暗殺者、泣きじゃくる
「はぁ、はぁ、はぁ」
ずいぶんと遠くまで来た。
ここは、おそらくは貧民街の一角。その一つのあばら家に身を隠している。
リブは俺をずっと担いでいたからか息も絶え絶えだ。
なんだかすごい剣幕だったので、降りて一緒に走ろうか? とは言いづらかった。
俺がリブをぼぅっと見つめていると、リブはその視線に気づいたのだろう。どこか気まずそうに顔を逸らした。
「聞いたぞ」
「ん?」
「お前が暗殺者で危険人物だって」
「ああ、それか」
おそらくは街中に広まっているだろうその情報に、俺は自嘲気味に笑う。
「ははっ、みんな知ってるのな」
「どうして笑う! それよりも、それは本当なのか? 本当に、お前は暗殺者なのか――」
ああ、そうだ。
俺がそう答えようとしたその瞬間、リブななぜだか自分の頬を自ら殴った。そして、ぐぇ、と女らしからなううめき声をあげてその場に倒れ込む。
いや、そんな本気で自分殴るってどんだけだよ。
とんでもない美人エルフなのに、あきらかにおかしい。
「いや、すまん。気にはなるが、シンの過去に興味はもちろんあるが! それを今聞くべきではなかった。というよりも聞く必要などない」
「え? それはどういう……」
何いってるんだ?
この脳筋エルフは。
「今、この街でシンは単純に危険人物として追われている。暗殺者らしいという情報は一部の人間しかしらない。だが、私はそんなのどうでもいいんだ。シンが追われて困っている。それだけで、私はお前を助けようと決めた。正直、団長とギルド長が一緒にいるのを見て逃げ出したくなったが、シンを助けることで頭がいっぱいだったんだ」
「あの二人……そんなに有名か?」
「もちろんだ。騎士団長は言わずもがな。ギルド長も昔は重槍のエリセオと恐れられた金級冒険者だったのだからな」
たしかに、二つ名をもつにふさわしい実力だったなぁ、と思いながら俺はやっぱりおかしいとリブに問いかける。
「じゃあ、なんで助けてくれたんだ。俺なんか放っておけばいいだろう? なのに、なぜ――」
俺がそういうと、リブはどこか泣きそうな目で、俺の顔を両手でぴしゃりと叩いた。
「馬鹿言うな。どこに大事な友が苦しんでいるのに助けないやつがいる。そんな、悲しいこと言うな」
怒っているほうが泣きそうだという不思議な状況に頭がついていかない。
悲しいこと? 友?
「わかっているのか? 私はシン、お前のことが大事だ。だから、この街全部を敵に回しても私はお前を助けるよ。それが友だろう? もちろん、シンが悪いことはしたら怒りはするが、絶対に見捨てない。まあ……もちろん友達以上の関係になったっていいんだが――」
後半は聞こえなかったが、わかった。
リブは馬鹿だ。
とてつもない馬鹿だ。
どこの世界に、出会ってそれほどたっていない男のために命をかけるやつがいるのだろう。
普通は見捨てる。
しかも、副団長という身分があるリブだ。そのまま生きていれば何も不自由はしない。
それを捨てる覚悟で俺を助けるなんて馬鹿だ。大馬鹿だ。
どうしようもなく馬鹿だ。
なんだ、こいつは。
信じられない――。
そんなことを考えていると、ふわっとリブが俺の顔を抱きしめる。
わけがわからなかったが、そのぬくもりに思わず身を任せてしまった。そして、どうして抱きしめてくれたのか、わけがわからず問いかける。
「どうして、抱きしめるんだ?」
「泣いている友がいたら、慰めてやりたいと思うものだ」
「俺は泣いてるのか?」
「今のシンが泣いていないっていうなら、この世界に泣くなんて言葉存在しないよ」
泣いてる?
どうして?
思わず目元をぬぐうと、確かにびしょ濡れだ。
自分が泣いているというのを自覚すると、不思議とその理由にも気づくことができた。
俺は、この世界にきて孤独だった。
その孤独からレイが救ってくれたんだ。理由はわからないけど、レイが来てから俺は人と交われるようになった。
そうして、リブやクロイツ、アンドレイやヤーナ、エリセオ達と仲良くなった。
冒険者や門兵にも受け入れられたと感じていた。
だが、今日、突然俺は拒絶された。
受け入れてくれていたと思っていた人たちに拒絶された。
俺には、それがどうしようもなく悲しかったんだ。そして、リブが前と変わらず俺を受け入れてくれることがうれしかったんだ。
だから泣いてたんだ。
今、わかった。
「なぁ、リブ」
「なんだ?」
「……俺は、レイと出会うまでは一人だった」
「……ああ」
「俺は、この十年間、人と全くかかわらずに生きてきた。俺のギフトがそういうものだったんだ。誰も俺に気づかない。気づいちゃくれない! そんなギフトを持ってここに来た俺を救ってくれたのはレイだったんだ!」
リブは背中に回している手で、俺の背中をそっと撫でてくれた。
「だから暗殺者になった! それしか生きていく術がなかったんだ。自暴自棄にもなっていたかもしれない。孤独の中で子供みたいにふてくされて生きてきたんだ。でも、よくわかんないけど、レイに出会って俺はなぜだか人と交わることができた。リブともこうして出会えたんだ。そんなリブがさっき、知らないやつにさらわれた」
初めて知ったのだろう。
リブの手に力こもるのがわかった。
「だから。俺は、あの場にいる四人を殺そうとしたんだ。どんな手を使ってもあの四人を殺して、レイを追いかけようとした。それをリブ……お前が止めてくれたんだ」
「……シン」
「もしあの四人を殺してたら、きっと俺はレイにもう向き合えなかった。レイが好きだった人を殺させないようにさせてくれた」
俺は、そっとリブから離れる。
きっと、俺の顔はぐちゃぐちゃでひどいことになっているだろう。だが、リブは笑わない。俺と視線を合わせてじっと見つめてくれる。危険人物だと揶揄されている俺と、真正面から向き合ってくれている。
それがとても嬉しかった。
「孤独に落ちていた俺をレイは救ってくれた。そしてリブ。お前も、俺を救ってくれたんだ。再び、孤独への道を歩もうとする俺を救ってくれた。本当に――」
――ありがとう。
俺がそう告げると、リブは途端に顔を真っ赤にして顔をそむけてしまう。
「その笑顔は……反則だろうが――」
人の顔を見て笑うんじゃない。失礼な奴だ。
まあ、そんなことはいい。
俺は、目の前の恩人にお礼を言うことができた。次に伝えるのは、俺の覚悟と意志だ。
「色々冷静になった今だからわかることがある。俺は、この問題を俺自身の手で解決するよ。またレイと会うために。胸を張って父親だといえるように」
俺がリブにそう伝えると、リブはほっと力を抜いたように微笑んだ。
その微笑みは、まさに天使だ。
レイの次には綺麗だと思う。
「そうか。わかった。ようやくいい顔になったな」
「鼻水と涙でぐしゃぐしゃだけどな」
「ははっ、それもまたいいものさ」
そういって 俺とリブは笑いあう。
そう。
俺は、一方的にやられてた今までの俺を捨てなければならない。
言われたから殺す。
そうやって自分の意志がない生き方なんてもういらない。
俺は自分の意志で、困難を切り開いていかなければならない。そうするためには、俺は変わる必要がある。すべてを手に入れるための傲慢さと意志の強さを手に入れて。
「リブ。俺はレイを取り戻すよ。そして、また今までみたいに楽しく暮らすんだ」
「ああ。それなら私も協力しよう」
そういって、俺はリブの手を握った。
一緒にレイを取り戻すんだ。




