第4章『逆流』01
王宮に上がった俺とメラニーは、表情ひとつ変えない役人から正式に『選択ノ書』の発禁処分と、すべての在庫、版木、原稿などの没収日を通達された。
帝暦555年8月31日午前10時。ちょうど2週間後だ。
その後は、この書物に関連する別の出版物も禁止、もちろん講演会も厳重に差し止められてしまった。それだけにとどまらず、これまで『選択ノ書』によってあげられた収益までも取り上げることについて現在検討中だという。処分の理由を問うても「人心を惑わすため」の一点張りで、それ以外の詳しい説明は一切ナシでただ冷酷な眼で見下ろすだけ。もう無茶苦茶だ。
弁明や反論の余地も与えられないまま、一方的に通達を受けた俺たちは、早々に退出を命じられた。
帰り道、言葉を失っているメラニーにかける言葉を、俺は模索する。
「そうだ、ベルとアンディに頼んでみるか……」
メラニーは、答えず、暗い顔をしたままだ。そうだよな、あいつらは騎士だ。こういう政治っていうか内政みたいなことに口出しはできないよな。それに、王宮での立場だってあるだろうし……。
「あ、レベッカ! レベッカなら王女様だろ、なんとか……」
もはや、なりふり構ってられねぇ状況だ。
「……先生……今日言い渡されたことは、王宮の正式な通達ですよ。大臣たちの決裁も出てる国の判断です。王女一人の反対でどうにかなるものじゃないですよ」
メラニーの深刻そうな顔つきから考えても、きっとそういうもんなんだろう。
「それに……レベッカったら、婚約破棄の一件から、またあの口癖がねぇ……」
「私は選べません……ってヤツか」
このところ、ベルたちだけじゃなく、レベッカもめっきり訪ねてこなくなったのは、その辺りの事情があるのかもしれない。さて、どうしたものか。
いや、どうするも何もあるまい、こういうときのための『選択ノ書』のはず……なんだが……。正直なとこ、そうも言い切れない俺がいる。訳者であり、この世界ではほとんど著者って扱いになってる本家本元の俺なのに……こう言っちゃ身もフタもないが、いまだにまだ確実なノウハウとしての実感がないんだ。
オーバー・タグを退けて意図を純粋化させて望む世界を選択する、要はこれだけのことなんだが……事が重大であるときほど、このオーバー・タグの処理加減に迷ってしまう。それを退けようとすること自体がオーバー・タグになってしまう的な感じだ。
元々が超不安症なんだ。
不安は、大抵の場合、考え過ぎてしまうことから起きる。考え過ぎは複雑化を招き、複雑化がまた不安を増大させる。やがて不安が本来の意図とすり替わって現象化することもある。まったくもってタチが悪い。
こういうタチの悪い性分の人間にとって、『選択ノ書』のノウハウは、場合によって望む世界と真逆の世界を現象化させることもあるってわけだ。もしこの重大な事態でヘタに『選択ノ書』を実践し、望む世界と真逆の現象を引っ張ってしまったら、シャレにならないどころの話じゃねぇ。
ああ、もうすでに陥っている。こういう思考が働く時点で、俺の意図の純度は下がっちまってる。自分でも解ってるんだ。クソッ、ホントに面倒くせぇ。
とりあえずできるところをってことで、俺はメラニーに親父さんから根回ししてもらうように提案し、彼女もそれを受け入れた。
***
王宮から通達された発禁処分および全関連物没収の施行日まで1週間を切った。
あれからメラニーの親父さんに働きかけて王宮へのコネクションをフル稼働してもらい、この理不尽な決定をひっくり返すため、打てる手を片っ端から打っていた。「袖の下」まで金に糸目をつけずばら撒いた。今回の処分は、ヘタをするとリンド商会が王宮から出禁を喰らう事態にも繋がりかねないと親父さんは懸念していたから、そりゃもう手段を選ばない勢いだ。
いっときは、俺をトカゲの尻尾切りしてリンド商会だけを守りに出るんじゃないかとも案じたが、それはなかった。
「今回の処分はパパの懇意にしてる一派とは別の、むしろ対抗勢力といっていい連中が動いたみたいなんです。そっちにはそっちでパパの商売がたきが御用商人でついてますから、先生を切ったところでヤツらは今回の件をダシにして必ずうちを潰しにかかるに決まってますよ。うちが生き延びるには、処分自体を帳消しにするしかないと……パパは判断したんじゃないですかね」
キナ臭い話だ。王宮と癒着して利を得てるってことは、こうやって政争に巻き込まれるリスクもあるってことか。ここは親父さんに委ねるしかないようだが……。
「で、メラニー、どうなんだ状況の方は」
「芳しくないですねぇ。中心人物が特定できなくてパパも困ってるみたいなんですよ」
「それじゃ、理由はどうだ、なんか詳しいことはわかったのか?」
「それが判明すればもっと対応策も打ちようがあるし、中心人物も割り出しやすくなるんですけどねぇ。いくらパパが訊き回っても、誰も答えてくれないみたいなんですよ」
「圧力……ってやつか。いよいよキナ臭くなってきたな。ただよ、こういう場合って、利害関係から考えるといいんじゃねぇのか?」
「っていうと?」
「え〜と、『選択ノ書』が普及されて困るヤツって、誰だろうな」
「ずいぶん大雑把な入り口ですねぇ。もうちょっと絞り込むとすれば……あ、たとえば魔法が必要とされなくなって困る人たちってことですかね。『選択ノ書』って、魔法が使えない人たちとかルクス適性が低い人たちから支持されてますよね。逆に言えば、その人たちが『選択ノ書』でじゃんじゃん成果を出せるようになれば、もう魔法は必要ないって流れになるかもしれませんよねぇ」
「なるほど……魔法がいらねぇって事態になって困るヤツっていうと……」
「一番困るのは……王族ですね。魔碯石を独占して、ある意味それが権力基盤を盤石にしてるともいえるので」
「おいおい、いきなりラスボスが出てきたって感じだな……もしそいつらが今回の黒幕だとしたら……」
「命獲られないだけ儲けもん、ってことですね」
「ま、まぁ王族じゃないにしても、いずれにしろその周辺のヤツらが濃厚ってことだよな……やっぱ」
「かもですね。これまでのように魔法の至高価値とかそれに基づくヒエラルヒーを保ちたいっていう人たちが、魔法からの自立をうながす元凶となり得る『選択ノ書』を潰しにきた……ふぅ、シナリオとしては成り立ちますよね」
「……ホント、俺たち、消されてもおかしくねぇかも」
「あくまで一つの仮説ですけどね。もしこの仮説通りだとすると、王様……お妃や側室は政治的には無力だし、ジョシュア様はアレだから、第一、第二王子とレベッカ以外の王女3人……もしくはそれに近い立場っていうと大臣クラス、それに上級貴族ですかね。下級貴族には政府を動かす力はないと思うので」
「ダメじゃん。それ、手に負えないクラスのヤツらじゃん!」
「王様は比較的温厚なお方であまり過激なことはお好きじゃないはずだから、たぶん違うと思うんですよねぇ」
「けどダメじゃん。王様一人はずれたところで残りの可能性ほとんど減ってないじゃん」
「まぁまぁ先生、そんなにわかりやすく狼狽しないで。アワアワ言ったって状況変わらないですから」
「アワアワ」
「見てられないなぁもう。ホントに人がアワアワするとこ初めて目撃しましたよ。いいですか先生、こういうときこそ『選択ノ書』なんじゃないですか」
「その通りだよ。メラニーさんのいう通りだよ。アタマじゃ解ってるけど不安で不安でしょうがないんだよぉ」
「……見なかったことにしますね。とりあえずそのオーバー・タグのお手本みたいなの、やめましょうね」
「メラニー、なんだか落ち着いてるな」
「なんだかもう肚が座ってきましたよ」
「すごいよメラニーさん」
「考えもみてくださいよ。狼狽えたって状況が変わるわけじゃないんだから、するだけ損じゃないですか。やり損ですもん。損するんならやりませんって。一文の得にもならないんだから」
「すげぇ、損得の話になってる。損って言葉が3度も出てきた。お前、ケツの毛まで商人なんだな」
「けっっ……そんなとこに毛なんか生えてませんからっ!」
「うわっ! いやいやいや、ここれはただの慣用表現であって……」
「知りませんよっ! そんな下品な慣用表現なんてっ」
「悪かった悪かった。と、とりあえずだな、親父さんにいまの話は伝えたらどうだ。腐っても年の功だろ、なんかいい知恵が湧くかもしれねぇぞ」
「腐ってるとか……ほんっと、口悪すぎですよこの人っ」
頬を膨らませながらメラニーは出て行った。あいつのことだ、なんだかんだ言いながら、ちゃんと親父さんには伝えてくれるだろう。
とにかく、あと1週間弱で、なんとかしなくては。




