第5章『出航』08
結局、なんだかんだと全員のスケジュールが合ったのは、11月初旬だった。
この月最初の週末が明けた平日だったのは好都合だった。休日の賑わいの中と違って、少しでも素性がバレる恐れは減る。
レベッカ、イサク、メラニー、ベル、アンディの5人はイサクの家に集合。これに無理やりジョシュアが加わり、6人のお忍びツアーとなった。
待ち合わせ時間よりかなり早く、レベッカたち王宮組が現れた。
秋にふさわしい落ち着いた色彩のワンピースにスカーフで髪を覆いサングラスをかけたレベッカは、いかにも育ちのいいお嬢さんといった感じだが、特徴的なプラチナヘアーを上手に隠し、なかなかの変装になっている。
一同が驚いたのはベルの服装だ。普段のいかつい騎士姿からは想像できないガーリーな衣装。例によって見えないヴェールで剣を隠して入るが、パッと見ではふわりとした感じの美少女といった風体だ。赤面しながら登場した彼女をイサクが冷やかすと、ベルはさらに顔を紅潮させて無口になってしまった。どうやらレベッカの立ってのリクエストで断りきれなかったようだ。
「前からこういう感じ、似合うと思ってたの」
とレベッカから言われ、ベルは何か弁明めいたことを言ったようだったが、声が小さすぎて聞き取れなかった。
アンディは行動的な軽装で、やはり剣を完璧に隠している。甲冑を脱ぐと意外なほどほっそりして見え、普通の爽やかな好青年といった感じだ。
メラニーとジョシュアは、いつもの通り街のどこにでもいる若者姿。
イサクはといえば……これも皆の冷やかしの的。いつものダークスーツ姿ではなく、明るい色彩のカジュアルなジャケット姿だ。一番笑いを取ったのが彼だった。
「……もう、気が済んだかよ」
なんともバツの悪そうな顔で、髪をワシャワシャと掻き回した。
こうして6人の珍道中がスタートした。
今日の行き先は、メラニー、ベル、アンディがそれぞれ一箇所ずつ選んで準備していた。到着するまでは誰にも事前に教えないという趣向である。
メラニーが選んだのは王都でも通だけが知るカフェ「ねむりばな」。
ここの自家製菓子「ねむりの皿」は、甘味成分まで植物から抽出している文字通りの天然ものとして知られている。クチコミや紹介でしか広められていないにもかかわらず、平日でも行列ができている。メラニーは今日のために店に頼み込んで普段は使われていない個室を予約していた。
店が近づくにつれ、レベッカのカンが働いた。
「ねぇメラニー? もしかして……」
「えへへ、実は新作のお菓子が完成したらしいのよ」
「えっ、本当? 本当に? すごーくすごーく楽しみ!」
実はこの二人は、以前よくその店にお忍びで行っていた。まだレベッカが誰からも注目さる前に。
そのときはレベッカもいまのように不自由な立場ではなかったから、護衛もつけず女学生が親友同士で楽しむような気軽さで通うことができていた。あの頃の雰囲気を思い出してもらいたいというメラニーの気づかいに、レベッカは胸が熱くなった。
店には10時の開店と同時に到着。
「リンド様、いつもご贔屓にありがとうございます。本日5名様でご予約でしたね。お待ちしておりました」
「ってことで、6人目のジョシュアくん、バイバイ〜」
「ちょっとメラニーさぁん、そんな冷たいこと言わないでくださいよぅ」
「大丈夫ですよ、おひとり分ぐらいなら席を追加できますから」
にこやかに店員が対応する。
「ありがとうございますっ! さすが名店、神対応ですねっ」
まばゆいばかりの美しい笑顔で両手を握られた店員が、頬を紅く染める。
「……まったくこの小悪魔小僧は」
「テヘヘっ」
店奥の個室は離れになっていて、6人が席を並べても十分に余裕があった。中庭からはやわらかな陽射しと鳥の声が注がれてくる。
着席してそう時間が経たないうちに、お菓子とお茶が運ばれてきた。
「うわぁ……」
うっとりと目を奪われているレベッカに店員が説明する。
「こちらは当店の看板商品『ねむりの皿』、隣に並んでおりますのは新作『ねむりの露』です」
イサクが自分の前に置かれたものを、顔を近づけ興味深そうに眺めている。
「こっちはタルトっぽいな……新作の方は……プディングに似てるか……どこか和風テイストも……」
「師匠、そんな真剣に……」
「ははは、研究者みたいだなぁ」
ジョシュアは、もう一口目をぱくついている。
店員が一礼して退室したのを機にメラニーが音頭をとる。
「じゃあみなさん、いただきましょう!」
あちこちから感嘆の声。
レベッカがとろけそうな笑顔で頬を抑えている。
メラニーが自分の分を一口スプーンですくってレベッカに食べさせる。
ベルが少女のような顔になって目を閉じている。アンディが野草茶に舌鼓を打っている。
イサクはブツブツと講釈を垂れながら、うんうんとしきりにうなずいている。
ジョシュアは口の端にいっぱいクリームをつけながら頬張っている。
美味しいものは理屈なしに、どんな立場もどんな状況もあっという間に忘れさせてくれる。一瞬で場を和ませてくれる。
ツアーの最初にメラニーの企画を持ってきたのは、どうやら大正解だったようだ。
お茶が尽きかけた頃、長身の華のある女性がサービストロリーを押しながら入室してきた。
「みなさん、お茶のお代わりはいかがですか」
全員が小学生のように「くださーい」の手を挙げる。一人ずつ丁寧な手つきでお茶を注ぐ女性を、メラニーが紹介する。
「このお店のオーナー、カタリナさんです」
「ようこそ、みなさん。楽しんでいただけていますか」
純白のフリルのついたブラウスに黒い厚手のロングエプロン。キュッと後ろで結んだ黒髪が美しい。
「これは、私からのサービスです。よろしければ召し上がってくださいな」
新しい皿に載せた焼き菓子を全員に配ってくれた。
「うわぁ……カタリナさん、いつもありがとうございますぅ」
「あら、メラニーさん、そんなことおっしゃったら、しょっちゅういらしてること……バレちゃいますよ」
「うっ……んぐ、んぐ」
喉に詰まりかけたのをお茶で流し込むメラニー。
「フフフ、でもよろしいじゃありませんか。息抜きも大切ですもの。みなさんも――」
最初に配膳され食べ終えていた皿を回収する手を止めて、カタリナが続ける。
「……どうぞ今日ぐらいは、羽根を伸ばしてくださいね」
それだけ伝えると、退室していった。
「メラニーやレベッカのことはともかく、俺たちのことも薄々わかってたな、あの人……」
ベルとアンディも無言でうなずく。
カタリナさんの想いの詰まった焼き菓子とお茶を、一同はありがたくいただいた。
昼食は少し遅めの午後1時、アンディが選んだレストランに入った。ここはヘイムルと呼ばれる郷土料理のようなものをランチに出すことで知られているのだが……。
「……おい」
「美味いっ! いつ食べてもここのヘイムルは絶品だなぁ」
「おいっ、アンディ」
「うん? 何かな師匠」
「何かな、じゃねぇ。これ……」
円卓にずらりと並んだ料理の山。
「多すぎんだろっ、どー考えても!」
「そうかい? 意外とペロッといけると思うよ」
「うむ、いけるいける、意外にいけるよ」
ベルが次々に目の前の皿を平らげていく。
「あのな……身体の基本設計が違うんだよ、お前ら二人は!」
「でも本当に美味いよイサクどの」
「あ〜美味いよ、美味いさっ。けど……ぜんぜん減らねぇんだよぉ」
言っている間にもベルとアンディの料理はどんどん減っていく。
「ホント、規格外だな、お前ら……」
レベッカとメラニーを見ると、無言でただナイフとフォークを動かしている。よく見ると、もはや食べてはおらず、ひたすら料理を細断だけしているようだ。
「あ〜もうあいつら、目に意思がなくなってる……」
「ほらぁほうでふよ、ふでにれむりばられおなかふくれてたれひょうから」
「……ジョシュア、なんとなく解った。早く呑み込め」
予定ではここで2時間、たっぷりランチを楽しむはずだったのだが、ベルとアンディが完食するのに要した40分で他の4人はギブアップ。残った料理は料理はもったいないからということで包んでもらい、ベルとアンディで分担してリュックで持ち帰ることになった。
このリュック、アンディが普段からテイクアウト用に店に預けているものらしい。まるで歩兵が背負う背嚢みたいにデカいリュックだ。
満腹で大満足な2人とげっそりした顔で放心状態の3人、それといつもと同じマイペースで口笛を吹いている1人は、次のベルが用意した場所へと歩を進めた。
「……なぁ、ベル」
にぎやかというより興奮して収拾がつかなくなった幼児どもの歓声が、そこかしこから聴こえている。
「あれ、ベルのヤツ……いったいどこへ……イテッ! あっ、このガキっ!」
イサクに激突して一直線に逃げていく幼児の群れ。
「大丈夫ですかぁ先生〜。子供ら、どこから湧いて出るかわかりませんからねぇ。あ、ベルさんみっけ!」
メラニーが指差すはるか向こうにちっちゃく映ったベルが、俺たちに気づき、ダッシュで戻ってきた。
「さながら犬だ……ご主人様に気づいて慌てて戻って来る犬だ」
「すまないすまないっ、ちょうどエサやりの時間でなぁ。さぁ姫さま、お急ぎください」
「えっ? はいっ?」
何が何やらという顔のレベッカの手を引き、ベルが駆け出した。慌ててそれを追う一同。ベルが引っ張ってきた場所は――王立動物園・スナルグ舎。
「スナルグっていうんだ、これ。象と虎のミックスって感じだな……」
「姫さまっ! ご覧になっていますか? ほら、スナルグがもりもり食べてます!」
「はいはい、すごいわね。迫力あるわね」
レベッカは、ちょっと困り顔で微笑んで見せている。
「やれやれ、まるでお母さんだな……」
メラニーとアンディが失笑の声を漏らした。
食事タイムが終わって満足したベルが次のオススメ動物舎へと案内する。
「どうだい楽しいだろう、イサクどの!」
ベルと動物園という冗談のような組み合わせに、イサクも何と返してよいものか困り顔になる。
「あ〜はいはい。なかなかにビックリだよ」
「今度は先生がお父さんみたいですねぇ」
「(レベッカがお母さんで俺がお父さんってコイツめ)ばっ、バカ野郎! 何を……」
それとなくレベッカの方をうかがうと、涼しい顔をしている。そ、そりゃそーだよな。何を俺は……。イサクは汗をぬぐった。
「あーなんだぁそのぅ、ベルが動物好きだったなんて、意外だったなぁ」
「あら、意外なものですか! 彼女はね、とっても心が優しい女の子なんだから」
「ひっ……姫、お、女の子って……」
ベルが顔を真っ赤にして口ごもる。大きな体でフェミニンなワンピースの裾を握りながらうつむく姿は、確かに可愛らしい少女のように見えた。
「ううん、女の子よ。ベルはとーっても優しくて、繊細で、強い女の子。いつも本当にありがとう」
「ひっ、ひっ、姫さまぁ……」
「やばいやばい、よせ、レベッカ!それ以上は……」
「あああっ! ご、ごめんなさい! そんなつもりじゃ……」
「……どうぞ、ベルさん」
絶妙なタイミングでメラニーがベルにハンカチを手渡す。ベルが感極まってオイオイ泣く。
「ったく、姉さまは罪だなぁ」
いつの間に買ってきたのか、ジョシュアは大きな紙カップに入ったお菓子を頬張っている。
「ま、まぁでもいいものですね、たまには動物園というのも。姫もお喜びだからこそ先ほどのようなお言葉を……」
また思い出して嗚咽をあげるベル。
「ほんっとにアンディさんって、気が利いてるんだか利いてないんだか」
言いながらお菓子をベルに差し出す。
「お前もだよガキ。さっきランチをたらふく喰ったベルにお菓子って、そりゃさすがにムリ……喰ってるし」
泣きながらお菓子を頬張るベルは、いよいよ子供のようだ。




