暗殺者、使用人と和解する
俺はリブと考えを共有すると、その場で別れた。
リブにはリブ、俺には俺のやるべきことがあったからだ。
この街で、リブ以外は敵だと思っていい。
そう思って行動しないと足元をすくわれる。
警戒心を最上級にあげて、俺は街を走った。そして、ある場所へと向かう。
しばらく走ると、そこは見慣れた俺の屋敷。
レイと共に過ごした、思い入れのある場所になっている。まずはここからだ。一つずつ、たどっていくしかない。
俺が屋敷に入ると、すぐにアンドレイとヤーナが迎えてくれた。
思わず殺してしまいたくなるのを抑えて、俺は二人と相対した。二人は、本当にいつも通り礼をしてくれており、俺と二人との温度差に理解が追い付かない。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
「ご主人様。さっさと帰ってきやがれ、です」
今日の朝までと全く変わらない二人の態度。
俺は、できるだけ感情を殺して言葉を紡いだ。
「……俺がこれから言いたいこと、わかっているな?」
その問いかけに、しん、と静まる大広間。
しばらく待っていると、アンドレイがおもむろに口を開いた。
「何のことでしょう? 特に思い当たることはありません」
「ふざけるな! レイがさらわれるのを見逃しただろう!? お前達の仕事には、レイを守ることも含まれていたはずだ! なのにどうして――」
「私は、今でも最善を尽くしたと思っております。それはヤーナも同じでしょう」
「っ――」
堂々と言われ、俺は思わず叫びだしそうだった。
だが、堪える。
なぜアンドレイがこんなことを言うのか。それを考えてからでも遅くはないと思ったからだ。
そして、俺は思考へと飛び込んだ。
数分だっただろうか、数十分だっただろうか。
今まで見聞きしてきたすべてを動員して、俺は目の前の男の意図を探る。
つまり。
そういうことか。
「アンドレイ」
「はい」
「ヤーナ」
「……はい」
「担当直入に聞こう。お前たち、暗殺者ギルドのものだな?」
俺の問いかけに、ピクリとアンドレイの眉が動いた。
「思えば不自然だったんだ。執事とメイドを募集して、リブと同じ程度の位階を持っている人間など普通は見つかるはずはない。それが簡単に見つかり俺に雇われるだなんて、作為的なものを感じないことがおかしかった」
「それで、どうして私達が暗殺者ギルドだと?」
アンドレイは、動揺もせずに聞き返してくる。
そもそも、暗殺者ギルドという言葉に驚かない時点でお察しだが。
「可能性が一番高いからだ。俺は、手紙を送る魔道具でギルドから抜ける旨を伝えた。だが、考えてみるとそれだけじゃ足りなかったんだろうな。たくさんの機密を抱えている俺に生きてられると困る人間が多いのは事実。今までは俺のギフトで見つかることはなかったが――俺の足取りを終えたのはレイと出会ってから。俺が人と交わり、そして人と生きてしまっていたからだ。だから見つかった。おそらく、ギルドは俺の正体をずっと探していたんだろ? 味方のうちは、これほど役に立つ駒はない。だが、敵になればそうはいかない。誰よりも恐れ、疎まれ、消し去りたい。そう思われるのが俺だ」
俺は大きく深呼吸をする。
そして、アンドレイの冷静な顔を睨みつけて言い放った。
「お前らは暗殺者ギルドから送り込まれた刺客であり、レイをさらったのは暗殺者ギルドの一派。大方、人質でもとれば俺を殺せるとふんだんだろう。その情報も流したのはお前たちだろうがな。思い返せば、足音消しすぎだよ。俺が疑っていればすぐにわかったはずなんだ」
「ご明察です」
俺がそう言い切ると、アンドレイは深々と頭を下げた。
「私たちはギルドに所属する暗殺者でございます。ここにこれたのも、ご主人様の情報を得るため」
「ヤーナもか?」
「今更気づくなんて、やっぱりご主人様は低脳です。赤ちゃんからやり直しやがれ、です」
「うるさいな」
こんな時でさえいつも通りのヤーナにあきれながら、俺は短剣をそっと抜いた。
「ってことは、俺とやりあう覚悟はできてるってことだよな? 最後に言い残すことはあるか? 殺しはしない。だが、容赦はしない」
「では、最後に一つだけ」
「なんだ?」
「私が今まで言ってきた言葉に嘘偽りはございません。お嬢様がさらわれたときも、今も、私が言ったことは本心からくるものです。ご主人様を裏切ったことなど一度もない」
「何?」
「私の言葉を信じていただきたいですが、もし信じていただけないのなら、私も命が惜しい。最強の暗殺者と言われたご主人様にかなうとは思いませんが……全力でお相手しましょう」
その言葉を聞いて、俺は足を踏み出すべきか悩んだ。
人と交わらなかった十年間。そのせいで、俺は人の機微には疎いだろう。
だが、俺には到底思えなかった。目の前のアンドレイが嘘をついているようには見えなかったのだ。
「なら、聞かせてもらおうか」
「はい、なんなりと」
「お前は言ったな? 今助けることが利益にはならないと。お前がいう利益はなんだ」
「私の利益。それは、ご主人様とお嬢様が幸せに生きることです。そう、末永く」
「じゃあもう一つ。俺はあの時動くべきではなかった。だが、動くべき時ではなかったのはあの時だけだろう?」
そういった俺の言葉にアンドレイは目を見開いた後、柔らかく微笑んだ。
「その通りでございます」
「わかった。じゃあ、アンドレイ、ヤーナ」
二人は一歩前に出た。俺はすでに背中を向け外に向かっている。
「この家を守れ。すぐに戻ってくる」
「はい、お待ちしています」
「さっさと帰って来やがれ、です」
その言葉を背中に受けて、俺は屋敷を出た。
俺の推察が正しいのなら、俺の敵はあの二人ではない。断じて違う。
アンドレイとヤーナ。
二人が暗殺者ギルドに所属しているのは間違いない。だが、俺の命を狙いに来たというのであれば疑問が残る。
もし俺を殺すのならば。
すでに試みていてもいいのではないか?
毒なり、寝込みを襲うなどいくらでも機会はあった。だが、二人は献身的に俺に尽くしてくれている。その行動は明らかに矛盾している。
ということは、だ。
そもそも、二人は俺を殺しには来ていない。ということなのだろう。
ならば情報だけを調べに?
だとしても、あの場で俺に見つかるのはあまりにもお粗末だ。
もしレイをさらいたいのなら、俺が街の外に出ているときでいい。その時にさらえば、それこそ簡単だろう。
二人が内通者ならば、俺のいない時間など簡単に把握できる。
じゃあ、なぜ俺が返ってくるだろう時間帯に示し合わせたかのようにさらったのか。それはきっとあの二人が仕組んだことだ。
あの二人は俺に教えてようとしてくれた。
安穏と生きていた俺に、危険を教えてくれようとした。
鈍った勘と、人と戦うということへの心構えを教えてくれようとした。
だからこそ、あんなに回りくどい方法をとったのかもしれない。
暗殺者ギルドからの信頼を得つつ、俺への献身を保つにはあの状況が妥協点だったのだ。
なぜそんなことをしようと思ったのかは、俺にもわからない。
あの場でレイを助けることはおそらくできただろう。
クロイツとエリセオがいたにしろ、レイをさらおうとした男を殺すくらいは簡単なことだ。
しかし、それをしてしまうと、俺はたどり着けない。
きっと、その場でレイを連れて逃げて、おしまいだ。
それだと、今までの生活を続けることはできない。それが本当にレイの幸せになるかどうかなんてわかり切っている。
だからこそ二人を俺を止めてくれた。
黒幕へたどり着くために。
二人は泥をかぶってくれたのだ。殺されるリスクを飲み込んで。俺が気づくと信じてくれて。
ならば、俺はたどり着かなければならない。
俺がたどり着く場所。
そんなものは一か所しかない。
この事態を招いている元凶。
それは暗殺者ギルド。そしてそこの長である暗殺者ギルドのギルド長。メフィレスのところだろう。




