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黄金の魂  作者: 向井司
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偽りの魂 3



 ようよう東の空が白み始めたものの、まだ辺りは薄暗い時刻に、ヴァルのみならず夜営地の傭兵たちは突如として、たたき起こされた。


「敵襲だっ!」

「武器を取れーっ! 敵襲だ!」

「フエンリア軍が攻めて来たぞっ 」


 歩哨たちが声の限りに叫んでいる。

 傭兵たちは、その神経質な声にぎょっとして目を覚ましては跳び起き、おたおたと視界定まらぬ薄闇の中、己の剣や鎧を手繰り寄せている。

 突然すぎる北の敵国フエンリア軍の強襲に、起きぬけの夜営地は軽いパニックに襲われていた。

 なにがなんだか解らずに狼狽する声が、陣のあちらこちらを行き来している。特に右往左往しているのは、まだ戦い慣れぬ新参兵たちだ。

 その中で、ヴァルだけは歩哨の叫び声を耳にするや、素早い動作で身支度をあっと言う間に整えて、歩哨の示す方角へと駆け出していた。ヴァルの傍らに、いつも彼の後をついて歩く、口の聞けない少年の姿はない。


「馬っ鹿野郎っ! ガタガタ慌ててんじゃ、ねぇよっ!」


(ったく、どいつもこいつもっ )


 歴戦の者ならばいざ知らず、戦い慣れぬため慌てふためく新参者へと叱咤の声を浴びせかけ、ヴァルは傭兵たちの合間を駆け抜けて行く。

 はっきり言って、無様どころか邪魔くさいことこの上ない。腹を立てているところに、寝ぼけた顔でも見ようものなら、ヴァルはそいつを踏み付けにせずにはおれなかった。


「……ったく…このクソ忙しいときに、悠長に寝ぼけやがって…」


 ついつい、悪態の一つや二つ出てくるというものだ。

 二十半ばのしなやかな背を覆うほどの漆黒の髪は、走るヴァルの動きにあわせて小刻みに揺れた。端正な顔は優雅に笑ったならば、老若男女を問わず見とれさせるであろうが、今は敵を目前に控えた緊張と、明け方にたたき起こされた怒りとをはっきり浮かべて不機嫌そのものだ。

 何をすれば良いのか一時的に解らなくなって、うろうろと慌てふためく連中を、実際に何人か容赦なく蹴り飛ばしたり、または踏み付けにしてヴァルが最前線へと出ると、そこにはもう何人かの剣士がフエンリア軍の強襲に応戦している。


「さっすが、早ぇな」


 それらの剣士と、ヴァルは全て顔なじみだ。古くからの傭兵仲間がほとんどで、ただ一人の新顔は昨夜初めて出会い、言葉を交わしたばかりのイサクである。

 イサクの姿を捕らえたヴァルは、小さく感嘆の息をついた。


「ふう…ん……」


(やるじゃん…)


 剣を扱うイサクのその手際は、熟練の兵士に充分匹敵する。新顔だからと言って、侮れない。


「いい腕じゃないか……やっぱりな…」


 昨夜イサクの力量の程を口にしたヴァルは、己の予測の正しさに薄く笑みを浮かべていた。


(…悪いクセは…ないな……切っ先の持って行き方も、間合いの掴み方も上手い…ありゃ、しっかり叩っ込まれてるな……)


「いい動きだ……」


 イサク戦いぶりに、ヴァルは率直な感想をもらした。一体どのような師についたのか、そつのない動きは、感心するしかない。

 ただイサクの剣技は、生命のやり取りをしていると言うよりは、試合か何かの延長線上のような軽やかさがあった。

 戦場にいてこれほど殺し合いの似合わないヤツも珍しいと、ヴァルは内心で不思議に思った。

 これも、イサクの人徳と言うヤツなのだろうか。


「ヴァル、遅ぇぞ!」


 剣士の一人がようよう現れたヴァルの姿を認め、野太い声で怒鳴る。斧使いの大男は、そう怒鳴る間にも手は休めずフエンリアの敵兵をざっくりと屠っていた。

 ヴァルはその声に現状を思い出し、苦笑する。


「悪いな、ティカロ。新顔の大騒ぎに巻き込まれちまってよっ」


 あまり済まなさそうでもなく、ヴァルは剣を鞘から振り払い戦場に一歩踏み込むと、迫り来る兵士を切り捨てる。

 隙のない滑らかな剣技に、フエンリア兵たちは一瞬ひるんだ。扱う飛鷹剣が一層の効果を生んでいる。


「そう言や、随分奥に潜り込んでたな。あのチビとさ」

「まさか、不意打ち食らうとは思ってなかったからな」


 また一人、長柄の槍を奮うファギの言葉に返しながら、ヴァルは刃を走らせた。

 現状は確かに血なまぐさい戦いの中でありながら、ヴァルたちの会話は信じられないほど悠長なものである。

 とても白刃を閃かせながらの言葉とは思えない。普段は無口なヴァルも戦場では、多少なりとも饒舌になるらしい。


「しかしよ。不意打ち食らわせるたぁ、敵さんも相当焦ってるな」

「当然だろ? 奴らの戦績が捗々しくないのは、ここだけだぜ?」

「つまりは、ガイアスの大将を落とせば、こっちはガタガタってことさ」

「けっ、よそもんが戦の鍵を握るたぁ、シャレにならんぜ」

「全くだ」


 言葉を吐き捨てるティカロに、イサクが肩を竦めながら短く同意する。

 正規の部隊を差し置いて、ガイアス将軍率いる傭兵部隊がこの戦いの命運を握るとは、全くもって皮肉と言うか、間の抜けた話である。

 もし大将であるガイアスがここで生命を落とそうものなら、傭兵たちのほとんどはこの戦いを見放すだろう。

 ガイアスが戦の指揮をするからこそ、勝機を見いだして彼らは戦っているのだ。

 国に対する忠誠心など、彼らには存在しない。勝てない戦いに、首を突っ込むような無駄なことは決してしないのだ。

 それを踏まえてのことならば、この強襲は充分に賢い選択であった。

 ただ一つ、敵を愚かと言うなら、この部隊に集う傭兵たちの力量を見誤った点においてであろう。

 ガイアスがその人脈を生かし声をかけて集めた傭兵たちは、その全てが一騎当千のつわものであるのだ。報奨金のみを目当てに集まって来たザコとは、訳も違えば格も違う。


「どうだ? ひよっこ共は、大概頭を冷やしたか?」

「さあな、オレの背中にゃ、目はついてねえよ。ちっ!」


 ティカロの言葉に返した直後、ヴァルは忌ま忌ましげに舌を打ち背後を振り返った。

 人の気配が近づいてくる。しかもこれは紛れも無い殺気だ。


「……第二陣か…やってくれるぜ。本当に奴らも、必死だな。ティカロ、ファギ! ここらは任せたぜ!」

「おおよ!」


 ヴァルの怒鳴り声に、斧使いのティカロと長柄の槍使いのファギのみならず、残りの剣士たちも答える。

 その返答を耳に入れる間もなく、ヴァルは踵を返し駆け出していた。


「ヴァル!」


 イサクはその場に残らずに、ヴァルの後をついてくる。


「なんだよ? どうしたんだよ 」

「イサクか。敵さんの攻撃部隊の二つ目が来るんだよ。数はティカロたちが相手してる奴らよりは少ないがな。も一つ言えば、逆方向から三つ目だ!」

「解るのか?」

「あれだけ、殺気をぷんぷんさせて、気づかねぇ訳ないだろ?」

「へ…え……」


 二人が取って返した夜営地の中は、ほとんどの者が支度を終えているとは言え、まだ戸惑いの気配のほうが強く流れている。

 その中をヴァルとイサクは全速力で駆け抜けているのだ。これ以上の会話など、交わしている暇はない。


「ばっかやろー! オレの行き先塞ぐ奴ぁ、味方だろうが、叩っ切るぞ!」


 轟くヴァルの罵声に、幾人かが慌てて道を開ける。それを横目で見ながら、ヴァルは尚も叫んだ。


「動ける奴は、とっとと三方に別れろ! 西にはティカロたちがいるから、少なくていい。残りは、北と南だ! 奴ら、まだ仕掛けて来るぞ!」


 ヴァルの怒声を耳にした瞬間、弾かれたように傭兵たちは駆け出した。

 彼らは合図を交わしあうこともなく、ヴァルの言葉の通り、きっぱりと三方へ別れたのである。

 その動きは凄まじく早い。

 誰がリーダーだと決められていた訳でもないのに、彼らはある種の統率性を持って、戦いへと挑む。そのきっかけを作ったのは確かにヴァルではあったが、その言葉によってここまで見事な行動を見せるのは明らかに彼ら傭兵たち個人の実力でもあった。


「すっげー。鶴の一声……」


 傭兵たちの行動に心底感心しながら、イサクはようよう上り始めた朝日に照らされる、ヴァルの横顔をまじまじと見た。

 白いはずの頬は紅潮し、どういう訳かとても楽しそうに見える。黒曜石の瞳がきらきらと輝いて見えるのは、朝日の光を反射しているだけではないらしい。


「お前、すごいな……」

「無駄口は、後にしておきな」


 素っ気なくただの一言でイサクの言葉を退けたヴァルは、誰よりも先に、新しい戦場へと飛び込んだ。

 その後を続いて、イサクや他の剣士たちも戦いに身を踊らせた。

 抜き放つ剣などの刃が、朝の日差しを木漏れ日の合間から浴びて、ぎらりと血に飢えたような、世にも物騒な輝きを発した。

 この輝きが森の中に閃くごとに、敵味方なく、生命の糸が断ち切られるであろう。それは、何よりも確実なことであった。



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