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第6章『SEVEN DAYS WAR』01

 フラグっていうものは確かに存在する。


 登場人物が急に仲間に感謝し始めたり、ふと昔のよき思い出を語って感慨に浸ったりすると、その直後に発生する戦闘で命を落とすっていうアレだ。


 これは命を落としたヤツの自業自得、てめぇで招いたバッドエンドってことになってるが、『選択ノ書』によればそうも言い切れないんだよな。つまり心のどこかに消しきれねぇバッドな結末が残滓のようにこびりついてそいつがモヤモヤと微細動をやめねぇ状態、こんな深層心理状態で意図してる自覚もなく意図しちまうからそれが現象化するんだ。で、後から「きっとあの人、どこかで予感してたのね」だの「あいつ、なんか予兆に気づいてたんだなぁ」だのいうわけだ。まーったく解っちゃいねぇ。バッドエンドっていう現象が起きることを予感するんじゃねぇ。逆なんだ。予感なんていう妄想を妄想って気づかずに意識しちまうからそれが意図とすり替わって擬似意図になり、その通りに現象化するんだ。


 ……と、リクツは簡単だ。実にシンプルな法則なんだ。意図だけが現象化する。擬似意図も意図のうち。結局、意図しか現象化しないんだ。


 この「本来の意図」とすり替わっちまう「擬似意図」が問題ってことだよ。


 おそらくあのときの俺たちも、全員なのか誰かなのかはしらねぇが、「予感」っていう仮面をかぶった「擬似意図」を持ってたんだ。

 ああ今日は楽しかった、レベッカも喜んでくれた笑顔が戻った、こういう日があってもいい……こんな平穏な日が続くわけがないんだから、だって一時的な休戦なんだから、いつ壊れてもおかしくない脆い土台の上に立つほったて小屋みたいな平和なんだから、きっと長くは続かない、短いかもしれない……ああやっぱりそうだ一年ももたなかった、そのときになって今日のことを悲しい思い出として想起するに違いない……とまぁそんな感じの擬似意図だったはずだ。

 ああくそっ面倒くせぇ。ああ気持ち悪ぃ。その気色悪い擬似意図の持ち主は俺かもしれねぇ。何しろ不安症の俺だ、無自覚に心の奥底で持っていた可能性は十分考えられる。っていうか、かなり高い。


 そして、みごとに法則通りになっちまったってわけだ。

 

 帝暦555年11月25日未明――


 フェルセン領、東側国境のオーストル砦が、陥落した。


 侵攻軍は3国合わせて約60万。第一次侵攻のときの倍の数だ。

 砦を守っていたのはわずかに3千。戦いになるはずがない。予告も予兆もない急襲、まさしく電撃戦だ。雲霞のように姿を現し、イナゴの大群のように砦を席巻して草一本残らないほど喰い尽くしてしまった。守備隊はわずか一兵も残さず全滅だ。


 先の戦いでは相手を出し抜き先手を打って5倍の敵を退けたが……今回は、まんまとやられたわけだ。


 直ちにクロンへイムから休戦協定違反を抗議したが、にべもなく拒否された。こっちサイドが万一の侵攻に備えて……そう、あくまで備えとして軍備を整えていたことが敵対的意思であり、やむを得ざる自衛手段として派兵に至ったというのがヤツらの言い分だ。バカバカしい。終戦じゃなく休戦だぞ。万が一に備えるなんて当たり前じゃないか。ヤツらだってこれだけ迅速に、電撃戦を成功させるには生半可な準備じゃなかったはずだ。むしろやる気満々で先攻準備を万端にしてたってことだろうが。盗人猛々しいとはこのことだ。


 恨み言を言ったところで始まらない。とにもかくにも、まんまと先手を打たれたってことだ。それも万全な準備が整った状態で。ヤツらに比べ、この王国の何と呑気だったことか。


 どうにかして流れを変えなくてはとアセった政府首脳陣から、一つの提案が出された。それは王族から全権大使を任命し、交渉の場につかせてはどうかという案だった。

 王国間のいろいろなルールや正論が意味をなさなくなってきているこの大陸でも、まだかろうじて王族という存在の持つ特殊性は生きているようで、政治とも軍事とも直接の関わりを持たず、歴史的に各国の王族と系譜をさかのぼれば姻戚関係にも至るその特別な存在は、敵国政府といえども無視しきれないってことらしい。


 その白羽の矢が、レベッカに立った。


 他の王族どもがどいつもこいつも使い物にならないってこともあるが、おそらく反レベッカ派の連中の差し金だと俺は見ている。危険な交渉の場に彼女を送り込み、交渉が成功してこれ以上の戦闘が回避されれば儲けもの、もし交渉が決裂してレベッカが人質として囚われる、あわよくばその命が奪われるってことにでもなれば邪魔なレベッカを始末できることもになる……そんな目論見が簡単に想像できる。


 今のところ親レベッカ派と思われるクロンへイムにとっては、王族にご登場いただくしかヤツらとの交渉の糸口はなく、反レベッカ派の目論見を知っていながらその案を退けることはできないだろう。他に手はないってことだ。


 そんなわけで、危険この上ない交渉の場に乗り込むことを、レベッカはクロンへイムから要請されることとなった。


 「殿下……私めの不甲斐なさを、どうかお許し願いたい」


 執務室で、クロンへイムは椅子から立ち上がり、深々と頭を下げた。


 「丞相、おやめください。いま他に選択肢がないことは、私も理解していますから」


 「その代わり、と言っては何ですが……エルドハウン外相をお供させます。実際の交渉は彼が引き受けますので、どうぞお任せください。それと、護衛もお好きなだけ付けさせていただきます」


 「外相の同行は助かります。国家間の交渉ごとは、私には荷が重いので。ただ、護衛は結構です」


 「結構、とおっしゃると……」


 「無用ということです」


 「ちょっ、ちょっと待てレベッカ!」


 思わず割り込んでしまった。ベルも反射的にソファから腰を上げた。


 「お前、何考えてんだ。交渉場所はヤツらの領土内なんだろ?」


 ーー俺にはわかる。レベッカ、お前さん、内心怖くて震えてるんだろ?


 「そうですよ姫さま! 危険すぎます」


 「和平交渉に向かうのだから、武装した者がいては相手も身構えるでしょう? 大丈夫。争いに行くわけじゃないから」


 「いや、しかし……」


 「……殿下のおっしゃること、一理ございますな」


 「あんた、何言ってんだ!」


 「交渉術としては理にかなっていると考えます。私が行くとしても、同じようにするでしょうな」


 「無茶苦茶だ! 大体あんた、行きもしないくせに……」


 「当たり前だ!」


 クロンへイムは俺を睨めつける。


 「私は、一国の丞相だ。私に何かあれば、それはそのまま王国の敗北になる。軽々に動けぬなど、当然ではないか」


 そ、そりゃまぁそうなんだが……。


 「それに、国家間の交渉事については私は専門だ。素人が口を出すことではない」


 くそっ、そう言われちまったらグウの音も出ねぇ。


 「無論、危険の確度は上がるかもしれません。しかし、同時に危険が起こらない確度は上がるでしょう。殿下さえよろしければ、私も護衛無しをお勧め致します。実は外相からもそのように進言を受けておりまして……」


 レベッカは言質を掠め取るようにクロンへイムの言葉途中なのを遮る。


 「では、そのように致します、丞相」


 それから、言葉を模索しているベルに向かって語りかける。


 「ベル、ごめんなさいね。心配かけちゃうけど」


 「姫さま……私もお供します」


 「だからそれは……」


 「武装がバレなければよろしいんですよね。例の遮蔽魔法を使って、短剣のみを携帯します。万一発覚しても、王族の付人なら護身用に短剣ぐらい携行するのは当たり前です」


 「待って、ベル……」


 「丞相閣下、王族なら付人の一人ぐらい伴ってもおかしくはないと考えます。いかがですか」


 「……先ほど言いかけていたのですが、外相からの提案もまさにそれだ。君が付人ならば……万一のとき、護身術も心得ておるし適役だろう、とな」


 そうじゃないだろう……。


 「感謝します、閣下。姫さま、お許しも出ましたので、そのようにさせていただきます」


 そうじゃないだろう、ベル。お前、万一のときは……刺し違えるつもりなんだろう?


 結局、レベッカはベルに押し切られる形となった。


 護衛はわずか一人、丸腰に近いベルだけを連れて敵中に乗り込むだなんて……イヤな予感しかしない。


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