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黄金の魂  作者: 向井司
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水使い 6



 セイラスがセラファートを連れて駆け戻ったときには、全てが終わっていた。湖のほとりには刺客の死体がいくつも転がっており、エルザとディエルとが身を寄せ合って震えている。青年の外套を被っていても寒さを凌ぐには足りぬようだ。

 セイラスと数名がエルザたちに駆け寄った。そして、セラファートはその場に青年がおらぬことを訝しがり辺りを見回す。


「ヴァレリア!」


 名を呼ぶと、


「こちらです」


 あくまで冷静な返答が返る。

 青年は湖より幾分離れた木立から姿を現した。


「何をしておるのだ?」


 セラファートは青年の側まで馬を進めた。と、青年は右手をセラファートに向けて差し出す。


「……面白いものを、拾いました」

「面白いもの?」

「ええ……刺客たちの攻撃を受けている間、ずっとこの辺りに人の気配を感じていたのです。この持ち主が、首謀者と考えて良いのでしょうね……」

「なに……」


 ひんやり笑って青年は、手を開いた。手の中から現れたものは、凝った作りの留め金だった。良く、マントやスカーフを留める時に使うものだ。


「これは……」


 セラファートは留め金を見てうめいた。

 細工に見覚えがあるのだ。金と銀そして紅玉がふんだんに使われており、多分白鳥なのであろう凝った細工に、同じものは二つとしてないだろう。


「……心当たりがお在りのようですね?」

「ああ……コルーノ子爵のものだな。多分、間違いないだろう。特別に造らせたものだと見せびらかしておったからな……」


 苦り切った顔でそれだけを言うと、セラファートはむっつりと黙り込んでしまった。

 コルーノと言う男について考えているのだろう。時折忌ま忌ましげに息を吐くことからも、良い人物ではないことは確かだ。


「……気が弱いが……追い詰められれば、こんな馬鹿なこともしでかすだろうな……あの男ならば」


 ようよう結論が出たのであろう、ため息とともにそう言って、セラファートはようやく顔を上げる。青年は黙ってセラファートに留め金を差し出した。


「……いらぬ、か……」


 セラファートのつぶやきに、青年は当然だと言いたげに首を縦に振った。


「わたしの役目は、エルザ様とディエル様をお守りすることです。子爵殿をどうこうするつもりなければ、そんな権限もありません。後は伯爵にお任せ致します」

「ああ……確かに、あの男を燻り出すのは俺の役目だろうな……」


 仕方無さそうに言いはするものの、セラファートの顔色はあまりさえない。こんなものは、彼とても受け取りたくはないのだろう。

 子爵とことを構えることには、どうしたってリスクがつく。

 しかし、野放しにしておけば、リスクは何倍にもなるだろう。最悪の場合、ガイアス将軍の身に何事かが起これば、問題は確実にクレイトン全てに降りかかる。

 それは親友を公言するセラファートにも良く解っていることだった。


「あとは、任せろ」

「はい」


 苦々しい表情のセラファートに向かい、青年はにっこりとほほ笑んだ。

 何の憂いも見せぬ顔は、全ての面倒をセラファートに押し付けて安堵しているようにも見える。セラファートはため息をつきつつも、湖の方を振り返った。

 ディエルたちは馬車に乗り屋敷に向かったのだろう、もう姿は見えない。湖のほとりに見えるのは、セラファートの部下たちと刺客たちの骸だけだ。

 いくつも転がる骸は、全て目の前の青年が作り出したのだ。虫も殺せぬような顔をしていながら。


「……大したものだな……確か傭兵の間で《黒き風》と噂される者がいたな……顔に似合わぬ凄腕の剣士だとか……」

「それが、なにか?」


 空惚けているのか、青年の返答は素っ気ない。セラファートはゆうるりとかむりを振った。


「……いや……ところで、貴公はどうするつもりだ? 暗殺の首謀者が解った以上、役目も終わるのだろう?」

「はい……ですが、ガイアス将軍のお帰りまではここに留まるつもりです」

「それからは?」

「戻ります……」


 セラファートの問いに青年は一言だけ答えた。どこにとか、誰になどと一切付け加えはしない。

 あくまで、青年の素性は謎のままである。


「ならば、俺に仕える気はないか? 貴公ほどの腕を持つ剣士ならば歓待するぞ。場合によっては位を与えてやれるだろう」


 破格の申し出であった。

 多分、セラファートは青年の素性を察しているはずなのに、それでこの条件を出したのだ。仕官を望む者ならば、喉から手が出るくらい欲しい話だ。

 しかし、青年はゆっくりとかむりを振る。驚いたのは、セラファートの方であった。


「この条件では仕官できんと言うのか? 他では滅多に手に入れられぬ話だぞ。ガイアスはどのような報酬でもって、貴公にその役目を了承させたのだ?」

「伯爵。わたしは、誰かに仕えようなどとはかけらほども思っておりません。今までもそうでしたし、これからもそうでしょう。この度、この役目をおおせ付かったのは、わたしと将軍が顔見知りであった以外に何の理由もありませんよ」


 そう言って、青年は静かに笑む。

 借金を形に脅されたなんてこと、口が裂けても言えはしない。

 しかし真相を知らないセラファートは、不思議なものでも見るような顔で、青年を見つめた。

 しばらくして、深いため息をつきながら何度も頭を振る。


「金や地位で買えぬ人間も、いるのだな」

「わたしの力を高く評価して下さったことにはお礼を申し上げます……けれど、この話はここまでにして頂きたいですね」


 さりげなく会話を切り上げて、青年はセラファートに背を向けた。取り付く島もないとはこのことだと、セラファートは漠然とそう思った。

 しかし、そこまで青年が言い切ることができるのには何か訳があるのだろうとまで思い、つい青年を呼び止める。

 青年は優雅な動作で振り返った。


「ヴァレリア。そうまでして、何か追い求めるものが貴公にはあるのか?」


 聞かずにはいられなかった。

 その問いに対して答えは得られまいと考えたが、セラファートの予想に対して青年は口を開いた。


「追い求めるもの? ありますとも……人を捜しているのです……ずっと」

「人を?」

「ええ、この手で殺すために」


 そう言って、青年は冷ややかに微笑した。

 その背中に冷水を浴びせかけられるような笑みを、セラファートは、かなりの年月が流れるまで忘れることができなかった。


「なんだと……?」


 乾いた声で問うてみても、返答はない。

 青年の表情はそれ以上の詮索を一切拒絶していた。


「それでは……」


 素っ気なく言い放ち、青年は再び歩きだす。

 馬の背についても、セラファートは青年と一言も言葉を交わさなかった。

 従者たちはそんな二人を、戸惑い浮かぶ顔で見やるものの、何の口だしもしなかった。



 そして、ガイアスが無事に国境の警備を終えて屋敷に戻ると、青年の姿はいずこともなく消え去った。

 青年が何者であるのか、セラファートのみならずディエルですら、ついに解らなかったのである。

 青年が彼らに会うことは、二度となかった。




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