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黄金の魂  作者: 向井司
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偽りの魂 2



 酒盛りの火から幾分離れたところに、ヴァルはゆっくりと腰を下ろした。ヴァルの外套の端に引っ付いていた少年は、ヴァルが座るのを見届けてから、その辺りの小枝をかき集め、ヴァルの目の前に積み上げる。

 黙ったまま、ヴァルは小枝に火を灯し、ロスは小さなたき火ができるのを見ながら、ヴァルの横にちょこんと座った。

 己を見上げるロスを横目で見ながら、ヴァルは先刻配給された包みを取り出し、中の食べ物を取り出す。パンに干し肉、チーズと食事は質素なものであったが、それを正確に半分に分けると、その半分をロスへと差し出した。


「ほら」


 受け取りながら、ロスは上目使いでヴァルを見上げた。

 これだけの量を本当にもらっても良いのかと、緑の瞳が告げている。

 ヴァルはこの口のきけぬ少年の言いたいことを、ほぼ確実に察して苦笑して見せた。


「なに、遠慮してんだよ。お前はまだまだでかくならなけりゃいけないんだ。ちゃんと食わないとな」


 だから気にすることなど何もないのだとヴァルが言うと、ようよう納得したのかロスはにっこりと笑い、それを了承し食事を始めた。

 しかし、全てを食べ終わらぬうちに、弾かれたように顔を上げる。

 皆からわざわざ離れたここまで、誰かが来ようとしていた。

 薄暗いために、顔は良く見えない。

 傭兵仲間だということは解るのだが。

 ヴァルもまた食事を中断して、来訪者を確かめるべく睨むように見つめる。


「よお」


 男は、まだ若い声でヴァルたちに気さくにそう声をかけた。

 そして、二人の前で立ち止まる。


「なんだよ?」


 不機嫌そうにヴァルが見上げる男の顔は、小さな火から映し出される分には、ヴァルと同じくらいの年齢だ。

 背もヴァルより頭半分くらい低いだけだろう。ただ、体つきは明らかにヴァルよりがっしりとしている。

 この点においては、ヴァルが細すぎるともいえるのだが。

 剣士として、理想的と言える体格であることには間違いがない。腰に帯びるのは一般的な幅広の剣である。

 焦げ茶色の髪は短く、どうやら茶がかっている瞳は、明るい笑みにほころんでいる。

 ヴァルに睨まれていても、男は少年のような人懐っこい笑みを絶やしはしなかった。


「なんか用なのか?」

「あんた、ヴァル、だろ?」

「それが? あいにくと、ここには酒はないぜ」

「酒なら、持ってきた。飲まねぇかい?」


 言いながら、ひょいと木の酒椀を放るとヴァルは、不機嫌そうなまま受け止める。


「あんたの噂は良く聞くよ。オレ、一辺あんたと話してみたくてさ」


 そう言うなり、ヴァルの返答も待たず、男はその場に腰を下ろしていた。

 ロスはいつの間にかヴァルの陰に潜むように姿を隠し、男の様子を伺っている。

 男は、ロスをちらとだけ見やり、酒瓶の口をヴァルへと向けた。


「ほら」

「……」


 差し出されて、ヴァルは黙ったまま椀を突き出す。

 酒は嫌いではなかった。ただ、あの酒盛りの中へと入って行くことが面倒なだけだ。

 むっつりと黙ったまま、酒を飲むヴァルの目が、一瞬驚きに見開かれた。

 男はその表情ににやと笑う。


「……へえ、いい酒だ……」

「だろ? 大将のとこからくすねて来た代物だからな」

「くすねて? こいつは、また…随分と、命知らずな奴だな」


 普通の部隊なら、上官の持ち物を盗み出すことは、罪に問われるだろう。下手をすれば、不敬罪でも引き合いに出されて処刑されかけない。

 けれど男は、片目をつむり悪戯っぽく笑った。


「ははは。酒をくすねたくらいじゃ、別に殺されもしないよ。ここならね」

「……まあ、ガイアスの大将ならな……」


 度量が広い人物であるだけに、苦笑するくらいであろう。黙っていないとすれば、それは多分ガイアスの副官たちだ。

 しかしその副官とて、戦場をよく知るものだけに、少しでもよい酒を飲みたいという欲求は理解するだろう。

 つまるところ、酒をくすねたこの男が、処刑されることはあるまい。罰金はくらいは徴収されるとしても。

 本当にそこまで読んでの行動か、それとなく探りながら男を観察する。

 明るく屈託のない笑みを浮かべるこの男は、ヴァルほどに美しいというわけではないが、その屈託のなさが何よりこの男の魅力であるようだ。

 ヴァルとは、きっと全く逆のタイプであろう。

 椀の酒を飲み干したヴァルは、空の器を無言のまま差し出した。

 笑いながら、男は椀に酒を継ぎ足す。

 その間の視線は、ヴァルの陰でひっそりと食事を続けるロスへと向けられていた。

 やはり、子連れが珍しいのかと思ったが、あえてヴァルはロスについて何も告げることはない。

 告げる必要とてない。

 その雰囲気を察したのか、男は自分の椀に酒を注ぎながら口を開いた。


「……なあ、そのちっこいの……もしかして、あんたの子供か?」

「ぶっ!」


 言った瞬間、ヴァルは飲みかけの酒を吹き出しそうになり、大きくむせこんだ。

 未だかつて、このような問いかけをヴァルにしたものはいない。


「…違うのか?」


 ヴァルの激しい反応に、男はおおげさな動作で以外そうに首をひねる。


「バカ言え! オレに子供なんかいねぇよ! 何を根拠にぬかしやがる」

「そうなのか? いや、な。そのちっこいのも、磨けばそこそこ光るくらいのツラはしてるからさ。てっきり、子供かさもなきゃ血縁だと思ったんだよな。大体、こんな戦場に連れ歩くなんざ……」


 他人と見るには不自然極まりない。

 傭兵仲間の間で、密やかに囁かれるこの疑問は、そもそも彼本人が導き出した発想ではなかった。


「こいつは、オレの相棒だ。年も見てくれも差っ引いてのな」

「へえ」


 はっきり言い切るヴァルに、男の瞳が驚きに見開かれる。

 噂の剣士が、あえて相棒と公言する人物が、十そこそこの子供であることは、本人の口から聞かなければ到底信じられない。

 いや、本人の口から聞いてさえ、あっさり鵜呑みにはできなかった。

 何しろ、ヴァルが言うところの相棒は、イサクしか目の前にいない今でさえ、ヴァルの陰に隠れているというのだから。


「あんたに、そこまで言わせるなんて、大したチビなんだな……」

「まあな」

「一体、どこがすごいのかは、良く解らんが……」


 訳を教えてくれという含みに、ヴァルは素っ気なく言い払う。


「お前に、教えてやる義理はねぇよ」

「ま、それもそうだな」


 男はヴァルの言い様にも気分を害したふうでもなく、あっさりと引き下がった。

 その引き際の良さに、ヴァルは内心ほおと息をつく。

 そもそも傭兵と言うのは、互いのことに深く首を突っ込まないものだが、この男の引き際は潔すぎた。しかもそれが自然だから、不思議だ。

 それは背後のロスも感じ取ったらしく、少しだけ身を乗り出して来ている。

 男はロスに声をかけはしないが、にこと先刻の屈託のない笑みを向けた。


「あんたと敵にならなくて、良かったとは思ってんだ。あんたとその飛鷹剣の噂は良く聞くしな」


 言いながら、男はその噂の幾つかを口にした。ヴァルは疎ましそうに手を上げ、その噂を振り払う。

 敵どころか味方にも容赦しないだの。

 決して群れに加わらないだの。

 馬鹿げたちょっかいをかけてきた者は、味方であっても大抵半殺しにしただの。

 そのどれもに、身に覚えがあったし、良く聞く噂なのだ。

 今更、そんなもの順繰りに数え上げられるだけ鬱陶しかった。

 不機嫌に言葉を遮られ、彼はこれまたあっさりと引き下がった。

 ついでに、ヴァルの疎ましそうな視線が、自分に向けられていることにも気が付いていた。

 小さなため息をつき、苦笑しながら彼は立ち上がり、手にしていた酒瓶をヴァルへと差し出す。

 ヴァルが黙って受け取ると、彼はゆうるりと伸びをしてヴァルとロスに背を向けた。


「ま、うるさがられないうちに、退散するよ。オレは、イサクってんだ。戦場で会ったら、よろしくしてくれよな」


 言いながら軽く右手を上げ、穏やかに歩を進める。

 イサクと名乗った傭兵は、一瞬闇に紛れそして他の者たちの酒宴の中へとその姿を埋めた。

 ヴァルとロスは、イサクが焚き火の縁に腰を降ろすのを見届けてから視線を外す。


「……随分と、変わった奴だな……」


 言いながら、ロスへと首を巡らせると、ロスはヴァルの背後より体を出している。

 己たちの小さな焚き火の前に座り直して、ロスはヴァルを見上げた。

 その緑の瞳を覗き込み、ヴァルはふうんと鼻を鳴らす。

 ロスの瞳には脅えの色は微塵もなかった。 この人見知りの激しい、激しすぎる少年は大抵初対面の人物を恐れ避ける。

 その人間の本質が把握できないので、自分からは滅多に近づきもしない。

 そのロスの瞳には、イサクに対する警戒の色がなかったのである。


「…珍しいな……お前がそんな顔をする奴なんて……」


 確かに、何か裏があるとか、含みがあるような人間には見られない。

 問題があるとすれば、あの屈託のなさなのだが戦場でまで、そうであると言うこともあるまい。

 たとえその気性が、傭兵には珍しいものではあったとしても。


「ロス……お前は、あのイサクって奴に、背中を任せても大丈夫だと思うか?」


 戦場の中で、本当に信用できる相手かと聞くと、ロスはしばし考えた後ゆっくりと頷いた。

 そして、自分の胸元を指し示す。


「……お前なら、任せるってことか……オレも任せてもいいと思う……あいつ、剣の腕も本物だ」


 あまりに自然な身のこなしだから、見過ごしてしまいがちだが、イサクの動きには無駄がなかった。

 いつでも剣を手にして戦える、そんな余裕を平常時ですら持っている。そうヴァルは感じ取ったのだ。

 気性の根本はまだ解らない。しかし、傭兵として見るのならば、充分にその力量は信頼に値すると、ヴァルは結論を下していた。


「戦場で、一緒に戦う機会があれば、さぞかし戦い易いだろうよ」


 楽しげにつぶやいて、傍らのロスを見下ろすと、少年もまた同感だと言いたげにヴァルを見上げていた。

 その金色の頭を、ぶっきらぼうにかき回す。ロスは軽く肩をすくめ、それでも嬉しそうに瞳を綻ばせる。


「お互い、面白い奴に出会ったな」


 ロスが警戒しないのも初めてだったけど、ヴァルがそのようなことを口にするのも実は初めてであった。

 イサクと言う傭兵は、それほどまでにヴァルとロスの興味を強く引く存在であったらしい。

 離れたたき火の中から、時折イサクのものらしき笑い声が聞こえる。

 イサクは入り込んだ先の酒宴の中でも、気も良く受け入れられたようだ。


「本当に…変わった奴だな……」


 その気配の方を見やりながらヴァルは小さくつぶやいた。

 隣では、ロスが大きなあくびをしている。その小さな体を引き寄せて、外套をかけながら己に凭れかけさせると、軽く頭をなでてやる。

 ロスは世界でたった一人、信頼できる者に猫の子のように身を擦り寄せた。


「明日も朝は、早いんだ。とっとと寝ちまいな」


 言葉使いはさておき穏やかに言いながら、二、三度頭をなでるうちに、ことりとロスは眠りに落ちて行く。

 安心しきって眠るロスの顔を見やりながら、ヴァルはそっと火に薪をくべた。

 薪は、小さな火の中でパチリと微かな音を立ててはぜた。



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