暗殺者、攫われる
レイを抱えた男は、すでに屋敷の窓に足をかけたところだった。
レイの表情は怯え切っており、その小さな身をさらに縮こまらせている。
「レイを離せ! 離すんだ!」
俺が追いかけようとしたその瞬間、両脇から人影が現れた。そして、俺の行く手を阻む。
アンドレイとヤーナだ。
「お待ちください、ご主人様」
「その浅慮さを自覚しやがれ、です」
両腕をつかまれた一瞬の隙に、レイを抱えた男はあっという間に消え去ってしまった。
俺は乱暴に手を振り払うと、二人は、やはり行く手を阻むように目の前に立ちはだかった。その立ち姿からはやはりある程度の実力を感じさせる。
「どういうつもりだ? アンドレイ、ヤーナ」
俺の問いかけにアンドレイは冷静に答える。
「今追うことは必ずしもよい結果を生み出しません、ご主人様」
「今、レイは怖がっていた。俺が助けてやらないで誰が助けるんだ?」
「耐えてください、ご主人様」
「――貴様ぁ」
俺は怒りのあまりアンドレイに刃を向ける。が、背後から迫る二つの気配になんとか思いとどまった。
今隙を見せれば、クロイツとエリセオに何らかの攻撃を受けるだろう。
もし俺が捕まれば、レイを助けることなどできない。それだけは絶対に避けたい。
「どういうことだ? 俺の命は狙われレイは攫われる。騎士団とギルドは俺の命を狙い、レイを守るべき執事とメイドは俺の前に立ちはだかる。なあ、どういうことだよ。誰か答えろよ」
クロイツとエリセオに注意を払いつつ横を見ると、アンドレイとヤーナも手にナイフを持っていた。
位階三十代といえばリブと同じくらいだろうか。
当然、リブ程度であるのなら俺一人でも対処は可能で恐るるに足らない。だが、数がそろえば脅威ではある。
その二人が今武器を持って俺と相対しているということは、明らかに俺の足かせとなった。
「お前達も俺の邪魔をするのか? レイを助けに行くことを阻むのか?」
その問いかけに、微動だにしない二人。
表情が変わらない二人を見て、俺は理解してしまった。
そうか、つまりそれが答えか。
わかった。わかったよ。
どういうつもりか知らないが、俺の邪魔をするならば容赦はしない。
「俺は今の生活が気に入っていたよ。レイに胸を張れる仕事をして、家では完璧な食事とレイの安全を確保してくれる二人が待っている。騎士団やギルドも俺を受け入れてくれて、楽しかったよ。こっちの世界にきて初めて俺は楽しかった。一人じゃないっていいもんだなって思ったんだ。だが、なんだ、これは」
俺は短剣の刃をそっと指でなぞる。
最近人の血で汚れていないそれは、鈍くうっすらと輝いていた。
「この街すべてが敵になり、レイを助けに行くことさえできない。俺はレイに救われたんだ。孤独から救われたんだ! そのレイに危害を与えるものは許さないし、俺がレイを守ることを邪魔することも許さない。俺の敵になるっていうこと……それがどういうことか、わかってるんだろうな? お前らは」
四人が俺を囲みながらじっと見つめている。
機会をうかがっているのだろう。
四人の実力者を相手取って勝てる自信などあるはずがない。だが、いまやらなきゃ、確実に殺らなきゃレイを助けられない。
それだけは事実だ。
全神経を集中させる。
すべての力をギフトにのせる。すると、俺自身でも、俺の存在感が薄れていくのがわかった。
目の前の四人は俺を見ながらも目を瞬かせている。
「目の前にいるのに、いない?」
「わかってるのに、これほどなのか――」
「ははっ、これがお前の力か! シン!」
「本当にご主人様は空気ぐらい読みやがれ、です」
驚いている四人を後目に、俺は小さく息を吐く。
――さぁ、殺ろう。
そう思った矢先、さっきレイが出て行った場所とは別の窓が突然割れた。そして、そこから現れた人影は窓からこちらへ飛び降りると、颯爽と俺の真横に降り立った。
「行くぞ、シン!」
「え? な? は?」
「いいから捕まれ!」
人影はそう言うと、俺の腰あたりをつかんで背負って入ってきた窓へと飛び上がった。
その明らかにおかしい動きに驚きつつ、俺はその人物の顔を見る。
その顔は見覚えのある、美しく透き通るような顔立ちのエルフ。
そう――リブだ。
「とにかくここから離れるぞ! わかったか!?」
俺が肯定する間もなく、リブは片手を窓へと伸ばす。
すると、するすると引っ張られるように窓に向かって飛んで行った。
だが、今俺はここから去るわけにはいかない!
すぐに、レイを追いかけなくちゃいけないんだ! 今すぐに!
「おい、リブ! 邪魔するんじゃねぇ!」
「何を言ってるんですか! 友を信じず助けないで何が騎士か! 私は自分の騎士道に反することはしたくないのです!」
クロイツはなにやら叫び悔しがっているが、エリセオやアンドレイ、ヤーナは俺がリブに連れ去られていく様子をただ見ていた。
その視線は、先ほどまでの殺気だった表情ではなく、いつも通りの彼らだった様に思える。
まったくもって、わけがわからなかったが、リブは問答無用で俺を窓から連れ出し、そのままどこかに連れて行った。




