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第5章『出航』05

 まだそこかしこに勝利の余韻が残る10月15日。


 侵攻軍の第二次攻撃がいつになるか、まだ確かな情報が入ってこない中、急遽レベッカはメルケルに呼び出された。


 お呼びがかかったのは彼女だけじゃなく、ベル、アンディ……そして俺もだ。チーム・レベッカ全員が呼び出されたってことに、俺は一抹の不安を抱いた。あの頑固ジジイ、一体なにを言い出すことやら。とんでもねぇ無茶振りとかしてこなきゃいいが。


 メルケルの執務室に続く王宮内の廊下を進む中、レベッカの顔をうかがう。


 俺の前でいろいろと吐き出してから少しはラクになったようだが、な〜んかまだ危なっかしいんだよなぁ。いまだってちょっと表情が硬い感じに見えるし……。それとも俺の内心が映し出されてるだけかなぁ。


 「なぁレベッカ……」


 「ん? なに、イサク」


 あれ、声はいつも通りだな。やっぱり俺の思い過ごしだろうか。こいつのいいとこは、メソメソした後もへこんだ後も、引きづらねぇってことだ。どっかいい具合に抜けてるっていうか……。


 「いや、まぁアレだ、あのジジイがいろいろと言ってくるかもしれねぇが……」


 「あ、大丈夫よ、イサク。私なりにあの人の扱いは心得ているもの」


 抜けてるくせに、こういうとこ、妙に鋭いんだよなぁ。


 「と、とにかくレベッカ一人だけが矢面に立たされないようにしねぇとな……」


 「イサクどの、落ち着こう」


 ベルが俺の肩をポンと叩く。


 「まだ用件も聞かないうちから面倒事と決めつけてしまうと、それが「意図」にすり替わって現象化するんじゃないか? 望まない結果を招くことにつながりかねないよ」


 ……おっしゃる通りです、ベルさん。その手の話は『選択ノ書』にも何度となく出てきてたよ。危ねぇ危ねぇ。俺は深呼吸した。


 「ありがとうよ、ベル。助かったよ」


 チラッと視界に入ったアンディのヤツ、ニコニコといい笑顔をしながらウンウンってうなずいてやがる。目が合っちゃったよ。 


 「師匠……」


 爽やかな微笑みをたたえながらアンディが肩を上下させて見せる。


 「重要度を、下げてくださいね」


 いつも思うけど、こいつといいベルといい、たいしたもんだなぁ。俺なんかよりもしっかり『選択ノ書』の本質を理解してやがる。やっぱこいつら、もともと賢い上にハンパない鍛錬で不安とかマイナスイメージとか持ちにくくなってんのかな。王国騎士っていう誇りとか覚悟みたいなもんもあるだろうし。依るべきものが無いこっちは形無しだよ……。




 執務室では、メルケルとクロンへイムがちょうど談合を終えたところだった。クロンへイムはいつものように要件が済めばさっさと出ていくのかと思いきや、俺たちにソファをすすめ、自らも腰を下ろした。メルケルは自分の席から見下ろすように口火を切った。


 「まずは初戦の大勝について、殿下にお礼を申し上げます」


 席についたまま頭を下げる。


 「さて、お越しいただいたのは、二つ、お伝えしたいことがあってのことです。まず、一点目ですが……」


 クロンへイムに、眼で発言をうながす。


 「では、私から。今回の侵攻は、宣戦布告のない不意打ちでした。まぁ、殿下のおかげで事前情報を得ていたため事無きを得ましたが、いわばこれは騙し討ち……卑怯なる振る舞いです。これについて、私から3国に正式に抗議を申し入れました。正確に申せば、六王国の残り二国と帝国にも報告を致しました。この侵攻、明らかに六王国間協定に対する違反ですからな」


 「懸命なる処置と思います、丞相。協定違反への咎めは期待できないと思いますが」


 俺はレベッカの言ってる内容から口調から、いちいち指差し確認するみてぇに着目してる。なんか、今日は堂々としてていい感じだぞレベッカ……って、お父さんか俺は!


 「お察しの通りです殿下。3国サイドからは、軍の一部が先走ったのだと、形ばかりの詫びを言って参りました」


 一部の先走りだと? ふざけやがって、30万もの兵だぞ。そんな規模じゃねぇだろうが。思わず怒鳴りそうになったが、レベッカが代弁してくれた。


 「笑止ですよ、丞相。私もローデン中将はじめ士官クラスに至るまでしっかりヒアリングしました。兵力といい軍編成といい、本気も本気、十分に計画立てられた進軍だったと聞いています。そのことは六王国のすべてと帝国に伝えたのですか」


 「無論です。正式文書にして送ってあります」 


 「当事者である3国には何を言ってものらりくらりでしょう。非戦闘国二国と帝国を相手にして訴えかけ、3国を抑制させる方向で動くのが得策と考えますが」


 よしっ、いいぞレベッカ、その調子だ……って、こいつすげぇな。俺の心配をよそに、どんだけ勉強してたんだ。


 「仰せのとおりです、殿下。私も、その方向で交渉し、いったん休戦まで持っていく所存です」


 「わかりました。外交はそれでよいとして……メルケル軍相……」 


 メルケルは机の上で両手を組み、まっすぐにレベッカを睨めつけている。


 「休戦がならなかった時に備えて、軍としては、いつでも迎撃できる準備を進めていただいているのですよね」


 5日前の会議のときにも強く感じたことだが、このジイさん、軍のことには誰にも口出しさせねぇってオーラが出まくってる。クロンへイムでさえ、気をつかってたからな。あのとき居並ぶ野郎どもがこぞって放っていた女子供や素人は黙ってろって空気は、このジイさんが大元に違いねぇ。レベッカのことだ、そんなことはわかってるだろうに……ジイさんに直球を投げやがった。ベルもアンディもヤバいって表情で、冷や汗を垂らしてる。初めて逢ったときからそうだったが、レベッカには、もともと生まれついて身についた威厳っていうか威風っていうか、そういうものが確かにある。本人だけが気づいてないようだけど。


 「殿下、そのようなことは……」


 重要度を下げなくては。そうだ。ジイさんの逆鱗に触れたところで、カミナリは落ちるだろうがまさか直撃はするまい。大声で怒鳴られるのも怖ぇのは最初だけだ……。


 「ご案じなさいますな。抜かりなく進めておりますゆえ」


 「そうですか。無礼をお赦しください……素人が余計なことを言いました」


 「いや、実に的確なお気づかいと心得ます」


 ベルとアンディが、顔を見合わせている。


 「実はですな、本日お呼びたてした二点目と申しますのは……」


 クロンへイムがニヤニヤしながら成り行きを見守っている。


 「特任参謀の役目を、お引き受けいただきたい」


 「「えっ!」」


 ベルとアンディが同時に声を発し、すぐに「失礼しました……」と詫びた。


 「こたびの初戦、殿下のおはからいが無ければどうなっておったことか」


 「軍相、もうそのことは……」


 「いや、礼を重ねて申し上げておるのではない。この戦役で確実に勝利を収めるため、私なりによく考えてのことです」


 「殿下、軍相は感じ入ったのですよ、あなた様の才覚に」


 クロンへイムは、含み笑いを浮かべている。ドヤ顔にも見える。最初にレベッカの才覚を見抜いたのは自分であるとでも言いたげに。


 「殿下、私は無駄口やウソを好みません。正直に申し上げるが、よろしいか?」


 「望むところですわ。まずは軍相の忌憚ない本音をお聞きしてから、このお話、お受けするかどうか……熟慮したいと思います」


 「うむ。私は……これまで軍のことは軍の者だけですべて決め、素人は口出しすべきではないという信条を持ってきた。それは基本的に今でも変わりません」


 「存じております」


 「だが、信条というものは危うさを持つことも知っている。何といえばよいか……」


 言いあぐねているメルケルに、クロンへイムが助け舟を出す。


 「信条は、頑なにそれを固持することで柔軟さを失い妄執に陥ることもある……そういうことですかな、軍相」


 メルケルは深く頷いた。


 「信条を持つ者は柔軟さも兼ね備えなくては勝機を逸するのですよ、殿下」


 まぁアレだ、君子は豹変すってやつだな。豹の毛が季節に応じて美しく変わるようにジイさんも自己変革しようってわけか? 言葉通りなら大したもんだが……。


 「殿下は戦のことは素人ではあるが、こたびの一件では軍の誰よりも俯瞰した目線を持っておられたと拝察する。その目線は、いまの我らが持ち合わせていないものである。ならば拝借すべきと考えた次第です」


 聞きようによっては勝手な言い分だ。要するに散々見下してきたヤツに必要なものだけを貸せ、協力しろってことじゃないのか? けど…… 


 「軍相、主旨は理解しました。私の方から3点質問をしてもよろしいですか」 


 「無論です。どうぞ」


 「では1点目です。特任参謀の権限と義務範囲を教えていただけますか」


 「ふむ。正規の参謀本部と同等の権利を持たせます。将軍たちへの作戦立案、指揮の助言を行っていただく。ただ、将軍にも参謀本部にも属さず、私の直属とします」


 「一見、自由にやらせていただけるようにみえますが……結局、軍相には服従ということですか?」


 「ご心配なく。もし私の指示が気に入らぬときは、特任参謀を辞任していただければ結構」


 「いつどのような状況下でも、辞任は自由だと?」


 「さよう。それに対する咎めも責めもありません」


 「なるほど、わかりました。2点目の質問です。私にはブレーンが必要です。初戦で私があなたに対してとった行動は、ここにいるヒュルンゼルト、ヴィークストレーム、イサク・トキに相談し助言をもらってのこと。彼ら無しには成し得なかったということです。引き続いてこの者たちをブレーンとすること、お許しいただけますか? おそらくそのおつもりで彼らもお呼びいただいたのだと思いますが」


 「お察しの通りです。殿下のお望み通りで結構」 


 「最後に3点目。これは軍相への個人的質問ですが……あなたは『勝利ノ書』、いえ『選択ノ書』を全軍の改革のため積極活用する意思はありますか?」


 メルケルは少し考えてから口を開いた。


 「いまはわからぬ、というのが正直な答えですな。私の長きにわたる軍人としての経験にはまったく無かった発想と技法ゆえ……」


 「なるほど……」


 「答えになっておりますかな」


 「お言葉通り、正直にお答えいただいたのだと感じます。誤魔化しや煙に巻くお答えでなく、安堵しましたわ」


 「私は、腹芸も嫌いなのですよ、殿下」


 いまはこの言葉を信じるだけ、疑念を挟む時間はないのだから……この会見の後、俺たちに向かってレベッカはそう微笑んだ。ただ、特任参謀の任を引き受けるかどうかは、すぐには決められないとのことだった。


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