第5章『出航』09
閉園まで動物園を堪能したベル……もとい、一行は動物園がある公園に出ている屋台で祝杯をあげた。
「めっきり屋台、少なくなりましたねぇ」
メラニーが感慨深げに盃を傾ける。
「あ、もう11月が近いからってことじゃありませんよぉ」
「ですね。戦争の影響でしょ、これ」
ジョシュアは水を飲み飲み、ツマミに舌鼓を打っている。
「戦争による規制で閑散としてたのが、やっとポツポツと戻り始めて入るけど、まだまだ平常時には程遠いってことか」
「……傷ましい限りだな、私は己の力不足が腹立たしいよ」
「あのなベル、気持ちはわかるけどさ、自分の責任とか思うのは違うぜ」
「わかってるよイサクどの……しかし、悔しいんだ」
「ごめんなさいね、ベル……あなたにそんな思いをさせているのも、私がしっかりしていないから……」
「なに言ってんだレベッカ、お前さんは十分やってるよ。ぶっ倒れるまでやってるじゃねぇか」
「そうですよ、姫は最大限のことをなさっています。それは、僕らがわかっていますから」
「わかってませんねぇアンディさん。そこじゃないんですよ。姉さまは、王族の不自由さに苦しんでるんですよ」
「おっ、ガキ、なんかオトナなセリフ言うじゃねぇか」
「ほらぁ、いまいろんな人たちが姉さまを担ごうとしてるじゃないですかぁ。あれになってくれ、こういう感じに喋ってくれ、どこの誰にこんな話をしてくれって……けど、王族っていろいろ縛りがあるんですよねぇ。下手にどっかの勢力に加担すると政治への過干渉だぁとかいって糾弾されることだってありますから。ま、実にデリケートなバランスの上にいるわけですよぉ、王族ってのは」
「すげぇな、お前。あまりに鮮やかな客観的解説に聞き惚れて、完全にお前も王族だってこと、忘れてたぜ」
「えへへへ〜。この誰にも王族とは思わせない才能が、一瞬でフトコロに入って誰とでも友だちになれるゆえんなんですよねぇ」
「フツウなら腹立つはずなのに、爽やかにさえ感じてる俺がいる。お前、なんかすげぇな。けど、たしかにいろいろとシガラミはあるんだろうな、レベッカ」
話を振られたレベッカは、苦しさ半分といった感じで微笑んだ。
「ええ。だからね……王族は、選べないのよ」
ムリに茶化して見せてるんだろ、レベッカ。ホントのお前さんは、果敢に選び、選択してどんどん決めていけるヤツなんだ。けど、誰よりもお前さんが、そのホントの自分を抑え込んでる。選ぶことに、決めることにつきまとう……事の重大さが、まだ怖いからか? 怖くてたまらねぇ中で、少しでも、できるところからでも選ぼうと、決めようとして……倒れちまったんじゃねぇのか?
「まぁ王族なんて、いまとなっちゃ魔碯石の利権にしがみついて搾取三昧、保身三昧、存在価値が疑われちゃいますよ……ボクも姉さまもお恥ずかしい限りですもんねぇ」
「ジョシュア……身もフタもねぇことをツマミ頬張りながら言うかぁ。もはやお前が最もオーバー・タグから自由な存在に思えてきたぜ」
「あざーすイサクさん! ボク、褒め言葉はそのままいただきまーす」
今日は、コイツがいてくれてよかったかも。ホントに。重くなりかけた空気が一気にメルヘンのそよ風に変わるよ、まったく。
「たしかに姫さま、お気持ちは痛いほど解りますが、いささか重要度が上がっているかもしれません。あらためて『選択ノ書』に立ち返りましょう。大切な思いほど軽快に……ですよねイサクどの?」
「ま、そういうこと……なんだろうな」
俺と同じぐらいオーバー・タグに陥りやすいのはおそらくレベッカだ。
俺の場合はもともと目に見えないものを信じきれない世界にいたから慢性的に不安に囚われてる。次々に不安が襲ってきてそれをどうにかしたいともがき、強い感情が発生して重要度が上がる。簡単にオーバー・タグに陥る。
レベッカはそういう安に苛まれるタイプではないけど、いかんせん、真面目で責任感が強い。威風堂々とした資質があるけど、まだフツウに怖がりな少女の一面がとても強い。その間の葛藤が、また強すぎる感情の元になる。強すぎる感情は、オーバー・タグの格好の引き鉄となる。
「レベッカ、とにかくお前さんはチカラを抜くことだ」
肩を上下させて見せる。レベッカが一生懸命にマネをする。
「まぁでも、今日は計画通りにことが運んでよかったですねぇ」
「計画通りじゃねぇこともあったけどな。ランチの規格外のボリュームとか」
「いやぁ、女子の皆さんがまさか一軒目でお腹いっぱいにになるとは、思いもよらなかったなぁ」
「私は、平気だったが……」
「て、訂正する。僕とベル君以外、と」
「テイクアウトした分はどうすんだ? 配るのか?」
「一人ひとり個別に包んでもらっていますから、持ち帰ってください。明日の夕方までは大丈夫とのことです」
「姫さまの分は私がお持ちします」
「あ、ありがと……」
レベッカに、やっと本物の笑みが戻った。
「レベッカ……楽しんでもらえたか?」
「うん。みんな、ありがとう」
「ま、ちょくちょくやろうぜ、こういうの。王国の連中が笑って普通の暮らしができるためには、俺たちがまず笑うことだよ。楽しむことも大切にしていこうぜ、レベッカ」
「……はい」
次のプランにつながる話に花を咲かせながら、一行は腰を上げ、繁華街に入った。
なるべく人混みは避けたかったのだが、少し時間が押していたので最短の道を選んだのだ。
「ここを抜けたらもう俺とメラニーの家だが、どうする、寄ってくか?」
「先生、レベッカもまだ病み上がりですよぉ。今日はサクッとお開きにしましょう」
「そうね。今日のところはそうさせてもらおうかな」
「了解了解! じゃ、しっかり王宮まで護衛たのむぜ、ベル……アンディ?」
アンディが、透明ヴェールに隠れた剣に手をかけている。
「どうした……」
アンディの凝視する先に、10人以上はいるだろうか、遠目にも若者たちとわかる一群がこちらに向かい歩いて来ている。歩く、というより茶化し合いふざけ合いながらフラフラと移動してくる感じだ。どう見てもガラはよくない。
一群は奇声をあげながら、スレ違う者スレ違う者に声をかけ、からかい、またまた奇声をあげている。
「面倒臭ぇのが出て来やがったな」
「この辺は、王都で唯一、治安のよくない場所ですからねぇ……」
「大丈夫、僕らがいますから」
「いや、あんまりこっちから対立モードにならねぇ方が……」
アンディは聞き入れずに、近づいてくる一群を睨めつけている。騎士の本能みたいなものなのか、危険を孕む相手には駆逐する姿勢をとるようにできているらしい。だが、イサクの言う通り、いま迫っているような輩には、それは逆に敵意を煽ることになりかねない。
一群から数名がスキップしながら躍り出て、近づいてきた。
「ねぇねぇねぇキミたちさぁ、これから飲みに行くのぉ? 」
「可愛いじゃん! オレらと飲もうよ」
一人がレベッカの体に触れようとしたのを、ベルが振り払う。
「なになに、キミ、超おっきいねぇ」
「あ、オレおっきい女とか好みなんだけど。顔も可愛いし」
「おっきいの背だけじゃねぇじゃん! キミ、胸もおっきいねぇ」
「ぶっ、無礼なっ!」
「ブレイとか言って超おもしれぇじゃん、キミぃ」
愚かにもベルの胸を触ろうとしたその男は、瞬時に地面に寝かされていた。
それを見た後方の一群が、走り寄ってくる。
「おーいおい、何してくれてんの。ダメじゃん、ボーリョクとか」
「ゆっくり話そっか〜、ちょっこっち来てくれっかな」
「野郎はもう帰っていいからさ、女の子たちだけ来てよ」
レベッカの前にスッと立ったアンディの胸ぐらを一人が掴む。
「お兄さんさぁ、お前、いらねぇって言って……」
鈍い音がして、男は地面にめり込んだ。
ボス格の男が冷静にそれを見て、アンディを取り囲むよう指示する。
「おめぇさぁ……邪魔だって言ってんだろうが。女だけ置いてけっての」
取り囲む男たちが手に手にナイフを取り出す。
「殺すぞ、てめぇ」
10人ほどだと思っていた連中には他にも仲間がいたらしく、続々と集まってきた。
「どっから湧いたんだ、30、いや40人はいるんじゃねぇのか……」
「……めんどくせぇからよぉ、野郎だけ先にやっちまって、女ぁ連れてこうぜ」
「最悪の展開だな……アンディもベルもレベッカ守んのに手一杯だろ、これ……」
ジリジリと、取り囲む輪が縮まる。あきらかに喧嘩慣れしている連中だ。
アンディとベルが剣を抜こうとしたそのとき――
「あれぇ〜やっぱりそうだぁ! アルフくんじゃぁん」
「……あ?」
ボス格の男が睨みつける。薄暗がりの中で、ジョシュアの顔が浮かび上がる。
「……ジョシュア? おめぇ……ジョシュアか?」
「アルフく〜ん! 久しぶりぃ〜」
駆け出して抱きつく。
「ハッ! おめぇ何してんだ、こんなとこで」
「友だちと飲んでたんだよぉ……あ、ボクは水だったけどぉ」
「おめぇまた飲んでねぇで喰ってばっかいたんだろうが」
ジョシュアはまるで子犬がペロペロ舐めかかるように、ボス格の男に抱きついて離さない。
「あ、みんなぁ、この人ね友だちのアルフくんだよぉ」
イサクたちは呆気に取られている。
「なんだ、こいつらジョシュアのダチかよ」
「そうっ、ダチダチ!」
事情を察したアルフと呼ばれた男は、シラけた顔で仲間に拳を下ろさせ、繁華街に消えていった。
「……なんだったんだ、今の」
「ジョシュアくん、ホントに不良たちとお友だちだったんですねぇ」
「そーだよぉ、マブダチでぇす!」
拍子抜けしたように、ベルとアンディも剣から手を離し、頭を振っている。
「ジョシュア、あなたが前に言っていた情報源って……」
「ん? ああ、それはねアルフくんじゃないよ姉さま。その友だちさ。ボク、顔広いからぁ」
「あんなふうにあっという間に仲間が集まるヤツらだからな、いろんなとこと繋がってても不思議じゃねぇか……」
「だねぇ。見直した、イサクさん?」
「呆れてんだよ。お前、ホントに王族なのか?」
一番ラストに妙なゴタゴタはあったものの、とりあえずレベッカを楽しませる会は、無事(?)終了したのだった。




