ファントム捕縛任務①
『ヒーローが守る平和な街、大都市バスターポリス』。世間ではそういうことになっている。けど、そんなのは嘘だ。実際のところは、ヒーローと犯罪組織の戦いは続いており、そして、どちらかというとヒーローはいま劣勢だ。でも、そんな事実をメディアは流さない。ヒーローは、負けちゃいけない。そういった理由から、テレビも、新聞も、インターネットも、すべてヒーロー庁の監視下にあり、鉄壁の情報規制がなされている。
ここ10年くらいの間に、ヒーローは弱くなってしまった。ヒーロー庁直属チーム『グローリーデイズ』はいま、歴代最弱の世代になっている。伝説的活躍をした一つ前の世代”栄光のビクトリーエイジ”を守り抜いた旧グローリーデイズには、英雄ヘラクレックス、雷帝サンダーボイルド、氷王アイスロッキー、それにあたしの父親、無敵の風来坊スーパーダイナミックマンなどの強力なヒーロー達がいた。
悪党達との大きな戦いが終わり、そのヒーロー達も引退。そして若い世代に引き継がれてから10年間なにごともなく平和が続いたバスターポリスには平和ボケなムードが蔓延し、ヒーロー達の実力もまた減衰していった。世の中ではアイドルヒーローが流行り、戦闘特化のヒーローは世の中から求められることもなくなり、いまでは減少の一途をたどっている。けど実際、だからといって大きな事件が起こったりすることもなかった。最近までは。
近年、弱体化したバスターポリスを狙うギフト犯罪者が目立つようになってきている。メディアには決して名前のでない犯罪組織『ファントム・コーポレーション』。核になっている数名が組織しているこの犯罪組織は、そこから枝分かれする戦闘員による強盗、詐欺、暴行、そしてギフト強化改造による人体実験などが繰り返されていた。
バスターポリスを支えるのは実力不足のグローリーデイズと、それより若い未熟な十代のバスターティーンズ。それとは逆に、虎視眈々と実力をつけつつある犯罪組織ファントムは、いまこのときこそとばかりに、何かを企てている。
*~*~*~*~*~*~*
「―――作戦は以上です。現場で予定外のことがあった際はインカムで随時確認、連絡が取れない場合は各々の判断で適切に処理してください」
「はい!」
「は~い」
「…今回のメインはフレイムテイル、アシストはレディダイナマイト。いいかしら?」
「はい!」
「いいよ!」
「……『はい』でしょ!まったく…」
ヒーロー庁舎、正義の要塞『メガトンベース』。バスターポリスの中でも一番仰々しい建物であり、技術の粋が集められている巨大な基地。その建物の上の方の階にある指令室は、普通のヒーローやヒロインには立ち入ることの許されない特別なエリアだった。優秀な十代ヒーロー『バスターティーンズ』第1位のフレイムテイルと第5位のあたし――レディダイナマイトは、グローリーデイズがカバーしきれない任務を担当するため、指令部の上官・カナリア司令官の指示を仰いでいた。
「頼んだわよテイル。この子はちょっと癖が強いけど、実力は確かだから」
「はい。了解しました」
「大丈夫だってカナリア、ちゃーんとやるから!」
「任務は遊びじゃないのよレディ。もっと緊張感を持ちなさい」
指令室を出たあたしとフレイムテイル。そのまま、メガトンベースの屋上、出撃ポートに続くエレベーターに乗り込む。すると、さっきまでキリッとした顔をしていたフレイムテイルがリラックスした調子で話しかけてきた。
「一緒に任務をするのは初めてね。あなたの噂はよく聞いているわ。私はフレイムテイル。よろしくねレディダイナマイト」
「あ、えっと、初めまして。よ、よろしくおねがいシマス。レディダイナマイトです」
「ふふっ、かしこまらなくていいわよ。敬語だって必要ないわ。その方が自然でしょ?」
「おお、ほんとに?いやぁ~よかった!あたしそういうの苦手でさ!」
あたしのぎこちない挨拶を察してくれたのか、フレイムテイルは親しみやすい笑顔でそう言ってくれた。実際、フレイムテイル…というか火馬生徒会長は学校の先輩でもあるわけだし、一応かたちとしては先輩と後輩の形になる。けどまぁ、正直そういうのめんどくさいあたしにとっては、この配慮はありがたいものだった。
「…あたしも、フレイムテイルの活躍はよくテレビとかで見てるよ。すごいね!」
「恥ずかしいわ。だって、テレビに映るのって失敗してるところばっかりなんだもの」
「あれ?そうなの?」
「ええ。テレビの人が言うには、そういう方が親近感が沸くし視聴率が上がるんですって。だから、もっとちゃんとしてる時もいっぱいあるんだけど、失敗してるところばっかり放送されちゃって…ちょっと恥ずかしかったりするの」
少し気恥ずかしそうに語るフレイムテイル。あたしなんかと違って、誰よりも真剣にバスターポリスのことを考えてるまさにお手本のようなこのヒロインは意外なくらい普通の女の子で、照れくさそうな笑顔はどこかあどけない感じで、まぁつまり、超可愛かった。
「へぇ~。かっこいいとこ映してもいいと思うんだけどなぁ」
「それじゃ面白くないんですって」
「そういうもんかねぇ」
ゆっくりと上昇しているエレベーター。この二人でいるのは初めてのことだけど、思ったより話しやすいフレイムテイルにあたしは少しホッとしていた。あたしはこれでも、結構相手を見て言葉を選ぶタイプだったりする。ほんとだよ。これでもわりと空気は読む方なんだ。
「でも、今回の任務ってなんであたしなんだろ。あたしより上位の人いると思うんだけど。それに、フレイムテイルと組むんだったらスリーエレメンツの二人の方がいいんじゃない?」
あたしの言葉に、フレイムテイルは少し考える。
「…今回の任務は、『バスターティーンズの中で一番強い二人』っていう人選らしいわ。私も、いまのティーンズ1位はあなただと思う。きっと指令部もそれをわかってるのよ」
「え、1位はフレイムテイルだろ?あたしって何位だっけ、5…6位?だったような?」
「成績的には一応ね。けど、実力だけで言ったら私よりあなたの方がずっと上だと思うわ。ちょっと二次被害が多いけど」
お世辞ではなくそう言っているであろうフレイムテイルは、どうやらあたしのことをかなり買ってくれているらしかった。でもまぁ、実際そういうとこあるんだよね。めんどくさいし手っ取り早いからぶっ壊しちゃえみたいなこと多い(っていうか、よく考えたらほとんど?)し、最終的な被害と活躍の差し引きであたしの順位は低いけど、もし被害を出さずにやってたらまぁ確かに、もう少し順位は高いのかもしれない。
――というかまぁ、比べるまでもなく、そもそも、選ばれし原初の英雄【オリジン・オブ・ザ・ヒーローズ】を持っているあたしは事実上無敵だったりする。
無敵星の加護【ダメージキャンセル】、超怪力、飛行、透視に超学習。1対1で比べれば、どんなヒロインと比較してもあたしが負けることはない。あたしが唯一勝てないのは同じギフトを持っている父親、スーパーダイナミックマンだけだ。無敵の星の加護【ダメージキャンセル】を中和し合うあたしたち親子は、喧嘩をするとただの普通の人同士の喧嘩みたいになる(で、最終的にあたしの頭にはでっかいタンコブが出来る)。
「でもあたし、あんま真面目じゃないしね。フレイムテイルがやっぱり1位だよ」
「ふふっ…そうかしら。じゃあ、そういうことにしときましょ」
その言葉と同時に、エレベーターは停止し、扉が開く。バスターポリスが一望出来る、この街で一番高い場所。風がビュウと吹くメガトンベースの屋上。公認ヒーローはいつもここから現場に向かう。
「さぁ、いきましょ」
「ああ、どこだっけ」
「無法地帯チェルシータウンよ。任務は、犯罪組織ファントムの一人『オオカミ男』ジュリアス・ビーストの捕縛」
「ファントムの居場所がわかってるなんて珍しいね」
「どうやら、仲間と仲違いして一人で行動してるらしいの。単独行動してる間に捕らえて、ファントムの内部情報の取り調べに利用するっていうことらしいわ」
そう言いながら、フレイムテイルがボンッ!と勢いよく炎に包まれる。
「うわっ!どうしたの?」
「え?ああ、私、空を飛ぶときは火の玉にならなきゃ飛べないの」
「へぇ。なんかすごいねぇ!」
「『火の玉ガール【ウィル・オ・ウィスプ】』っていう、決して消えない聖なる炎【オリンピック・ファイア】の応用ギフトなんだけどね」
「へぇ。かっこいいね。そういうのもっとテレビで流せばいいのに」
「ふふ、じゃあ行くわよレディ」
「ああ!どこだっけ!」
「……チェルシータウンね!」
「そうだった!」
メガトンベースの屋上からの出撃。誰の趣味かわからないけど、ヒーローはいつも高いところから飛んでくるってことらしい(これはたぶん、昔のヒーローがそういう雰囲気を作ったんだと思う)。それでいて、屋上から出撃するからといって、その下にネットがあったりとか、そういう安全対策があるわけでもない。それは、A級ヒーローくらいになったらみんな、何らかの手段で空を飛んだり、高いところから落ちた場合の対策くらい持っていたりするからだ。ある意味では、ここから飛び降りて平気な手段を持っているということがA級になる条件の一つでもあったりする。
勢いよく空に飛び出したあたしたちは、バスターポリスで最も犯罪率の高い無法地帯、チェルシータウンに向かった。
*~*~*~*~*~*~*
チェルシータウン。ここは、バスターポリスの6つの行政区の中で唯一の見捨てられた地域だった。スクエアガーデンからみて東側、つまりウェストサイドと正反対に位置するこのチェルシータウンは、元々は人の賑わうショッピング街だったらしい。でも学生区の発達や、ショッピングモールのある新しい商業区ウェストサイドが出来たことで、古くからの商店街通りを守っていたチェルシータウンは街ごと廃れていき、いまでは当時の賑わいなんか想像もつかないゴーストタウンになっている。
それだけならただの廃れた街だったんだけど、どういうわけか5年前からこの街は一般人の立ち入りが禁止されている。詳しいことは誰も知らず、ただ、明らかにその時期から、この地域は隔離された犯罪の温床となっていた。
そこに降り立つ、ヒロイン二人組。フレイムテイルはいつものベリーダンサー姿のスーパースーツを黒いベールで隠し、あたしは、赤いマントを雨ガッパみたいにして姿を隠していた。
見渡して、ガラス窓がまともな建物がほとんどない。じめじめとした路地裏に薄暗い照明。その中を、ネズミのようにごそごそと動く人影。こんな場所でも普通に誰かが住んでいるらしい。無防備な一般人が立ち入ったら、まず間違いなく犯罪に巻き込まれる、そういう危険な街。
BANG!
建物の隙間から、前触れもなくあたしの足を撃ち抜こうとした誰かがいた。でも、ピストルなんかじゃ私にはキズ一つつけることは出来ない。
「レディ!大丈夫!?」
「…ああ、平気だよ。あたしに物理攻撃は効かないんだ。そんなことより…」
心配そうな、驚いたような顔をしているフレイムテイル。それを横目にあたしは聴覚を研ぎすませると、犯人とおぼしき連中の声をきいた。
(タオレナイ)
(ドウスル…ドウスル…)
どうやら、ふらりとチェルシータウンに入ってきた余所者を動けなくして、強盗、または拉致している犯罪者のようだった。この街に入った人がかなりの確率で行方不明になるって理由も、なんとなく察しがつく。
銃で撃っても倒れないあたしをみてギフト能力者とわかった犯人達は、そそくさと逃げ仕度をしているようだった。
バカァアアアアン!
あたしは、その物音が聞こえる建物に歩いていき、壁を壊して犯人と対面した。
「傷害未遂だよ。おとなしく捕まっ…て…」
でもそこには、もうその犯人の姿はない。犯人はどうやら、なんらかのギフト能力でこの場を去ったらしい。
「ふぅ…」
「逃げられたわね」
「まぁ、追いかけるほどの相手じゃないよ」
「街に入っていきなりこれとは、さすがのファントムの縄張りね」
曇り空の中、怪しげな通りを歩く。見るからにいかつい、叩けば前科がいくらでも出てきそうな連中が横を通り過ぎる。この街で歩くあたし達二人は、一応姿を隠しているとはいえやっぱり少し目立っていた。
「おい姉ちゃん、ちょっとこっちこいよ」
片手に酒瓶を持った悪人らしい悪人面の筋肉質な男が、フレイムテイルに話しかける。
「すいません。いま忙しいので」
「こいっつってんだろ!?」
ボウッ!
グイとフレイムテイルの腕をひく悪人面。フレイムテイルは無言のまま、掴まれた腕を炎で包んだ。
「うぉあ!?なんだてめぇ!ファントムか!?」
「ファントムなんかと一緒にしないで。火遊びなら他の人を誘ってもらえるかしら」
「ヒュー」
ドスのきいた声で敵を威嚇するフレイムテイルは、さっきまでの親しげな雰囲気とは打って変わって、結構迫力があった。
「…この街の連中は、ファントムのこと知ってるんだな」
「むしろこのあたりの人は私たちよりファントムに詳しいんじゃないかしら。いくら情報規制をしても、実際に関わりがある人までは騙せないわ」
「今日の犯罪者、名前なんてったっけ、そいつってどこにいるの?」
「オオカミ男のジュリアスね。ヴェロニカって酒場にほとんど住むように通ってるって情報よ。どうやらファントムの人体実験で頭がやられて、発作が起こると敵味方関係なく人を食べるらしいわ」
「うげ、マジか」
「被害者の一人は完全に無関係な女性で、通り魔的にウェストサイドで被害に遭ってる。チェルシータウンの中で起こってる分にはほぼ間違いなく犯罪者同士の事件だけど、外に被害が及んだことでヒーロー庁も無視出来なくなったみたい。捕縛しつつ、ついでにファントムに関することを色々聞き出そうっていうことになって…って、あれ?さっきカナリアさんも言ってなかった?」
「ああごめん、全然聞いてなかったよ。オオカミ男を捕まえればいいってのは覚えてた」
「ふふ…どおりで、作戦無視するわけね。カナリアさんに怒られるわよ?」
「まぁ、ようするにそいつを捕まえりゃいいんだろ?」
「そういうことね」
「オオカミ男ってことは、変身系か」
「たぶんね。…さぁ、ここよ」
チェルシータウンのそれほど深くないエリアに位置する、辛気くささが半端じゃないくたびれた建物『BARヴェロニカ』。一応ウェスタンをモチーフにしてる感じのその酒場に、あたしとテイルは入った。中には、怪しげな音楽に合わせて気怠そうに踊るダンサー、それを見ながら昼間から飲んでる悪党がちらほら。どう見ても目がイッてる人も数人いる。そんな中を一切おじけづかずにフレイムテイルはずかずかとカウンターまで歩き、座った。
「ジンジャーエールの辛口をください」
普通にカウンターで飲み物を注文するテイル。堂々としたものだ。
「あなたはなににする?」
「ん?ああ、じゃああたしも同じの頼むよ」
カウンターにいる陰気な顔をした男は、返事もせずにジンジャーエールを用意する。
「あれ?ジュリアス探すんじゃないの?」
「ええ。ここにいれば現れるか、運が良ければ私たちがターゲットになるから、しばらく様子を見てみようと思うわ」
「なるほどね、見え見えのオトリ捜査か。それでも襲ってくるかな?」
「ジュリアスの被害者はほとんどが若い女性なの。きっと、罠だとわかってても自信満々で襲ってくると思うわ」
「そうか。じゃあとりあえず、初の共同任務ってことで乾杯」
「そうね、乾杯♪」
(続く)




