蘇る魂の道しるべ㉔
意気揚々と先頭を進むボランを見て、リリフは思う。
無駄に男前・・・
⇨
少しだけ時を戻し。
リリフ達が人事局に到着してボランに会いにいっていた頃、領主の屋敷に設置した『エクレア対策本部』で指揮を取っていたアーニャに連絡が入る。
「アーニャ様!ただ今、エクレアを乗せたと思われる馬車がヨウレン川の橋を越えたとの事です!」
「直ぐにダストン将軍に連絡を!」
「はっ!」
慌ただしく動きまわる重臣やメイド達。
エクレアが到着したら、まずは屋敷に招待する。
そこで、なるべく時間を稼ぎ、ギルドが対応する時間を作ろうと考えたからだ。
その為には、ある程度、実力がある者が出迎えなければならない。
なので、ダストン将軍を北門に待機させているという訳だ。
「爺や。ザクトーニにも連絡をお願いします。こちらで少し時間を稼ぐことも伝えといてください」
「ははー。かしこまりました。アーニャ様、聖女様への連絡はいかがなさいますか?」
「そうですね。一応、現状を伝えて共有しておいてください。あと、ハミス調査団の事、特にエクレアに関しての事を調べてください。どんな人なのか、どんな立場の人なのかを」
「ははー。かしこまりました」
場所は変わって北門。
ズゴゴゴゴ・・・と効果音が聞こえてくるような佇まいで、ダストン将軍は腕組みしながらエクレアの到着を待っている。
北門を行き交う冒険者や商人は、何事か?と整列している精鋭兵に視線を送っており、段々と街中の住民達も野次馬の如く集まってきていた。
「ダストン将軍!見えましたっ!」
マーカーのスキルを所持している兵士が、いち早く情報を知らせる。
しばらくして・・・猛スピードで、こちらへと向かってきている2頭立ての馬車が見えてきた。
その馬車はガラガラと大きな音を立てながら街道を進み、北門で整列している兵士達の前で止まる。
「あらぁん・・・皆さん、お揃いでどうなさったんですかぁ?」
手綱を握っていた小柄な女性はイタズラっぽい笑みを浮かべて兵士達を見下ろす。
その瞬間・・・・・
ブシャアアアアァアアァアアアァァ・・ァァ・・・
まるで、手に持って使用する家庭用の花火から、まばゆい閃光が噴き出す時のように。
2頭の馬は全身から血を噴き出して倒れ込んだ。
「ひいい・・・」
「わああぁ・・・」
野次馬から悲鳴が上がる。
しかし、小柄な女性は何事もなかったかのように、ゆっくりと馬車から降りて歩いてくる。
全身に血の雨を浴びながら・・・
髪からポタポタと馬の血が滴り落ちる。
その髪を優雅に耳にかけて、その小柄な女性は笑みを浮かべる。
その笑みは・・・
その場にいた全員の背筋を凍らせるような不気味な笑みは、まるで『悪魔』のよう・・・
遂に悪魔の女エクレアがガタリヤに降り立ったのだ。
「あらぁ・・・貴方は・・・ダストン将軍ですわねぇ?お噂はかねがね聞いておりますわぁ。ルーン国随一の武人だとかぁ。将軍様に聞いてしまえばぁ、『救世主』が誰なのか、すぅ~ぐに分かりそうですがぁ。ごめんなさぁ~い。わたくし、ガタリヤには『財政調査』で参りましたのぉ。貴方達が『頑なに隠す』冒険者の事が知れずに残念ですわぁ」
強烈な先制攻撃を仕掛けてくるエクレア。
私は救世主がガタリヤ所属の冒険者だと知っていますよ・・・と言いたいのだろう。
しかしダストン将軍は冷静に返答する。
「エクレア殿。わざわざハミスからご苦労であった。我が領主のアーニャ様も是非挨拶をしたいとの事。領主邸までご足労願おう」
「あっら~ん。一介の調査員にすぎない私なぞが、領主様とご面会など畏れ多いですわぁ。わたくしはギルドの調査をしに来ただけですからぁ。アーニャ様にはお気遣い感謝致しますと、くれぐれもよろしくお伝えくださぁい」
「それには及ばない。エクレア殿は世界的に有名な御仁であるからな。そのような者に『無法地帯』であるガタリヤの街中を進ませる訳にはいかない。ましてやエクレア殿は全身血まみれ。そのようなお姿では血の気の多い無法者が襲ってくるとも限らない。エクレア殿に万が一の事が起こればハミス国に面目が立たん。故に、馬車を用意したので搭乗して頂こう。我が街の治安を守れずに申し訳ない。慎んで謝罪させて頂く」
ダストン将軍は変わらずに腕組みしながら返答する。
味方側だった場合は、いるだけで安心感を与えるようなオーラを放つダストン将軍だったが・・・敵側だった場合は、いるだけで相手を萎縮させるような圧倒的なオーラを放っていた。
流石のエクレアも、これ以上は無駄だと判断したのか、大人しく馬車に搭乗する。
そして、その情報は直ぐにアーニャ、そしてギルド長ザクトーニの元へと伝わった。
「今、エクレアが到着したようだ!全員、最後まで資料のチェック、数字の見直し、在庫確認、整理整頓を心掛けるように!」
「冒険者の皆様っ!ただ今から当ギルドはハミス国の調査員による『財政調査』を受ける事になりましたっ。それによりクエストの発注、及び精算業務が大幅に遅れる場合がございます。お急ぎでないPTの皆様は明日以降に報告をずらして頂きますよう、ご協力をお願いいたします!」
ギルド長ザクトーニの声が響き、ギルド職員達は大慌てで対応している。
表向きは『財政調査』として訪れるので、大半の職員を通常業務から外し、その準備をさせているのだ。
そして冒険者達も『それならしょうがない』といった感じで大きな混乱はみられない。
まあ、冒険者ギルドは基本、朝の8〜10時、夕方の17〜20時くらいがピークタイム。
午前中はクエスト発注で、夕方は完了報告で賑わうのだ。
つまり、現在のお昼前後の時間はあまり冒険者は多くないので、職員の大半を『財政調査対策』に回せているのであった。
そしてミールの事を知る、ごく一部の者達で『救世主捜し』の対策を練っていた。
なので、ギルド長の私室内で、ルチアーニ達、ビレット達、そしてピコルが深刻そうに話し合っている。
「まずは、どうやって黄色ちゃんの事を調べるかよね。書類とかを調べる感じかしら?」
「それだったら、その書類を全部隠しちゃえばよくね?てか別の場所に移動させちゃおーぜ」
「いえ、ミールさんの情報は全部魔力化して電算機の中に入ってますっ」
「んじゃ、そのデータ、全部消しちゃおうぜ」
「ダメです、ダメですっ。そんな事したらミールさんが今まで達成したクエストデータまで全て消えちゃいますです。そうなると金額はもちろん、クエスト数、冒険者登録数まで、ぜーんぶ数字が合わなくなっちゃいますっ。そんな大量の空白データがあるギルドを調査員は見逃してくれません。ギルドは管理不十分って事になって『財政調査』は『強制財政捜査』に切り替わり、根掘り葉掘り強制的に捜査されます。そんな事になったら隠蔽の容疑で私もギルド長も、そしてアーニャ様まで罪に問われちゃいますっ。3年近く所属していた冒険者をいなかった事にするのは、とーっても大変なんですよっ」
「ふーむ。つまり、電算機の中で隠蔽するしかないってことじゃの」
「ミール様の存在自体は隠さずに、正体は偽る・・・という事ですわね。難題ですわぁ」
「ですね。一応ファイルは暗号化していて、ギルド長権限がないと閲覧できないような仕組みになっているみたいです。だから、この私室の電算機でしか普通だったらアクセスできないはずです」
「普通だったら・・・じゃの」
「そうね。間違いなく他の電算機からアクセスされちゃうと考えた方が良いわね」
「やっぱさ。電算機っつーても色々と性能が違うじゃん?1番性能が劣る電算機を使わせるようにするってのはどーよ?」
「おお、それは良い手じゃ」
「確かに。だったらこの電算機ですかねぇ。これがギルド内だと1番古い電算機ですっ」
ピコルが指差したのは、ギルド長の大きな机の横に設置されている多数の魔法画面機(ディスプレイ)
まるで防犯カメラの映像のように、多数の魔法画面機からギルド内全体を様々な角度から見渡す事が出来ていた。
「ふむふむ。じゃったら、その電算機に誘導すれば少しは時間を稼げそうじゃの。リリフちゃん達から連絡はあったかの?」
「まだよ。エクレアって人はアーニャ様のお屋敷に向かったみたい。そこで少しでも時間を稼いでくれるそうよ」
「ふむ。とはいえ、そんなに長くは持ちこたえられんじゃろう。リリフちゃんの説得が上手くいったとして・・・その者が偽装工作に費やす時間もあまり無さそうじゃ」
「だなだな。てかさ、こうなったら俺達全員で入り口でスクラム組んじゃえばよくね?力ずくで入ってこれねーよーに」
「ぎゃははっ。超、力技じゃん」
「いえっ。それだと『財政調査』を拒否したと同じ扱いになっちゃうんで、ギルドが解体されるような状況になっちゃいます。そうなったらもっともっと、徹底的に調べられちゃうし、邪魔した皆さんも犯罪者として拘束されると思いますっ」
「うえぇ・・・」
「まずはやれる事を一つ一つやっていこうかね。ピコルちゃん、この魔法画面機の角度を変えて、1番古い電算機の画面が大きく見えるように調整してもらおうかね。エクレアって人が何をしようとしているのかを把握できるように。そうしたら対応もし易いだろうさね」
「はいっ。分かりました、ルチアーニさんっ」
「あとは・・・あれじゃね。魔石をさ、キーボードに変えるとか」
「ぎゃははっ!めっちゃ、嫌がらせじゃん!」
「うむうむ。しかし良い案じゃ。キーボードにすればスピードを遅らせる事が出来そうじゃの」
「在庫探してきます!」
「あとはなにがあるかの?」
「床に油塗るとか?」
「椅子に画鋲、置いとかね?」
「最終手段だ。机にうん○を置いとこう」
「ぎゃははっ。俺らめっちゃ陰湿!」
そうして色々と準備を重ねるルチアーニ達やビレット達であった。
馬車の中でエクレアは素っ裸になり、クラインに身体を拭かれていた。
まだ誰も受け入れたことがない、その身体は未熟さが溢れ、白く輝いている。
そんな生娘な身体をクラインは丁寧に水拭きしていた。
しかし、その表情には全く邪な感情などはなく、まるで彫刻を拭いているかのような感じだ。
そしてエクレア自身も、恥ずかしさや性的に感じることなどは一切なく、不敵な笑みを浮かべながら未来を見据えている。
一通り、髪や身体を拭き終わったクラインは、大きなバックから洋服を取り出した。
おそらく、エクレアをフォローするために、様々なモノが収納されているのだろう。
クラインは大きなバックを2つ持参していた。
「エクレア様。もしかして救世主様が誰なのか、既にご存知なのですか?」
クラインはエクレアに下着や洋服を着せながら尋ねる。
「ふふふ。もちろん、ある程度、見込みは付いてるわ。さっきのダストン将軍は全く表情に出さなかったけれど、ここの領主は最近就任したばかりの若い小娘。おそらく突っつけば、幾つかボロを出すはず。今回の調査で、その確証を得ること。そして調査対象の冒険者ランクやクエスト履歴、拠点などの情報を得られれば及第点。顔データや魔力IDなどを得られれば最高ね」
「魔力IDは、犯罪者でもない限り、検索権限を得られません。勝手に検索すれば極刑となる犯罪行為です。それでも最高の結果なのでしょうか?」
「そうよ。重要なのは、いかにターゲットの元へ辿り着ける情報かという事よ。例え犯罪行為であっても、その貴重さは変わらないわ。そういった手札を何枚も持っているのが重要なの。何通りもそういった手札を組み合わせる事で、いざという時、固く閉じられた扉さえこじ開けることが出来るのよ」
「なるほど。理解しました。私もエクレア様が納得できる情報を得られるように行動します」
「ふふふ。とはいっても、今回はそんなに難しくないはずよ。領主から情報を得られなくてもギルドに行けばいいだけですもの。技術劣等国であるこの国が私から情報を隠せるはずがないわ。全て調べあげて、ついでに財政の不正も暴きましょう。連中の慌てふためく姿が目に浮かぶようね」
「かしこまりました。では、救世主様関連の情報は開示せずに、秘密裏に保存いたします」
「ええ。よろしくね、クライン」
「はっ」
エクレアを乗せた馬車は領主の屋敷に到着した。
入り口には赤いカーペットが敷かれ、衛兵がズラッと整列している。
蝶を模った光沢を放つ黒いドレスに身を包んだエクレアは、赤いカーペットの上を口元を扇で隠しながら優雅に歩く。
そしてアーニャが入り口でエクレアを和やかな笑顔で出迎えた。
「エクレア様。遠い所までようこそお越しくださいました。私がガタリヤの領主、アーニャ・イウ・スローベンです」
「こちらこそぉ、突然の訪問にも関わらずぅ、これほどの歓迎を催してくださり感謝いたしますわぁ。ハミスの調査団所属のエクレア・ハミシールと申しますっ♪」
アーニャとエクレアは笑顔で握手を交わす。
「ではエクレア様。こちらへどうぞ」
「はいっ♪」
アーニャはリリフ達と面会した部屋とは別の応接室にエクレアを案内する。
この部屋は、広さはリリフ達を通した応接室とさほど変わりは無い。
しかし、内装はこちらの方が一段豪華のように感じる。
そして大きな1人掛けのソファが対面するように一組置かれていた。
なにか特別な訪問者を1対1で持て成す際に使用される応接室のようだ。
「どうぞお掛けください」
「ありがとうございますっ♪」
2人は大きく豪華なソファに腰を下ろす。直ぐにメイドがとても良い香りを放つ紅茶を持ってきた。
「まあ、良い香りっ♪」
「こちら我が屋敷で栽培しているラベンダーから抽出した紅茶なんですよ。沢山あるので後でお土産にお渡しさせて頂きますね」
「まあまあっ。感謝いたしますわぁ、アーニャ様っ♪」
ソファ横に置かれた小さなテーブルにメイドが紅茶を置く。
「ありがとう」
エクレアはメイドに感謝の言葉を伝えるが、カップに手をつけようとはしない。
変わらずに扇で口元を隠したままだ。
そして・・・
「クライン」
アーニャに視線を固定したまま、エクレアは後ろに控えているクラインの名を呼ぶ。無感情のままに。
直ぐにクラインはエクレアの横に跪き、そして出された紅茶を手のひらで口元を隠しながら口に含む。
眉間にシワを寄せるアーニャ。
「エクレア様。問題ございません」
「そう。ありがとうクライン」
エクレアは何事もなかったように涼しい顔でカップを傾けた。
クラインがした事・・・それは毒味だ。
普通、敵国ならまだしも、友好国の統治者から出された飲食物に対して毒味するなど、非常に失礼な行為だ。
この時点で外交問題に発展してもおかしくないほどに。
しかし、敢えてエクレアは毒味をした。
それは、アーニャ達と自分達との関係に線引きをする為。
馴れ合いで時間を潰す気はありませんよ・・・と、意思表示しているのだ。
エクレアさんは普段はどんな生活をしているのですか?
世界各国に行かれるのは大変でしょう。何処か印象に残っている国などはありますか?
先日まで聖都にいらっしゃったとか。聖女様はお元気でしたか?
このような世間話で少しでも時間を稼ごうと思っていたアーニャは、強烈な先制攻撃を食らってしまい無言になってしまう。
アーニャの心内を見透かしたように、エクレアはパタンと扇を畳み、いつもの悪戯っぽい表情を浮かべて質問してくる。
「そうそう。わたくしぃ、アーニャ様に聞きたい事があるのですぅ。『ガタリヤの英雄様』はお元気ですかぁ??」
「!」
「あらぁ??ご存知ない??ほらほらぁ、アーニャ様は巡礼の晩餐会の席で聖女様に言ったそうではないですかぁ。英雄様のお陰でガタリヤの治安は守られているって。いるんですよねぇ?英雄様♪」
「さ、さあ。そんな事言いましたっけ?申し訳ございません。よく覚えておりませんわ」
「あっらーん。そうでございますかぁ。では巡礼の時に行動を共にした冒険者がおりますわよねぇ?ほらほらぁ、ご高齢のPTの皆様とぉ、田舎者丸出しの初心者の皆様ぁ。うふふっ。アーニャ様はぁ、本当に面白いお方ですのねぇ。まさか、わざわざ巡礼に同行させた冒険者がこのような方々だとはぁ。あ、別にバカにしたわけではございませんわぁ。心底信頼できる方々なんですわよねえ??」
「え、ええ・・・その通り・・・ですわ」
アーニャは極力平静を装うが、どうしても言葉の節々から『警戒』の二文字が色濃く出てしまう。
「まあまあまあっ!それは素晴らしいですわぁ♪そんなに信頼できる冒険者さんに出会えるなんてぇ。羨ましい限りですぅ。とおぜーんっ、皆様のお名前はご存知ですわよねぇ??それだけ信頼なさっているのですからぁ♪」
「ええ・・・・・」
「そーですわよねぇ。知ってて当然ですわぁ。正にぃ、一月以上、ずぅ〜っと一緒に行動してたのですものねぇ。かなり親密になられたのではないですかぁ?お食事も一緒に食べてぇ、領主達の晩餐会も一緒に参加してぇ、色々なお話しをしてぇ。あはっはっ。仲良しで羨ましいですわぁ。本当に良い方達なのですわねぇ」
「ええ・・・本当に・・・」
「ではっ、アーニャ様!皆様は巡礼後にガタリヤに帰還しましたがぁ、お一人!お一人だけいらっしゃらない方がおりますのぉ。そのお方はどうなさったんですかぁ??教えてくださいっ、アーニャ様♪」
「・・・・・・」
既にかなり調べられている。そして、かなり駆け引きが上手いわね。
まだ、少ししか会話をしてないけど、完全にペースを握られている。そして、何よりも嫌味ったらしい話し方が本当に気分悪いわ。
聖女様が『性格最悪』とおっしゃっていたのも頷けるわね。
アーニャは頭の中でエクレアの分析をする事で、何とか落ち着きを取り戻そうと試みる。
しかし、そんな時間すら与えないようにエクレアは次々と追撃の手を緩めない。
「あんらぁ??どうなさいましたぁ?アーニャ様ぁ。もちろん、ご存知ですわよねぇ?お一人。『黄色ランク』の方がいらっしゃらないのですぅ。ずぅ〜っと巡礼中一緒だったのにぃ、邪神討伐後からお姿が見えませんのぉ。その方はどうなさったのですかぁ?」
「・・・・さあ」
「あらあらあら。ご冗談をぉ。信頼できる仲間の事を知らない訳ないですわよねぇ??ほーんのちょっと前にご自身でおっしゃったじゃないですかぁ。四六時中、ずぅ〜っと一緒にいた信頼している冒険者の行方が分からないはずないですわよねぇぇ??」
「・・・」
「あ〜っはっは。おっかしぃ。その黄色冒険者は、なんとあのルゾッホ将軍を言い負かしたそうではないですかぁ。大勢の兵士が見ている前でっ。聖女様が見ている前でっ。本当に度胸がある方なんですのねぇ」
「・・・・・・」
「そしてなんとぉ。ガタリヤの晩餐会でぇ、聖女様のお誘いを断った人がぁ、いるんですってぇ!領主達が見ている前でぇ、直接聖女様にですわよぉぉ??しかも、その者は聖女様をババア扱いしたんですって!あーはっはっはっ!おっかしぃー!!わたくしも見たかったですわぁ!!」
エクレアは扇を開いて口元を隠しながら大笑いする。
「さらになんと!なーんとぉ!その方はアーニャ様が好意を寄せてる相手というではないですかぁ?!あっはっは!おっかしー!まさか、アーニャ様が好意を寄せてる方が『黄色冒険者』だなんてぇ。本当にその黄色冒険者は『と・く・べ・つ』な人なんですねぇ。なんてお名前なんですかぁ??アーニャ様♪」
ニヤァと勝ち誇った笑顔を浮かべるエクレア。
いや、扇で口元を隠しているので、正確に言うと見えないのだが・・・
しかし、絶対に扇の裏側ではバカにした笑みを浮かべていると容易に想像できる目つきをしている。
側から見たら完全にエクレアペース。いや、アーニャ自身も完全にエクレアに飲まれていた。
ついさっきまでは・・・
そう。ここでアーニャは覚醒していた。
何故だかは分からない。
本当にただなんとなく。
全く根拠もなく、女のカンのような感じなのだが。
エクレアが『なんてお名前なんですか?』と言った途端。
それが、とても本音に聞こえた。本心に聞こえた。
当然、既に知っていて、カマをかけてる可能性はある。
しかしアーニャには本当にエクレアは名前を知りたがっている。そう聞こえたのだ。
その瞬間、アーニャの脳内にビリビリっと覚醒が起こる。
確かにそうだ。
ルチアーニ達も、リリフ達の事も。
ただの見た目だけ。ランクの詳細すら言わない漠然とした情報のみ。
おそらく、巡礼に参加した領主か兵士から聞いただけなのだろう。
あの巡礼で、わざわざルチアーニやリリフ達のステータスを見て、そして記憶しようとする者はほぼいないと思われる。何故ならアーニャ達ガタリヤ隊は巡礼の終盤まで領主達にとって最下位確定のアウトオブ眼中の存在だったのだから。
そしてミールの事も聖女やルゾッホ将軍が『黄色ランク』と呼んでいたので記憶しているだけで、名前までは知らないのであろう。
つまり、エクレアはミールの名前もリリフの名前もルチアーニの名前すら知らない。
知っているのは、あくまで第三者として、やりとりを見ていた者の情報のみ。
そしてなにより、ガタリヤ隊の誰一人、エクレアに情報を流す者などいないと確信できる。
実はエクレアは全てを知っているようで、何も知らないのではないか?
そういった疑念がアーニャに力を与えた。
アーニャはソファに深く腰掛け、優雅にラベンダーティーを傾ける。少し笑みを浮かべながら。
その様子にエクレアは、半開きの瞳を少しだけ動かす。
「うふふ。そうですわね。本来なら教えて差し上げてもよろしいのですが・・・残念ながら毒味するような方々にはお伝えする義理はございませんわ」
アーニャの返答を聞いてエクレアも笑みを浮かべて紅茶を傾ける。
「そぉ〜ですかぁ。それは残念ですわぁ」
エクレアはカップの唇が触れた部分を親指と中指でキュッと擦り、テーブルに置く。
「ご馳走様でしたぁ。とても良い香りで心が安らぎましたわぁ。素敵な時間をアーニャ様とご一緒できて幸せでしたぁ。では、アーニャ様ぁ。わたくし達はギルドに『財政調査』に向かいますので、これにて失礼させて頂きますぅ。またお会いできる日を楽しみにしておりますわぁ。それではご機嫌よう♪」
エクレアはスカートの裾を持ち上げ挨拶する。
「こちらこそご高名なエクレア様とお話しできて光栄でした。ありがとうございました。冒険者ギルドまで馬車を用意させますので、どうぞご利用下さい」
「いえいえ。それには及びませんわぁ。公的な馬車は準備にどれだけの時間がかかるか分かりませんものぉ。わたくし共は民間の馬車で向かいますぅ。あ、もっちろーん。ダストン将軍が言っておられたように治安の問題がおありでしょうがぁ。うふふ、ご冗談をぉ。先程、街中を見ましたが、ガタリヤは非常に活気があって良い街ではないですかぁ。月間犯罪率もキーンが18.6%に対しぃ、ガタリヤはなぁーんと0.25%。人口120万6428人でこの数字は驚異的ですぅ。素晴らしい統治をされてるんですわねぇ。流石アーニャ様ですわぁ。お陰でわたくし共も安心してギルドに向かえますぅ♪ではっ、ご機嫌よう、アーニャ様っ♪」
エクレアはクルッとアーニャに背を向けて部屋を出ていこうとする。
しかし、覚醒モードのアーニャも負けてはいない。
「失礼しました。何か勘違いをなさっているようなので訂正させて頂きます」
「勘違い?・・・」
エクレアはピタッと立ち止まり、アーニャに振り向く。笑顔のまま。
「わたくし共が馬車を用意するのは『護衛』のためではなく『監視』です。今回、ハミス国からは何の通知もきておりません。もちろん『財政調査』の性質上、抜き打ちで調査するのは納得できます。しかし、エクレア様はダストン将軍にも、わたくしにも、財政の事は一切質問されておりません。冒険者ギルドは国の直轄です。そしてガタリヤギルドで問題が生じた場合、その責任は街の統治者、つまりわたくしにございます。にも関わらず、お聞きになるのは『英雄様』のことばかり。こうなるとエクレア様は『何か別の目的』があるように感じずにはいられません」
直ぐさまメイドのルイーダは扉の前に立ち、エクレア達の道を塞ぐ。
その行動に、ワザとらしく『そんなつもりじゃなかったのぉ』といった姫プで対応するエクレア。
「あっら〜ん。それは失礼しましたぁ。わたくし、アーニャ様と少しでもお近づきになりたいばかりに、世間話が過ぎたようですわねぇ。不快な思いをさせてしまい、申し訳ございませーんっ」
「ご冗談を。友好関係を築こうと思っている者相手に毒味するなどあり得ませんわ」
アーニャは冷たい表情でエクレアを突き放し、立ち上がる。
「では、今回の『財政調査』にはわたくしも同行させてもらいます。そして少しでも『財政調査』とは別件の調査をしていると判断しましたら、直ぐに聖女様へ連絡させて頂きます。その情報は『神の使徒様』への詮索に懸念を示しました大聖女様直属の機関『ハミス調査団』にも伝わりましょう。くれぐれもお忘れなきよう」
アーニャの言葉にエクレアは扇で口元を隠す。いや、顔のほとんどを隠す。
故に表情を読み取る事は出来ないが、扇の上から覗く眼光は敵意の光を放っていた。
「では、準備しますのでしばらくこの場でお待ち下さい」
「ふふふ。どうやらみくびっていたようですね。流石、その年齢で領主を務めているだけのことはある・・・と、いった所でしょうか。クラインの代わりに私の右腕として働いてほしいくらいですわ」
このような言葉を平気で言ってしまうエクレア。
やはり、超人的な頭脳の持ち主であろうとも、その知性を他人への気遣いなどに使う気は全くないようだ。
お分かりかと思うが、このような事は大っぴらに言ってはいけない。
言われた側、この場合はクラインを貶す事になるからだ。
言われた側からしてみれば『こんな小娘に俺が劣るとでも?!』とカチンッとくる者もいるだろう。『こんなに尽くしているのに・・・』と絶望感に包まれる者もいるだろうし、『やっぱりこの人は部下を駒としか見てないんだな』と忠誠を捧げるのを止める者もいるだろう。
クラインはエクレアの側近として長年行動を共にしているので、慣れているのか表情に変化はない。
しかし、だからといって安心してはならない。
いつも言ってるから大丈夫だと思ってはならない。
人を貶す言葉に『言っていい』タイミングなどはないのだ。
アーニャはエクレアの言葉には答えず、冷たい表情のまま扉に向かう。
「分かりましたわぁ。ではしばらく大人しくするといたしましょう。ただしぃ、30分以上待たせた場合はぁ、証拠隠滅のぉ、時間稼ぎをしているとぉ、認定いたしまーす♪その場合はぁ、『財政調査』はぁ、『強制財政捜査』へとぉ、切り替えさせてぇ、頂きますのでぇ、お気をつけ下さ〜いっ♪」
エクレアの皮肉たっぷりの言葉を背中で捉えながら、アーニャは部屋を出ていく。
これで少しは時間稼ぎができた。
あとはリリフさん達に任せよう。
「・・・・・・」
自分でもビックリするくらい他人任せの行動に運命を委ねようとしている。そんな現状に、アーニャは人知れず笑みを浮かべながら、ひんやりとした廊下を進むのであった。
続く




