暗殺者、乗り込む
「別についてこなくてもいいんだけど」
「何を言っている! 一人でいかせられるわけないだろ!? 暗殺者ギルドだぞ? あの! 暗殺者ギルド!」
俺は、あらかじめ決めていた酒場で落ち合ったリブと会った。そして告げたのだ。暗殺者ギルドをつぶすと。
だが返ってきた反応は芳しいものではない。
「昔から噂になっていた。王都に暗殺者ギルドがあるとは昔から言われていた。だが、見つけられなかったのだ。騎士団のすべてをもってしても尻尾さえつかめない。その暗殺者ギルドを一人で壊滅させるなど! 大事な友が死地に飛び込むのを黙ってみていられるか! しかも、あのロンド伯爵がかかわっているんだぞ? ただじゃすまない」
リブは、追加である情報を持ち帰っていた。
それは、俺の殺害依頼を企てたのがロンド伯爵という貴族だった、というものだ。
ロンド伯爵は王都の政策において大きな発言権をもつ貴族らしい。ここまでの大物が関係しているとは全くおもっていなかったそうだ。
まさか貴族が絡んでいるとは思わなかった俺は、事態の大きさに思わずため息を吐く。
「まあ、その伯爵様が関わっていようがいまいが、俺がすることは変わらない。俺の命を狙っている暗殺者ギルドをつぶしてレイを助ける。それだけだ」
「だから! ……まあ、たしかにそれだけなんだが、簡単じゃないだろう。レイの居場所だってわからないのだし」
「それも全部聞くさ。きっと誰かしら知っている」
俺はかならずレイを取り戻す。
そう心に誓うと、横にいるリブを見る。
リブは周囲を警戒しながら背筋を伸ばして歩いていた。
俺とは全く違う生き方をしてきたリブ。
エルフに生まれ、騎士としてまっすぐに突き進んでいる。日陰を生きてたくさんの罪を重ねてきた俺とは雲泥の差だ。
そんなリブは俺を友と言ってくれて助けてくれた。
レイとはまた違う意味で、俺はレイが大事みたいだ。
「そういえばリブ。さっきも言ったが、俺は元暗殺者だ。当然大勢の人間を殺し、罪を重ねてきた」
突然切り出した話に、リブはやや驚いた様子だったがすぐにそのすました顔を向けて頷いた。
「ああ」
「そして、俺自身の立場は悪いし、これから行く先も危険はつきものあろう」
そこまで話すと、リブはゆっくりと頷く。
「俺を殺したい原因は、かつて行ってきた暗殺にまつわる情報をもっているからだ。ロンド伯爵をはじめ、きっと暗殺者ギルドに関係のある貴族も多いんだろう。知られたくない秘密もある。だから狙われているんだ」
「それで?」
「いいんだぞ? 一緒にこな――」
来なくてもいい。
そう言おうとした瞬間に、リブの手刀が俺の脳天にふってきた。
小手をつけているから、冗談抜きに痛い。
「馬鹿か? 私が言ったことを何一つ理解していないんだな」
「な! いきなりなにすんだよ!」
「それはこっちのセリフだ。いいか? 誰が何と言おうと私はシンを助けるよ。誰が何と言おうとだ」
どうして?
その言葉は出てこなかった。
なぜなら、それはリブの瞳が語っていたからだ。
まっすぐ俺を突き刺してくる瞳はうるんでいて。
その頬は赤く染まっていて。
怒っている口調からは想いがあふれていて。
俺は必死で疑問を飲み込んで、そして必死で笑う。泣きそうになるのを堪えながら。
「ありがとな」
「ああ」
「じゃあ、行くか。娘奪還とギルドの壊滅。俺達の、仕事の時間だ」
◆
俺とリブは、ごく普通の街の一角にある雑貨屋にやってきた。
そして、何に使うかわからないモチーフをもって店番に話しかける。
「なぁ、このモチーフなんだが」
「すいませんね、お客さん。そちらは売り物じゃないんだ」
「そうか。あいにく、俺の持っているこの鍵が、モチーフの穴にピッタリ合うんだが」
俺は、元々持っていた装飾の施されたカギを取り出した。そして、そのモチーフに開いている穴にそれを差し込んだ。
すると、モチーフが上下にずれ、中から一枚の紙が出てくる。
「そうですか。でしたら、その出てきた紙をもって、港に行くといい。待ち人がいるだろうさ」
「ああ、ありがとう」
「またご贔屓に」
そういって、俺達は外に出る。
「今のは一体?」
「ああ。あれな。暗殺者ギルドとコンタクトをとるためにはいくつか通らなきゃいけない関門があってな。その一つ目が、この鍵だ。この鍵は暗殺者として認められたものに渡される鍵なんだが、俺が探したときには全く手掛かりがなくてな。苦労したもんだよ」
「まさか、そんなものがあるなんて」
「んで、そのカギをあの店に持って行ってモチーフに差し込む。出てきた紙をもって店員に言われた場所に行かなきゃならない。言われる場所は毎回違うんだ。だから、俺達も毎回このルートでしかギルドに行けない」
「騎士団はその鍵の存在すらしらなかった……」
愕然としているリブを後目に、俺は港へと急ぐ。
あたりをうかがうと、怪しい倉庫が目に入った。その倉庫の扉の目立たないところには、さっきの怪しげなモチーフが描かれている。
「で、言われた場所に行くとこうしてあるわけだ」
「こ、これはなんだ?」
倉庫に入って奥に進むと見えるものがある。
それは、俺が何度も見て何度も潜り抜けてきたもの。
空中に浮かんだドアだった。
その手前にも奥にも何もなく、正真正銘浮かんでいるのだ。
「ま、魔道具か?」
「ああ。あるギフト持ちが作った魔道具の一種だ。詳しい仕組みはわからないが、この扉をくぐると暗殺者ギルドにつながっているんだよ。この扉は、この鍵を持っているものしか入れないようにできているらしい。なんとも、入念なことだよ」
「この先がギルドに……」
「まあ、おそらくは別の場所に転移させる魔道具らしいんだが、この先につながっているギルドがどこにあるかは俺もしらない。じゃあ、行くぞ」
「あ! ああ、待ってくれ」
俺は無造作にその扉を開く。
とりあえず、緊張しているリブを安心させるためにも、俺が最初に行ったほうがいいだろう。
そう思って前に出ると、リブが俺の上着をそっとつかんだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「どうした? ここで待ってるか?」
「いい、いいや、行く! 行くんだが、その、あの……」
急にしおらしくなったリブは、顔を真っ赤にしてちらちらを俺の顔を見てきた。
なんだというんだ、まったく。
「言わなきゃわからない。なんなんだ、いったい」
「その、恥ずかしいんだが……」
「ああ」
「手を握ってていいか?」
「は?」
俺の脳内を疑問符が埋め尽くす。
その様子をみていたリブが、慌てたように声をあげた。
「似合わないのはわかってる! だが、このような得体のしれないものをくぐらなきゃならないと思うと……怖くて」
突然の女らしい様子に、俺は思わず笑ってしまった。
これから冒険者ギルドに乗り込むというのに、こんなに緩んでいいのだろうか。そう思いながら、俺はリブの手を強くにぎった。とても暖かかった。
「――あ」
「じゃあ、リブ。行くぞ? せーので入ろう」
「あ、ああ! 準備は万端だ!」
嘘つけ。
そんな突っ込みを心の中でしながら、俺はリブの腕を引っ張った。
一瞬抵抗されるが、すぐに身をゆだねてきた。あきらめたのか決意したのか。
まあ、どちらでもいいが、すぐさま俺達は浮遊感に襲われた。
どこかへ飛ばされるような感覚。
あの魔道具をくぐった際に毎回感じるこれはあまり好きではない。
その感覚がなくなったと思ったら、すでにそこは別の場所。
暗殺者ギルド――。
「じゃない?」
俺の目の前にはだだっ広い草原が広がっていた。
一体全体、ここはどこだというんだ。
周囲を窺うと、ようやく今の事態に気づくことができた。はめられたのだ、罠に。
リブもそれに気づいたのだろう。つないでいた手を離すと、すぐさま剣を抜く。
「くるのがわかっていたのか?」
俺達が立っている場所から離れたところ。
よくよくみると、そこに一人の人間が立っていた。それは、俺が何度もみたものだった。
暗殺者ギルドの長。メフィレスの姿だ。
メフィレスは、背は小さくとても細身で黒いスーツを身にまとっている。一見すると何の変哲もない男なのだが、その男が醸し出す雰囲気は息が詰まるほどだ。
「ごきげんよう。最強の暗殺者。ずっと、誰だかわからなかったから感慨深いよ。こんな顔をしてたんだね」
「ギルド長のご機嫌がよくなるなら俺も喜ばしいな」
「ははっ! そう言ってくれると嬉しいけど。簡単にこの業界から抜けられるとは思わないことだ。とりあえず……さようなら」
その瞬間、俺達をもとから取り囲んでいたのだろう。
かなり大勢の人間が姿を現した。
人数にすると……二百人ほどだろうか。
俺はごくりと唾を飲み込んだ。
「さすがに、あそこまで緩んでいる場合じゃなかったかな」
俺は苦笑いを浮かべながら短剣に手を伸ばした。




