偽りの魂 6
西のクレイトン公国の北方レイルート地方は今、北の王国フエンリアの脅威にさらされていた。
その領土の七割近くを草も生えぬ凍土に覆われたフエンリア王国は、クレイトンや東のリメイム公国、南のツァグレスや央のラーフェリック共和国の肥沃な領土を、喉から手が出るほどに欲していた。その先駆けが、レイルート進攻であった。
そしてこのレイルートが落ちれば、クレイトンとフエンリアの戦いはなお一層苛烈になると予測されている。そのためにも、レイルートを護る兵士たちは何としてもフエンリア軍を撃退しなくてはならないのだ。
そのレイルートの砦は敵襲にあった夜営地からは北東の方角にある。旅慣れた傭兵たちの足でも、移動には最低でも半日はかかってしまう。
その日の昼過ぎになると、砦はいきなり人口が増えた。
とは言えガイアスの傭兵部隊は、そう目茶苦茶に多いと言う訳でもないので、彼らが寝泊まりするだけの部屋は何とか確保できそうである。
大部屋にぎりぎり一杯詰め込まれるにしても、外で寝るよりは多少は雨露しのげる分だけ気分がいい。
もっとも、今日のところは酒盛りで一夜を明かす者の方が圧倒的に多いだろう。
「よう、ガゼル! 大将は無事かい?」
砦の防壁を抜けるなり、中央の広場で三十も半ば過ぎになろうかという小男を見つけてヴァルが名を呼び声をかける。
と、神経質そうな顔をした痩せぎすのガゼルは、にたりと笑って胸を張って見せた。
「当然だろ。このガゼル様が供をしたんだぜ。フエンリアの奴らとはすれ違いもしなかったさ」
「そいつは、良かった。たとえ、ロクでもない道を進んだにしても、な」
「ロクでもないってこたぁ、ないだろ。今日一番の功労者だぜ」
「それもそうだ」
カゼルの言い分をあっさりと認めるヴァルは、どうやら機嫌が良いらしい。
昨夜と違って随分喋るなと、イサクはガゼルとヴァルの会話を聞きながら思った。なにせ、昨夜のヴァルの素っ気なさときたら、けんもほろろというヤツだったのだ。
けれど今のヴァルはどちらかと言えば、取っ付きやすい。
確かに、朝方の戦場に飛び込んだ時も、ヴァルの口調は軽かった。
やはり古い付き合いの者が相手だからなのだろう。
イサクは黙って、ガゼルと軽口を交わし会うヴァルの横顔を眺めやった。
楽しげに言葉を紡ぐ今のヴァルには、昨夜のような冷ややかさはない。そして身構えたところも。
このガゼルと言う男に対して、ヴァルはある程度の信頼を寄せているのだ。
ガゼルもヴァルには砕けた口調で、ぽんぽんと言い放つ。ガゼルはヴァルの怒りとやらが怖くないようだ。
「……褒美もたんまり貰ったし、今夜は飲み明かすぜ。お前も来るか? ティカロたちのとこへ行くんだぜ?」
言いながらガゼルは、勿体振った仕草でヴァルに酒瓶を見せつける。
ヴァルはそれもいいなと笑ったが、その後に苦笑して首を横に振った。
「悪いが、オレは止めとくよ。こいつもいるしな」
そう言って、傍らの少年の頭を撫でる。
ガゼルがロスを見下ろすと、ロスはにっこりと笑って軽く頭を下げる。
「そっか……」
幾分残念そうに言い、ガゼルはくしゃりと一度きりロスの頭を撫でた。
「……ま、仕方ないな……」
ガゼルはロスのことを良く知っているのか、すんなりと頷いて引き下がった。
「じゃあ、また今度な……」
そのままひらとヴァルたちに手を振り、ガゼルはその場から歩き去った。
「……あいつとは…あのガゼルってのとは、付き合い古いのか?……」
「まあ、な……」
ふっと思い出すような瞳をして、ヴァルはイサクの言葉を肯定する。
「オレが、この傭兵ってのに、首を突っ込んだころからの知り合いに、なるな……」
そのまま視線を、歩き去るガゼルの背中へと投げた。




