、そういうことが丸見えになったら……」
「そうだ、そんな機会を無駄にはするまい……」
頭を抱えていた国王が、叫び声に近い声を上げた。
「ええい騒ぐなっ! 黙れっ!」
めったに声を荒げない国王の怒鳴り声で、王子たちはとりあえず静まった。
「……陛下、皆様、まずはお気をお鎮めください。手は打ってあります」
「丞相、大丈夫なのか? 信じてよいのか?」
「ご安心を、陛下。エルドハウンが知っている情報は、あくまで外交に関するもののみで、軍事機密は伝えておりません。また、万一に備え、すでにメルケル軍相に、軍制全般の変更と再編成を指示しております」
「そ、そうなのか?」
「はい。それに、そもそも外交に関する情報や記録は分散して管理しており、エルドハウンが持っているのはその一部にすぎないのです。我が王国の死活問題に関わるような最重要情報は、丞相である私の許可なくしては閲覧できません」
「そうか、なるほど、なるほど」
「では丞相、大丈夫なのだな? 我らに危害が及ぶことはないのだな?」
「ございません」
(やれやれ、これが次の王位を継承する第1王子の言葉とはな……臣民の安全よりもまず己の身の保全とは……)
「と、とにかくじゃ、万事よしなにやってくれ。何をおいても王宮の安寧が第一である。そのためにはどのような手段を講じてもかまわぬ、わかるな」
(あぶれものの姫の命など歯牙にもかけない、か)
「丞相、よいな。おおそうじゃ、財相とよく相談し、事に当たるように」
「……かしこまりました」
(危急存亡のこのときに……一枚岩で国難に当たらねばならぬこのときに、わざわざヒビを入れるような愚命を発するか……)
クロンへイムは深々と頭を下げると、礼服をひるがえし、謁見の間を後にした。
執務室に戻るや、待ち構えていたイサクがものすごい剣幕で突っかかってきた。
「どうなってんだ、レベッカが人質にされてからもう3日目だ、依然として砦じゃ撤兵の気配もねぇじゃねぇか!」
クロンへイムは暗い表情で訥々と答える。
「何度となく……ベルマン政府に要請はしておるのだが、のらりくらりと……」
「閣下、不躾ながら申しますが……これでは、単に戦争継続中にレベッカ様が捕虜になっただけ、という構図です」
アンディが見かねて言葉を挟み、さらに続ける。
「敵は撤退するどころか、国境付近に野営を張り、長期戦の構えを見せております」
「生きてるんだろうな……レベッカも、ベルも……」
「滅多なことでは殺しはせんだろう、王族とその付人である以上……」
「滅多なことだぁ? お前っ、ふざけんなよ爺さん! その滅多なことってのがもう起こってるかも知れねぇだろうが!」
「師匠、まずは落ち着いて。閣下を責めても何も解決はしないですよ」
「くそっ! だから俺は反対だったんだ。爺さん、あんただって内心反対だったんだろうが! 何でレベッカを止めなかったんだ……」
「師匠、やめましょう……いまとなっては過ぎたことです。僕も姫とベルはまだ無事だと思っています」
イサクは深呼吸して、少し頭を冷やしてから言った。
「……何で、そう言い切れるんだ」
「姫をターゲットにしたのは、それ相応の理由があるはずです。確証はないのですが、たとえば第一次侵攻戦で我々が大勝した背後に姫の存在があったことを突き止めたのだとすれば、次の目論見を聞き出そうとするはずで……」
「あ、それハズレじゃないんですけど、ちょっと足りないかなぁ」
いつの間に入り込んだのか、ジョシュアが執務室のドアにもたれていた。
「こらっ、ここはガキの来るとこじゃ……」
アンディが手で制止する。
「聞きましょう、師匠。彼は侮れない情報網を持っています」
確かにそうだった。イサクは、不承不承ジョシュアに席を勧めた。
「あの〜イサクさん、『選択ノ書』ってけっこう国外にも出回ってたって知ってました?」
「知らねぇよ、そういうの、メラニーに任せてたからな」
「ダメだなぁ、自分の著作なんだから、ちゃんとそういうの把握しとかないと」
「う、うるせぇ! そんなもん、何の関係が……」
「いや、ジョシュア殿下……そういうことですか」
「察しが早いですねぇ、アンディさん。魔碯石の枯渇問題は国外でも深刻で、っていうか、どこもウチらより全然埋蔵量がないから超深刻なんですけどねぇ。そんな中で『選択ノ書』なんかが入ってくると、そりゃあ喰いつくわけですよぉ。ただ、まだ密売品レベルなんで、所有者も少なきゃ解釈も不十分で……」
「つまりこういうことですね殿下……『選択ノ書』を知り尽くし、この国の軍制にまで取り込んだ姫の手腕は……」
「そりゃあ美味しいでしょうねぇ。ちなみに、ベルさんもね」
「ベルもターゲットの一人だったってことか! 確かにあいつの理解度はハンパねぇけど……」
「ベル君は講師もできるぐらいだって、師匠もおっしゃってましたね」
「でまぁ、その辺りの事情を敵方にチクったのは、あの人でしょうけどねぇ」
「エルドハウンか! あの野郎が、情報ごと二人を売った……そういうことか」
「ただ、そうなると、しばらくの間は姫もベルも大丈夫ですよ、師匠。ヤツらはどうにかして『選択ノ書』の活用のために彼女たちを利用したいはずですから」
「仮にそうだとしたって、レベッカもベルもヤツらに協力なんかしねぇだろう……殺されたってするわきゃねぇ」
「それは……そうですね」
「結局、早ぇうちに救出しねぇと……取り返しのつかねぇことになるだろうが」
「あのぅ〜」
「うるせぇなぁ! まだ何かあんのかよっ、ガキ!」
「ひどいなぁ〜せっかく役に立つと思って、ボクの友だちに来てもらったのに」
「あ?」
「友だち……ですか?」
ジョシュアが声をかけると、ドアが開いて意外な人物が入ってきた。




