表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄金の魂  作者: 向井司
14/27

偽りの魂 5



「どうした?」


 笑みに綻んでしたはずの黒曜石の瞳が、刃物のように鋭い光を放ったので、イサクが怪訝そうに問いかけた。

 心なしか、ヴァルを包む空気まで、冷たくなったような気がイサクにはしたのだ。

 ヴァルはイサクに呼びかけられて、ゆったりと顔を上げた。


「……いや、な……この不意打ちは、随分とこの夜営地の状況をつかんでいるように思えたんだよ……それこそ、知っていたみたいに…」

「知っていた? そんなはずがないだろ? ここで野営するのは一昨日と昨夜の二日だけだぜ?」

「そうさ。敵に夜襲をかけられないために、場所は一定にしない……確かに、今までもそうだった……」

「それが、不意打ちをかけられたってことは……」


 言いかけて、イサクははっと息を飲んだ。まさか、と唇が動きかけるが言葉にはならない。

 しかし、ヴァルは重々しく頷いた。


「……そうだよ……どこかに間者がいるってことだろうな……」

「誰だか、見当は?」

「つくかよ。今さっき、気づいたばかりだぜ。それで解るなら、剣士やめて呪い士にでもならぁな」


 イサクの問いに、素っ気なく手を振りながら答えて、ヴァルは肩を竦めた。


「……取り敢えず、イサク。このことは黙っときな。推測に振り回されて、疑心暗鬼にかかっちゃ、世話ないからな」

「大将にも、か?」

「それは、砦に行き着いてから考えればいいさ。ま、そのうち、オレがいぶり出してやるさ」

「解ったよ」


 多少不満ありげな顔で、イサクはヴァルの言うことに頷いた。

 間者がいるというのは確かに、二人の推測でしかない。そんな状態で、この部隊を引っ掻き回す気はなかった。引っ掻き回して、自分の命が危うくなってはどうしようもないからだ。

 ヴァルは自分の言い分を渋々でも飲んだイサクに、満足そうに頷くと空を仰ぎ突然怒鳴った。


「ま、そういうこった。ロス、行くぞ!」

「え? ああ、そういえばあのチビがいないな」


 ヴァルがその名を呼んで初めて、イサクはヴァル言うところの相棒たる、あの口のきけない少年がヴァルの傍らにいないことに気が付いた。

 昨夜、ぺったりとヴァルに引っ付いていた少年は、影も形も見当たらない。


「当然だろ。戦いの中でまで、連れて歩けるかよ」


 言外に《アホかお前は》と、しっかり含まれている。


「悪かったな」


 さすがにけなされっぱなしでは、イサクの忍耐も限界を見る。

 イサクはむっとした顔で、ヴァルを睨みつけた。

 けれど、ヴァルはイサクに謝ろうという気配もない。イサクはやや肩を落とし内心で、ため息をついた。

 そのきれいな見てくれと違って、死ぬほど口が悪いと言う噂は、どうしようもない真実であったのだ。


「……こればっかりは、出まかせであって欲しかったよなぁ……」


 ヴァルに聞こえないように、イサクは小声でつぶやいた。

 しかし、現実はあくまで非情であった。

 ため息をつくイサクに頓着もせず、ヴァルはくるりと振り返る。

 それにつられてイサクが視線を移動させると、ざわざわと木の葉が動き、すぐにロスの姿が見えた。


「ロス!」


 ぱたぱたと駆けて来る少年は、そのままヴァルへと甘えるようにしがみついた。

 ヴァルは少年の体をひょいと抱え上げると、ぐしゃぐしゃと金色の頭をかき回す。


「ロス、怪我はしてないな?」


 問いかけに大きく頷いて見せるロスは、ふとイサクの存在に気が付くと、次いでにっこりと笑った。

 髪や体のあちこちに木の葉をくっつけているあたり、ロスは木の陰にでも潜り込んでいたのだろう。


「へえ……ちゃんと隠れていたんだ。偉いなあ」

「木登りは得意だしな」


 ロスを地に降ろしてやりながら、一言だけヴァルは言った。


「いつも、そうなのか?」

「まあ、大体な」


 軽く答えるヴァルに、イサクは大きく首を傾げた。

 木に登って戦いを回避すること自体は、別に悪くもなければおかしくもない。

 では、どうしてそんなことしかできないような子供を、この剣士は相棒として連れ歩くのか。

 足手まといと、言っているようなものではないか。

 イサクの頭の中を、幾つかの疑問が行き過ぎる。


「……聞いても……教えてくれる訳が、ないか……」


 ヴァルは、何かのきっかけでもない限り、自分からそれを口にするような性格ではなかった。


「…人付き合いが悪いと言うより、根本的にこの男はすっげえ面倒臭がり屋なんだろーな……」


 と、イサクはしみじみと思った。

 確かにまあ、その通りなのではあるが。


(もしかして、こいつ。ものすごくややこしい…)


 そう結論を導き出しつつあるイサクの心情など、ヴァルは知らない。

 本人はきっと、知りたいとも思ってはいないだろう。


「さて、と。砦に行くか」


 軽く伸びをして、ヴァルはおもむろに歩きだす。その外套の裾を握り締め、ロスもおとなしくその後をついて行く。ヴァルはそれを当たり前のこととして、振り向きもしないで進んで行く。


「……一体、どういう信頼関係なんだ?」


 事のいきさつをかけらなりとも知らないイサクは、このおかしな二人を呆然と見つめていたが、はっと我に返ると慌てて後を追って駆け出した。


「仕方ないから、待ってやろう。とか、思わないのかよっ!」

「……行き先が解ってんのに、わざわざ誰が待つかよ」


 走って後を追いかけて来るイサクに首を巡らせ、ヴァルは大層素っ気のない言葉を放った。

 ロスが振り向いて、手を振っている。

 早く来いとでも言っているのだろうか。

 イサクは大声でぼやきながら、ようやく二人に追いついた。

 伝達を聞いた兵士たちも、生きている者はバラバラとレイルートの砦へ向かって歩きだしている。

 その辺りに転がる死体の数から言っても、こちらの被害は小さなものであった。


「ま、ガイアスの大将がいるうちは、オレたち命も安泰さね」

「全くだ。今頃、フエンリアの連中は、地団駄を踏んで悔しがっているだろうよ」

「違いない」


 戦いを終えて余裕を取り戻した傭兵たちは、口々にそのようなことを言っては、笑いあっていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ