暗殺者、さらにチートする
「なぜ私にナイフが! 『隠れるもの』は発動しているはずなのに!」
メフィストの眼前に俺が迫ると、目の前の男は突如として消え失せる。
そして、再び声だけが響いた。
「は! やはり俺がみつけられないのだろう!? そうだ! 私はこのギフトで多くの修羅場を潜り抜けてきたんだ! いくら最強の暗殺者といえども、簡単に破れるものではない!」
たしかに、あたりを見回すとメフィストは見当たらない。
『隠れるもの』というギフトの名前から察するに、やはり隠密系のギフトのようだ。だが、姿を消すだけなら周囲を炎で埋め尽くしてしまえば……。
「ご主人様、下がりやがれ、です」
俺がそんなことを思っていると、ヤーナが察してくれてすぐさま両手から大量の炎を生み出してくれた。目の前は炎の海になったが、メフィストは現れないし苦しむ様子もない。
そこから考えられるのは、文字通り、完全にここから存在が消え失せてしまっているのだろう。
声だけ聞こえるのは応用技といったところだろうか。
「やっかいだな」
だが、もし俺の仮定が合ってたとしても大きな問題じゃない。
俺には『流れるもの』がある。
俺は、人の間も空間も流れることができた。
そして、このギフトはきっと俺の思いに答えてくれると感じていた。だからこそさっきはメフィストに刃が届いたのだろう。
俺は、意識を集中させていく。すると、ギフトは俺の声にこたえてくれるんだ。
そして流れる。流れるんだ。
時空の隙間を。時間の流れに逆らって俺は流れていける。
目をつぶると、さっきまでそこに立っていたメフィストが見える。
そう――俺は時空を、時間を流れていける。
数十秒過去に流れていき、そしてメフィストを見つけたのだ。
俺は過去のメフィストめがけて、俺は再び短剣を振り下ろした。と同時に、『今』まで即座に戻ってくる。
「ぐっ——! な、なぜだぁ! なぜ私を見つけられるんだぁ!」
すると、やはり先ほどとは違う場所でメフィストが苦しんでいるのが見えた。
俺はその姿を確認すると、一歩一歩近づいていく。
彼は俺の姿を視界にとらえると、しりもちをついたまま後ずさる。
「ひ、ひぃ!」
「メフィスト……お前は三つの失敗を犯したんだ」
できるだけ穏やかに語り掛けるも、メフィストは恐慌状態なのかいまだに無様な悲鳴を上げている。
「一つ目は、見せしめのためにこんなくだらない場を用意したこと」
もし、俺に対して奇襲を繰り返して命を奪うことに貪欲でいたのなら。
俺はいずれ傷付いていただろうし力も尽きていた。眠らなければ生きていけないし、俺だって疲れはある。
このような場を整えてしまい、かえって俺に有利な条件を作ってしまったことが一つの敗因だろう。
「二つ目は、俺の前に姿を現したこと」
今の俺の前に姿を見せると言うこと。
それは、いつ攻撃されてもおかしくない、ということだ。
顔には出さなかったが、時空を流れるのはひどく消耗する。しかし、不可能ではない。
一度でも対象を認識していれば、過去にさかのぼり俺は相手に干渉することができる。
俺の前に姿を現したことでメフィストは大きなハンデを負ったのも同じだ。
「三つ目。これは、俺にとって一番重要なことだ」
「ななな、なんなんだ、お前は! 一体、お前は――」
これだけは犯してはならない領域。
それをお前は破ったんだよ、メフィスト。
これから一生、俺はその領域を汚したものに慈悲の心を持たないだろう。それほどまでに、大事な宝物。
そう、それは。
「俺の家族に手を出したこと。その時点で、お前の死は決まっていた」
すでに下半身も濡れ、涙や涎を垂れ流しているメフィストに向かって、俺は短剣を振り上げた。
そして、その醜い姿をみて俺の体は動きを止める。
同時に問いかけてくるのは自分自身だ。
自分の声が、俺自身に問いかけてくる。
——このまま殺してしまっていいのだろうか。
いいに決まっている。レイが攫われたんだぞ? なら、死をもって償うべきだ。
——再びこの手を血で濡らすのか?
そんなものは今更だ。何人殺してきたと思ってるんだ。そんな綺麗ごとを言う前に、さっさと刃を突き立てればいい。
——それで俺はレイの父親として胸を張れるのか? あの子に、真正面から迎えるのか?
自問自答を繰り返す。
最後の質問には答えは出せなかった。だが、俺は無言で短剣をメフィストめがけて振り下ろした。
その瞬間、俺の耳に最愛の娘の声が響きわたった。
「——お父さん! ダメ!」
すでに刃は止められない。
腕は振り下ろされていく。しかし、脳内ではレイの声が何度もリフレインしていた。
そのまま短剣は突き刺さった。
刃は、メフィストの髪の毛と耳をかすめ地面へと突き刺さっていた。
とっさに身体をよじり、なんとか軌道をそらすことができたんだ。なぜだか、俺は安堵し大きく息を吐いていた。
「は、ははっ、命拾いしたな、メフィスト」
「はわわわわわ」
すでに気を失っているメフィストに人蹴り食らわせると、俺は踵を返して彼に告げた。
「俺はなんだと聞いていたな?」
そんなのは決まっている。
「俺は、レイの父親だ」
そういって、俺は遠くで手を振っているレイの元へと走っていったのだった。




