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暗殺者、晩御飯にありつく

 俺が冒険者ギルドにドラゴンの頭を持っていくと、その場は騒然となった。

 まあ、正確には王都の門をくぐるとき、といったほうがいいかもしれない。


 とりあえず俺は、なんとか俺の力でも持てそうなドラゴンの頭を胴体から切り離した。短剣しかなかったから時間はかかったが、レイのためならと人生で一番はやく手を動かした。そうして、なんとか頭を担いで帰ってきたら王都の入り口で止められた。

 すでに日は落ちていた。

 晩御飯のために、帰らなければならないんだが。


「ちょっと! ここで待っていろ! くれぐれも、中にそれを入れるんじゃないぞ!!」

「いや、ちょっと急いで――行ってしまった。急いでいるっていうのに」


 そもそも、どうして待っていないといけないんだ?

 この頭をギルドに持って行ってそれで終わりだろう? そしたら俺はすぐに屋敷に帰ってレイとご飯を食べる。うん、それでいい。


 俺は、『流れるもの』をできるだけ能動的に発動させる。

 こうすれば、街は騒ぎにはならない。ギルドまで、あっという間に駆けるだけだ。すると、ちょうど、先ほどの門兵がギルドに入ろうとしているところだった。俺は、そのあとに続いて中に入る。


「ちょっと! だれか門まで来てくれないか!? おそらく冒険者なんだが、大変なんだ!」


 門兵がそう叫ぶと、奥からでてきたのはいつも俺の対応をしてくれていた受付嬢がきた。彼女は、きょとんとした顔で門兵に歩み寄る。


「どうしたんですか? 一体何が……」

「門にアースドラゴンの首を持った男が来ていて! さすがに街のなかにそのまま入れるわけにもいかず! なんとか協力を――」

「いや、特に騒ぎにはなっていない。大丈夫だ」


 俺が口を挟むと、男と受付嬢はすさまじい勢いで俺に目を向けた。というより、俺が担いでいるドラゴンの頭に、だが。


「きゃあああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「うわっ! なんでお前がここに! 待ってろっていったろ!!」


 悲鳴を上げる受付嬢と、怒声をあげる門兵。

 すこしは静かにしたらどうだ。ここは公共の場だろう。


「騒ぎにならなければいいんだろ? なら大丈夫だ。誰にも気づかれちゃいない」

「そんなことあるわけが」

「お前だって、今の今まで俺がここにいることに気づかなかっただろ?」

「ぐむ……」


 返す言葉がなかったのか、男は口をつぐんだ。その後ろでは、足をがくがくと震わせている受付嬢がいる。

 いや、取り乱しすぎだろう。


「な、なな、な」

「ちょどいい。依頼とは別なんだが、ちょっとこんな魔物を討伐してな。これって冒険者の評価になるか?」

「ちょ、まま、いいいいい、ぎぎぎぎぎ、ギルド長ーーー!!!!」


 受付嬢は一目散に走り去る。

 いや、走り去れたら困るんだ。一刻も早くこの頭を処理してもらい、冒険者としての実績としてもらい、屋敷に帰らなきゃならないのに。

 俺は、隣で茫然としている門兵に視線を向けた。


「これ、置いて行ってもいいと思うか?」

「は? いや、ダメだろ。もったいないし、ギルドが大混乱だ」

「まあ、そうだよな。早く家に帰りたいんだが」

「いや、それはなかなか難しいと思うぞ」


 そのまま俺は門兵と話し込む。

 ドラゴンはどこで見つけたのか。

 どんな戦い方をしてきたのか。

 ブレスのことや、咆哮のことを離すととても面白がって聞いてくれた。

 もちろん、自分がどうやって倒したかなどはぼかしたが。

 まあ、門兵が嬉しそうに聞いてくれたので、俺もつい色々と話してしまった。

 

 だが、そうこうしているうちに気づいたのだ。今も、きっとレイは俺を待っているということに。

 その事実に気づいた瞬間に、なぜ俺はここにいるのかと疑問が生じる。

 そもそも、受付嬢はどこにいったのだ?

 ギルド長と叫びながら言ったのだから誰かを呼びに行ったのか? それにしても遅い。

 遅すぎる。

 もうこうなると、何らかの意図があって俺を待たせているんじゃないかと思うくらいだ。もしそうなら、それが俺にとってどれほどの苦痛になるのか。知らないとは言わせない。

 なんとかすぐに家に帰れるよう話し合わなければならない。


 だんだん腹が立っていた。

 ほら、今だって、一秒、また一秒と刻刻と時間は過ぎていく。それこそ、ギルド長とやらを呼びに行くまでどれくらいかかっているん? この建物はそんなに大きいのか? いい加減にしろ。

 ふざけるな。


 そんなことを思っていると、横にいた門兵が、がたがたと震えて青い顔をしている。

 ほら、見たことか。

 門兵だってきっと腹が減って低血糖なんだろう。

 俺だってそうだ。

 低レイ分だ。レイが足りない。そうだ、そうに決まっている。

 だとしたら、俺と門兵の命を削り続けているギルド長は断罪されるべきだろう。そうだ、そうに決まっている。


 すると、ようやくギルドのカウンターの後ろからがたがたと受付嬢と壮年の男がやってきた。

 男は、体格がよく強面であり頭はつるつるだ。

 剃っているのかハゲなのか。関係ないが、俺を待たしている罪をどう償わせてやろうか。


 壮年の男に視線を向けると、彼はびくりと体を震わせ険しい表情を浮かべた。

 同時に湧き出るのは殺気。

 そうか……何か文句があって、俺とやりあおうということか。

 だとすると、覚悟はできているんだろうな。なぁ、そうだろう?


 そう思って俺が短剣に手をかけると、目の前の壮年の男は二、三歩後ずさり両手のひらをこちらに向けた。


「まま、待つんだ! お、お前がそのアースドラゴンを討伐したのか?」


 ん? 文句があるんじゃないのか? ドラゴンのことを聞いてどうするっていうんだ?

 時間稼ぎなら容赦しないが、一応は様子見だ。答えてやろう。


「だからどうした? たかが討伐の処理にどれだけ時間がかかっている。これも冒険者の功績になるのは間違いないんだろう?」

「あ、ああ。もちろんだ。しかも最上級のな……それで、色々と詳しく聞きたいんだが――」

「俺は今急いでいる。詳しいことなら、この門兵に聞けばいい。全て知っている。報酬とやらもあるのなら、明日でいい。それでなにか不服なら――」


 相手になろう。

 そう言おうとした瞬間に、男が即座に決断を下す。


「いや! もちろん、文句なんてない。なんとか明日までに間に合わせよう! だから、そのすさまじい殺気を押さえてくれるか? ここにいるだけで倒れてしまいそうだ」


 ん? 時間稼ぎをしたいわけじゃなかったのか? それに殺気を押さえてくれっていうのは、やる気がないってことか。

 何やら、俺の要望を聞いてくれそうだし、むしろ好意的なのかもしれない。俺も少し焦っていたのかもしれないな。そう思うと、途端に怒りも落ち着いてくる。すぐに帰れるなら俺も何も言うことはない。


「では、また明日。早い時間に来るとしよう」

「わかった……待っている」


 なんだ。

 思ったよりいいやつだったじゃないか。あれがおそらく冒険者ギルドのギルド長。

 そうだよな。

 暗殺者ギルドの長みたいに、底意地の悪いやつらばかりじゃないんだ。

 きっと、俺が急いでいるのを察して気を使ってくれたのだろう。これなら、今後もいい関係を築けそうだ。


 よし、早く帰ってレイと晩御飯だ!

 俺は、心の中で歓喜の声をあげた。


「ま、待ってくれ! せめて、名前を――」


 後ろから、何やら聞こえた気がしたが気になんてならなかった。


 ◆


 俺が冒険者ギルドを出た時には、すでに日は深く沈んでいた。

 真っ暗な夜道が月明りに照らされている。


 普通ならば、もう晩御飯は終わってしまっている時間だろう。

 ドラゴンの盗伐やギルドで待たされた時間など、本来であれば不必要な時間が多かった。

 

 ――もしかしたら、もうレイは晩御飯を終えて寝てしまっているかも!?


 そう思うと、とてつもなく寂しい思いがするのだが、致し方ない。

 俺のせいで、レイがおなかを空かせているほうが心が痛む。 

 とりあえず、早く無事であることを知らせ顔を見たい。


 そう思って、俺は屋敷のドアに手をかけた。


「ただいま……レイ、いるか?」


 ドアを開けたその時、屋敷の中はひどく静かだった。

 だから思ったんだ。

 眠ってしまっていると。

 もっと早く帰ってきたかったと後悔しても遅い。明日、ちゃんと謝らなきゃな。


 そう思っていると、食堂のほうからドタドタと音が聞こえた。

 そして、すさまじい勢いで玄関に続くドアが開かれた。


「お父さん!」

「レイ!?」


 どこか悲痛な面持ちで俺の顔を見ると、レイはそのまま俺の胸に飛び込んでぎゅっと抱きしめてくれる。

 俺も、それに応えようと抱きしめ返すと、その体が震えているのがわかった。


「レイ……」

「お父さん! よかった! 帰ってきてくれた! お父さんっ、お父さあああぁぁぁぁぁん」


 レイは、俺の胸の中でそのまま泣き始めてしまう。

 その声を聞いて、俺はどれだけレイが寂しい思いをして不安だったのかを思い知った。


 そりゃそうだ。

 冒険者なんて依頼中に命を落とすものも少なくない。

 どんな依頼を受けたか説明はしなかったが、心配に思うのは当然だ。しかも、予定よりも遅い時間まで帰ってこない。

 俺は、思いつきでドラゴンを討伐したことを後悔した。

 そして、レイを寂しがらせた分、しっかりと強く抱きしめようと腕に力を込めた。


「ごめんな、遅くなって。ごめんな」

「よかった、よかったぁっ!」


 しばらくして泣き止んだレイとともに、俺はアンドレイとヤーナが作った夕食を食べた。

 そして、今日の冒険譚についてやや脚色して話す。

 すると、レイは驚き、怖がり、そしてとても笑ってくれた。


 その顔をみていると、今日一日、頑張ったかいがあったなぁ、としみじみ思うのだった。

 

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