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黄金の魂  作者: 向井司
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水使い 3


 不意の来客は、正午を過ぎた頃に現れた。五つの騎馬がにぎやかに屋敷の中庭へ入ると、一層屋敷は騒がしくなる。

 その装束からして、五人のうちの二人が主人で残り三人が従者といったところだろう。

 主の二人も、年齢や風貌を見るに、親子に違いあるまい。

 四十ほどの男が颯爽と馬から降りると、従者たちがそつのない動作で手綱を受け取った。その後ろでまだ少年らしさを残す青年が手綱を傍らの従者に手渡している。


「リゼア殿はおいでかな? セラファートとその息子セイラスが参ったのだが」


 言葉のすべてが終わらないうちに、扉が勢いよく開いて子供たちが飛び出してきた。


「伯爵様、セイラス様」


 口々に二人を呼び、エルザとディエルは歓迎の意志を顔一杯に浮かべている。


「やあ、ガイアスの子供たち。久しぶりだね、元気だったかい?」」


 セラファートは駆け寄るディエルをひょいと抱き上げた。


「おや、ディエルは背も伸びたようっだね。身体も重くなった」


 まるで自分の子供のように、扱う様は手慣れたものだ。


「まあまあ、伯爵。相変わらず、突然のお越しなのですね」

 

 ドレスの裾を摘んで、リゼアが早足にやってきた。言葉にはほんの少しの非難が含まれているが、笑顔にはかけらほどの曇りもない。リゼアがこの不意の来客を歓迎していることは誰の目にも明らかである。


「ああ、リゼア殿。突然で申し訳ない。ガイアスが館を留守にすると聞いて、心配で様子を見に参ったのだが」

「ええ、旦那様はひと月はお帰りにならなとのことです……ですが、今回は留守を守ってくださる方がいらっしゃいますのよ」

「ほお……それは初耳だ」


 意外そうに軽く目を開いたセラファートは、ようやくリゼアの数歩ほど後方に立つ青年に気がついた

 青年はリゼアたちの会話に入ってくる気配も見せず、とても控え目に立っていたので話に出るまで気がつかなかったのだ。


「……もしや、彼かね?」

「そうなんですのよ」


 頷いてリゼアが振り返ると、ようやく青年はセラファートたちの方へと歩いてきた。


「……貴公が、ガイアスに留守を任されたのか」

「はい。ヴァレリアと申します」


 青年は控えめな態度を崩すことなく名乗る。セイラスの傍らにいたエルザの頬がぷうと膨れた。

 セラファートは顎の辺りをさすりながら興味深げに青年を見やる。


「……これは驚いたな。あいつにこんな知人がいようとは……中々の美形ではないか」

「……伯爵。わたしは別にこの顔で、お屋敷をお守りするつもりはありませんが?」


 あからさまな好奇の視線を向けられて、さすがに青年もむっとしたようだ。紡ぐ言葉に微かな棘があった。

 しかしセラファートは堪えない。さらりとそれを受け流すと、なお一層強い好奇の視線を向けた。


「ほお……そうすると、剣も時には使うと?」

「もちろんですとも。時と次第においては、この腕も頭も使います」


 はっきりと青年が言い切ると、セラファートはにやりと物騒な笑みを浮かべた。


「おもしろい。では、ひとまずその腕見せてもらおうか」

「父上!」

「伯爵様!」


 突然の宣告に、周りにいた者は戸惑い青ざめる。

 体つきからしてセラファートは青年より一回りは大きい。二の腕の太さにしたってそうだろう。

 大体、セラファートの剣技はクレイトン公国において、十指に入るか否かのものなのだ。

 剣を習い覚えた程度では到底歯の立つ相手ではない。

 それに、どう見ても青年に剣というものは似合わない。その細腕で扱えるのか疑ってしまいそうだ。


 どう考えても、大人と子供ほどに実力の差があるだろう。

 慌てふためき止めに入るセイラスを退けて、セラファートはきつい声を発した。


「セイラス。お前たちは下がっていろ。決して邪魔をするな」


 言い放った直後、二人の男の手元で白刃が閃いた。

 剣を鞘から抜くや、セラファートは青年へと切りかかったのである。


「!」


 誰しもが息を飲んだ。

 その場に居合わせた者すべてが、青年の身を案じた。しかし青年は己が剣を鞘から抜く以前のこの攻撃を、剣の収まった鞘ごと受け止めたのだ。


「……ふむ……一撃目は受け止めるか……貴公、どうやら口先だけではなさそうだな」

「試されますか?」

「そうさせてもらう!」


 剣を一旦引いての二撃目は、青年も剣で受け止め流した。


 どちらも早い。


「どうした? すばしこいだけでは、俺の剣はかわせんぞ!」


 絶え間ない攻撃を、剣で受けまたは身を捩りかわす青年に、セラファートは嘲笑にも似た言葉をぶつけた。

 普通ならば、ここで頭に血を上らせ、かわすという行動にさえ隙ができるだろう。

 しかし、青年はあくまで冷静だった。かわし続ける間でさえその表情は変わらない。

 焦りもなく優越もなく、ただ己に向けられる剣をかわすだけなのだ。その動きには一分の隙もなかった。


「ふん……」


 このままでは埒が開かぬと悟ったのか、セラファートは攻撃方法を変えた。

 今まではある程度大振りであった動きを、一気にコンパクトなものに換え、攻撃に突きまで加えたのだ。

 これではいつまでも逃げてはいられない。


「逃げているばかりでは、ガイアスの言いつけは守れんぞ」

「……そのようですね……」


 青年がにやりと笑う。優しげな面差しに似合わぬ不敵な笑みだった。


「やっと本気になったか」


 セラファートが楽しげに笑う。彼は、青年が全力を出していないことに気づいていたのだ。

 受けて流すだけの青年の動きが変わった。攻められる一方であった青年の剣が流すだけではなく、その流線を描く延長線上において確実にセラファートへと向けられる。

 剣をかわすことにも隙はないが、向ける切っ先にも隙はない。


 こいつは……!


 セラファートは内心で舌打ちをした。ようやく彼は青年の腕前を過小評価し過ぎていたことに気がついたのだ。

 青年は気まぐれやお遊びではなく、生きるための手段として剣に携わってきた者なのだ。


 確か……ガイアスは傭兵に顔が利くな……


 セラファートは青年の素性を悟った。

 そして、ふと剣を引くと、青年から半歩ばかり退いて距離を置く。


「……参った。ここまでだ。互いに怪我を負う訳にはいかないからな」


 セラファートの声に、青年は剣をぴたりと止めた。僅かに肩を上下させるセラファートに比べ、青年は息も乱れていない。


「……人は見かけによらぬものだな」


 苦笑を浮かべセラファートは剣を鞘に戻した。青年も剣を納めるべく、鞘をグレアムから受け取っている。


「信じられない……父上と互角に打ち合えるなんて……」


 セイラスとエルザだけが驚愕のあまり、ろくな言葉も出ない。リゼアはただにこにことことの成り行きを見つめており、ディエルはまだことの大きさを解っていないのだろう。尊敬の眼差しで、セラファートと青年を見上げている。

 青年はこともなげな顔で、剣を腰へと戻した。


「……貴公、剣を誰に習った?」

「そのご質問にはお答えしかねます」

「それも秘密だと言うの?」


 エルザが声をあげた。もう怒りを通り越して、呆れてしまっている。と、言うよりセラファートと互角に打ち合った様を目の当たりにして、度肝を抜かれているのだろう。

 怒りもいっぺんに吹き飛んでしまったというところか。


「はい……申し訳ございませんが……」

「……やれやれ。秘密の多い男のようだな……他には何が駄目なんだ?」

「伯爵様……ヴァレリアという名前以外、わたしたちは何も教えて頂いてはおりませんのよ」

「はっ!」


 これにはさしものセラファートも呆れた。


「一体、何を考えてそんなことになったんだ?」

「……」


 青年は答えない。


「……これも駄目のひとつか……まあ、ガイアスの人を見る目を疑うつもりはないが……現に、見かけからは想像もつかんこんな剣豪を見つけてきたのだからな」


 これならば、安心して留守を任せられるとセラファートは笑った。

 どうやら、青年の実力は認められたらしい。


 そして、エルザの青年に対する見解は今回の件でかなり変わったようである。



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