蘇る魂の道しるべ㉕
自分でもビックリするくらい他人任せの行動に運命を委ねようとしている。そんな現状に、アーニャは人知れず笑みを浮かべながら、ひんやりとした廊下を進むのであった。
⇨
「ほらほらっ、ボランさん!早く早く!あっ!ちょうどいいとこに!タクシー!」
人事局から大通りに出たリリフは大きく手を上げてタクシーを停める。
といっても、止まったのは人力の車。1人の人間が引く4人乗りの車だった。
この世界の街中での交通手段について、少しだけ語らせて頂こう。
まず、皆さんの世界でいう所の自家用車は、個人所有の馬車に該当する。
しかし、荷車の他に馬の世話も必要になってくるので、個人で所有している者は限りなく少ない。主に貴族や商人が所有している程度だ。
次に自転車だが、これらに該当する乗り物はない。いや、無くなったと言うべきか。
現在、聖女が誕生して2500年になるが、およそ2000年前には自転車は誕生している。魔法の世界にはあるまじき全く魔力を使わない乗り物ではあるが、その便利さゆえに直ぐに世界中に広がった。
そして約500年前。結界の力を利用して、人類は繁栄期を迎えようとしていた。自白魔法が登場したおかげで戦争も減り、人類は更に人口を増やす事になる。
その結果、どの街も過密状態になり、街には自転車が溢れ、歩行者との事故、馬車との事故が多発して、無断駐輪は行く道を塞ぎ続けた。
この状態を憂いだ聖女セブンは『特別な職業の者以外の使用禁止』へと踏み切り、現在は一般の人は所持を禁止されているのである。
しかし最近、その代替品として、自転車の代わりとなる乗り物が新たに開発された。
イメージ的にはスクーターに似ている。3輪で魔力を込めると風魔石を利用して進む事が出来るのだ。馬車と同じ道を走らなければならないので、乗るには免許が必要。
なので、直ぐに自転車の代わりとはならないだろうが、やはり自動で動いてくれる乗り物は画期的で、世界中でかなり人気がある品物だ。
だがしかし、現在、主に序列の高い国で普及し始めている品なので、ガタリヤで乗り回している者を見かける事はない。
では、一般的な人はどうやって移動するのかというと、大型の乗り合い馬車に乗るか、タクシーを捕まえるかの2択だ。
まず大型の乗り合い馬車。
こちらは少し前にも説明させて頂いたが、街には路線バスのようにグルグルと周回している馬車がある。
30人くらいは乗れる大型の馬車で、決まったルートを走り、決まった停留所にしか停まらないが、値段が安いので住民達に一番利用されている乗り物だ。
そして、その大型馬車の一番の特徴は本数の多さ。まるで都内の電車のように5〜10分間隔くらいで運行されているので、かなり使い勝手が良い。朝や夕方のピーク時には2〜3分おきに来るので学生や会社員の心強い味方となっている。排出されるう◯この量も凄いのが玉に瑕だが。
ちなみに、人を乗せて営業する馬車は『動物使い』の適性を持つ者が御者をするよう義務付けされているので、赤信号などもお馬さんはお行儀良く待つことが出来ている。
そして個人個人を相手にするタクシー。
こちらは4~8人乗りくらいの馬車が主流。
大型馬車とは違い、少し料金は割高だが、目的地の『近く』まで直接運んでくれるのでメリットは大きい。
また荷車自体も軽いのでスピードも速く、安定して人も物資も運びたいのであれば、これに勝るものはない。
対して、馬単体のタクシーも需要は多い。
直接、馬に乗る形になるのだが、機動力は随一。目的地の『目の前』まで運んでくれるのも大きなメリットだ。
デメリットは1人しか乗る事が出来ないこと、雨を防ぐ事が出来ないこと、そして結構な振動がひっきりなしに来ること。なので、お買い物などに使用するのは不向きとなっている。
読者の皆様は目的地の『近く』『目の前』という言葉が気になった方もいるかもしれない。
その通りで、それぞれに運行する場所が違うのだ。
『大型馬車』は基本的に片側3車線のような大通りのみで運行している。『4~8人乗りの馬車』は片側1〜2車線くらいの道。身体中の血管のように街の大部分に張り巡らされた道のほぼ全て。だいたい街全体の70%くらいをカバーしている。そして『馬単体』は毛細血管のような小道まで。ほぼ全ての道、だいたい90%くらいに対応する事が出来る。
なので、小型の馬車タクシーは目的地の『近くまで』、馬単体のタクシーは目的地の『目の前』まで移動できるので、同じタクシーという業種ではあるが、それぞれ差別化されているという訳だ。
だがやはり、馬車のように安定した環境で『目の前』まで運んで欲しいと思うのが本音だろう。
その解決策として重宝されているのが、リリフが停めた『人力車』だ。
こちらは2〜4人乗りの人力車が主流となっており、屋根もあるし座席も安定しているので乗り心地も良い。
皆さんの世界にある、観光地で客を乗せて走っている人力車に、もう少し運搬能力を上げたようなイメージだ。
特徴はなんといっても小回りが利くこと。『馬単体』とほぼ同じ程度の道をカバーしており、目的地の『目の前』まで行けることも多い。当然だが人間が引っ張ることになるので融通が効くのも利点だ。
そして御者は『韋駄天』の適性を所持している者が多いので、馬と遜色ないスピードで移動できる点も大きい。
ただ一つ。人力車は会社に所属せずに個人で営業している者が多いので、値段の幅が大きい。乗る際は料金を必ず確認する事が重要だ。
「お嬢ちゃん。そうは言っても俺っちの車は4人乗りだぜい。全員は乗れねーぞぉ?」
「あっ、大丈夫ですっ。私はそのまま走るんでっ。冒険者ギルドまでお願いしますっ。私は先に待ってますのでっ」
「がーはっはっはっ!『ガタリヤのパピヨピン』と異名を取る俺っちよりも速く行くってか?!いくらお嬢ちゃんが冒険者だからって・・・・っておおいっ!!」
御者のおじさんが言い終わる前に、あっという間に走り出すリリフ。
スキル『瞬足』を上手く使いながら、人混みの間を駆け抜ける。
ちなみに『パピヨピン』とは高速で走る事が有名なモンスターの名前だ。
「ぬおおおぉぉ!上等だあぁ!その勝負、受けてやるぜぇ!姉さん方!早く乗ってくれやっ!!」
御者のおじさんはセリー達やボランが乗ったのを確認すると、大声を上げながら走り出す。
「おらおらおらあぁ!どけどけぇぇ!冒険者なんかに負けてたまっかぁぁ!こちとら20年人力車引いとんじゃぁい!!」
「ひいぃぃ」
「は、速いですぅ」
「の、乗り物酔いが・・・」
「がーはっはっはっ!良いでしょう!良いでしょう!悪魔の女など恐るるに足らず!ドンドン進むのです!愛しのアーニャ様のために!」
「ぜい・・・ぜい・・・ぜい・・・うぷっ」
息を切らしながらギルド前に到着した御者のおじさんは、平然と入り口前で待っていたリリフに声をかける。
「お、お嬢ちゃん・・・やるな・・・はぁはぁ・・・」
「あっ!ありがとうございましたっ!料金は幾らになりますか?!」
「はぁはぁ・・・お代は・・・いらねえぜ・・・こんなんじゃ・・・俺っちのプライドが許さねえ・・・」
「ええ?!」
「だがな!次!次会った時は負けねーからな!覚えとけよ!バカヤロー!」
御者のおじさんは半べそを掻きながら逃げるように走り去る。
「あはは。なんか儲かっちゃった」
「はふぅ。中々ヘビーな道中でしたわ」
「怖かったですぅ」
「うぷ・・・」
「さあ!何をしてるのです!いざ決戦の地へ!全てはアーニャ様の御心のままに!」
バーンと勢いよく扉を開けるボラン。
大きな音を立てて入ってきたボランにギルド内の視線が一気に集まる。しかし、調査団の人ではないと分かると直ぐに人々の関心から消えた。だが、そんなボランに駆け寄るギルド長やルチアーニ達。
「おおっ!リリフさん!お待ちしてましたぞっ!」
「ウエーイ。りりふっち!お疲れえぇ」
「リリフちゃん。待ってたわよぉ。その人が?」
「はいっ。お待たせしましたっ。助っ人のボランさんですっ」
「おお、ありがとうございます。ボラン様。ささ。ではこちらへ」
「ふふふ。私が来たからには、もう何も心配はいりません。悪魔の女なぞ蹴散らしてご覧にいれましょう。ふっふっふっふ」
ボランは眼鏡をクイッと上げながら不敵な笑みを浮かべる。そしてリリフ達、ルチアーニ達、ビレット達とボランはギルド長に率いられてギルド長の私室に入っていった。
ギルド職員さんや多くの冒険者は自分の仕事や準備、またはお喋りに夢中で、全くリリフ達を見てないが、唯一、食堂でランチを食べていた女の子だけのチームは、その様子を不機嫌そうに見つめていた。
「なにあれぇ。完全に自分は特別って思ってなぁい?」
「ねー。ちょっと銀ランクに気に入られてるからってムカツクぅ」
「ホントホント。アイツらなんてただの腰巾着じゃん」
「もしかして自分達はタウンチームとか思ってんじゃないのぉ??」
「うわぁ。勘違い女。ウケるぅ」
「きっしょ」
「あのババアとジジイ達はなんなの?いつもアイツらと一緒にいるじゃん」
「ああ。あのババア達って昔のタウンチームらしいよ、ガタリヤの」
「マー?だから、えこひいきされてんだ?キモっ」
「取り入るために必死すぎて草生えるんですけどぉwww」
「ねー。聞いてるのぉ?エイル。アイツらムカツカな~い?」
話を振られた赤毛のリーダーは、その問いには答えず、ジッとリリフ達を見つめている。
「1人・・・いないな・・・」
「え?誰??誰かいないの?」
相変わらず仲間の問いには答えず、ギルド長の私室に入っていくリリフ達を目で追うリーダーのエイル。
その眼光は闇の炎が宿っているような、ゾッとするような眼差しをしていた。
「ギルド長っ。準備はどうなってますか??」
「ええ。まず、ミール様のファイルは全てこちらの電算機に入っております。一応ギルド長権限がないと開かないように暗号化しておりますが・・・エクレア相手にいつまで通用するかどうか・・・対策としてエクレアには、こちらに映っている電算機を使わせるようにする予定です。これはスペックが劣るので簡単には暗号化を解くことは出来ないでしょう。それに併せて魔石入力もキーボードに変更しております。嫌がらせのような行為ではありますが影響は大きいかと思われます」
以前に少し説明させて頂いたが、この世界ではパソコンに入力する方法は魔石入力が主流だ。以前はキーボード入力で行っていたが現在はほぼ全て魔石入力に切り替わっている。
理由はなんといっても楽だから。
ただ頭の中でイメージするだけで文字が入力されたり、場所を指定できたりするので直感的に作業することができて、初心者でも簡単に扱う事が出来るのだ。
「ふむ。はいはいはい。では・・・」
ボランは早速ギルド長の椅子に座り、電算機を操作する。
「はいはいはい。随分と脆弱なセキュリティですねぇ。おやおや、もしかして・・・この『マル秘』と書かれているファイルは?」
「は、はい・・・そのファイルが守って頂きたいファイルでございます」
「やれやれ。なんでこんな安易なネーミングしか思いつかないのか。これだから素人は・・・・・むっ?!」
ボランは何かに気付いたのか、ピタッと手を止める。そしてしばらく沈黙したあとに
「ふむ・・・まあ、これはこれで使えるかもしれませんね」
ボソッと呟く。
「ボランさん。先程、アーニャ様から連絡がございました。これから屋敷をエクレアと共に出発するとのこと。到着するまで、もうあと30分もないかもしれません。間に合うでしょうか」
不安そうなギルド長の言葉とは対照的に、ボランの馬鹿デカイ声が部屋中に響く。
「がーはっはっはっ!心配ご無用!エクレアなど我の敵ではない!このガタリヤには!アーニャ様の前には!このボランがいるということを思い知らせてやりましょう!がーはっはっはっ!」
勝ち誇った顔をしているボランはリュックからシャキーン!と何かを取り出した。
「それは?」
「ふっふっふ。これは私が開発したセキュリティソフトです。いかにエクレアといえども、この障壁を突破する事は出来ないでしょう」
「えっ?!ボランさんが作ったんですか?!すごっ!」
「がっーはっはっは!哀れなり、エクレア!このボランを敵に回した事がお前の運の尽きだ!あの世で後悔するがいい!がっーはっはっはっ!」
ボランは喉ちんこが見えるくらい、大きく口を開け、後ろに反り返りながら大声で笑う。
「いざっ!ボランセキュリティ始動!」
ボランは小さな魔石のカケラを専用のケースに入れて電算機に接続する。
貴方達の世界のUSBメモリのようなイメージだ。この世界ではデモニケル鉱石という魔石を加工して使用する。この鉱石は数式や文字などの情報を記憶する能力に長けているので、電算機にデータやファイルを読み込ませる際に使用する事が多い。
ボランの魔石を読み込んだ電算機の画面には、ドット絵で『ボランセキュリティ』と記載された画像が表示された。そして、作業中・・・と、工事をしているような演出が続く。その後、しばらくして『完了!』と表示された。
その後は普通の画像に戻ったが、左上に小さく『警戒中』という文字とリンゴが表示されていた。
「ふっふっふ。がっーはっはっはっ!ボランセキュリティ読み込み完了!これでもうエクレアといえど手出しはできん!この私が丹精込めて製作した障壁の恐ろしさを身をもって知るがいい!」
「おお、頼もしい!」
「やるな、おっちゃん」
「これは期待できるわね」
「ギルド長っ。クレムちゃんから連絡きましたっ。外の様子が騒がしくなってきたそうですっ。そろそろ来るかもっ」
ピコルの言葉に一気に張り詰めた空気が支配する。
「うわー。いよいよかぁ」
「ドキドキしますわぁ」
「怖いですぅ」
「祈りましょう。僕らに出来るのはそれくらいです」
「では私は財政調査の対応をして参ります。ボラン様、何卒宜しくお願いします」
ギルド長は小走りで部屋を出ていった。リリフ達は防犯カメラからギルド内の様子を伺う。確かに扉の外はザワザワしているようで、窓から外の様子を伺っている冒険者もチラホラ見受けられる。
ギギギ・・・
男性が一人、入り口の扉を開けた。ギルドは頻繁に出入りがあるので、扉の開閉はスムーズなはずなのだが、何故か重苦しい音をギルド内に響かせる。
一斉に注目するギルド職員さんや野次馬の冒険者達。しかし、注目のマトになっている男性はギルド内には入らず、扉を開けたまま、誰かを中に誘導した。
やがて・・・光沢を放つ黒のドレスに身を包んだエクレアが、扇で口元を隠しながらゆっくりと、しかし優雅に入ってくる。
「え?子連れ??」
「バカ。あの女が調査員だ」
「いやいや。あれはどうみても子供だろ」
「男の人、イケメンだわぁ」
コツ・・・コツ・・・コツ・・・
昼間で、しかもザワザワしているギルド内ではあるが、何故かエクレアの靴音がハッキリと響いてくる。
エクレアはギルドのカウンター前で立ち止まると、グルッと辺りを見渡した。その表情は、ようやく辿り着いた、ようやく追い詰めた、ようやく真実を知る事が出来る・・・そんな達成感にも似た満足げな表情に見えた。
奥から大慌てのギルド長が出迎える。
「おお、エクレア殿。ようこそお越しくださいました。私がギルド長のザクトーニと申します」
巡礼の時から掛けている四角い眼鏡を若干曇らせながら、汗をふきふき、ザクトーニは暑苦しい挨拶をする。
エクレアはザクトーニの顔を見て一瞬だけ目を見開くが、直ぐに扇をパタンと畳んで笑顔で挨拶を交わした。
「こちらこそぉ、急な訪問で申し訳ございませーんっ。ハミス調査団所属、エクレア・ハミシールですっ♪」
「ほらぁ。やっぱりあの子が調査団の人なのよ」
「へー。子供みたいなのになぁ」
「結構可愛くね?」
「だな。俺ヤレるぜ」
「実は凄い人なんじゃないの?ギルド長、ペコペコしてるものっ」
「あのオッサンはいつもペコペコしてるだろ」
世界的に有名なエクレアとはいえ、魔法画面機(テレビ)が普及してないガタリヤでは認知度はイマイチ。目の前にいる者が『悪魔の女』とは知らずに、呑気に女の子の印象を語り合う。
そんな中、騎士達に先導されてアーニャがギルドに入ってきた。
「えっ?!アーニャ様?!」
「嘘でしょ?!本物?!」
「生アーニャ様っー初めて見た!」
「綺麗〜」
「身体細〜い」
アーニャの登場に色めき立つギルド内。
それもそのはず、アーニャは超有名な芸能人、いや、総理大臣、いや、皇室の方のような存在。滅多に出会えない、出会えたとしても話しかけれない、同じ場所を共有することでさえ憚られるような存在だ。そして若い女の子達からファッションリーダー的な支持も得ているので、ギルド嬢や女性冒険者から黄色い声援が飛ぶ。
しかし、普段のアーニャなら住民達の歓声に笑顔で答えるのだが、本日は真顔でギルド全体が見える窓側のソファに無言で腰を下ろす。そして騎士達も黙ってアーニャの横に立ち、整列した。
よく見るとアーニャの左側にいるのは巡礼の時に行動を共にしたトール隊長。
彼は巡礼当時、アーニャの近衛ではなく、ダストン将軍の管轄だったはず。しかし、現在アーニャの一番近くにいる事を鑑みると、配置転換されたのか、もしくは内部昇格したのか。
無事に彼の望み通り、アーニャのストーカー・・・ではなく、近衛隊長へと抜擢されたようだ。
今、説明したように、アーニャはガタリヤでは大人気なので、その姿を一目見ようと、外にはかなりの人集りができている。
普段のギルドなら住民にも開放されているので出入り自由だが、現在はアーニャの警護があるため扉の前には兵士が立っており入場は禁止されているようだ。
扉の向こうからは住民達の歓声や声援が騒めきと共に聞こえてくる。しかし、外のお祭りのような雰囲気とは対照的にアーニャは真剣な表情でエクレアに視線を送っていた。それを見てギルド内の野次馬達は、この小さな女の子が只者ではないと察知したようだ。これから何が起きるんだ?・・・と、若干不安な表情を浮かべながらギルド長とエクレアを見ている。
「ではぁ、早速ではございますがぁ、財政調査を開始いたしますねぇ。ご準備はよろしくてぇ?」
「もちろんでございます。ではこちらへ」
ギルド長はエクレアをカウンターの奥、職員さんのスペースに誘導する。
「まずはぁ、法律で定められているぅ、収支報告書、クエスト発注書、冒険者登録書の保管からぁ、チェックしますねぇ。収支報告書は昨年5月分、クエスト発注書は昨年の下半期分、そして現在の登録冒険者名簿をご提出くださ〜いっ♪」
「はっ。直ちに!」
バババッとギルド嬢達は走り出し、戸棚から指定の書類を持ってくる。
エクレアはテーブルに並べられた書類に満足そうに笑みを浮かべた。
「まあまあまあ。随分としっかり管理なさっているのですわねぇ。これだけ直ぐに対応出来るギルドは少なくってよ。ではぁ、ちょおっと、拝見」
エクレアはペラッと書類の中を確認する。パラパラパラ・・・と、本当に少しだけ中身を確認するかのようだ。
「まあ、とても素晴らしいですわぁ。数字も正確、添付書類も問題無く揃っていますのねぇ。あら・・・・」
しかし、てっきりテキトーに確認していると思っていたエクレアの手がピタッと止まる。
「あらあら。残念。ここだけは少~し間違っているようですわねぇ」
「え?!」
慌ててギルド嬢の1人が駆け寄る。
「ほらぁ。ここですわぁ。78945002になるはずが78944002になってるでしょぉ」
「!!」
ギルド嬢は慌てて計算し直す。
「ほ、本当だっ!す、すみませんっ!」
「いえいえ~。問題ないですわぁ。不正しようとしている間違いかは見れば分かりますものぉ。ただしぃ、二重チェックは怠らないようにしてくださいねぇ」
「は、はいっ」
上から下までズラッと並んでいる数字を見て、一瞬で間違いを指摘するエクレア。やはり彼女の『演算能力』は、ずば抜けているようだ。
「クライン、どう?」
エクレアは冒険者登録名簿を確認しているクラインに話しかける。
「エクレア様。現在、ガタリヤの黄色ランクは18名。そして巡礼中は黄色ランク、その後に青ランクに昇格した者は104名でございます」
「まあ。随分と新しい冒険者の方がいらっしゃるのですわねぇ。ギルド長、中々活気がある良いギルドではないですかぁ」
「は、はい。有り難いことです・・・」
ザクトーニはそつなく答えるが、内心穏やかではない。エクレアは既にミール様が黄色ランクということを知っている。その事実がザクトーニの声を若干震えさせた。
エクレアはまるでイジワルな姑のように、棚の淵を指でなぞる。
「まあまあ、素晴らしい。お掃除も行き届いているようですわねぇ。ホコリも一切無いではありませんかぁ」
「恐縮です」
「ふふふ。本来ならぁ、このまま倉庫に行って在庫確認をすべきなんでしょうけどぉ。これほどしっかり管理されているのであれば、倉庫も大きな問題はないでしょう」
エクレアは扇を広げて口元を隠す。
「ですがぁ、これだけしっかりと管理していてもぉ、電算機内は不十分って事例は沢山あるのですよぉ。なのでぇ、これからじぃ〜〜〜っくりと調べていきますねぇ♪」
エクレアは『じっくり』という言葉を強調しながら言う。嫌味ったらしい口調で。
「も、もちろんでございます。で、ででですが、一つ問題がございまして・・・」
ギルド長は『来た!』と思いながら、入念に打ち合わせした通りに言葉を続ける。
エクレアにはなんとしても『性能の劣る』電算機を使わせなければならない。その為にはここが正念場。
電算機の使用を拒否はしないが、指定した電算機を使わせたい。その実現のためにアーニャと練りに練った作戦を実行に移す。
「問題ですかぁ?」
「は、はい。じ、実はアーニャ様からギルド職員の『意識調査』をするようにご命令が出ておりまして。その締め切り日が今日なのでございます。より良いギルドにするために100の問いに答えなければならず、皆、その対応のために電算機から離れられないのでございます。あ〜。なんて事だあ。全員手が離せない時に財政調査があるだなんてえ・・・何処かに空いてる電算機はないものかあ・・・困った、困ったぁ・・・」
「ギギギギルド長。こ、こここちらの電算機でしたら、空いてますっ」
クレムちゃんもギルド長の下手くそな演技が伝染したのか、ガチガチになりながら応答する。
「おお。これがあったか・・・エ、エクレア殿。こちらの電算機でしたら直ぐにご用意が出来るのですが・・・」
ギルド長は引き攣った笑顔を浮かべながら、性能の劣る電算機に手をかざす。
これだけ下手くそな演技なのだ。エクレアは当然、ピーンときている。
そもそもの理由自体が苦しい言い訳。これで悪魔の女が納得するとは思えなかった。
アーニャも頭の中でイメージを繰り返す。エクレアが直ぐにアーニャに問いただしてくると予想していたので、『聖女様からの唐突の命令があったのです』とザクトーニと口裏を合わせる事にしていたからだ。
しかし、予想に反してエクレアは何も言わずに受け入れる。
「あっら〜ん。そうでございますかぁ。その電算機で構いませんよぉ。大変お忙しい中、調査にご協力頂き感謝いたしますわぁ」
「え?・・・」
「何かぁ?」
「あ、いえっ!し、失礼しましたっ。で、では、こちらの電算機をご自由にお使いください!」
ギルド長は汗を拭いながら、しどろもどろで対応する。
エクレアが性能の劣る電算機を見抜けないはずがない。なのに、全く抵抗せずに受け入れたので一瞬固まってしまったのだ。
エクレアは優雅に電算機前まで歩いていくと「クライン」と独り言のように呟く。
直ぐにクラインは「はっ」と応答してカバンから一つの機材を取り出した。
それは20センチくらいの長方形の形をしていた。クラインは当然のように性能の劣る電算機の背面カバーをガバッと外して、取り出した機材を差し込む。
「そ、それは?」
「あら?ご存知ない?これを取り付けると旧式の電算機でも最新式並みに性能を上げる事ができるんですわよぉ。うふふ。技術劣等国のガタリヤには必須の魔道具かと思っておりましたがぁ。どうやら情報も劣等国みたいですわねぇ」
「ぐぬぬぬ・・・」
「クレムちゃんから連絡っ。なんか性能を上げる魔道具があったみたいですっ。それを取り付けられちゃったみたいっ」
「うわわっ。大丈夫ですか?ボランさん!」
「はいはいはい。アプデキットを持参していたようですね。まあ、たいした問題ではないでしょう」
「えっ?!そうなんですか?!」
「はっはっは。既に我の鉄壁なボランセキュリティは稼働しております。この障壁を打ち破ることなど不可能!がっはっはっは!悪魔の女よ!我が才能の前にひれ伏すがいい!がーはっはっはっ!」
大声が響く私室とは対照的にシーンと静かなギルド内。職員さんや野次馬冒険者、そしてアーニャは黙ってエクレアの行動を見守っている。
どうやらクラインが電算機の椅子に腰掛けて作業するようだ。エクレアはクラインの斜め後ろに立って、優雅に扇で仰ぎながらクラインの操作するディスプレイを見つめる。
クラインはまたカバンから何かを取り出す。取り出したのはボランと同じくデモニケル鉱石。おそらく、何らかのシステムが記憶されているのではないかと推測できる。
クラインは慣れた手つきで接続し、電算機に読み込ませる。直ぐに電算機からキュイイィンと稼働音がして、何かのシステムが稼働した。
「あ、あれって?!」
「はいはいはい。どうやらエクレアの障壁突破システムのようですね」
「えっ?!大丈夫ですか??何かゲージみたいなのが出てますけど?!」
「はいはいはい。あのゲージが満タンになると全ての情報が閲覧可能になる、もしくは、全てのファイルを検索した事になるようですね。ふふふ。無駄な足掻きを」
ボランの推測通り、ゲージには何%解析中と記載されていた。
直ぐに『ボランセキュリティ』が稼働している電算機から警告音がする。画面には『警戒中』となっていた文字が『侵入者有り』に変わっており、リンゴも赤く光っている。失礼。ドット絵だったので見分けがつかなかったが、どうやらリンゴではなくパトランプだったようだ。
「うわわ。なんか警告音出てますけどっ?!」
「はっはっは。心配ご無用。このボランセキュリティは侵入者に対して直ぐさま障壁を貼り直します。つまり、破っても破っても新たな障壁が現れるのです。エクレア如きのシステムでは全く突破できないでしょう。あのゲージは例え10%ですら溜まることを許しません!がっはっはっは!」
「なんか既に20%って書いてありますけど・・・」
「なぬっ?!?!」
ボランは防犯カメラの映像を食い入るように見つめる。確かにゲージは既に20%くらい溜まっていた。
「エクレア様。虚偽データ、2名ヒットしました。この者達でしょうか?」
クラインは画面に表示されたファイルを拡大する。そこには知ってる顔が2人。なんとブルニとリューイの顔だった。
エクレアは画面を覗き込むが、直ぐに興味を失う。
「いえ。違うわね。この子達ではないわ。引き続き解析してちょうだい」
「はっ」
「ふふふ。それにしても随分とお粗末な偽装ね。どうやら国籍を偽っているようだけど、これで隠せてると本気で思ってるのかしら。流石は技術劣等国のガタリヤ。工作員自体のレベルも低いようね」
この言葉にピクっと反応するボラン。リリフ達の声はエクレアには届いていないが、エクレアの声は防犯カメラを通して聞こえてくる。
「ふえ~ん。ブルニのことバレちゃってますぅ」
「あっさり見破られてしまいましたわ」
「どうやらデータを改ざんしているかどうかを調べているようですね。このままではミール様のデータも、いずれ検索に引っかかってしまうでしょう・・・」
「ええ?!マズイじゃん!ああっ!もう3分の1くらい溜まっちゃったよぉ!」
「いえ、ちょっとお待ちを。冷静に考えるとミール様はデータ改ざんはしておられないのではないでしょうか?黄色ランクも擬装しておりませんし、国籍も住民票も不正しておりませんものっ」
「あっ、そっかっ!じゃあ、大丈夫なのかなっ?!」
「いえっ。ミールさんは黄色ランクなのに数々の高難度クエストを達成してますっ。本来は高難度クエストはランク条件があるのでミールさんは受注出来ないんですよっ。それを受注できるようにしちゃってるので・・・」
「むおー!てことは引っかかるってことじゃん!」
「まずいぞよ!こりゃまずいぞよ!」
「どーすんだよ!オッサン!ヤベえぞ!マジでヤベえぞ!」
「ぬおおおぉぉ!ふざけるなあぁぁ!私の偽装がお粗末だとおぉぉ?!エクレアめえぇ!目に物見せてやる!許さんぞぉぉ!!」
ボランは血走った目で魔石に手を乗せ、対抗するべく新たなプログラムを構築する。しかし、若干ゲージが溜まるスピードは落ちたが、とても覆せそうにない。
「どうするんですか?!どうするんですか?!」
「もう半分越えちゃうぞい!」
「もーダメだ!オワタ!」
「ぐぬぬぬぬぬぅぅぅ・・・・・」
ボランは唸りながらしばらく対抗していたが、観念したのかボソッと呟く。その声はまるでずっと黙秘を貫いていた犯人が真相を語り出したかのように聞こえた。
「ギルド長を・・・呼んできてください・・・」
「え?!あ、はいっ!」
画面を必死に見ていたピコルは慌ててクレムちゃんに通話をかける。直ぐにクレムちゃんからギルド長へと伝わり、防犯カメラからギルド長が慌てて走り出したのを確認できた。
「ボ、ボラン様!!何かありましたか!?だ、大丈夫でしょうか??」
ギルド長も不安でいっぱいだったのであろう。バタンと大きな音を立てて私室に入ってくる。
「ギルド長。現在、かなり押されています。流石悪魔の女と言わざるを得ません。このままでは数分の内に全てのデータは開示されてしまうでしょう」
「ぐぬぬぅぅ」
うなり声を上げたギルド長に向かって、ボランはポッケからピッと新たなデモニケル鉱石を取り出す。
「これは緊急用に私が作ったプログラムです。これは正に最強の障壁。例えエクレアといえど突破は出来ないでしょう」
「え?!そんなプログラムがあるんですか?!」
「それを早く言わんかい!」
「ソッコー使おうぜ!」
「しかし!」
ボランは眼鏡をクイッと上げる。
「これは緊急用です。もしこれを稼働してしまったら半年はギルド内の全てのシステムは凍結されたままになるでしょう。これを作製した私でさえ解除するにはかなりの労力がいる。それほどの障壁なのです。それでもよろしいか?!」
「えええ?!半年?!」
「長いのぉ」
「ぬおぉぉ・・・それはちょっと・・・マズくね?」
リリフ達はボランの言葉に臆するが、ギルド長はキッとボランを見つめて宣言する。
「分かりましたっ!やってください!」
「えええ?!いいんですか?ギルド長っ?!」
「全部のシステムが使えんくなるんじゃぞ?クエスト受注も、支払いも、なにもかもじゃ!」
「マーカーの魔法を反映する事もできねーぜ。したら難敵モンスターの位置はもちろん、家畜や畑の護衛クエストすらできねーぞ」
「ぎ、ギルド長っ!そんなことになったらギルド長が責任を取らされちゃいますよっ!」
ピコルも慌ててギルド長を諫める。しかしザクトーニは揺るぎない信念の炎を瞳に宿している。
「今!1番重要なのはミール様の情報を渡さないことです!ミール様の存在はこのルーン国の、いえ、世界にとっての宝!ミール様の存在こそが世界の命運を分ける道しるべとなるのです!その情報をエクレアなどに渡してはなりません!決して興味本位で、自分の利益のためにミール様を利用しようとしている輩に渡す訳にはいかないのです!ミール様の情報を守れるのであれば、私はいくらでも責任を取りましょう!例えこの命を捧げることになろうとも、ミール様の情報を守れるのであれば本望でございます!」
「ザクトーニさん・・・」
「はわわぁ。かっこいいですぅ」
「ふん、ザクトーニの癖に生意気ね。良いこと言うじゃない」
「うおっ!おっちゃん、カッケーぜ!」
「ギルド長・・・」
ピコルもザクトーニの意思の強さに心を動かされたようだ。不安な表情は決意の表情へと変わる。
ボランはギルド長の熱弁に笑みを浮かべる。熱い心は伝染するのだ。
「ではっ!行きましょう!喰らえ!エクレア!我が渾身のプログラムを!!『ランボーセキュリティ』稼働!!」
キュイイィィィィィィンンン・・・・
魔石が読み込まれて稼働音が電算機から聞こえてくる。
画面には前回のようにドット絵で工事をしているような演出があり『読み込み中』と表示されている。以前と違うのがより激しい描写、全体的に炎をイメージした演出のようだ。
「あああっ!もうほとんどゲージ溜まっちゃいましたよぉっ!!」
「マズイですわっ!ピンチですわっ!」
「大変ですぅ!」
「い、祈りましょう・・・大丈夫です・・・たぶん」
騒ぐリリフ達と沈黙するボラン。ジーっと『読み込み中』の文字を凝視している。
「まずいわね・・・」
「あかん!もうほとんど残ってないぞい!」
「ワシ!もう見ておれん!」
「無念・・・」
エクレアは変わらずに扇で顔のほとんどを隠しているので見えないが、若干、頬を高揚させていた。ようやく、ようやく知る事が出来る。そんな達成感にも似た表情が見て取れる。やはり『救世主』の情報にかなり執着しているようだ。
「ヤベえぞ!マジヤベえぞ!」
「マジパねえ!マジパねえ!」
「どーすんだよ!おっちゃん!」
「ぬわわあぁ!もうダメだあ!」
もうゲージがほとんど残っていない状況になった時、ようやく『完了!』と画面に表示された。ニヤッと静かに笑みを浮かべるボラン。
キュイイィィイイィィィィンンン・・・・
再び電算機から稼働音が鳴り響く。
ディスプレイには凄まじい数の文字や数字が上から下へと濁流の如く流れていく。
「ああああっ?!凄い!ドンドン減ってってる!ゲージが減ってってるよ!」
「ぬおおお!凄いぞよ!」
「うおおぉぉ!イケイケェ!」
ゲージはあっという間に半分まで減っていき、更にドンドンと減少している。それを見てエクレアは扇をパタンと畳み「へえ・・・」と笑みを浮かべる。
「うふふ。劣等国と思ってたけど、少しは骨のある人間がいるようね。面白いじゃない。クライン」
「はっ。エクレア様」
クラインは席を立ち、エクレアに椅子を譲る。エクレアはゆっくりと椅子に腰掛けると、少しだけ腕をまくる。
そして・・・
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタッ・・・
もの凄い勢いでタイピングし始めた。
「なにあれええぇ!?!?」
「信じられない指捌きですわっ!」
「早いですぅぅ!」
エクレアの画面にはボランの画面と同じように、濁流の如く文字や数字が流れていく。
同時にさっきまでグングンと減っていたゲージが緩やかになり、直ぐにピタッと減少が止まった。
「ぬおおぉぉおぉぉ!ふざけるなあぁぁ!このボランを舐めるなあぁぁ!」
ボランも叫びながら魔石入力を始める・・・が、徐々にゲージがまた溜まり始めた。
「嘘でしょ?!キーボードだよ??キーボード入力が魔石入力を上回るってこと?!」
ピコルも驚愕の声を上げる。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ・・・・
「ぬおおおおぉおぉおおぉぉおぉぉ!!」
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタッ・・・・
「ぬおおぉぉぉおおぉぉぉおおぉおおぉぉぉ!!」
「あああっ!!押されてる!押されてるよおぉぉ!」
「マズイですわっ!また溜まってきましたわっ!」
「ふええぇぇん」
「祈りましょう・・・もうダメかもしれませんが・・・」
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタッ・・・・
「むおおおぉぉおおぉぉおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」
「もう半分も溜まっちゃったわよ!」
「あかん!これはアカン!」
「やられてしまうぞい!」
「ここまでか・・・」
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタッ・・・
「ふぐおおおおおぉぉぉぉおおおぉぉぉぉぉぉおおおぉぉぉおぉ!!!」
「ヤベえぞ!もうチョットしか残ってねー!」
「誰かアイツを口説いてこい!ちょっとお茶に誘ってこい!」
「バカヤロー!今更手遅れだ!」
「最終手段だ!う○こを投げつけよう!」
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタッ・・・・
「ふぎゅおえおおおおぉぉおおおぉぉおおぉおぉおぉおおぉぉぉぉぉおぉぉ!!」
「ボランさん!頑張って!頑張ってぇ!」
リリフはボランの肩をグイグイと揺らしながら悲鳴のように叫ぶ。ボランは血走った瞳で歯を食いしばりながら、必死に画面に力を注ぎ続ける。
エクレアの顔が思わずニヤける。その表情は悪巧みをしている表情とは違い、子供のような無邪気な笑顔にすら見えた。
遂に、遂に知る事ができる。
さあ、見せなさい、貴方の全てを!
エクレアは満を持して最後のエンターキーを押した。
「ああ!もうダメだ!」
「やられるぅぅ!!」
ピーーーー・・・
終了音が鳴り響き、エクレアの画面には『100%解析完了』と表示されている。
全てが終わったと思われたが、実際に画面に表示されているのは・・・なんと『ピコルの写真』だった。
エクレアの画面だけではない。ギルド内の全ての職員さんのディスプレイ、ギルド長の私室のディスプレイ、クエスト受注のために冒険者達が利用する巨大なディスプレイにすらピコルの写真が表示されていた。
しかも1枚や2枚ではない。数多くのピコルの写真が冒険者ギルドを埋め尽くしていた。
「えええ?!」
「ナニナニ?!ナニコレ?!」
「あれ?!ピコル先輩?!」
「うおっ!ピコルちゃんだ!」
「可愛ええなぁ」
「どういうこと?!」
数多くの職員さん、冒険者達から驚きの声が上がる。
「えっ?!えっ?!」
ギルドのアイドル、ピコルとはいえ、ギルド全体に自分の写真が埋め尽くされている状況は流石に恥ずかしいらしい。顔を赤らめオドオドしている。
「ふふふふふ」
ボランが小声で笑う。それは直ぐに大声に変わった。
「がーはっはっはっ!がーはっはっはっ!愚かなり!エクレアよ!まんまと罠にはまりおって!『アーニャ様のしもべ』である、このボランを敵に回したのがお前の運の尽きだ!がーはっはっはっ!」
「ええ?!ボランさんが何かしたんですか?!」
「ぐわっはっはっはっ!人は勝ちを確信した瞬間、油断が生まれるものなのです!私はその瞬間を狙ってファイルをすり替えたのですよ!がーっはっはっ!分かったか!エクレア!これが我の実力だ!アーニャ様に楯突いた罪を身をもって知るがいい!がーはっはっは!」
エクレアの使用している電算機はスペックが劣るので不利かと思いがちだが実際、不利なのはボランの方。何故ならエクレアの頭脳は一億人の演算すら可能にするスーパーコンピュータ並なのだから。
そのハイスペックな頭脳に普通の電算機で渡り合ったのだ。
確かにエクレア自身に油断や慢心があったのは否定できないが、それでも最後にファイルをすり替えるなんて芸当は中々出来ない。
やはりボランの技術は卓越していると言っていいだろう。
一部始終を黙って見守っていたアーニャはゆっくりと立ち上がる。そしてエクレアの方へ歩みを進めた。
「エクレア様。これが『財政調査』とどう関係しているのでしょうか?先程から拝見しておりますと、ギルドの財政・・・というより、冒険者の情報に固執している様子。挙げ句にこのような職員のプライベートな魔法絵を開示するのに必死になられているエクレア様のお姿には疑問を持たざるを得ません。これはどういった事でしょうか」
ボランにしてやられたエクレアは少しだけ眉間にシワを寄せたが、直ぐにいつもの半開きの瞳で悪戯っぽく返答する。
「あっら〜んっ。これも大切な調査の一環ですわぁ。仕事と関係のない魔法絵を保管しているのですからぁ」
「では、この魔法絵を取得する際のお金をギルドの資金から使ったという事実があるのですか?もしくは、この魔法絵を販売して不正に利益を得ていた確証でもあるのですか?」
「それはぁ、これから調べますわぁ。何にしてもぉ、大量の魔法絵をぉ、仕事の電算機に保管していたのはぁ、事実ですのでぇ」
「それはこちらで『厳重注意』の処分を下しましょう。しかし、財政面での不正や管理不十分の証拠がないのであれば、今回の『財政調査』はここまでにして頂きます。トール隊長」
「はっ」
直ぐにトール隊長は近衛を引き連れてエクレアの横まで移動し、取り囲む。そして静かに退出を促した。
エクレアはため息を吐いて
「わ〜かりましたぁ。分かりましたぁ。では、今日の所は大人しく引き下がりま〜すっ。また明日、お伺いしますわぁ」
「いえ。エクレア様にはガタリヤから『退去命令』を発行させて頂きます。馬車を用意しますので、今から2時間以内に速やかにガタリヤからお離れください」
「なんですって?・・・そんな事をすればどうなるかお分かりかしら?『財政調査』を拒否したと同じ扱いになりますわよ?」
エクレアは扇で顔を隠しながらアーニャを睨む。
「そうでしょうか?」
しかし、アーニャは全く動じることなく笑みを浮かべる。
「失礼ですが、エクレア様について調べさせて頂きました。確かに数多くの未解決事件を解決へと導いた手腕は尊敬の念に堪えません。しかし同時に解決のためには手段を選ばない手法は多くの軋轢を生んだことでしょう。特に今回は『大聖女様』の意向に沿わない行動をした調査団に批判の声は大きいようです。この時期に『特定の人物』の情報を得ようとしているエクレア様の行動を報告したらどうなるでしょうか?エクレア様は随分と調査団の中にも敵は多いようですね。少し調べただけで嬉々として情報をリークしてくれましたわ」
「ちっ。腰巾着どもめ。ホントウザいわ」
「よって、エクレア様に『退去命令』を出しても、なんら不利な状況にはならないようです。そればかりか、今回の件が調査団の耳に入ればエクレア様のお立場はかなり危うくなるのだとか。わたくしはそこまでは致しませんが、この情報はルーン国全体で共有させて頂きます。今後もルーン国に滞在されるというのであれば、エクレア様を失脚させようとする輩が現れないとも言い切れません。いらぬ誤解が生じる前に、速やかにハミスへとご帰還される事をお勧めしますわ」
扇で顔のほとんどを隠しているので他の者には気づかれていないが、唇を噛み締めて悔しさを露わにするエクレア。
彼女が悔しいと思う事自体、非常に珍しい。おそらく子供の頃・・・いや、彼女は12才で既に最前線で活躍していたので幼少期と言うべきか。まだ彼女の中に、勉強を頑張って父親に褒めてもらおうといった感情があった頃まで遡る必要があるかもしれない。
それほど、悔しいという気持ちとは無縁な生き方をしていたエクレアにとって、初めて『自ら』動いて目的を達成しなかった今回の件は心に深く刻まれたようだ。
エクレアは黙ってギルドの出口へと向かうが、ピタッと立ち止まり、アーニャを睨む。
「私をコケにした事。後で絶対に後悔させてあげるわ。必ず、貴方の化けの皮を剥いであげる。そして醜い貴方の姿を世界中にバラ撒いてあげるわ。楽しみにしてなさい」
「一つ忠告します。だれもが裏の顔をもっていると思ったら大間違いですよ」
「ふん。何を言うかと思ったら・・・表も裏も善人、そんな人間いるわけないでしょ?」
エクレアは呆れた口調でギルドを後にする。
エクレアが去り、ザワザワし始めたギルド内。
財政調査を無事乗り切った事。何故かギルド全体がピコルの写真に溢れている事。アーニャがいる事。 アーニャとエクレアがバトルしていた事。
話題はいくらでもある。
思い思いに感想を語り合うザワザワした声に背中を押されながら、心底ホッとしたようなため息を付いたアーニャはギルド長室へと歩みを進めるのであった。
一方、リリフ達は大騒ぎだ。
「ホント良かったぁ!」
「一時はどうなるかと思いましたわ!」
「良かったですぅ」
「お祈りが効きましたね」
「おばちゃん、ホッとしたわぁ」
「寿命が縮んだわい」
「ヒヤヒヤしたぞい」
「ふん・・・楽勝だ」
「ヒャッホーイ!」
「おっちゃん、やるな!」
「マジ焦ったぜ!」
「ボラン神!おっちゃん、カッケーぜ!」
「がーはっはっはっ!これくらい軽い軽い!がっはっはっはっ!」
盛り上がっているギルド長室に、こちらもテンション高めのクレムちゃんが入ってくる。
「皆さんっ、お疲れ様です!本当に良かったです!」
「あ!クレムさんもお疲れ様!連絡係、ありがとう!」
「いえいえ!すっごくハラハラしたんですけど、上手くいって良かったですっ!」
「ホントだよねー。エクレアさんのキーボード凄かったぁ」
「ですですっ!『なにこれー!!』って、心の中で叫んじゃいましたっ!」
「あははっ!わかるわかる!」
「しかも、もうダメ!って思ってたら出てきたのが、なんと先輩の魔法絵!えええええっ?!って大声出ちゃいましたっ、えへへ」
「うんうん!私も叫んじゃったよ!あははっ!」
「ふ、二人とも!盛り上がってないで、とりあえず早く消してよぉ。恥ずかしいじゃんっ」
「ええ?!ダメですよ!何を言ってるんですか、ピコルさん!」
「そうですよ!今、ギルドが無事なのは先輩の活躍のおかげなんですからっ!」
「いや、活躍したのは私じゃなくて魔法絵だからぁ」
「あははははっ」
そこにアーニャがトール隊長を引き連れて入ってきた。
ザザッ!
まるで忍びのように、ボランは誰よりも早くアーニャの前で片膝をついて跪く。
「アーニャ様っ!このボランがっ!アーニャ様の『忠実なるしもべ』のボランが!憎っくきエクレアを成敗したでございまする!」
「あ・・・ぼ、ボランさん。今回は本当にありがとうございました・・・」
ボランのテンションに若干押され気味のアーニャは少し、たどたどしくしく返事をする。
「おおおおおっ!!アーニャ様がっ!麗しき愛しのアーニャ様がっ!このボランの目を見て名を呼んでくださるとは!今日は我が人生、最良の日!このボラン!今、この場で命を落とそうとも全く悔いはないでございまする!」
武士のような話し方になっているが、本当に感動しているのは事実なようだ。目には涙が溜まっている。
「あはは。でもでも、アーニャ様っ。ボランさんは本当に頑張ってくれたんですよっ。今はギルド中がピコルさんの魔法絵に埋め尽くされてるけど、それもボランさんの作戦だったんですって!」
「そうでしたか。私を含めてガタリヤには電算機に詳しい者が少ないので、本当に助かりました。ご協力感謝いたします」
「何をおっしゃいますか!アーニャ様!貴方様はただそこで微笑んでくださるだけでよいのでございまする!何かあればアーニャ様の『筆頭たるしもべ』のボランにお申し付けくださいませでござる!アーニャ様が楽しければ天にも昇る気持ちで喜び、アーニャ様が悲しければ断食して心を捧げ、アーニャ様が死ねとおっしゃれば笑顔で敵に突撃する。我々しもべはアーニャ様のお役に立つ事こそが至上の喜び。お仕えする事をお許しくださり感謝感激雨あられでございまするっ!!」
「あ、はい・・・」
確かにガタリヤには、アーニャのためなら死んでも良いと考える住民や兵士は多い。しかし、ここまでハイテンションで迫ってくるタイプは初めての経験らしく、対応に苦慮しているようだ。
若干、引き気味なアーニャをフォローすべく、セリーがボランに質問する。
「それにしても、ボラン様。いつの間にピコル様の魔法絵を用意なさったのですか?しかもこんなにも大量に」
「用意??はっはっはっ。このボランがアーニャ様以外の魔法絵を集める訳ないでしょう!この下品極まりない魔法絵は偶々この電算機に入っていたので使っただけの事!誰が好き好んで、こんなブサイクな魔法絵を集めるというのか?!アーニャ様の前で変な疑いをかけるのはやめて頂きたい!」
「ぶさっ!」
「あれ?それって元々あったって事ですか?」
「んん〜??どういう事じゃ?」
ピコルは『ブサイク』というボランの評価に絶句しているが、その他の面々は魔法絵の出元が気になっている。
「このボランが最初に電算機に触れた時を覚えていますかな?その際にアーニャ様の『筆頭しもべ』ボランは対象ファイルが『マル秘』という安易なネーミングになっている事を知りました。これではワザワザ見つけてくれと言っているようなもの。森の中に不自然に赤いポストが置いてあるようなものです。しかし!アーニャ様の『筆頭しもべ』ボランは気づいてしまったのです!この電算機内に『同じ名前』のファイルが保存されている事を!優秀たる『筆頭しもべ』ボランはこれを利用して直前でファイルをすり替え、憎っくきエクレアを出し抜いたのですよ!がーはっはっは!」
「え??てことは、ギルド長の電算機の中に元々保存されてたってことですよね?マル秘って名前で・・・」
「つーことは、保存したのは・・・」
そういえば・・・
ピコルの魔法絵が出てきてから、ずっとギルド長の声を聞いてない気がする・・・
全員、周りをキョロキョロ。すると一人だけ顔を真っ赤にしながら、大量の汗をかいて俯いている者を発見する。
「えっ?マジ?」
「ザクトーニ・・・あんた・・・」
「まさか・・・」
「うわっ。ギルド長、キモッ」
若干、潔癖な所があるクレムちゃんは、あからさまに嫌悪の表情を浮かべて辛辣な言葉を吐き捨てる。
「つまり・・・このピコル様の大量の魔法絵はザクトーニ様が収集したモノ・・・という事ですわね」
セリーの呟きにシーンとなるギルド長室。冷たい視線がザクトーニに集まる。ザクトーニは皆の冷たい視線に耐えられずに、ずっと下を向いている。
ちなみにピコルは全く動かずにその場でニコニコしている。
「ザクトーニ・・・貴方・・・」
アーニャも思わず眉間にシワを寄せて頭を振る。
信頼していた者に・・・しかも年齢的にも立場的にも上の者のハレンチな失態に、上司として頭が痛い内容だ。
「一つ確認ですが・・・この魔法絵を収集するにあたり、ギルドのお金などには手を出してませんね?」
「は、はいっ!全くっ!全然っ!一ミリもっ!」
ザクトーニの顔面蒼白な必死の回答にアーニャは深いため息を吐く。
「つーか。ギルド長の魔法絵、尻ばっかじゃね?」
「ぎゃははっ。ケツフェチなんか?!ギルド長!」
「だなだな!もっと胸とかに興味持とうぜ!」
「ギルド長!きもっ!」
「いやいや。年を取ると段々とお尻が好きになってくるもんじゃて。不思議じゃがな」
「うむうむ。お主らもいずれ分かる時がこよう」
「ケツは正義だ」
パコッ パコッ パコッ
「バカな事言ってんじゃないよ、全く」
ルチアーニは呆れてロイヤー達の頭を叩く。
ピコルは変わらずニコニコしている。
「あれ?・・・でもさ、なんかこれ変じゃない??」
リリフが魔法絵を見ながら呟く。
「何が変なんですかぁ?リリフ姉様っ」
「うんとさ、ほらこれ。これって聖都巡礼の前にさ、ギルドにみんな集まって説明聞いてた時あったじゃん?あの時にアーニャ様を送り出す花道を作るんだーって『敬礼』の練習してた時の魔法絵だよね?」
「あ、確かにそうですわね」
「でもさ。なんか角度的に変じゃない??これってピコルさんがみんなの前で敬礼の見本をしてる時だよね?だから、もしギルド長が他の誰かが撮った魔法絵を収集してるとしたら私達と同じ目線になるはずじゃん。でも、これは後ろから撮ってるから・・・」
全員の目線はギルド長へ。
ザクトーニはより一層脂汗を浮かべている。
「いや、でもよぉ。冷静に考えっと、そんな事無理じゃね?ようは後ろからパシャってしてるってことだろ?流石にバレんべ?」
「だな。てことは望遠で遠くからってことか?油断も隙もないな」
「でもそんな遠くから撮影できる場所なんてございませんことよ。あの時は壁を背にしてお話されてましたもの」
「ふむ。不思議じゃのぉ」
「ボランさんは何か知ってたりしませんかっ??」
リリフはボランに質問するが、ボランは全くの無反応。ずっとアーニャの前でひざまずいている。
「あれ?・・・聞こえてない?・・・ボランさーんっ」
やはりボランは微動だにしない。アーニャの前でひざまずいたままだ。
全員、アーニャに視線を送る。アーニャはそれを察し、ボランに語りかけた。
「あ、あの・・・ぼ、ボランさん。もし、何かご存知であれば教えて頂いてもよろしいでしょうか?」
「はっ!!かしこまりましたっ!」
ボランの声が部屋中に響く。
「では、『アーニャ様の筆頭しのべ』ボランがお答えします!ギルド長の眼鏡はカメラになっているのであります!」
ハキハキと語り出すボランの言葉にビクッと身体を震わせるギルド長。
「その眼鏡は去年あたりからドルグレムで開発された撮影機なのであります!自身の魔力を込めるだけで簡単に目線と同じ場所を撮影できるので発売当初は結構人気の品でしたっ!しかし!やはり盗撮が非常に増える結果となり、今現在はほとんどの国で使用禁止になってる魔道具なのでありますっ!」
「ああっ!そうだそうだ!確かにギルド長が変な眼鏡をかけ始めたのもその時くらいからだ!」
「なるほどっ。ということは・・・そうですわ。ほら、ほら。これも、これも!全部ギルド内で働いているピコル様のお姿ですものっ。こんな姿を撮れる人なんて限られておりますわっ」
「なるほどね。だからずっと眼鏡をかけてたのね。この変態エロジジイ」
「悲しいのぉ。その年で盗撮とは・・・」
「しかもお尻ばっかりですぅ」
「ギルド長、きもっ・・・」
クレムちゃんは吐き捨てるように呟く。
ピコルはもちろん無言でニコニコしたままだ。
アーニャは心底ウンザリしたような、ため息をついて
「ザクトーニ・・・正直、厳重注意で済ませようと思っていましたが、盗撮となると話は別です。しばらく謹慎を言い渡します。自分の行いをよく反省してきてください」
「は、はい・・・も、申し訳ございません・・・アーニャ様・・・」
ガクッと膝をついてうな垂れるザクトーニ。それを可哀想と思ったのかリリフがフォローに入る。
「で、でも。ザクトーニさんは凄く頑張ってくれてましたっ。確かに盗撮はダメですけど・・・でも、何か頑張ってましたっ。だから・・・」
曖昧な表現で訴えかける。
「安心してください、リリフさん。確かにザクトーニの犯した過ちは許されない事ですが、だからといって今までの貢献を忘れる訳ではありません。ですが、だからこそ、ここで甘い対応をしてしまうと周りに示しがつきません。罪を犯しても許されるのかという思いはザクトーニ自身にも良い影響を与えないでしょう。なので、ここはしっかりと反省してもらい、再起してくれる事を期待します」
「はっ。仰せのままにっ!」
何故かボランが即座に返事をする。
「そういえばボランさん。半年はギルドの電算機が使えなくなるってヤツは大丈夫なんですか?」
リリフが少し空気を変えようとボランに質問する。しかしボランは無反応。キリッと眼光鋭いまま、アーニャの前で片膝を付いて敬礼している。
「あ、あの・・・ボランさん。私もあまり電算機には詳しくないので、よろしければリリフさんが心配している点について教えてくれますか?」
見かねたアーニャがフォローする。
「はっ!かしこまりましたっ!アーニャ様っ!」
ハキハキと答えるボランに、ほっぺを膨らますリリフ。
「まず、アーニャ様の『忠実なしもべ』ボランは、自らが開発した『ボランセキュリティ』を発動したでござる!このシステムの特徴は侵入者に対して妨害することはもちろん、新たに自動で障壁を張り直す点なのでございまする!本来であればこのシステムで充分対応可能なのですが、流石はエクレアというべきでしょう。キャツは我が障壁を突破したでござる。なので、アーニャ様の『筆頭しもべ』ボランは『ランボーセキュリティ』を発動したでござる!このシステムは情報を守ることに特化したシステムでござるので、逆に通常の動作すら阻害してしまうという欠点があったのでござりまする。しかし、キャツはこのシステムすらも突破しやがりましたでござる。本当に悪魔の能力と言うべきでしょう。しかしながら、突破された事により現在は障壁が解除されておりますので、ギルドの電算機は問題なく使えるという訳なのでございまする!」
ボランはハキハキと説明したが、アーニャは無言。ずっとボランを見ている。
「ち、違うのです!アーニャ様っ!このボラン、決してエクレア如きに遅れを取ったりしませんぞ!こ、今回のあれはワザとなのです!ワザと負けたフリをしてエクレアの油断を誘ったのでございまする!本来であればキャツめなぞ、我の足元にも及ばないのでございますからっ!!」
もしかして自分の能力に疑念を持ったのではないか?エクレアに対抗できる者がいないと心配になったのではないか?と考えたボランは必死に弁明した。
しかし、残念。アーニャは全く別の事を考えていた。
「ランボー・・・セキュリティ・・・ですか?・・・」
アーニャの呟きに、ものすごい分かりやすく『あっ、しまった』という感じになるボラン。
どれくらい分かりやすいのかと言うと、一番鈍感なリリフがピーンと来るほどだと説明したら分かりやすいだろうか。
「あああっ!そうかっ!ボランボランボランランボランボ・・・ランボー!そっか!ボランさんはランボーさんだったんだっ?!」
「なるほど!そういう事か!」
「ビックリですぅ」
「うひょー!身バレ乙!」
「確かにボラン様がランボー様と考えると辻褄が合いますわね。本日のアーニャ様の服装までご存知でしたもの」
「ち、違うのです!アーニャ様!こ、これは・・・ハッ!」
誤魔化そうと考えたボランだったが、直ぐに自問自答する。
『ランボーである事がバレたら極刑だ。なんとしても隠さなければ!しかし・・・アーニャ様の前で嘘をつくのか?アーニャ様の御前で自分を偽るというのか?』
こんな考えが頭をよぎる。そして再度、バッと跪いて敬礼した。
「アーニャ様の御前で嘘をつく訳にはまいりません。アーニャ様のおっしゃる通り、我がランボーでございまする。アーニャ様」
進んで自ら自白する。
「はぁ・・・・」
アーニャは再度、眉間にシワを寄せて頭を振る。
まさかギルドを救った功労者が長年頭を悩ませていた記事主だったとは・・・
ザクトーニに続き、アーニャにとって頭の痛い内容だ。
「ボランさん・・・今回の貴方の対応には感謝を申し上げます・・・が、同時に、今までの盗聴疑惑、通信傍受疑惑、情報漏洩、スパイ疑惑について調べなくてはなりません。トール隊長」
「はっ」
ボランはトール隊長や他の近衛に抱えられて連行される。
「ああっ!ぼ、ボランさん!」
リリフの呼びかけにボランはキリッと眼光鋭く答える。
「ふっ。皆さん、悲しむことではありません。少しだけ皆さんよりも先に天国へ行くだけのことですから。私は十分幸せです。長年の悲願であったアーニャ様とお話ができ、そしてお役に立てたのですから。一切悔いはありません。貴方達のお陰で私は願いを叶える事が出来ました。最初、貴方達の田舎者の姿に惑わされ、失礼な態度を示してしまい申し訳ございません。改めて謝罪、そして感謝を捧げましょう。では、先に天国で待っています。貴方達はなるべくゆっくりといらしてください。そしてアーニャ様をいつまでも支えてください。私はアーニャ様の幸せを祈りながら天に還ろうと思います。いつまでも見守っていますよ。ありがとう」
そうしてしっかりとした足取りでギルド長室から出て行った。
そんなボランにブルニが一言。
「無駄に男前ですぅ・・・」
「あ、アーニャ様っ・・・ぼ、ボランさんは極刑なんですか?!な、なんとかなりませんか?!」
リリフはアワアワしながら問いかける。
「リリフさん。ごめんなさい。今現在はなんとも言えません。彼は罪を犯し過ぎました。正直、政府の盗聴疑惑だけでも死罪は免れない事案なのです。ボランさんもそれは重々承知だったでしょう」
「で、でも!でも!それでもボランさんは力を貸してくれたんですっ!私達のために!アーニャ様のために!」
泣きそうなリリフに優しい言葉をかけるアーニャ。
「リリフさん。安心してください。確かに今すぐには難しいですが、彼の能力はガタリヤには必要です。そして彼自身もガタリヤを陥れようといった悪意は持っていないでしょう。なので、少しお灸をすえたのち、釈放しますのでご安心ください」
「ほ、本当ですか?!よかったぁ・・・」
「ですわぁ。わたくし達が巻き込んでしまったのに彼だけが罪に問われるのは心苦しかったですもの」
「アーニャ様、大好きですぅ」
「安心しました・・・」
「私も今回の件で痛感しました。エクレアも言っておりましたが、ガタリヤは『情報弱者』なのだと。やはり知っている者と知らない者では大きな差が生まれてしまう。技術力も含めて今後は改善していかなければならないでしょう。彼にはその役割を与えるつもりです。引き受けてくれるかは不明ですが・・・」
「あははっ。アーニャ様のお願いだったら絶対にやると思いますよっ」
「うむうむ。歓喜の表情が浮かぶようじゃわい」
「ギャハハ。無報酬でもやるんじゃね?」
「ですが、逆に直ぐに暴走する危険性はありますね。しっかりと管理しなくては」
「あははっ。首輪でも付けちゃう?」
「だめですわ。彼にとってはご褒美ですわよ、それ」
『あははははっ』
「では皆さん。本日は本当にありがとうございました。無事乗り切れて安堵しております。本当に皆様にはいつも助けられてばかり。感謝申し上げます」
「いえいえ!それはこっちの台詞ですよっ、アーニャ様っ」
アーニャはリリフの顔を眩しそうに見つめる。
「本当に冒険者の方は成長が早いのですね。初めてお会いした時とはまるで別人のようですわ。ルチアーニ様方、そして銀ランクの皆様方。リリフさん達と共にガタリヤを支えて下さりありがとうございます。私も皆様に負けないように成長できればと考えております。今後とも何卒宜しくお願いします」
「こ、こここちらこそっ!」
「もちろんですわっ!わたくしはアーニャ様の性奴隷ですものっ」
「ブルニ、頑張りますっ」
「僕も一層精進します」
「ふふふ。まだまだ引退する訳にはいかないようね」
「がっはっは。そうじゃの」
「うむうむ。あと50年は頑張ろうかの」
「ふん。100年早いわ」
「うっひょー。燃えてきたぁ」
「だなだな!なんか聖都にいた頃よりずっと楽しいぜっ」
「それな!政府やギルドの要望を聞くのも案外悪くねーな!」
「ぎゃははっ。今まで面倒くせー事から逃げてたもんな!」
「ふえ~ん。先輩がずっと黙ったまま笑顔ですぅ。先輩ぃ、正気に戻ってくださ~い」
「大丈夫よ。クレムちゃん。安心して」
「ふえ~ん!笑顔が怖いですぅぅぅ!」
『あははははっ!』
なんとか危機を脱したギルド長室は、笑いに溢れるのであった。
「エクレア様。では私は物資の補給をしてまいります」
「ええ、クライン。よろしくね」
「はっ」
ここは東門の近く。
近くに市場や店舗が多く点在する大通り。人も馬車も往来は多い場所だ。
その大通りの端に馬車を止めてクラインは買い出しに向かった。アーニャから『退去命令』が出たのでガタリヤで宿泊することもできない。なので、食料や結界石などを2時間以内に補給しないといけないからだ。
エクレアは馬車の中で外の景色を、ボーっと眺めているように見える。
その様子を遠巻きに警備兵が見守っていた。トール隊長から要請を受けてエクレアがガタリヤから出て行くのを念のため監視しているのだ。
そんな馬車に誰かが近づいていく。目深にフードを被っているので、その人物が男性なのか女性なのかも分からない。ただ明らかに中のエクレアに声をかけている様子は見て取れる。
やがて、その人物は馬車の中に入っていき、そしてしばらくして出てきた。
フードから僅かに見えた口元は不敵な笑みを浮かべている。そして、赤毛の髪を隠すようように目深にフードを下ろして、買い出しから帰ってきたクラインと入れ違いに人混みの中に消えた。
「エクレア様。あの者は?」
エクレアはクラインの問いには答えず、扇で口元を隠しながら笑う。その表情は目指すべき方向性が見えたような、確信に近づいたような確かな手ごたえを感じたようにも見える。
「ふふふ。配達将軍ね。面白いじゃない」
不気味に笑うエクレアの姿がそこにはあった。
続く




