暗殺者、模擬戦に誘われる
俺とレイは誘われるがまま、騎士団の訓練所に向かった。
騎士団の訓練所は、ちょうど俺達の屋敷がある地域にある。というのも、騎士という立場は一応貴族に位置するし庶民が住むような場所にはいられない。かといって、貴族街に訓練所を作るのもあまりよろしくない。
ちょうどいいのがその中間。
いわゆる商人や貴族に準ずる者たちが住んでいる地域が適当だった、というわけだ。
屋敷から歩いてそれほど遠くはない位置に訓練所はあった。
騎士団の者たちの宿舎も一緒になっており、直接は見えなかったが。
「ん? 全員が貴族というわけではないって?」
「ああ。私も貴族ではない。騎士団所属の平民だ。よく考えてみろ。エルフが貴族なわけないだろ?」
「ふーん。それもそうか。騎士って爵位持ちが集まっている集団じゃないんだな」
「それだと、治安維持に必要な人材は用意できまい」
と、俺のは勘違いを是正されながら宿舎を通って訓練所へと入る。
すると、そこには王都に向かう際に出会った男がそこにはいた。あの時とは違い、重厚感のある鎧に白いマントをひるがえしている。人好きのする笑顔はそのままだったが。
「久しぶりだな、シン」
「あの時は世話になったよ、クロイツ」
不思議な場所で再開したものだなぁ、と俺はぼんやりとクロイツをみる。
やはり只者ではない。
副団長というレイとは比べ物にならないほどの圧力を感じた。やっぱり、クロイツは強そうだ。
「で? こんなところでお茶を飲もうってわけでもないだろ? 何か用があったのか?」
「当然だ。優秀な人物を勧誘するのは当然のことだからな」
「優秀? 俺はただの冒険者だよ」
「何を言うか! アースドラゴンを討伐したミスリル級冒険者が普通なわけないだろうが。で、騎士団に入らないか? シン。お前ほどの実力ならすぐに副団長だ」
「入るわけないだろ。論外だ」
「そうか。それは残念だな……」
クロイツは笑みを浮かべているが、徐々にその気配に獰猛さを宿していく。
気のいいおっちゃんから、騎士団長足りうる気配へと変貌を遂げる。
「レイなんか大騒ぎだったからな! お前がドラゴンを討伐したと聞いて、よくわからん悲鳴をあげていたぞ」
「な!? そんなことばらすなんてひどいです! やめてください!」
「はは! そんなことはどうでもいいんだがしょうがないな。騎士団に入ってくれないか……じゃあ、それならな――シン。一つ頼みがあってな」
クロイツはゆっくりと、腰にさしていた大剣を抜いた。
剣は曇りなく磨かれている。だが、使い古されたような老練さもあり、それが幾多の戦いを潜り抜けてきたのだと伝わってきた。
思わずごくりと唾をのむ。
「俺もいい加減強くなりすぎた。位階が五十を超えると戦える相手もおらん。だから、シン――」
――俺とやりあおう。
そういった瞬間、膨れ上がる存在感。
今まで出会った中でも最大級のそれに、俺の中にある危険度センサーはけたたましく鳴り響いていた。
◆
「どうしてそんなことを?」
すでにやる気になっているクロイツに、俺は仕方なく問いかけた。
だってそうだろう。
どこの世界に、強い相手と戦いたい奴がいるのだ。元々暗殺者の俺は、勝てる戦いしかしない。だからこそ、勝てるかわからない戦いには拒否反応がでる。
ドラゴンしかり、クロイツしかり。
「だから言っただろ? いい加減、副団長の奴らも育ってくれないからな。一応、騎士団の二番手であるリブだって位階は三十を過ぎたところ。俺は強くなりすぎちまった。だからたまには発散したいのさ」
「それはお前の都合だろう。俺には守るものもあれば失うものもある。やるメリットが一つもない」
「ははっ! よく言うぜ。ならこういうのはどうだ? そうだな……『王都で有名な騎士に勝ったかっこいいお父さん』。俺に勝ては、それがこの場で手に入るだろう」
「よし、はじめるか」
そういわれて引き下がれるわけもない。
俺は、横で状況を飲み込めていないレイをみてそっと頭を撫でた。
「レイ。お父さんな、ちょっとあのおじさんと遊んでくるんだ。しっかり見ててくれるか?」
「遊ぶの? ならレイも一緒に遊びたいな?」
「ちょっと激しい遊びだからな。レイとはまた別の遊びをしよう。それまで、リブと一緒にいてくれるか?」
「う……ん。そっか! わかった! お姉ちゃんと遊んでるね!」
よし。
レイの許可ももらったし、思う存分やろうじゃないか。
「お父さんかっこいい!」
そうやって、レイに言ってもらうために。
俺がそんなことを考えていると、クロイツは何やらあきれたように頭をかいている。
「おいおい。本当にリブの言う通り親馬鹿じゃねぇか。いいのか? こんなくだらない誘いに乗って」
「くだらなくない。これに勝てばかっこいいお父さんになれるんだからな。それ以上に大事なものなんてない」
「血がつながっていないんじゃねぇのかよ」
軽口をたたきながらも、クロイツはその大剣の切っ先を、俺に向けたまま外さない。
飛ばされ続ける殺気に、いい加減俺の精神も削られていきそうだ。
だからこそ、俺は愛用の短剣に手をかける。
これを抜いたら始まりだ。
楽しくも恐ろしい、戦いの場が。
「じゃあレイちゃん。こっちにおいで。あそこの塀の後ろからみようか」
「うん! リブお姉ちゃん!」
後ろをうかがうと、リブがレイを安全な場所に連れて行ってくれていた。
まあ、かっこいいお父さんという言葉を聞けるのはいいが、こんな罠にはめるような形でここに連れてきたリブにはあとで説教が必要だな。
「じゃあ、クロイツ。こっちは大丈夫だ」
「そうか。なら、一応いくつか取り決めをしておこうか」
「ああ。どんなものだ?」
「とりあえず、相手を殺さないようにするか。互いに死んだら、いろいろな恨みをかいそうだしな。じゃなきゃ、俺はなんでもいいぜ」
「それならいい。なら、さっそくやろうか」」
まるで買い物にでも行くときのように軽い。
俺達は、やりあいましょうと無言の笑顔で語らいながら、その一歩を踏み出した。




