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枯淡  作者: 水原伊織


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44/68

44.風の強い屋上で、君を抱きしめた

「……織」


裕介は、彼女の腰に手を回し、

ベンチの上で自分の方へと引き寄せる。


パイル地のバスローブが擦れる、乾いた音。


結び目に指をかけ、ゆっくりと引くと、

それは驚くほど簡単に解けた。


「……ん」


織の喉の奥から、小さな吐息が漏れる。


はだけた胸元に、横浜の夜風が直接触れ、

彼女の身体が微かに震えた。


だが、その震えを止めるように、

裕介の掌が彼女の肩から滑り降り、

柔らかな曲線を描く脇へと潜り込む。


シャワー上がりの清潔な石鹸の香りに、

潮風の混じった夜の匂いが重なる。


裕介の指先が、彼女の柔らかな膨らみをなぞり、

先端へと這い上がっていく。


指が触れるたび、織の呼吸は浅くなり、

彼女の手が裕介のバスローブの、

襟元を強く握りしめた。


「裕介……」


潤んだ瞳が、縋るように彼を見上げる。


裕介は空いた方の手で彼女の頬を包み、

親指でその唇をなぞった。


「仕事は、もういいのか?」


「今は、いい。…全部、身体で覚えるから」


裕介は苦笑し、その唇を塞ぐ。


重なり合う唇から伝わる熱が、

冷涼な屋上庭園の空気を塗り替えていく。


指先をさらに深く、

密やかな場所へと滑り込ませると、

織は背中を反らせ、

裕介の肩に顔を埋めた。


ガラス越しに広がる港の輝きも、遠い汽笛の音。

そういって全てが、

今、織の脳裏に刻まれていく。


「……ここじゃ、風が強すぎるな」

耳元で囁くと、

織は熱い吐息を吐き出しながら、

力なく首を振った。


「いいの……このまま、止まらないで」

その言葉が合図だった。


裕介は織を抱き上げ、

ベンチの影、

月明かりがわずかに遮られる場所へ行く。


支柱の冷たい金属の感触が、

織の火照った掌に伝わる。


裕介の手によって、

白いバスローブが足元に音もなく崩れ落ちた。


月明かりを背負うようにして、

裕介は彼女の背後に立つ。


遮蔽物の影、

わずかな暗がりに溶け込む二人の白い肌。


ガラスの手すりの向こう側には、

横浜のきらびやかな夜景が広がっているが、

今の二人を直視する者は誰もいない。


「……冷たい?」


裕介が耳元で囁きながら、

彼女を両手で強く引き寄せた。


「ううん……裕介が、熱いから……」


織は支柱を握りしめたまま、

小さく身悶えした。


背中越しに伝わる、裕介の胸の鼓動。


裕介の指先が、

織の太腿の内側を割るようにして滑り上がる。


「…あ…」


織の喉から、切ない声が漏れ出した。


風が織の項を撫で、

シャワー上がりの肌を冷やそうとするが、

内側からせり上がる熱がそれを許さない。


「…っ、ふ……あ!」


支柱を掴む織の指に力がこもる。

背後から抱きしめられ、揺らされている。


立ち尽くす織の視界の中で、

遠くの観覧車の光が、

快楽の波に揺れて千切れていく。


「織…見てるか。…街の光、綺麗だぞ」


裕介の低い声が、

振動となって背中から脳髄へと響く。


織の首筋に顔を埋めていく。


織は、

自分の身体が夜景の一部に溶けていくような、

奇妙な浮遊感に包まれる。


「…書きたい…けど、無理……」


断片的な言葉が、

吐息とともに夜風に散っていく。


作家としての冷静な観察眼など、

今の織には残っていなかった。


裕介の存在と、

この横浜の夜の一部になっているという、

昂揚感だけが、織の五感を支配している。


裕介は、さらに力を込め、速度を上げた。


重なる肉体、荒くなる呼吸。


静まり返った屋上庭園に

、抑えきれない二人の声が重なり合っていく。


最後、織は支柱に額を押し当て、

大きく息を吐き出した。

視界が真っ白に染まり、

港の光が爆発したような錯覚。


しばらくの間、二人はそのままの体勢で、

重なる鼓動を確かめ合っていた。


夜風が、

汗ばんだ二人の肌を優しく撫でて通り過ぎていく。


「……最高に贅沢なロケハンだったね」


裕介が織の肩越しにそう言うと、

織は力なく笑い、裕介の腕の中に身を預けた。


一年という月日がもたらした、

最高の「記念日」の夜。


その余韻は、冷めない熱となって、

二人の間にいつまでも漂っていた。

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