第5章『出航』04
3国連合による侵攻の日にちは、おそらく10月15日。密かに3国に放っていた王国諜報部からの情報だ。いよいよ……5日後ってことだ。
兵士たちへのレクチャーが一通り完了したのは、一昨日だった。当初の計画より数日オーバーしたが、その分しっかり時間を費やして叩き込んでやったつもりだ。もう俺には、迷いも後悔もなかった。やるだけのことはやった、と思う。
いま俺が座っているのは、王宮大会議室。ドラマとかでよく見るような一番端から反対の端まで声届くのかってぐらい長い会議机が中央にあり、今回の作戦関係者が一堂に介している。
誕生席に座るのはクロンへイム丞相。その両脇をメルケル軍相とローデン中将が固めている。その左右には5人ずつ将軍たちが並び、騎士団のお偉方がそれに続く。クロンへイムの真正面、一番遠い席にはレベッカ。王族の彼女も、この軍主導の会議では下座になるらしい。彼女の後ろに椅子が用意されてベルとアンディ。二人でさえもこの面々の中では本来出席が許されない立場だが、特別にレベッカのサポートということで臨席している。
で、俺はといえば……隅っこも隅っこ。いや、机周りじゃなくてこの部屋の隅っこに小さな椅子を用意され、そこにいる。完全に場違いだ。
会議は予想される侵攻軍の進路に対する布陣の最終確認が中心となった。この内容じゃ俺やレベッカたちがここにいる意味なんかない。だが、なんとなく察しはつく。一応国王に報告した以上、レベッカ案は採用ということになってる。従来の軍の戦力を補完するってことにはなってる。レベッカもそのつもりで動いてきたし、ベルやアンディも彼女をサポートすべく忙しい合間を縫って協力してきた。俺だって途中ヘコみそうになりながらどうにか教えるべきことは教えてきたつもりだ。
だが、軍人どもはまるでそんなものをアテにはしていない。戦の素人として俺たちを蚊帳の外に置いてる。国王の手前、一応俺たちにも席を用意した、けど話なんかもともと聞くつもりなどない……おおかたそんなとこだろう。
会議の予定時間もほとんど残りがない段階で、メルケルがレベッカに発言を求めた。
「殿下、以上のように我が王国軍は完璧な布陣をもって敵軍を蹴散らすでしょう。どうぞご安心のほど。もし他におっしゃることがあれば、手短にどうぞ」
一斉に将軍たちの視線がレベッカに集まる。髭面や筋骨隆々の見るからに厳つい男たち。戦場は男の場だ、女子供や素人の出る幕ではない、そんな共通認識が伝わってきそうだ。クロンへイムが何か言いたそうな顔をしているが、口ごもっている。丞相といえども軍のことには迂闊に口を挟めないに違いない。
レベッカが、静かに立ち上がった。
華奢で細身の体が、居並ぶ屈強な将軍たち騎士たちの前にさらされると余計にか弱く見える。レベッカはしばらく黙したままゆっくりと視線を移して、息を吸い込む。
「諸卿! 本日はこの極めて重要な会議の場に臨席できたことを感謝します」
ここぞというときにレベッカが見せる威風堂々モードだ。毎回毎回、一体この細身のどこから出してんだって思うような迫力のある声。がなり声でもなく、無理やり絞り出すでもなく、品もあるのに骨の髄を鷲掴みして反射的に背筋が伸びちまう声。
けど……さすがに生死を掻い潜ってきた軍人の親玉どもには、思ったより響いてねぇかも。
「我が王国の存亡を決める一戦を前にして、諸卿が万全の迎撃体制を整え、メルケル軍相の下、一糸乱れぬ統率が取れていることをこの眼でしかと見させてもらいました。メルケル軍相に念を押して確認したいのですが」
「……どうぞ」
この男だけは、ろこつに鋭い眼光をレベッカに送っている。
「いま長時間をかけて諸卿が打ち合わせた通り、出陣準備は間違いなく完了しているということでよいのですね。万事抜かりないということで……」
「仰せの通りです、殿下」
「わかりました。私からは以上です」
メルケルの眉がピクリと動いた。『勝利ノ書』について色々アピールでもされると思ったか? そんなもん、したところでこいつら聞き流すか鼻で笑うに決まってんだろ。俺に対して皮肉の一つも出るかもしれねぇよな。そのぐらいのことは読んでんだよ、レベッカは。
ただ、将軍どもが小さくため息をついたり首を傾げたりしてるのが気になる。やっぱり、レベッカに対して部外者意識みたいなもんは残ったまま……ってとこか。
「では、解散する」
メルケルの言下、将軍・騎士たちは急足でそれぞれの持ち場に戻って行った。それを見届けて腰を上げたメルケルをレベッカが呼び止め、歩み寄って何事かを耳打ちしていた。
帝暦555年10月12日午前8時ごろ。
北の国境付近に侵攻軍が姿を現した。
その数、30万。フェルセン王国軍の総兵力は約25万だと聞いている。全軍を投入してもまだ足りねぇ。しかも会議で予測してたより3日も早いときてる。
迎撃軍はローデン中将麾下5万。5倍の兵力差だ。
午前9時ごろ両軍が衝突。小競り合いを続けたのち王国軍は北域砦まで撤退。30万の兵がそれを追って雪崩のごとく攻めかけた。砦を陥落させるには通常敵軍の3倍は要するといわれているが、侵攻軍は5倍の兵力。十分な数だ。ヤツらは力押しで砦を落とし、そのまま一気に王都に向けて進軍しようと意気盛んだったに違いない。
だが――。
この侵攻軍第一次攻撃は、失敗した。
実にあっけなく、王国軍の圧勝に終わったのだ。
伏兵として潜んでいた左右両翼それぞれ3万の兵が侵攻軍を挟撃。砦付近は細い進路しかなく大軍を展開できない敵軍は、一本に延びた線を消していくようにみるみる討たれ、気がつくと3分の1ほどになって退却を余儀なくされたのだ。ヤツらは、誘い込まれたのだ。
そして、この3日早い攻撃も、完全に想定内だったのだ。
あの会議後、メルケルを呼び止めたレベッカは、ノルデンフェルトから直前に聞き出していた情報を彼に伝えていた。侵攻軍の来襲が10月12日であること、その進路が北の国境付近であること。そう、王国諜報部は偽情報をつかまされていたってことだ。
メルケルは直ちに作戦を立て直し、今回の勝利に繋がったというわけ。完璧にレベッカの意図通りになったってことで、また彼女の株は爆上がりだ。
今回のレベッカの手腕は、口々に広まって王宮中の知るところとなり、ベルも意気揚々として俺に語ってくれた。
「イサクどの、姫さまはすごいぞ、本当に成長された! 」
「まぁまぁ落ち着けよ、ベル。ゆっくり聞かせてくれ」
ベルによれば、レベッカの打った妙手ってのはこういうことらしい。
まず、ノルデンフェルトから得たばかりの最新情報をレベッカの口から諸将に伝えることはせず、メルケルを通じて共有させたこと。
その際、ノルデンフェルトの名前を強調して伝えたこと。
「なるほどなぁ。メルケルの爺さんも将軍どもも、いかにも古臭い男尊女卑!みてぇな感じだから、レベッカが前面に立って情報を伝えたところで結果は目に見えてたと。それに加えて、ノルデンフェルトの「王選候ブランド」を使ってダメおししたってことだな」
「そうなんだが、私がすごいと思ったのは、姫さまは泣き寝入りも反発もせず、そんなものの重要性を下げて、ただ侵攻軍に圧勝するという『結果』だけを意図し、見事に現象化をやってのけられたということ、これに尽きるよ。姫さま御自らが『選択ノ書』を忠実に実践して結果を出された、ということだろう?」
「まぁ……そうもいえねぇことも……ねぇのかなぁ」
さらにそれだけにとどまらない、とベルは言う。
「初戦の圧勝に将兵たちが沸き立つ中、姫さまは真っ先に友軍の被害をメルケル閣下に確認されたんだ。若干の負傷者は出たが戦死者はゼロ。王国側は無傷といっていい。私などは被害が少なくて安堵したぐらいだったのに、姫さまは違った。当初の予測では初戦でかなりの犠牲が出ることを前提にしていたから、直ちに第二次攻撃に対する作戦の立て直しをメルケル閣下に要請なさった。閣下はそれを受けて軍幹部たちを召集し、作戦の上方修正を指示。わかるかイサクどの、姫さまは、初戦の奇跡的な勝利の余韻などさっさと棄てて、次の手を打ったということだよ」
「わかった。いったん休め、ベル。一気に喋りすぎて、息切れしてるぞ」
わざと熱めのお茶を出してやると、ベルは興奮を冷ますように、フゥフゥと息を吹きかけた。そうだベル。そのお茶のように、頭も冷やせ。
この話は、出来すぎている。
痛々しいぐらいに。
ベルを返らせた後、俺はすぐにレベッカのところへ向かった。
私室で一人、彼女はぐったりしていた。
やっぱりな、と俺は確信した。
「レベッカ……単刀直入に訊く。今回のお前さんの八面六臂のご活躍は……誰のシナリオだ?」
最初こそ否定してたが、たたみかけるように問い詰めていくと、やがて白状した。
狡猾なノルデンフェルトが、すべて裏で糸を引いていたってことだ。いったん認めてからは、彼女は堰を切ったようにその「事実」を吐き出した。溜め込むことに耐えられなかったんだ。
「レベッカ、よく話してくれたな。苦しかったんだな……」
「私は……何ひとつ決めてなんかいない……こんなこと……こんなっ、お、大きなこと……決められないもん」
俺は彼女にかけてやれる言葉がなかった。
演技がそのまま実体になる、つまり化けるヤツもいる。けど、レベッカは、そうなるには正直すぎるんだ。若すぎるってことかもしれねぇ。
目の前で震えてるのは、フツウの17歳の少女じゃねぇか。演技すればするほど、彼女の澄んだ腹の中には黒い澱みみたいなもんが溜まっていく。そのうち容量オーバーになって……。
こういうときこそ『選択ノ書』だーーなんて言い切れるほど、俺も自分を信じきれていない。
かけてやれる言葉なんか、ないんだ。
こんなに疲れきってる少女なんか目もくれずに、少女にまとわりついた虚像がどんどん巨大化している。
だが、その虚像がいま、この窮地に瀕した王国の希望になってるのも事実だ。
せめてレベッカの腹の中の澱みを、半分でも俺の腹に移して分担してやろう……そんなことしか俺には考えつかなかった。




