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暗殺者、チートは続く

 人を簡単に戦闘不能にするにはどうしたらよいか。

 これにはさまざまな意見があると思うが、俺が考える簡単な方法は視界を奪うことである。

 

 人は目でみて様々な情報を得るが、俺のように危機感を持たれず近づくことができれば柔らかい眼球などこれほど傷つけやすいものなどない。

 両目をつぶしてしまえば、あとはただ暴れることくらいしかできない。

 いや、暴れることもできればたいしたものだ。ふつうは突如として訪れた暗闇への恐怖で動けなくなる。


 他にもいろいろと方法はあるが命を奪ってしまうかもしれないやり方はできない。

 だから、俺は暗殺者達の眼球をナイフでひたすら撫でていく。


 そうして出来上がったのは、うずくまる大量の暗殺者達と暴れてしまいやむを得ず意識を奪った暗殺者達くらいだ。

 まあ、アンドレイが生み出した人工先端恐怖症と目覚めてしまった被虐趣味者の群れや、ヤーナが作り出した燃えない炎に心が砕けた者たちに比べれば俺が作り出したものは大したことはない。

 近いうちに治療院に駆け込めば視力もある程度は戻るだろう。 


 今、俺の隣にはアンドレイとヤーナがいる。

 そして、レイとリブは後ろに控えてもらっている。

 いつの間にか、こんなにも頼れる者たちがいた。それはとても喜ばしいことだ。


「メフィスト。それで……これからどうする? 俺を殺せなかったわけだが……別に俺は何か秘密を話すつもりはないし、お前らの邪魔をするつもりもない。ただ、俺自身が暗殺から足を洗えればそれでいい」


 俺は、遠くにいるメフィストをじっと見つめる。

 メフィストは、俺達が戦い、そして生まれた光景をぼんやりと見ながら動かない。

 一体何を考えているのか、無表情さからは全く読み取れなかった。


 そんなメフィストが突然動き出した。

 両手で顔を覆い、肩を震わせている。

 何事かと思ってみていると、彼は突然大声をあげて笑い始めた。

 おもむろに広げた両腕は、感情表現と見るにはややわざとらしすぎるきらいがあった。


「ははっ、ははは! 素晴らしい! 素晴らしいよ、シン! お前は本当に最強の暗殺者なのだな! うちの精鋭がこんなにも簡単に地面に伏していくなんてこと、あるはずがないとおもっていたよ! やはりいい! 君がいればそれでいいんだ!」


 焦点が合わない様子のメフィストは笑いながら、歩き、そしてまた顔を手で覆ったりと行動にまとまりがない。

 俺はそれを見ながら警戒をし続けていた。 

 相手は暗殺者ギルドの長だ。何をしてくるかわからない。


「何言ってんだ、お前」

「そのままの意味じゃないか! 私は別に情報を漏らされても痛くもかゆくもないし、そんなのが理由で君を狙ったわけじゃないんだよ! 君は最強だった! どんな依頼も失敗しないし、どんな護衛も君の前では成す術もない! しかも、暗殺者ギルドの情報網をもってしても名前すらわからない! ふるえたね! 私が全てをかけて作った暗殺者ギルドそのものを否定するかのようなその存在感! だがどこにもいないという両価性を併せ持った存在が君なのだよ! 君さえいれば望みが叶う! 私の野望であった、この王都の実権を握るということが、君がいればぁ! シン、君さえいれば叶うんだ!」

「だから、何言ってんだ、って言っている」


 俺は足を一歩前に踏み出し、叫んだ。


「メフィスト。俺はお前がなんて言おうと暗殺者ギルドを抜ける。俺はレイと生きるんだ。一緒に生きて幸せになる。もう、人の命を刈り取って生きていくのは嫌なんだ。だから、ここでお前も終わりだよ。俺が、終わらせる」

「終わらせるだって!? 君が!? 最強の君が私を終わらせる!? くっ、はは、くはははは! 面白い! さすがは最強だ! 本当に面白いよ!」


 俺は、目の前のメフィストの言い草に苛立ちを覚えた。

 今、俺達は二百人の暗殺者を戦闘不能にしたばかりだ。

 それを、いくら長とはいえ、メフィスト一人でどうにかできると思っているのだろうか。それとも、俺の気づかないすさまじいギフトを持っているのだろうか。

 

 まあ、いい加減言い合っていても仕方ない。

 早く終わらせて、レイにご飯をたべさせてやるんだ。


 俺はそう思って、空間を流れる。

 人と違って、空間は固定されているからむしろ流れやすい。

 隙間を縫う感覚でいけば、思い通りのところに出られるのだ。

 だからこうして今も――。

 

 俺は、空間を流れ抜けそしてメフィストの真後ろに立った。


「お前だけは俺が殺す。暗殺者ギルドも終わりだ」


 俺は短剣を背中から突き刺した。

 そして、確かにメフィレスの背中に突き刺さったはずなのに。


 目の前の男は服の上着だけを残していなくなっていた。

 突き刺したはずの体はなく、穴のあいた上着が俺の右手に引っかかった。


「なっ――どこにいっぐぅ!」


 気づくと、俺の右手にナイフが突き刺さっていた。

 だが周囲には誰もいない。

 感覚的に言うと、突然ナイフが刺さった状態で現れた、という意味のわからない状況だった。


 俺は即座にその場から遠ざかり周囲を窺った。

 レイやヤーナ達は俺の突然の行動に驚いているようであった。


「気をつけろ! メフィストが仕掛けてくるぞ!」

 

 そう叫んだのも束の間、右足に痛みが走り力が抜けた。

 途端に力が抜けたっていられない。

 なんとかすぐにしゃがみこみ、倒れずに済んだが、どういうことだ? メフィストも俺と同じようなギフト持ちか?


 なんとか体制を整えようとしている最中。

 耳元でメフィストの声が響いた。


「無駄だよ、無駄。シン……君が思っているよりも、強者というのは存在するのさ。だからね、あの子供を取り返したからと言って、別に私から逃れたわけではないということを見せてあげよう」

「何っ!?」


 声をしたほうに短剣を振るうも何もない。

 そして、俺がレイのほうをみると、レイが不安そうな顔でこちらを見つめていた。

 俺はその視線を受けてすぐさま立ち上がった。

 レイの前で情けないところを見せている自分に腹が立った。

 なかば、勢いで立ち上がると、すでにメフィストがレイの真後ろに立っていた。


「リブ! 後ろだ!」


 俺の声に振り向いていたが、一瞬でいなくなったその姿に、俺もリブもやはり何もできなかった。


「メフィストは姿を隠している! 気を付けるんだ!」

「しかし、ご主人様。全く気配など感じません。一体どこにいるのやら、――ちっ」


 返答を返してくれたアンドレイが話しながらその場でうずくまる。

 見ると背中にナイフが生えていた。


 やばい。

 このままじゃ、せっかく暗殺者二百人を倒したにもかかわらず全滅必至だ。

 だが、メフィストが捉えられないといくら空間を流れられるといっても俺達じゃなすすべがない。

 今までの俺達じゃ。


「ご主人様、今すぐここを離れるべき。アンドレイが攻撃を受けるなんて、信じられない、です」

「このメイドの言う通りだ! シン! 早く逃げるぞ! 相手の攻撃の正体がわからない状態で戦うのは無謀すぎる!」

 

 ヤーナもリブも、俺に早く逃げようといってくれる。

 たしかに、その判断はとても正しい。

 俺だって、その提案を飲みたくなってしまう。


 だが、俺は最強の暗殺者だった男。

 今までの依頼で失敗したことなんて何一つない。

 ゆえに、依頼じゃないが暗殺者ギルドをつぶすことだって、必ず成し遂げるのだ。この場で。そう、今この場で。


 だが、いくら目を凝らしてもやはりメフィストはいない。

 隠密系のギフトなのだろうが、見つける方法に検討もつかない。


 俺の『流れるもの』が空間を流れるとき。

 その時は、俺の姿は当然見えてはいるが、その存在はやはり川に浮いている木の葉である。

 誰も気にも留めない。

 しかも、流れると信じられない速さで動けるから、俺はレイを助けるとき、瞬間移動さながらの動きができたのだ。


 だが、メフィストは違う。

 明らかに姿が消えてしまっている。そして、再び現れては消える。まさに、暗殺者のためにあるようなギフトだろう。

 さすがは暗殺者ギルドの長というところだ。


「だが――」


 俺は、自分の腕に刺さったナイフを抜いて、それを振りかぶった。

 そして、静かに振り下ろす。


 すると、突然、遠くで声がした。視線を向けると、そこには、肩あたりにナイフが刺さったメフィストが苦悶の表情で立っていた。


「どういうことだ! なぜ、私にナイフが!!」

「言っただろ? メフィスト。俺がお前を殺す。それが現実になろうとしているだけだ」


 俺はそういうと、即座に空間を流れメフィストへと迫った。

お読みいただきありがとうございます。

そろそろ物語もひと段落つきますが、作者のモチベーション維持のために評価をいただけるとありがたいです。

よろしくお願いいたします。

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