49.トリカゴ
その夜、裕介は疲れ切った身体をベッドに沈めると、すぐに眠りに落ちた。
眠りは浅かった。
夢の中で、織の部屋がゆっくりと形を変えていく。
壁の色が濃くなり、窓が小さくなり、外の音が消えていく。
まるで世界が、この部屋だけになっていくようだった。
「裕介、どこ行くの?」
振り返ると、織が微笑んでいた。
いつもの優しい笑み。
だが、その笑みがどこか違って見えた。
柔らかいのに、逃げ場を塞ぐような気配があった。
「ちょっと外に……」
そう言おうとした瞬間、言葉が喉に貼りついた。
声が出ない。
足も動かない。
織が近づいてくる。
ゆっくりと、迷いなく。
「外は寒いよ。ここにいればいいの」
その声は優しい。
優しいのに、逆らえない。
胸の奥がざわつく。
気づくと、手首に柔らかい布のようなものが巻かれていた。
痛くはない。
ただ、そこにあるだけ。
けれど、その“あるだけ”が、妙に重かった。
「大丈夫。あなたはここにいればいいの。外のことは、全部、私が考えるから」
織は微笑んだまま、裕介の頬に触れた。
その指先は温かく、心地よかった。
心地よいのに、どこかで警鐘が鳴っていた。
——このままでは、戻れなくなる。
そう思った瞬間、織の手が首元に触れた。
軽い感触。
まるでアクセサリーをつけられたような、そんな感覚。
「似合うよ。あなたは、私のものだから」
その言葉が落ちた瞬間、部屋の空気が一気に閉じた。
窓が消え、扉が消え、世界が織の笑顔だけになった。
裕介は叫ぼうとした。
だが声は出なかった。
身体も動かなかった。
ただ、織の優しい声だけが耳元で繰り返された。
「大丈夫。あなたは、ここにいればいいの。ずっと、ずっと……」
その声が、甘く、柔らかく、逃げられないほど心地よく響いた。
——やめろ。
心の中で叫んだ瞬間、世界が崩れた。
裕介は、息を荒げて目を覚ました。
暗い天井が揺れて見える。
額には汗がにじみ、胸が激しく上下していた。
隣では、織が静かに眠っていた。
夢の中の“支配者”とはまったく違う、穏やかな寝顔だった。
裕介は胸を押さえ、ゆっくりと息を整えた。
夢だ。
全部、夢だ。
だが、夢の中で感じた“心地よさ”が、まだ身体のどこかに残っていた。
その残滓が、逆に恐ろしかった。
——このままではいけない。
自由になったはずなのに、自分の足で立たなければならないのに、このままでは、織に寄りかかりすぎてしまう。
織を愛している。
だが、依存してはいけない。
裕介は、暗い天井を見つめたまま、静かに息を吐いた。
夢の中の自分が、あまりにも弱かったことが、胸に刺さっていた。
「……変わらないと」
誰に聞かせるでもなく、呟いた。
その声は、夜の静けさに吸い込まれていった。




