暗殺者、骨折り損の戦い
クロイツの位階は五十代といっていた。
冒険者ギルドの受付嬢の話だと、金級冒険者は位階が四十代を超えるものが多いらしい。つまり、五十というのはかなり強い、ということだろう。
あの時はミスリル級については言っていなかったがどうんだろうか。
そういえば、俺は自分の位階を知らない。
「ふん。そっちからはこないのか? なら――遠慮なく」
俺がそんなくだらないことを考えていると、クロイツは獰猛な牙をむき出しにして地面を蹴った。
刹那――その剣は俺の脳天めがけて振り下ろされている。
速い。
あきらかにアースドラゴンよりも速い。
残像さえもとらえきれないようなその動きに俺は思わずギフトを行使した。
『流れるもの』
俺は、剣筋を流れすり抜けクロイツを通り過ぎる。
ドラゴンのブレスの時のも用いた使い方だが、正直この使い方は心臓に悪い。流れにのるという特性上ギリギリのところで避けるからだ。、
それに、これは完全な避け方ではない。
川を流れる葉っぱをとらえるのは容易ではない。容易ではないが、不可能ではない。不意打ちで繰り出すには有効だが、常にこの避け方が通用するわけではないのだ。
だからこそ、今得たチャンスは逃さない。
通りすがりざまに、体を回転。
そのまま、短剣で利き腕の付け根を切りつけた。
「ぬぅ!?」
(……浅い)
分厚い鎧の隙間を狙ったのだが、クロイツは切られる瞬間に腕を動かして鎧の隙間を狭めた。
俺の短剣はそのせいで深くには差し込めない。
ならば、と回転を殺さずに腹部への蹴り。
ダメージは通らないだろうが、衝撃は通る。もともとのクロイツの動きに合わせた蹴りにより、クロイツは前方に吹き飛んでいった。
力が強く速く、真正面からの戦いを得意としている相手に向き合ってはいけない。
常に、回り込み、距離を取り、隙を狙う。
それが俺の戦い方だ。
遠くに転がるクロイツに向かって俺は隠し持っていた投げナイフを三本投げる。
すぐさま姿勢を整えたクロイツは、そのナイフを避けずに剣で叩き落す。再び避けて体勢が不安定になるのを嫌ったのだろう。普通はそう思っても叩き落すなんて芸当無理だと思うが。
まあ、それくらいはやると思っていた。
今のは目くらまし。牽制。
一瞬でも俺から自然と外したクロイツは、すでに俺を見失っている。
あとは、リブと同じように首筋に短剣を当てれば終わりだ。
いつもの仕事と同じ。
簡単な仕事。
そう思ってすばやくクロイツに近づく。
だが、額にぞくりと寒気が走る。いや、もはや痛みといってもいいかもしれない。
予感とも予言とも入れるそれを避けるように、俺は咄嗟に上半身を後ろにのけ反らせた。
「そこか」
クロイツは切りつけた後にそう言った。
言葉から考えるに俺の居場所はわからなかったようだが、何らかの方法で致命傷を与えうる攻撃を繰り出していたのだ。
先ほどまで俺の頭部があった場所。
そこを、クロイツの横なぎにした剣筋がすさまじい勢いで通り過ぎたのだから。
目にもとまらぬ早業とはこういうことをいうのだろう。一瞬でも遅れれば、俺の頭は真っ二つだ。
慌てて距離をとる。すると、ゆっくりと姿勢を整えるクロイツと目がった。
そして、彼は笑みを深める。
「すさまじいな! まったく捉えられる気がしない!」
「ふざけんな! 一瞬でも遅れれば死んだぞ! 死なないようにするんじゃなかったのか!?」
「何を言っている。死ななかったんだから大丈夫だったってことだろう? 俺の渾身の一撃を二回も避けるやつなんて初めてだ……、とまあこんなもんか。これ以上は、殺し合いにならに自信はないからな」
クロイツは笑っているが言っていることは本気なのだろう。
勘弁してくれと思いながら、彼が剣をしまい込むのに応じて短剣を鞘へとしまった。
後ろを振り返ると、そこにはぽかんとしているレイと同じような顔をしているリブがいた。
どっと疲れた俺は、レイに癒されにそこに歩いて行った。
「レイ、おまたせな。見ててくれたか?」
「えっとね! 全然見えなかったの! お父さんがいなくなったと思ったら、またすぐ出てきて――よくわかんなかったけど、すごいねお父さん!」
え?
見てなかったの? 嘘だろ?
まあ、確かに一連の流れは十秒にも満たないけれど、見えなかったって、おい。
俺は慌てて振り返ると、クロイツに向かって怒鳴りつけた。
「『かっこいいお父さん』なんて呼ばれないじゃないか!?」
「なんだ、その、まあ……すまんかったな」
本気で気まずそうな顔をしているクロイツだったが、まあ、すごいって言ってくれたからよしとするか。
俺は苦笑いを浮かべながらレイの頭を撫でた。
気持ちよさそうに手のひらに頭を押し付ける様子は、小動物を思わせる。
うん、可愛い。
そこでふと横をみると、リブが俺の顔をじっと見つめている。
なにやら泣きそうなくらい目がうるんでいるが大丈夫か? 心なしか顔も赤い。体調が悪いのだろうか。
「おい、リブ。どうした? 大丈夫か?」
「ん? ああ、そうだな……いや大丈夫じゃない」
「そうか。悪かったな、無理にレイを頼んで。まあ、案内は終わったんだからゆっくり休めばいい」
「ん? ああ、そうだな……いやいやいや、ゆっくり休むなんて無理だ」
なんだか、ちょっぴり壊れた録音機みたいになったリブ。明らかに様子がおかしい。
俺は、リブの前で手を振ったり変な顔をしてみたが、微動だにしなかった。
まあ、レイに風邪とかうつさないなら、どうでもいいんだが。
「よくわからんが、あんまりこじらせるなよ? まあ、あれだ。しんどくなったら無理せず俺の家にくればいい。たっぷり癒してやるからな」
「へ――!? い、いいや、癒すって、まさか――」
そういうと、リブは変な顔をして回れ右。そしてどこかに行ってしまった。
「おい、リブ? おーい…………って、行っちゃったよ」
なんだかよくわからないが、あいつもレイのこと大好きだからな。
きっと屋敷にきてレイの可愛さを見れば、それはそれは癒されるだろう。疲れていてもすべてを解きほぐしてくれるあの笑顔さえあれば、きっと生きていけるんだから。
俺は、そんなことを思いながらもう一度レイの頭を撫でてみた。
「なんか変なお姉ちゃんだね」
「そんなのいつもだろ」
そんな言葉を交わしながら、俺はレイを片手で抱き上げた。




