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暗殺者、ドラゴンに出会う

 そう。

 俺は、薬草を求めに森に走った。

 取りに行ったのは薬草だ。そうに違いない。違いないが……俺は今、薬草を素通りして歩いている。

 森の奥へ奥へ。

 ただそれだけを愚直に行っていた。

 なぜか。


 それは、レイのためだった。逆に言うと、俺のためだ。何が逆だかよくわからないけれど。

 というのも、最初は薬草を取りに向かっていたのだ。

 けれど、走りながらも頭に浮かぶのはレイの泣き顔。

 あぁ、早く屋敷に帰りたい。

 俺の頭の中にはそのことだけしか既になかった。

 

 あと何回、こんなことを続けるのだろうか。

 あと何回、薬草を取りに行くのだろうか。

 あと何回、レイを悲しませて仕事に行かなければならないのか。

 あと何回、心を引き裂きながら歯を食いしばらなければならないのか。


 ぐるぐると渦巻く思考に、俺はつい立ち止まってしまう。

 モチベーションが全くあがらない。

 なんのためにやっているのか。それさえも見失いそうなほどに。


「くそっ――」


 俺は膝をついた。

 城からわずか数百メートルの地点で、だ。

 それほどまでに、レイから離れることは俺にとって苦痛だった。横を通り過ぎる一般人の白い目が気にならないと思うくらいには。

 しかし、いつまでも悲しみに明け暮れている場合じゃなかった。

 時間がすぎれば過ぎるほど、レイの元に帰るのも遅れる。


 そうすれば、結果的にレイを悲しませ自分を苦しめるのだ。

 とにかくレイに会いたい。

 少しでも離れていたくない。

 そのためには、早く依頼を終えればいい。


 いや。


 まてよ。

 

 早く依頼を終えるのは賛成だ。

 しかし、こんな依頼をやっているのは冒険者としての仕事に慣れることもあるが、冒険者ランクを上げる目的もある。冒険者ランクが上がれば、一つ一つの依頼の難易度もあがり報酬も上がる。そうすると、すごい仕事をやっているお父さん、対外的にもあの屋敷にふさわしい冒険者となるのだ。


 つまり。


 早く冒険者ランクを上げるためには、はやく冒険者としての実力をギルドに示す必要があるんじゃないか?

 森の奥の奥の奥にいって、森の主みたいなものを討伐すれば、実力を認めてもらえるんじゃないか?


 俺は、そのことに気づいてしまったのだ。

 その瞬間、俺の目的は薬草から森の主になった。

 今から俺は、森の主を討伐する。そうと決まれば立ち止まっている暇はない。


 レイとの夕食を楽しむために、最短距離で生き最短時間で討伐し、一刻も早く帰ってくる。

 

 それを成し遂げるのは意志だ。

 かならずレイと一緒に夕食を食べるのだという意志。それさえあれば、俺はなんでもできる。なんでもだ。


 俺は暗殺の仕事の時とは比べ物んにならない集中力を発揮しつつ、ただひたすら走っていた。


 



 

 森が深くなってきた。

 枝葉の密度が増し、地面に届く光が乏しい。昼間なのに薄暗い森は、どこか異様な雰囲気を醸し出している。

 王都近くの森では見ない暗くても育つ植物がはびこっており、じめじめとした重い空気が頬を撫でていく。

 光の届かないこんな場所など動物や魔物なども嫌がるだろう。

 最初よりもあまり生き物を見なくなったが、全身をピリピリとした刺すような気配が徐々に近づいているのがわかる。これは、仕事先で一流の暗殺者と相対しなければならなかったときに似ている。といっても、それよりもはるかに強い気配だが。


 その気配が強くなっていく方向に俺はひたすらに足を進めた。

 普通ならばこんな森の奥地には入ってこれない。しかし、俺は自分のギフトのお陰で何にも気づかれずにここにいる。

 魔物に襲われず、虫さえを俺に牙をむかない。

 足場の悪い道を通ってきただけというハイキング気分で俺は今この場所にいた。


 だがここからはそうはいかない。

 森の主を討伐し、一刻も早く俺は冒険者ランクをあげなければならないのだから。

 そう思って、愛用している短剣に手をかけた。


 今の俺の服装は、暗殺者時代から何も変わっていない。

 レイが褒めてくれた黒い外套は、当然雨風を凌ぎ、温度調節機能もついている。それに加えて、体力の自動回復や認識阻害の術式なども組まれている最高級品だ。その下には、万一に備えて防御力の高い魔物の皮でできたジャケットを着こんでいる。これだけで、そこらの金属全身鎧よりもよっぽど強力は防具なのだ。

 短剣も、貫通力が秀でている細目のもの。これまた、破壊力向上の術式が組まれており、決して折れないといわれている魔物の牙で作られている。

 これらさえあれば、大概の魔物には引けを取らない。信頼している相棒達である。


「もうそろそろだな」


 おそらくこの呟きが、主と会うまでの最後の言葉となるだろう。

 それだけ近づいているのだ。

 森の主という危険な存在に。



 どう倒そう。

 そんな考えを深めながら歩いていると、唐突に開けた場所に出た。

 かなりの広さの砂地が広がっており、奥のほうをみると険しい山のふもとに洞窟が見えた。気配はあそこから洩れている。

 そして、偶然だろうか。

 その洞窟から、今まさに魔物が出ようとしているようだ。


 俺は、その姿を視界に収めようとそっと身をかがめた。

 すると、洞窟からでてきたのは驚くべき存在だった。


 その体躯はとても巨大であり、黒く鈍く光っていた。鱗だろうか。一枚一枚が光に照らされると美しく輝いている。

 四肢の先は鋭い爪がついており、太くたくましいそれらから繰り出される攻撃はきっとすさまじいものだろう。

 そして、この魔物の特徴は首から頭であろう。

 やや長めの首と、その頭部の先についている角。

 口元から垣間見える牙。

 極め付きは、背中についている翼だろう。

 どれもこれも、小さい頃か聞いている特徴で占められている。


(俺、これ。本当に討伐できるんだろうか……)


 やや自信を失いかけてた俺の目の前に現れた巨体。


 森の主の正体は、いうに及ばず。誰が何と言おうと、正真正銘のドラゴンだったのだ。 

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