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滲む境界  作者: キシ
第四章

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20/22

3

 再び、液体をかき分け進む。

 高校の敷地などそれほど広いものではない。逃げ隠れていた体育館から安全地帯だという第二校舎まで歩いてすぐである。そのすぐの間に黒い怪物は何体も待ち構えるが如く存在していた。

 見上げるほどの巨体に戻りつつあるそれは、こちらを補足すると襲いかかるようになっていた。嫌な想像があたったのだ。

 そして協力者は約束していた通りに俺達を守ってくれた。


「ありがとうございます」

「これが私の役割でございますから、礼は不要です」

 謙虚な人だ、という認識であっているのだろうか。——そもそも人なのか? 彼は式神と名乗っていた。式神が何なのか問いただす暇がなく、理解しているつもりで動いている。小さい人間もしくは遠隔ロボットのような物だろうと当たりをつけているがいずれにせよ表情が読み取れない。そのせいで心理的な壁は扉越しの時と変わりがない。


 幽和氏は手に持つ槍で怪物に斬りかかる。タテにヨコに斜めに。動きの速さに俺の目は追いつくことは出来ず、結果から過程を想像することしか出来ない。切り口には火が灯る。それは見送りの炎ではなく地獄の業火。怪物の黒は炭であったかのように全身に回ると、身体を溶かす。液体に戻った怪物はボタボタと音を立て校内に広がる水と合流する。

 初めは湿った泥のような色をした怪物だった物もすぐに液体に馴染んで透明になる。

 

 そうして出来た安全な道を幽和氏は進む。心情的には忌避感が強いが置いていかれるのは困るのでついていくしかない。よく分からない事だらけだ。けれど分からないなりに、遠回りをするのは良くないことだと理解している。


「今の怪物がモドキ⋯⋯というもので合ってるか?」

「さようでございます。霊気の集合体であり、物質化したもの全般を指します。他の身近な例を挙げるならば現在、高校に広がる液体であり、水のモドキとなっております」


 水のようだ、という感想は的外れでなかった。液体は水の偽物だということだ。偽物だとは言えただの水なのだから人体への影響は少ないかもしれない。——だとしても忌避感は消えそうにないな。


「なら人のモドキもいるのかな」

 まひるが呟いた疑問をまたしても聞き逃すことなく

「おりますとも。推測になりますが周囲のモドキは人がモチーフになっているかと。また発見例として多いのは幽霊としての物となっております」

と答えてくださった。

 液体に対し歩み寄りを試みていたが、やはり距離を置いた方がいいかもしれない。偽物だとしても俺は怪物を人間だとは到底思えない。この二つを同じ、もしくは近しい物だと認識する感性では液体が本当に水の偽物なのか怪しくなってきた。


「さっきから、ちょくちょく霊気って単語が使われるがそれって何なんだ?」

 移動中は質問しないように心がけていたが、振り積もる不安に耐えかね尋ねる。

「霊気とはエネルギーのことでございます。魂が作り出し、基本的には魂を保護するために使われます。その最たる例が⋯⋯⋯であり、また⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。今回ですと⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯で、⋯⋯⋯⋯」

 丁寧に解説してくれているのは伝わってくるが、長い上に状況も相まって理解しきれない。身の丈に合わない教科書を読んでいる気分だ。

「端的に、危険なものか?」

「単体では害をなしません。が、物理と精神のどちらにも干渉可能であり、変化しやすい性質からも危険性は拭えません。今回ですと霊気に引き寄せられ、幽霊やアヤカシが高校に集まるという実害が生じております」

 

 言葉だけだった頃から真面目そうな人物だという印象を抱いていたが、少しばかし評価に変更を加える。度がつく真面目だ。優しさで隠すことなく、事実を並べる。その潔さから彼の情報は信じられそうだ。


「ええと⋯⋯⋯。霊気、モドキにアヤカシ。それに幽霊。⋯⋯幽霊?」

 指を折り疑問を数える。まひるも随分と混乱している様子だ。

「今、全てを理解していただなくても結構です。私共があなた方をお守りいたしので」

 頼もしい限りだ。けれどそれは思考を停止してよい理由にはならない。考え続けなければ。

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