17.織が“好きかもしれない”と気づいた夜
裕介がシャワーから出てくると、二人で、リビングのソファで乾杯した。
多少腹が減っていたため、裕介が何か作るよ、というと、お願い、とだけ言った。
ダイニングに向かう裕介を横目に、織は、PCを開く。
こういう隙間時間でも、織は書ける。
タイピングは、速いほうだと思っている。
人が喋るくらいのスピードで、文字を打ち込む事が出来る。
裕介は、初めて織がそうやっているのを見た時には、目を丸くしていたくらいだ。
裕介の顔を見て、話しながらでも、キーボードを打つ事は出来るのだ。
十分後くらいに、裕介が、フライパンで、焼いたシャウエッセンを皿に盛りつけてきた。
皿に縁に、マヨネーズも添えてある。
爪楊枝が、シャウエッセンに刺してあった。
「いただきます」
織は、そう言って、ひとつまみ口に入れると、香ばしい匂いが漂う。
塩コショウ加減が絶妙だった。
女は、男の胃袋をつかめ、というが、逆の方がよほどいい、と思う。
料理の旨い男なら、女はきっとある意味、安心するのだ。
そう思っているのは、私だけかもしれないが。
織は、さらにもうひとつ、シャウエッセンを口に咥えると、裕介に向き直る。
裕介も、察してか、織の咥えたシャウエッセンを反対から咥える。
ポッキーゲームみたいなものだが、普通にそのまま裕介と口づけをする。
そうやって、皿に置いてあるシャウエッセン全てを、二人で平らげた。
キスしているか、食べているのか、分からないが、いい大人同士で、こんなくだらない事で楽しめるのが、織にとっては、幸せなのだ。
裕介の事を、本当に、好きになってしまったのかもしれない。
もう半年以上もの付き合いになる。
今日、雪のところに連れて行ったのも、心の何処かにそういう想いが芽生えているから、かもしれない。
「ハイボール飲みたい」
そう言うだけで、裕介は立ち上がり、冷蔵庫から炭酸水を取って、ダイニングからウィスキーのボトルを持ってくる。
「氷、買ってないよ、そういえば」
「いらない」
織は、ボトルを受け取ると、開栓する。
ウィスキーのこの匂いが好きだった。
一時期は、ウィスキーにハマりすぎていて、一人で一晩で、ボトル一本空けてしまった事があった。
地元に帰ってきてから、裕介と知り合うまで、約十年の間、男の影は無かった。
そもそも作家として、ずっと家に籠っているので、出会いが無かった。
必然的に、酒を飲むようになった。
タバコもかつては吸っていたが、何年か前に、止めた。
あまりの自堕落した生活で、何かしらを制御したかったのだ。
喫煙スペースがかつてに比べて、ずいぶんと少ないのも、禁煙に拍車をかけた。
シーバスリーガルをグラスに半分ほど入れて、炭酸水を足す。
酒は、作家になってから、強くなった気がする。
出版社の集まりの後の飲み会に参加した時は、一人だけ最後まで平然としていたのを覚えている。
裕介の方は、以前、会社の飲み会で、飲み放題の日本酒を飲んで、記憶を無くして以来、酒の飲み方には、気をつかっているらしく、合間に必ず水を飲んでいた。
この穏やかな男には、似つかわしくないエピソードだと、思う。
織が、裕介の事を知らないだけだ、と裕介は言う。
そうであろうとなかろうと、織にはあまり関係が無かった。
裕介が休みの日に、家に来ては、織の遊び相手になり、帰っていく。
仮に、本当に裕介の事が好きだとしても、それで十分に思えた。
やがて、きっと裕介も、自分に愛想を尽かせて、妻の元に帰るのだろうと思う。
だから、こうしている今を、大切にしたかった。
甘い香りが口に広がる。
二杯目を口に含むと、隣にいる裕介に口移しで飲ませる。
裕介の喉が鳴る。
「…結構、濃くつくるね」
「ウィスキーでしょ?」
「その方が、いいの?」
「味が、全然違う」
もう一度、口移しで飲ませる。
裕介の顔がみるみるうちに赤くなっていった。




