暗殺者、ドラゴンを討伐する
アースドラゴン。
おそらく目の前のドラゴンはその個体である。
体の大きさは二十メートルほど。ドラゴンにしては小さいが、それは森の中で生きるドラゴンだからだ。
あまり大きいと森は彼らの障害にしかならない。
進化の過程でこの大きさになったのだろう。
だが、決して弱いわけではない。多くの魔物の頂点に君臨するだろうドラゴンは、すでにこちらをじっと見つめていた。
(この森での王者だからこそ、葉っぱのような俺にも警戒する、か)
俺のギフトは常に発動している。
だからこそ、ここにくるまでは魔物に一切襲われずに来た。だが、どうだ。目の前のドラゴンは俺をじっと見つめている。取るに足らない存在である俺に、執拗なくらい意識を向けていた。
これは、仕事の時でもあったことだ。
凄腕の暗殺者や護衛がいるときは、木っ端みたいな俺でもしっかり敵認定してくる。
まあ、やりかたがないわけではないが面倒なことこの上ない。
俺は、集中しようと一呼吸した。瞬間――。
アースドラゴンが翼をはためかせ、その推進力で飛び出す。
弾丸のようにはじき出されたそれは、俺にすさまじい勢いで向かってきた。
「っ――」
咄嗟に横に飛ぶも、大きなドラゴンだ。
横を通り過ぎることで生じた風圧で、容易に吹き飛ばされる。
予期せず距離を置くことができた俺は、すぐさまドラゴンの視界から逃れるように木の陰に隠れた。
俺のギフトは真正面から戦うことに向いていない。まずは、ドラゴンから俺という存在を消さなければならない。一度視界から逃れてしまえば、俺の存在はそれこそ森のなかの一枚の葉っぱのようなもの。
見つけられるものなどいない。が――!?
ドラゴンは振り向き、俺がいないことに気づいたのだろう。
次の瞬間には、ドラゴンはその場で咆哮、直後に全周囲へむかってのブレスを吐き出した。
(まじか!)
すさまじい叫び声で体が一瞬硬直してしまう。そこにすかさずのブレスである。
えげつない連続技に背中にじとりの冷や汗をかく。
ブレスとは、ドラゴンが意図的に吐く息のことである。だが、ただの息ではない。ドラゴンそれぞれの特徴に特化した息のことだ。
アースドラゴンの場合は、超高熱の息である。
周囲の木々の水分が一瞬で蒸発し、燃えるのを通り越して炭化した。いや、普通発火するでしょ! と突っ込みを入れつつ、俺は思わず上に飛んだ。
そして、飛んだ瞬間に悟る。
これは悪手だ。
空中を飛んでいる俺に、ドラゴンの視線がぎろりと向いた。
まさか、ここまで自分を認識され続けるとは。
高レベルの魔物がこれほど手ごわいとは思っていなかった。自分の中の誤算に顔を歪めつつ、目の前で口を開けているドラゴンをみて思った。
(死ぬとかありえないだろ! レイと晩御飯、食べるんだ!)
ドラゴンの口から放たれるブレス。
熱で、空気が歪んで見える。このままだと直撃だ。直撃すれば死は免れない。骨さえも残らず灰になるだろう。
だが、そうなってしまえばもう俺はレイに会えない。
そして、レイを再び一人にしてしまう。そんなことはあってはならない。
そう。
あってはならないことなのだ。
「うわああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
だが、その思いとは裏腹に、ブレスは俺ごと空間を飲み込んでいった。
ドラゴンもその瞬間を見たのだろう。
すぐに興味を失ったかのように振り向くと、自分がいた洞窟に向かって歩いていく。
戦いは終わったのだ。
単なる葉っぱを燃やし尽くす行為。それを、このドラゴンは全力で行った。ゆえに強者なのだ。強者だからこそ――。
「油断する」
ドラゴンの耳元でそう呟いた俺は、振り向く間もなく、その延髄に短剣を突き刺した。
だが、巨体のドラゴンである。一刺しだけでは殺せない。
首元あたりの急所に、素早く、なんども短剣を差し込んだ。まったく同じ刺し傷だから、徐々に傷口をえぐり、深々と短剣は刺さっていった。
大暴れするドラゴンだったが、すぐにぐったりと動かなくなる。
どさりと地面に崩れ落ちたドラゴンを見ながら、俺は小さく息を吐いた。
「危なかったな。心臓に悪いからあんまりやりたくなかったんだけど……」
そう。
俺は、確かにドラゴンのブレスに飲み込まれた。
が、俺のギフトである『流れるもの』。その力は単に人から気づかれないだけじゃない。川に浮かぶ葉っぱのように流れることができる。つまり、俺は今、ブレスの中を流れたのだ。
川を流れた葉っぱは、その大きな流れに飲み込まれることなくそのままの姿で大海へとたどり着く。
俺も同じ。
ドラゴンのブレスという川を、何もごともなく流れていく。
まあ、怖いは怖いから緊張感が半端ないんだけど。
「まあ、これで銀級くらいには昇級してくれるといいんだが……」
そこで大問題が発生した。
「これ、どうやって持って帰ろう」
ドラゴンを殺すよりも難しい難題に、俺は頭を抱えることになってしまったのだ




