祖国戦争
参謀本部情報総局第1スペツナズ旅団第1大隊のコンスタンチン・ボロディン少佐の部隊は今夜、特別な任務を与えられていた。GRUスペツナズの本来の任務は、国外での特殊作戦だった。しかし、今回は国内での任務だ。国内はロシア連邦保安庁の管轄なので管轄権のいざこざが起きるところなのだが、今回はそんなことは気にしなくてよかった。彼らは敵である。ボロディンは1週間前、GRU副長官のナザイリ・フリンの別荘での食事会に招待された。上司との仲を深めるのは悪いことだ、とは思わなかったので快諾した。いざ別荘に着いてみると、そこにはスペツナズ第1旅団の全大隊長が揃っていた。何事かと思ったが部局内での親睦会なのだろうと思い、素直に楽しむことにした。出された食事はとても豪華で、しばらく食べていなかった高級肉のステーキや上等なウォッカまで出された。他の大隊長と普段の訓練について話していると、デザートが配膳された。軍人の集まりには、らしくないショートケーキだったがボロディンたちは悪い気はしなかった。コーヒーと紅茶がそれぞれのカップに注がれて、給仕が下がるとフリンが全員を見渡しながら、話し始めた。
「今日、こうして第1旅団の大隊長のみんなを集めたのは、ある重大な発表があるからなんだ。」
フリンが話し始めると、全員の注目が彼に集まった。
「この続きは彼に話してもらうことにしよう。入ってきてくれ。」
そう言うと、部屋で1番重厚なオーク材のドアが開いた。戸口に現れたのは、シュレンコフ陸軍大将だった。
シュレンコフは部屋に入ると、まずはボロディンたちに祖国のことは好きかと聞いた。彼らがもちろんそうだ、と答えると彼は満足したように何度も小さく頷いた。
「では、フリン副長官のことはどうだ?彼は有能な指揮官か?」
ボロディンは、フリンが軍にいたことはなく諜報畑の人間だということをよく知っていたが、GRU本部の中では、2番手に有能なスパイだということも知っていた。招待主の面目を潰すわけにはいかないので、彼は頼りになり信頼できる上司だ、と答えた。他の3人も同じように答えた。シュレンコフは今度は頷くことはなく、妙に優しい顔つきで、全員の顔を眺めた。そして、全員に語りかけるようにして話し始めた。
「実は先日、ある裏切りが発覚した。これには軍部のみならず、政府全体にその関係者が存在することが確認されている。政府は戦況の悪化を隠し、戦況に関する虚偽の報告をしていた。」
ボロディンは、 GRUに勤務しているので少なからずその噂を聞いたことがあった。2ヶ月ほど前から流れ始めた。その噂は職員の、政府に対する忠誠心に揺さぶりをかけていた。
「私とフリン副長官は、この事件を見逃すことはできないと考えた。これは祖国に対する裏切りなのだよ!我々は欺かれ、戦友たちは裏切り者が作り出した地獄の中では死に絶えた!」
シュレンコフは唾を撒き散らしながら話していたので、ボロディンは密かに眉をひそめたが当然言えるわけもないので黙って話を聞いていた。
「そこでだ。君たちには、フリン副長官の直属の部隊として、今度実行される裏切り者に対する懲罰作戦に参加してほしい。君たちは作戦の中で非常に重要な役割を果たすことになる。参加してくれるかな?」
ボロディンたちは戸惑った。通常、作戦任務は GRU長官から命令書が送られてきて、それを元に実行することになっている。しかし、今回はGRU副長官からの任務である上に、命令書がなかった。明らかに通常とは違う命令であることは確かだった。法律では副長官は長官代理として命令を発することができると規定されており、非常時には命令書も実行後に作成してもよいとされている。ボロディンは迷った。今回の任務は、これまでの軍務の栄誉を全て無に帰す行為かもしれなかった。だが、自分がここに呼ばれたのは何かしらの特別な理由があるに違いないとも思った。今回の任務は完遂すれば大きな名誉となるだろうと思ったし、何より祖国のための任務を断ることはできない。ボロディンは、4人の中で最初に答えた。
「はい、もちろんです。フリン副長官、そしてシュレンコフ大将。喜んで私の部隊を指揮してご命令に従います。」
ボロディンに従って他の3人も命令に従うことを宣誓した。フリンはそれを聞くと笑顔になり、シュレンコフは一人ひとりを満足そうに眺めた。主人であるフリンは給仕を呼ぶと、家にある中で最高級のシャンパンを持ってくるように言いつけた。シャンパンがグラスに注がれ全員がグラスを持つと、シュレンコフは口を開いた。
「同志の団結に乾杯。」
あの夜、ボロディンはフリンに忠誠を誓った。今、ボロディン少佐はBTR-82に分乗した第1大隊を率いてモスクワ市内を走っていた。目指しているのはモスクワの中心である赤の広場だった。最重要目標はロシア連邦大統領、ウラジミール・コージンだ。今回の作戦にはVDVという略称で知られる、ロシア空挺軍も参加していた。彼らはクレムリンにヘリボーンを仕掛けることになっていた。ボロディンたちは、ヘリボーンで侵入する彼らを、クレムリンを守備している連邦警備庁の部隊には反乱軍だと説明し、防衛を偽り、宮殿内部に侵入。クレムリン内の中央警備室まで進んだ時点で内部から攻撃を開始することになっていた。第116親衛空挺師団は1個大隊が屋上からヘリボーンで侵入、1個大隊がメインゲートと裏口をそれぞれ陸路で確保する手筈になっていた。残りのVDVはクレムリン周辺の空港や、警察署を抑えることになっていた。クレムリンがこうした状況に陥る少し前に、GRUスペツナズ第2大隊はモスクワ市内の主要通信施設を全て確保して、通信を遮断。第3大隊は、バックアップとして兵力が足りないところに急行できるよう、車両に乗り込んで待機していた。ボロディンは自信を持って今回の作戦を指揮していた。なぜなら彼らは護られているからである。モスクワ市内でそのようなことが起これば、どこかの軍管区から鎮圧部隊が送られてくるのは確かだった。そこでシュレンコフは、彼とゴルシコフ大将の軍を動員し、モスクワに繋がる主要道路を全て確保することにした。このことはボロディンに大きな後ろ盾を与えていた。
作戦の全容を最後にもう一度、頭の中でシミュレーションしているとヘッドセットからボロディンの副官の声が聞こえてきた。
「あと5分です。準備してください。空挺軍は予定通り、3分後に強行着陸します。」
「分かった。全部隊に作戦開始を告げてくれ。」
ボロディンは戦術ヘルメットの顎紐を強めに締め直すと、彼の目は赤い塔の大きな時計を捉えた。




