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黄金の魂  作者: 向井司
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水使い 4



 木漏れ日の中を馬車が駆けていく。そしてその脇には騎馬の影がふたつ並んでいた。

 馬車に乗るのは、エルザとディエル、そしてヴァレリアである。

 並ぶ騎馬は、セイラスとその従者であった。

 御者含めての六人は、今セイラスの、つまりはセラファートの屋敷へと向かっている。

 先日の突然の来訪を詫びて、セラファートがセイラスを使いに出して、ガイアスの家族を招いたのである。

 本当はリゼアも招待されていたのだが、彼女はどうしても屋敷を空ける訳にはいかぬため、子供たちと青年を送りだしたのだ。


「別にあなたはお屋敷に残っても構わなかったのよ?」


 はす向かいに座る青年をちらりと見やり、エルザが言った。青年はディエルと何かを話していたようだが、エルザの声に顔を上げるとにっこり微笑んだ。


「ですが、お屋敷にはグレアム殿もおいでですし、奥方様の心配もないでしょう……それに、伯爵様はわたしもお呼びくださいましたよ」

「伯爵様は気紛れでいらっしゃるのよ」


 だから何が言いたかったという訳でもないが、エルザはつんと顎を反らす。


 そうよ……まだまだ安心はできないわ……こんな綺麗な顔をしても、何を考えているのか本っ当に解らないのだもの!


 エルザはいらいらと親指の爪を噛んだ。ストレスが溜まったときの彼女の癖だった。


「エルザ様……その癖は直された方がよろしいですよ。爪の形が悪くなります。爪の形が悪くては、爪紅が映えませんよ」

「大きなお世話だわ」


 もっともな指摘だったが、今のエルザには逆効果である。エルザはぷんと膨れてしまった。

 そっぽを向いてエルザの視線の端で、青年はやれやれと肩を竦めた。

 馬車に並べて馬を進めていたセイラスがくすくす笑いながら、馬車へと声をかける。


「おやおや、エルザ殿はご機嫌斜めのご様子だね。どうですか? 湖でも眺めて心をお静めになっては……」

「湖? もうそんなところまで?」

「ええ、じきに見えてきますよ」

「ほとりまで行ってもいいかしら?」

「よろしいですよ」


 エルザの問いに、セイラスはにこやかに笑って頷いた。

 それを合図としたのか、近づくわき道へと馬車を引く馬の首が逸れた。


「セイラス様。寄り道はあまり……」


 良くないのでは?


 と青年が非難を映す瞳を向ける。セイラスは大丈夫だとことさら明るく言い返した。


「水辺まで降りなければ問題はないだろう? それに貴公は知らぬだろうが、屋敷はここからすぐなのだよ」

「そうですか……」


 まだ青年は不満そうだったが、渋々のセイラスの言葉に頷く。

 今ここで、己の希望を公使できるだけの力はなかった。

 いや、実際には彼が抱え込む真実を一言、言ってしまえば決着はつくだろう。

 しかし、それはでき得る限り伏せておくというのが、契約のひとつだった。

 青年は小さなため息をついた。

 エルザはもとより、ディエルもセイラスも青年のため息には気がつかなかった。


◇◆◇


 広い水面に日の光が注ぐと、きらきらと宝石のように輝いた。水の澄んだきれいな湖である。

 所々に起きる小さな波紋は、魚たちが作るのであろう。

 風が涼しかった。


「いつ見てもこの湖はとてもきれいね」


 吹く風に亜麻色の髪を揺らしながら、エルザが呟く。

 木々の緑と、湖に映る空の青とが絶妙なコントラストを作り出している。

 ディエルがはしゃぎながら、水辺へと駆け寄った。湖を取り囲む草むらの一角だけが、水辺と近づきやすいようにとの配慮のためか、草の背丈が刈り込まれて低い。


「ディエル様! 水辺へ近寄ってはいけません」


 はしゃぐディエルを青年が穏やかな、それでいてよく通る声で諫めた。ディエルは湖の手前で立ち止まり振り返る。


「ヴァレリア、お魚を見ては駄目?」

「……魚ですか? 岸からでは見られないとと思いますよ」


 苦笑を浮かべながら、青年はディエルへと歩み寄る。ディエルは不満そうな顔で青年を見上げた。


「……今度、小舟を浮かべみましょう。そうすれば魚も見られますよ」

「本当?」

「ええ」


 青年の言葉に、ディエルの瞳はきらきらと輝いた。


「……それは良い考えね。今度はお弁当を持って、小舟を浮かべて……」


 珍しく、エルザが青年の提案を褒めた。

 そのときのことを思い描いているのだろう。楽しそうに笑みを浮かべる。

 普段は気の強いエルザも、やはりこういう時は年相応の少女の顔になる。

 ようやく、お姫様のご機嫌が直ったと、セイラスが小さく肩を竦めた。


「それでは参りましょうか?」

「ええ……」


 頃合いを見計らってセイラスが声をかけると、エルザはすんなりと頷いた。


「ディエル様」

「はーい」


 青年が呼ぶと、草むらを覗き込んでいたディエルが元気の良い返事をして駆けてくる。

 四人は馬車に向かってゆっくりと歩き出した。

 しかし、ほんの数歩を歩いた瞬間、青年が立ち止まった。


「ヴァレリア殿?」


 剣の柄に手を添え、緊張した面もちで周囲を見回す青年にセイラスが声をかける。セイラスもエルザも、青年が一体何に対して警戒しているのか解らない。


「一体どうしたの?」


 振り返り、エルザが問う。

 けれど青年は答えない。


「ヴァレリア」


 名を呼ぶエルザの声に不安が灯る。

 青年は、突然はっとして顔を上げると、セイラスを突き飛ばし、エルザとディエルを庇うようにその場から飛び退いた。

 四人がつい今し方立っていた地面が砕ける。まるで、なにか重いものが落ちてきたかのようだ。しかしその場には何も存在しない。


「な、なんだ!?」


 地震などではなく、砕けた地面を見てセイラスが上擦った声を漏らす。砕けたのは地表のわずかな部分ではあるが、常ならばあり得ないことだ。

 一体なにが起きたのか解らない。


「セイラス様……」」


 驚愕覚めやらぬセイラスに青年が声をかける。その声で我に返ったセイラスは、エルザとディエルを庇うようにしてその場に立ち上がった青年へと視線を向けた。セイラスと青年がちの間は二間ほど開いている。


「ヴァレリア殿、ご無事か?」

「ええ、エルザ様にもディエル様にもかすり傷ひとつございません……それよりも……」

「?」


 続く青年の緊張した口調に、セイラスは怪訝そうな面もちになる。青年は重々しく口を開いた。


「セイラス様、すぐにお屋敷にお戻りを」

「馬鹿な! どうして、わたしだけが屋敷へと戻れる?」

「助け手が必要です。此度の一件には、魔術師が絡んでいる様子……今しか、機はございません」

「魔術師だと?」


 青年の言葉にセイラスは息を飲む。魔術師が絡んでいるとなれば、つい先刻の不可解な現象にも合点が行く。

 手を触れずに、物を破壊することも可能だ。しかも、先刻の地割れから推測するとかなりの術者にちがいあるまい。


「しかし、魔術師となれば貴公の身も危ういのではないか?」

「セイラス様のおっしゃる通りです。ですから、助け手がいるのです。まだ魔術師とは距離があります。一人、駆け去るあなたを追いはしないでしょう。だから、早く!」

「解った!」


 セイラスは唇を噛み、青年の提案を了承する。

 もはや、他に方法はない。

 四人揃って逃げることは、不可能だ。対象が大きければ、魔術師の攻撃を容易に集めることとなる。

 危険はあった。

 もはやセイラスは気が付いている。魔術師の標的が、エルザもしくはディエルであることに。

 全ては消去法だった。

 自分を狙うのならば、こんな屋敷の間際では成功の確率は低い。ならばセイラスが標的ではないだろう。


 では、青年は?


 彼が標的であるとは思えない。青年はガイアスにとって客分であるし、何より、青年はガイアスの留守を守る立場なのだ。

 そう、つまり。言い換えれば、エルザやディエルを守る立場なのだ。


 何から?


 今ならば解る。このような攻撃から、二人を守ることが青年の役目であったのだと。

 理由はさすがにこんな短い時間では見いだせない。しかし、エルザたちが狙われていることだけは、紛うことなき事実なのだ。


「エルザ殿、ディエル殿。必ずや助け手を連れて戻って参ります。しばしのご辛抱を!」


 セイラスはそう叫ぶのが精一杯で、馬車へと駆け戻る。そして、馬の背に跨がり、全速力で馬を走らせた。

 一刻の猶予もならない。

 顔を青ざめさせ、セイラスはただ屋敷へと向かった。



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