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第3章『ウェイク・アップ』04

メラニーがひどく慌てた様子で俺の仕事部屋に駆け込んできたのは、その日の昼過ぎ、昼食を食べすぎて睡魔と戦っているときだった。


 「えーと……今日って……特に打ち合わせとか無かったよな……」


 まぶたが重くて抵抗できない。この時間帯って、ほんとキツいんだよなぁ。昔、めちゃめちゃ大事な打ち合わせの最中にクライアントの目の前で寝落ちしたこともあったっけ。


 「せ、先生! た、たた大変なことになってますよぉ」


 ウトウトしかけた俺の両肩をグラングランと揺らす。


 「おい……おい……うああああ、気持ち悪ィっ! やめろメラニーっ!」


 手を引き離されたメラニーは、目を大きく見開き、あんぐりと口を開けている。


 「いま、パパから聞いたんですけど……先生、うちのパパ、王宮にも出入りしてるって知ってますよね?」


 「知ってるさ。お前んとこって、王室御用達なんだよな」


 まだ頭がクラクラして、軽い船酔いみたいになってる。


 「あ、そうだ正装がいる! 先生……正装って持ってますか」


 「セイソウ? 」


 「ちゃんとした服を持ってるかって言ってんですよ!」


 「あ、正装ね。はっはっは。この一張羅のスーツだけさ。これさえありゃ完璧だからな。自慢じゃねぇが執筆中だろうとメシ食いに行くときだろうと、旅行にだって着ていける万能ユニフォームだからなぁ」


 「……話にならない。先生、近く王宮に行くことになりそうなんだってば!」


 「そっかそっか。ま、スーツなら冠婚葬祭、どんなとこだろうと……え? いま王宮って……言ったの?」


 コクリ、とうなずくメラニー。


 完全に、目が、覚めちまった。王宮に行くって、どういうことだ?


 「褒賞ですよ、褒賞。お褒めに預かるんですよぉ、先生〜」


 「いやいや、王様に褒められるようなことなんかしてないし」


 「わかってないですね先生、『選択ノ書』は空前の売れ行きなんです、王国始まって以来、一冊の本がこうまで売れて、講演まで引っ張りだこで……貴族の間にまで広まってるなんてことはなかったんですから。おまけにベルさんやアンディさんまで愛読してるなんて、王宮のお偉方が放っておかないってもんですよ」


 「そりゃそうかもしれないけど……褒賞ってのはちょっと大袈裟じゃないの?」


 「いえいえ十分あり得ます。多大な経済効果ってことですし、うちが支払う税金だって格段に増えるんですから。王国への貢献はそりゃ大きいでしょうよ。ってことで先生……」


 メラニーは俺の腕をグイッと引っ張る。


 「いまから正装、オーダーしに行きますよっ」


 「はぁ? いまからって、お前、急に言われても……」


 「問答無用!」


 「待て待て待て待て……」


 机に足をぶつけ、応接テーブルに足を引っ掛け、扉に衝突しながら、俺は母親に引きずられる幼児のように王都一といわれるテーラーまで強制連行されたのだった。




 二日後。


 テーラーから帰宅した俺は、仕上がった正装をクローゼットにかけ、仕事場の机に落ち着いた。


 ちょっと変わった燕尾服といった感じの正装は、仕上がったとはいっても、寸法直しだけが施された既製品だ。正式にオーダーメイドしたものは完成までに1ヶ月以上かかるということで、それはそれで注文はしたが、取り急ぎ既製品も購入したのだ。

 急きょ王宮から呼び出しがかかってはいけないということで、既製品の購入はメラニー判断で決まった。なので、そっちの方だけはリンド商会の支払いだ。

 メラニーのやつ、こういうところはきちんとしてる。ま、オーダメイドの高価な方は、しっかり俺持ちだが。


 メラニーは、あれからずっと忙しそうにしている。

 王宮のお墨付きがもらえれば、また本の注目度が上がる。このチャンスに本の装丁を新しくし、新たに俺の追記も加えて「新版」として出版しようって企画だ。というわけで、俺はこれから国王陛下への謝辞と追記の執筆に入らなきゃならない。


 メラニーの指示では、追加部分の半分ぐらいを謝辞と褒賞を受けるまでの過程にしろとのこと。俺オリジナルの追記はオマケかよ。けど商売に関しちゃメラニーには逆らえない。こうなりゃ媚びへつらいだろうと阿諛追従だろうと知ったことか。美辞麗句をそれと気づかれないような美文で書いてやる。

 

 4時間ほども書き続けていただろうか。我ながらいい感じに仕上がってきた原稿を読み直す頃には、もう夕方を過ぎていた。小休止を入れていると、メラニーが駆け込んできた。またしても慌てふためいて。ついに王宮からのお呼びがかかったか、と俺は緊張した。予想は、半分だけ当たっていた。


 「先生……大変なことに……なりました」


 「それはもういいって。既製品の正装、買っておいて正解だったな、メラニー」


 「これ、見てください」


 机に差し出された手紙のようなものには、冒頭に「招致状」と書かれてある。

 招待状じゃねぇ。悪い呼び出しの方の「()()状」だ。


 読み進めていくうちに、俺の顔から血の気が失せていくのがわかった。


 「なんだ……これ」


 「先生……どうしよう……」


 書状の主旨は、『選択ノ書』を発禁処分とするため、ついては王宮に出頭し通達を仰ぐように、とのことだった。


 「なんでだよ、意味……がわからねぇ」


 急いで用意した正装は、まったく予期していなかった正反対の用途で、使うことになってしまった。


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