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ギアレブナント  作者: 御影のたぬき


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第4話 声の形 後編

 その夜、案件が入った。


 橘から電話が来た。


「久住さん、廃倉庫で残響反応が出ています。数値は10.3、増加中です。倉庫内で警備員が一名、意識不明で発見されました」


「発生源は」


「倉庫の奥の区画です。かつて冷凍設備があった場所だと思います。その付近から反応が出ています」


「今夜行く。フォームはMOURN(モーン)で入る」


 廃倉庫は街外れにあった。


 かつて食品の保管庫として使われていた施設だ。十年前に廃業して、以来放置されていた。今年になって売却が決まって、来月から解体工事が始まる。


 橘が車で送ってくれた。倉庫の前で停まった。


「中に入りますか」


「入らなくていい。外で待機していろ」


「わかりました。通信は繋いでおきます」


 倉庫に入った。


 暗かった。機材の残骸が床に散らばっていた。棚が倒れていた。壁に沿って金属のラックが並んでいたが、今夜は一部が動いていた。


 形が、中央部に向かって集積していた。


 三メートルほどの人型が、ほぼ完成していた。ラックの骨格が腕を形成し、床に散らばった機材の部品が脚部と胴体に取り込まれていた。頭部の位置に、丸いサーチライトの残骸があった。レンズが割れていたが、発光していた。


 核の位置はわかった。胴体の中心だ。


 久住はデバイスに手を当てた。


 心拍が一拍、落ちた。


「変身」


 二重の声が倉庫に響いた。


「ギアレブナント」


 装甲が展開した。フォームシフト。MOURN(モーン)だ。


 重さが来た。感情が遠くなった。


 残響体が動いた。ラックの腕が振ってきた。MOURN(モーン)の装甲で受けた。衝撃が来た。分散した。後退しなかった。


 一歩前に出た。残響体の胴体に向かって踏み込んだ。


 ラックの腕が又来た。今度は久住が先に動いた。右腕で腕を掴んで外側に逸らした。そのまま残響体の胴体に接触した。


 グレイヴ・ブレイク。


 核に触れた。感情が来た――MOURN(モーン)のフィルター越しで。


 後ろめたかった。


 何かについて、後ろめたかった。何かを隠していた。隠すことで誰かが助かっていた。ただ、隠し続けることで別の誰かが傷ついていた。その後ろめたさが、最後まで消えなかった。


「……」


 グレイヴ・ブレイクを深めた。核が露出し始めた。ラックの骨格がずれていく。胴体の中心部から、白い球体が顔を出した。


 右拳を固めた。打ち込んだ。消えた。


 残響体が崩れた。ラックが倒れた。機材の部品が床に散らばった。サーチライトのレンズが落ちた。


 変身を解除した。フォームが外れた。マスクが外れた。


 倉庫が静かになった。


 後ろめたかった。その感情の残像が残っていた。何かを隠していた。隠すことで誰かが助かっていた。ただ、別の誰かが傷ついていた。その後ろめたさが。


 外に出ると、橘が来た。


「終わりましたか」


「終わった。片づけを始めろ」


「怪我は――」


「ない」


「後遺症は」


MOURN(モーン)を使った。二時間は残る」


 橘が計測器の数値を読んだ。何かを書いた。


「今夜の感情は何でしたか」と橘が言った。


「後ろめたかった」と久住は言った。「何かを隠していた。隠すことで誰かが助かっていた。ただ、別の誰かが傷ついていた、という感情だ」


 橘がメモを取った。


「それは――鈴村さんが桂木さんの記録を封鎖したことと、関係があるかもしれないですね」


 久住は橘を見た。


「倉庫と桂木を繋げるな。今夜の感情は今夜の核の感情だ」


「……すみません」


「ただ」と久住は言った。「繋げたくなる気持ちはわかる」


 橘が少し止まった。


「わかりましたと言った方がいいですか、それとも――」


「どちらでもいい」


 夜の道を歩いた。橘の声が今夜もわずかに遠かった。MOURN(モーン)の後遺症が残っている。ただ今夜は薄かった。


 後ろめたかった。


 その形の感情が、今夜は久住の中にある。


 桂木が記録の中に消えた。鈴村が封鎖した。久住の体に廃棄予定の核が入った。


 それぞれの事実が、久住の中に並んでいた。


 繋がっているかもしれない。


 繋がっていない部分があるかもしれない。


 今夜はそれだけを持って、アパートに帰った。



 翌朝、橘から連絡が来た。


「昨夜遅くまでアーカイブを確認していました」


「桂木の件か」


「関連情報として、十年前のこの工場の爆発事故についても調べていたら――第九の処置記録が出てきました。事故直後に発生した残響体を、第九が処理した記録です」


「処理担当者の名前は」


「黒塗りになっています。文書の大部分が墨塗りで、残っているのは日付と『処理完了』という記録だけです。ただ、文書の番号体系が、桂木さんの初期適合者記録と同じシリーズのものでした。同じ管理体系の中にある文書という意味です。つまり」


「処理担当者が桂木の可能性がある」


「可能性として、です。断定はできません。ただ――担当者欄の墨塗りの下、解像度を上げて確認したら、名前の文字数がたぶん二文字だということだけわかりました。桂木は二文字なので一致します」


「他には何も」


「それだけです」


 電話を切った。


 部屋の中が静かだった。


 桂木が第九の外部協力者として働いていた。十年前の工場事故の後、発生した残響体を処理していた可能性がある。それが三年前まで続いた。


 桂木が十年前の工場で、今夜の久住と同じように感情を受け取っていた可能性がある。後ろめたかった、という感情を。誰かを隠した人間の感情を。


 久住は右手を見た。指先の感覚はある。


 疲れた、と思った。感情としての疲れではなく、事実の確認作業に対する疲れだった。知ることが積み重なっていくが、知ったことが何かを変えるかどうか、まだわからない。


 桂木の声の形を確認した。


 ある。


 声の形はある。桂木の声の形が。


 ただ今夜は、その声が何を言おうとしているかが、聞こえなかった。


 声の形だけがある状態が、しばらく続いていた。



 翌日の昼過ぎ、鈴村に会いに行った。


「桂木が十年前の廃工場の処置をしていた可能性があります」と久住は言った。「処理記録の担当者欄が黒塗りになっていますが、文書の管理体系がEX‐07系列と一致しています」


 鈴村が少し間を置いた。


「そうだ」


「そうだ、ということは知っていた」


「知っていた」


「なぜ教えてくれなかったんですか」


「お前が辿り着くことを、俺は止めていなかった」


「それは教えることとは違います」


 鈴村が眼鏡を外した。


「久住、桂木が十二年間でどれだけの案件を処置したか知っているか」


「わかりません」


「百件以上だ。十二年間で、三桁に届く案件数だ。その一つ一つに、今夜のお前と同じように感情が流れ込んだ。同じように後遺症が出た。同じように翌朝起きて、また動いた」


 久住は黙った。


「それがどういうことかを、お前が理解できるかどうか――俺には、まだわからない」


「理解できていないとしても」


「何だ」


「知った方がいいと思います。理解できるかどうかとは、別の話です」


 鈴村が久住を見た。


「……そうかもしれない」


「桂木が十年前の工場で受け取った感情は、何でしたか」


「俺は処置に立ち会っていない。桂木が話したことは――ある。ただ、それを今お前に伝えるべきかどうかを、俺はまだ判断できていない」


「伝えない方がいい理由は」


「お前が今夜も案件に出ることだ。今夜出る前に聞くべきことではないかもしれない」


 久住は立ち上がった。


「わかりました。ただ――次に会う時には、聞かせてください」


「ああ」


「それは約束できますか」


 鈴村が少し止まった。


「……できる、と思う」


 確信はなかった。ただ、鈴村は嘘をつかなかった。できると思う、と言った。


 久住は事務所を出た。


 廊下の窓から外の空が見えた。今日は晴れていた。珍しかった。


 胸の残響核が、今日も振動していた。


 誰かの何かが久住の中で目を覚ます。久住ではない何かが。


 桂木が百件以上の感情を受け取ってきた。その一つ一つに何があったか、久住はまだ知らない。


 ただ、今夜も動く。


 それだけだ、とはまだ言えない何かが、今日の久住の中にあった。



 夜、小さい案件が入った。


 繁華街の路地裏だった。数値は6.4。単発の、小さい個体だ。橘が「私も同行していいですか」と言ったので、一緒に行くことにした。


 路地裏の奥、居酒屋の裏手に当たる場所だった。ゴミ置き場の金属フレームが、わずかに歪んでいた。排水口のそばに、感情の密度がある。


「変身。ギアレブナント」


 素体で入った。


 装甲が展開した。ゴミフレームの金属が少し動いたが、形を作るほどではなかった。


 核に近づいた。地面の染みに手を当てた。グレイヴ・ブレイクをかけた。


 感情が来た。


 消えたくなかった。


 それだけだった。消えたくなかった、という形だけの感情だった。恐怖ではなく、もっと純粋な、消えたくなかった、という形が。


 右拳を打ち込んだ。消えた。


 変身を解除した。


 橘が来た。


「終わりましたか」


「終わった」


「今夜の感情は」


「消えたくなかった、という形だった」


 橘が少し止まった。


「……消えたくなかった」


「そうだ。他の感情とは少し違う形をしていた」


「なぜ違うんでしょう」


 久住は少し考えた。


「後悔でも怒りでもない。ただ、もう少しここにいたかった、という形だ。抵抗というより、惜しむ形に近い」


 橘がメモを取った。


 二人で路地から出た。繁華街のネオンが当たった。


「久住さん」と橘が言った。


「何だ」


「消えたくなかった、という感情が、久住さん自身の感情と混ざることはありましたか」


 久住は少し間を置いた。


「今夜はなかった」


「ないんですか」


「今夜は。別の夜はわからない」


 橘が黙った。


「久住さんは」と橘が言った。「消えたいと思ったことはありますか」


 久住は橘を見た。


 橘は路地の方向を向いたまま、聞いていた。感情的な声ではなかった。ただ、聞いた。


「ない」と久住は言った。


「……そうですか」


「桂木の声の形がある間は、消えたいとは思わない。そういう仕組みではないが、そういう結果になっている」


「仕組みではないけれど、そうなっている、ということですか」


「そうだ」


 橘が頷いた。


「わかりました」と橘は言った。「ありがとうございます」


「何に対して」


「教えてくれたことに対して」


 久住は答えなかった。


 繁華街を歩いた。消えたくなかった、という感情の残像がまだある。今夜の核の感情が。


 桂木の声の形は今夜もある。


 それだけを確認して、今夜は歩いた。



 翌朝、沖野から短いメッセージが届いた。


「昨夜の廃倉庫案件のデータ確認しました。MOURN(モーン)フィルター越しでの感情流入――後ろめたかった、という形。密度は14.3。これはMOURN(モーン)使用時の平均流入閾値12.8を上回っています。久住さんの核が外部の核に対して共鳴感度を上げている可能性があります」


 久住はそのメッセージをしばらく見た。


 共鳴感度が上がっている。


 体内の核が何かに反応している。その何かが何なのかを、沖野はまだ言っていない。


 返信しなかった。


 代わりに橘に電話した。


「昨夜の廃倉庫の案件、後ろめたかった、という感情が残っている。建物の背景を調べられるか」


「調べてみます。ただ、今夜の案件が先に入っています」


「今夜の案件は何だ」


「廃マンションです。数値は8.7、来週から解体工事が始まる建物です。このエリア、再開発で立て続けに活性化しています」


「今夜行く」


 廃マンションは夜に着いた。四階建て、十二世帯。五年前から空き家になっていた。


 橘が車を停めた。久住は建物に入った。


 三階だ。核の位置は廊下の奥の部屋にある。


 部屋に入った。残響体が形を作っていた。壁のクロス、木材の枠、金属の窓枠が素材になっていた。人型は崩れていたが、密度はある。


「変身。ギアレブナント」


 心拍が一拍、落ちた。装甲が展開した。素体のまま。


 グレイヴ・ブレイクで核に干渉した。


 感情が来た。


 誰かに来てほしかった。


 来てくれると思っていた。来なかった。来てくれないまま、ここが終わった。


 右拳を打ち込んだ。消えた。


 残響体が崩れた。変身を解除した。


 誰かに来てほしかった。


 その残像が残っていた。


 廃倉庫の後ろめたかった、という感情の残像も、今夜はまだ薄くある。それらが今夜の久住の中に並んでいた。


 外に出ると、橘が来た。


「今夜の感情は――」


「誰かに来てほしかった、という形だった。来てくれると思っていた。来なかった」


 橘は黙ったまま、夜の建物を見つめていた。


「三日連続で」と橘は言った。「似た形の感情が続いています」


「そうだ」


「久住さんの核が共鳴している、ということですか」


「沖野はそう言っていた」


 橘がゆっくりと視線を巡らせる。街灯の光が建物の影を伸ばしていた。


「久住さん」と橘が口を開いた。「桂木さんも、こういう感情を受け取り続けていたのでしょうか」


「可能性はある。十五年間」


「……それは――」


 橘は言葉を途切れさせた。


「それは何だ」と久住は訊ねた。


「桂木さんは、孤独だったと思う」


 久住は橘をじっと見た。


「孤独だったかどうかは、わからない」


「でも」と橘は続けた。「届かなかった感情を受け取り続けることは、どんな感覚でしょう。十五年間も」


「わからない。ただ」


「ただ、何ですか」


「桂木は、誰かに言っていた。鈴村に。それだけは知っている」


 橘は小さく頷いた。


「それは、孤独ではなかった、ということかもしれませんね」


 久住は答えなかった。


 夜の道を歩いた。


 誰かに来てほしかった、という感情の残像が、まだ身体の中にある。


 桂木の声の形も、今なお消えてはいなかった。


 今夜は、それだけを抱えて、ただ歩いた。

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