蘇る魂の道しるべ㉓
『最初はグー!ジャーンケン!ポンッ!』
サーシャとマルチネスになだめられ、子供達は素直にジャンケンを始めるのであった。
⇨
聖女がスーフェリアの使節団とハミス調査団との会談を終えて3日後、ガタリヤの領主アーニャはリリフ達を屋敷に呼び出していた。
アーニャから『お伝えしたい事があります』と連絡を受けたからだが、内容は知らされていなかったので、全員、少し不安な表情を浮かべている。
「なにかあったのでしょうか・・・」
「アーニャ様からの直接の呼び出しは気になりますね」
「ブルニ、アーニャ様好きですっ」
「でもまあ、アーニャ様はあたし達に悪いようにはしないだろうからねぇ」
「んじゃな。案外普通の事かもしれんぞ」
「うむうむ。買い物行きたいとか、公園で遊びたいとかかもしれん」
「小学生か・・・」
「うひょー。アニャニャンからの呼び出しとか、かっけーぜ」
「だなだな。黄色ランクなのに、もうタウンチームみてーじゃん」
「いやいや、マジで将来のタウンチームだろ、りりぴょん達」
「俺、りりぴょんがタウンチームになったら嬉しくて泣くな」
呼び出しを受けたのはリリフ達、ルチアーニ達、そしてビレット達。
屋敷の応接室で長テーブルを囲む。
そこにガチャッと扉が開き、アーニャがメイドのルイーダを引き連れて入ってきた。
今日は薄い黄色のワンピースに、フワフワなピンク色の毛糸のジャケットを羽織っている。
とても穏やかな、コスモスのような雰囲気だった。
「皆さん。お待たせ致しました。わざわざご足労頂き、感謝いたします」
「はわわっ。アーニャ様ぁ、とっても可愛いですぅ」
「うふふ。ありがとう、ブルニちゃん」
長テーブルの右側にリリフ達が、左側にルチアーニ達とビレット達が座る。
そしてアーニャは中央の、議長が座るような場所に着席した。
「アーニャ様、それで今日はどうされたのですか?」
早く呼び出された理由を知りたくてウズウズしていたリリフは、誰よりも早く質問する。
「リリフさん、ごめんなさい。もうすぐザクトーニが到着するので、少し待ってもらえますか?全員が集まってからお伝えしますので」
「え?ザクトーニってギルド長のザクトーニさんですか?」
「ええ、そうです」
「なんじゃ、なんじゃ。なんであのジジイが来るんじゃ?」
「てことは、ギルドに関係する事ってことですわね」
「ブルニ、ザクトーニさんのお腹好きですっ」
そうしてしばらく、紅茶を飲みながら談笑して時間を潰すリリフ達。
すると遠慮がちにテクテクっとアーニャの元に駆け寄るブルニ。
「あのぉ、アーニャ様ぁ。魔法絵撮ってもいいですかぁ?」
ブルニはスレルから貰ったカメラを手に持ち、上目遣いで訪ねる。
「ええ、良いですよっ。ブルニちゃん」
「やったー。ありがとですっ、アーニャ様ぁ」
「なんじゃ。ブルニちゃん、カメラ買ったんか?」
「いえ、ロイヤー様。実は最近、お知り合いの方から譲ってもらったんですわぁ」
「ほおお。それはそれは。良かったのぉ、ブルニちゃんや」
「はいっ。ブルニ、とっても嬉しいですっ」
「うふふ。ブルニ、最近カメラがお気に入りで、色んな場所を撮ってるんだよねっ」
「はいっ。色んな場所を撮って、あとで魔法新聞で見返すのがとっても楽しいですっ」
「では、ブルニさん。カメラを少し貸して下さい。折角なので私がみなさんを撮りましょう」
「わーい。ルイーダ姉様、ありがとですぅ」
「うおっ、懐かし!学校以来じゃね?!全員で写るとか!」
「だなだな!なんか恥ずかしいぜ!」
「ううう。魔法絵を撮られると魂が吸われるわい・・・」
「いつの時代のジジイだよ、まったく」
「では、いきますよー?はい、聖女」
カシャ
「わーい、ありがとですっ」
「ブルニ、見せて見せてっ」
「おお、良く撮れとるわい」
「おわっ、俺、目つぶってるじゃん!撮り直し!撮り直し!」
「ぎゃはは!リュイリュイ、超真顔じゃん!ウケる!」
魔法絵を肴にみんなでワイワイ盛り上がっていると、汗を大量にかいたザクトーニが慌てた様子で応接室に入ってきた。
「お、お待たせしましたっ。アーニャ様。はぁはぁ。ザクトーニ、只今到着しましたっ」
「遅いぞ、ザクトーニ。いつまで待たせるんじゃ」
「なにをぉ?これでも最速で来たんじゃぞ、ぜえぜえ」
「ほらほら、ここでケンカしない。アーニャ様忙しいんだから。ザクトーニも来たことだし、始めようかね。ほら、早くアンタも座りな」
「う、うむ・・・ぜえぜえ」
「ザクトーニ。急な呼び出しになってしまい、ごめんなさい。ルイーダ、ザクトーニに何か冷たい飲み物を出してください」
「かしこまりました、アーニャ様」
ザクトーニも席に座り、ルイーダから出された飲み物をゴクゴクっと飲み干して一段落。
応接室にいる全員がアーニャの言葉を待つ。
「実は先日、聖都にハミスの調査団が訪問したようです」
「ハミスの調査団??」
「ええ。大聖都ハミスに本部を置く、大聖女様直属の『観測所』という機関があります。ここは世界中のエネルギーの動きをモニタリングしており、魔王の動向や新たな高位悪魔が現出しないかを常に観測している機関なのですが、調査団とは、その諜報部門の事ですね。今までも数多くの難事件を解決へと導いていった捜査のエキスパート集団と言える存在です」
「えっ?!それって、もしかしてミールの事を調べに来たって事ですかっ?!」
「その通りです、リリフさん。今までも各国が揃って使者を派遣して『救世主様』の情報収集をしていましたが、あまり成果を出せてなかったようなのです。それで遂にハミスの調査団が動く事になったというイメージですね」
「ひええ。それって自白魔法とかも使われちゃう感じですか?!」
「その通りです。ハミスの調査団は聖女様に自白魔法をかけてミール様の事を調べようとしたみたいですね」
「そ、それでっ?!」
「それが間一髪、大聖女様から連絡が入り、難を逃れたようです。ハミスの調査団は大聖女様直属の機関なので、大聖女様の意向に反した調査は出来ないといった所のようです」
「なるほどですわ。それが先日、世界中でニュースになっていた大聖女様のお気持ち表明の動画だったのですわね」
「へえぇ。それってミールの事を『神の使徒』って言ってたやつ?」
「そのようです。『救世主様』の事を『神の使徒様』と、人間ではなく『神化』したことで、雑音を抑え込んだようですね。他国のほとんどは金や女を貢いで救世主様と繋がりを作り、何かあれば助けてもらおうといった画策をしてたようですが、『神の使徒様』に金や女を与えてもあまり効果はなさそうですしね。言葉も通じるか分からないし、実体があるのかも分からない。そして安易に近づけば、下手をすると逆に天罰がくだるかもしれない。そういった感じでブームになっていた『救世主捜し』は一気に沈静化していったようです」
「そっかぁ。でもよかったぁ。それじゃあ今後は安心って事なんですね」
「いえ、それが、そうでもないのかも知れません」
「え?」
「実は今回お呼び立てしたのは、その件なんです。どうやらハミス調査団の中で2人だけ別行動をしてガタリヤ方面に向かっている者がいるようなのです。表向きは冒険者ギルドの『財政調査』で来るようですが、念のため警戒しておくようにと聖女様から通達が来ました。なので、皆さんには数日間、慎重に行動して欲しいのです。何処で誰が聞いているのか分からないですから。そしてザクトーニはギルドに戻り、ミール様の情報を、更に厳重に保管するようにお願いします」
「あ、アーニャ様・・・・ハミスの調査団・・・と仰いましたな・・・・そ、そそそれは・・・ざ、財政調査でガタリヤ方面に向かっているという2人は・・・誰だかお分かりでしょうか・・・」
ザクトーニは顔面蒼白でプルプル震えている。
「え?あ、えっと・・・確かエクレア・・・という者だったかと記憶しています」
ここで時間を少し戻し、ポドロスキがスーフェリアの使節団とハミスの調査団との関係を穏便に済ませようと見送りに向かった場面まで遡る。
「エンリケス殿。我が聖女様が失礼な対応をしてしまい申し訳ございませんでした。どうかくれぐれも道中お気を付けてお帰りください」
「おお、ポドロスキ殿。わざわざ見送り頂くとは。感謝致します・・・」
「いえいえ、これくらい・・・」
お互いに、ぎこちない雰囲気に包まれる。
しかし、スーフェリア聖女の名代として訪れているとはいえ、今現在はかなり立場が弱い。
エンリケスは遠慮ぎみにポドロスキに話しかける。
「あの・・・ポドロスキ殿・・・折り入ってお願いが・・・あるのですが・・・」
「おお、なんですかな?エンリケス殿」
「実は・・・その・・・我が主、ロプティーナ様が・・・発言を撤回するのは・・・・非常に難しいと言いますか・・・い、いや、もちろん、我々に非があるのですが・・・なんといいますか・・・その・・・」
エンリケスは7:3の髪を何度も整えながら言葉を濁す。
要は序列第2位のスーフェリア・ロプティーナが最下位近いルーン国の聖女に頭を下げる事は出来ない・・・と言いたいのであろう。
女性同士の争いは時として非常に陰湿だったりする。
力で争う代わりに、どれだけの人を味方に付けれたか、知識や教養があるか、どのようなバックグラウンドを持っているか等々。
様々な物事でのマウントの取り合いなのだ。
故に、自分よりも下位の者に頭を下げるなんて絶対に嫌。そんな事するくらいなら死んだほうがマシ・・・なんて考える女性も多いのだ。
かといって、ルーン国の聖女に『遺憾の意』を撤回させる事も不可能だろう。
先程のあの顔・・・あれは暗愚の聖女と呼ばれていた頃に何度も見た顔そのもの。
人の不幸を、腹を抱えて指差して笑う、あの頃の顔そのもの。
きっと『私の前にひざまずくがいいわ!おーっほっほっほ!』とでも思っているはず。
ポドロスキには、そんな聖女を説得出来る気が全くしなかった。
とはいえ、エンリケスの気持ちも分かる。
なんとしても、ここは穏便に済ませなければ・・・
しばらく考えたポドロスキは、裏ポケットから一つの魔法ペンを取り出す。
「エンリケス殿。魔法ペンはお持ちかな?」
「ま、魔法ペンですか?こ、ここに・・・」
エンリケスも胸ポケットから魔法ペンを取り出す。
「ふむ。では、こうして」
ポドロスキは自身の魔法ペンをエンリケスに渡し、エンリケスの魔法ペンを受け取る。
「エンリケス殿。しかとロプティーナ様のお気持ちを受け取りましたぞ。これで両国の絆は一層強くなる事でしょう。今後もよい関係を築ける事をルーン国一同、心より願っております」
「???」
「おや、どうしましたかな?エンリケス殿。エンリケス殿は今回、わざわざスーフェリアからお越しになり、親善大使として友好の証をお持ち下さったではないですか。そして我が国も返礼品を送った。世界中で我が国に対して圧力を強めていたこの時期に、スーフェリア国だけは親善大使を送ってくださるとは。流石は世界序列第2位のスーフェリア・ロプティーナ様ですな。寛大なご対応、感謝致しますぞ」
ポドロスキはエンリケスから受け取った魔法ペンを掲げてウインクする。
つまり、ポドロスキはこう言いたいのであろう。
スーフェリアからは親善大使としてエンリケスが訪問し、友好の証を送った。
そしてルーン国はそれを受け入れ、返礼品を送った。
なので、今回スーフェリアからの使節団は友好関係強化を目的として訪れたので、そもそも『優遇国措置』を解除するといった話は出ていないし、100%の関税や通行税、そしてゴルニュード鉱石の値上げなどの話も一切出ていない。
当然、ルーン国もスーフェリアに対して『遺憾の意』を表明していない。
全ては無かった事にして水に流しましょう。
そう言いたいのだろう。
「おお・・・おおお。ありがとうございます、感謝致しますぞ!ポドロスキ殿!そうですな。我々スーフェリアの使節団は今回、『親善大使』として訪問させて頂きました。ルーン国聖女様の暖かい歓迎、感謝の念に堪えません。今後とも『優遇国』としてお互いに良い関係を築いていきましょう」
エンリケスはポドロスキの両手をガチッと握り、安心した表情を浮かべてスーフェリアへと帰国していった。
これでスーフェリアとの関係は拗れることはないだろう。
あとはハミスの調査団か・・・・
さてさて、あの悪魔の女が大人しく引き下がるだろうか。
なんとか穏便に済ませなければ・・・
ポドロスキは額の汗を拭い、帰国の準備をしているハミスの調査団の方を見る。
すると、なにやらザワザワした雰囲気を感じる。
どうやら団長のアインズとエクレアが言い争っているようだ。
「アインズ。なんで引き下がるのよ!あとちょっとだったのに!」
「バカが。我々は大聖女様直属の機関、ハミスの調査団だぞ。大聖女様の意向に反してどうする?そんなに手柄が欲しいのか?愚かだな、エクレアよ」
「まあまあまあっ。自分の無能さを棚に上げてよく言うものですわぁ。上司に媚びを売る事しか能が無い腰巾着がっ」
「どうとでも言え。いくら言われようがこの決定に変更はない。諦めろエクレア」
「ふふふ。わっかりましたわぁ。わーかりましたっ。ではぁ、私とクラインはここから別行動をさせて頂きまーす♪」
「はあ?何を言ってる?」
「うふふっ。せっかくルーン国まで来たのですもの。冒険者ギルドの『財政調査』をしながら帰国するのが合理的でしょ?もう何十年も調査してない国ですからぁ。ハミスの調査団の理念は『調査』と『観測』ですものねぇ。貴方と違ってぇ、私は『特別上級捜査官』なのでぇ、単独で捜査する権限が与えられているのですぅ。これは嘘偽りない正常な業務の一環ですわぁ」
「ちっ。勝手にしろ。ただし、お前に許可するのは財政調査のみだ。他の事、特に『神の使徒様』の事を少しでも嗅ぎ回ってみろ。その時点でお前は終わりだ。いいな?これは脅しでも何でもない。厳然とした事実だ。分かったな?エクレア」
「はいはーい♪わっかりましたぁ。団長どのぉ。ギルドの調査が完了したらクリルプリスから南回りでハミスへと帰国しまーすっ」
アインズは舌打ちしながら荷物をまとめ、北回りで帰国するために、スーフェリア国の港へと出立していった。
残されたクラインと呼ばれた男性はエクレアに話しかける。
「エクレア様。まずはどの街へと向かいましょうか?」
「ふっふっふ。面白くなってきたわね、クライン」
「救世主様のことでしょうか」
「そうよ。ルーン国の聖女は突如、救世主の事を『神の使徒』と呼ぶようになった。そのきっかけは大聖女と面会してから。つまり大聖女も救世主の事を知っているという事だわ」
「なるほど。つまり神の使徒様が、ただの人間だと暴けば大聖女様のお立場も危うくなると」
「ふっふっふ。流石クライン。よく分かってるじゃない。この事実を突き止めれば大聖女に対して切り札を手に入れる事が出来る。強力な切り札をね。そしたら、長年の『開かずの扉』を開く事が出来るかもしれない。その鍵はガタリヤにあるわっ!クライン、至急ガタリヤに向けて出立するわよっ」
「かしこまりました、エクレア様。直ぐに手配します」
ポドロスキはエクレアとクラインの会話内容は聞こえていないが、ハミスの調査団から別行動を始めた2人の様子を直ぐに聖女へ伝えた。
そしてその情報はアーニャへと伝わったという訳だ。
「えええええええ、エクレア?!エクレアと仰いましたか?!アーニャ様!!」
ギルド長は馬鹿デカい声を出して立ち上がる。
「え、ええ・・・この女は『性格最悪』だから気をつけろと仰っていました」
「た、大変だぁ!まさかエクレアが来るとは?!あああ!一体どうすれば!!」
「うっるさいのぉ。大声を出すな、デブジジイ」
「ザクトーニ。お主、そのえくれあ・・・とかいう者を知っておるのかの?」
ザクトーニは完全に余裕のない感じ。ロイヤーの質問には答えず、自身の質問を続ける。
「ああああ、アーニャ様!え、エエエクレアは?!エクレアはいつ聖都を出立したのですか?!」
「あ、えっと・・・聖女様から連絡を貰ったのは三日前です。ですので、まだ時間はある・・・」
「三日?!三日と言いましたか?!こここれは大変だ!直ぐにギルドに戻らなければ!!」
「何をそんなに慌てとるんじゃ?聖都からガタリヤまで1週間近くかかる。まだまだ大丈夫じゃ」
「何を言ってる?!エクレアだぞ!『悪魔の女』だぞ!あの女に常識などは通用しない!!」
「ザクトーニ。落ち着いてください。冷静にならなければ正しい判断をくだせません。まずはエクレアについて教えてください」
アーニャの落ち着いた対応に、ザクトーニも少し冷静になったようだ。相変わらず似合っていない老眼鏡のような四角い眼鏡をずらして顔の汗をふく。
「す、すみません。アーニャ様。取り乱してしまいまして・・・え、エクレアというのは、ハミス調査団に所属する世界的に有名な人物です。彼女が関わった事件は、一族全員ことごとく破滅すると言われるくらい、非常に優秀かつ残酷な女なのです。『悪魔の女』と二つ名が付くほどに・・・」
「ひええ・・・」
「こわ・・・」
「そして彼女の1番の恐ろしさは、その『演算能力』です。そのスピードは魔法電算機(パソコン)を凌ぐ程だとか。このままではあっという間にミール様の情報は暴かれるでしょう。実際、彼女が調査したギルドはことごとく丸裸にされ、不正や着服はもちろん、職員が深夜にこっそり買いにいったエロ本の名前や金額まで全て把握されてしまうのです!彼女が調査に入ったギルドで無事だったギルドは一つもございません!なので、急がなくてはならないのです!早急に対策を練らなければ!」
「ですがザクトーニ。三日前と言っても聖都を出立したのは午後になってから。実質まだ二日しか経過してません。まだまだ十分時間はあるはず。その間にゆっくり対策をすれば・・・」
「エクレアは『悪魔の女』ですぞ?アーニャ様。ヤツには常識は通用しないのです。恐らく馬車に回復魔法を連打して朝から朝まで、ずっと走り続けさせているはずです!」
「えええ?!それって精神が崩壊して馬が走れなくなっちゃうんじゃなかったでしたっけ?」
「それがヤツの恐ろしい所なのです。彼女は『心療回復士』なのです。現在は『自白魔法』を使える適性として有名ですが、本来は『心の回復』を主とした回復士なのです。なので、ヤツは大量の回復魔石を購入して、大量の結界石を購入して、馬車を走らせます。そして馬が疲れてきたら回復魔石で疲労を回復する。段々と精神に疲労が溜まってきたら『心療回復士』の魔法で精神の疲労を回復する。そしてドンドンと結界石を更新しながら夜になっても走り続けているはずです」
「そ、そんな方法があるんですね・・・」
「いえ、これは最悪な方法です。回復魔石も結界石も大量に必要ですから、かなりの金額になります。そして、1日程度であればたまに魔法をかけるだけで対応できますが、3日ともなれば頻繁に魔法をかけなければ直ぐに精神が崩壊してしまうほどの疲労が蓄積します。10日ともなれば常に魔法をかけ続ける必要があるでしょう。そうなれば当然、エクレア自身も一睡もする事が出来ませんし、魔力を使い続ける彼女の疲労は相当なものだと容易に推測できます。けれど彼女は真実の解明のためなら手段を選ばないのです。いつだったか、ドルグレムに向かって犯人が逃げていました。スーフェリアに滞在していたエクレアはその情報をキャッチし、ドルグレムに向けて出発しました。しかし、スーフェリアからドルグレムまで馬車では通常1ヶ月ほどかかります。しかしエクレアはこの方法を使って、僅か10日で到着したのです。一睡もせず、食事もまともに取らず、馬車を走り続けさせたのです。そしてドルグレムの門の手前でなんとか犯人を確保しました。いかにエクレアとてドルグレムの門を通過されたら手出しが出来ません。まさにギリギリのタイミングでした」
「すごい執念・・・」
「しかし、エクレアの名が広まったのはこの後です。馬は回復魔法が止まった瞬間、心の回復魔法が止まった瞬間。つまり目的地に到着した瞬間、馬は全身の血管が破裂して亡くなります。蓄積した疲労が、まるでダムが決壊したかのように全身に襲いかかり、砕け散るような悲惨な状態で死にます。けれどエクレアは、その血しぶきを浴びながら笑ったのです。顔面蒼白で、目の下にはクマが出来て、髪はボサボサの状態で笑ったんですよ。その姿は正に『悪魔』のようだったとか・・・・彼女は目的を達成するためには他の事などどうでもいいのです!」
「ひええ・・・ですわ」
「止まった瞬間に身体が砕け散るとは・・・一生懸命に馬車を引っ張った馬も浮かばれんのぉ」
「可哀想ですぅ」
「あれっ?!ちょっと待って。止まったら死んじゃうんだったら、馬のご飯とかはどうしてるんですか?!回復魔法は疲労は消せてもエネルギー自体は補給できないですよね?!」
「リリフさんは『カロリーアップ』という食べ物を知っていますか?」
「あ、知ってますっ。確かギルドにも売ってますよね?一個食べれば一日食べなくても大丈夫って宣伝してる携帯食だった気がします。高かったから買ってないですけど・・・」
「そうです!今でこそ遠征に行く冒険者の必須アイテムですが、元々は戦争の時代に馬のエサ用に開発されたモノなのですよ!それを走りながら与え続けてエネルギーを補給させてるんです!」
「は、走りながら?」
「そう。実はエクレアには部下がいるのですっ。いえ!相棒と言った方がいいですねっ。名前は覚えていませんが、確か男性が側にいるはずです。その男性は『動物使い』の適性を所持しているので、馬は思い通りに動くしかない。命令通りに走り、差し出された食べ物を走りながら大人しく食べ、ひたすらに走り続ける。寝ることも許されず、頭の中を強制的にハイテンションにさせられ、ただひたすらに走り続ける。走りながら食べるので消化不良を起こして臓器はボロボロです。脂肪はおろか、筋肉さえ痩せ細ります。そしてようやく止まる事が許された瞬間、砕け散って死ぬのです。本当に悲惨な状態で死ぬのです。なのにエクレアは笑うんですよ。まるで何事も無かったかのように笑うんです。エクレアにとっては馬の命など・・・いえ、人の命でさえも道具に過ぎないのです!ヤツらには人の心など無いのですよ!」
「こ、怖い・・・」
「とにかく!もうガタリヤの間近まで迫ってきているかと思います!私はギルドに戻りますので、アーニャ様は大至急、魔法電算機の知識がある者を派遣してください!エクレアが『財政調査』などで終わるはずがありません!必ずミール様の情報を突き止めるでしょう!『悪魔の女』に対して偽装工作は無駄かとは思いますが、何もしない訳にもまいりません!とにかく少しでも時間を稼いでください!宜しくお願いします!では!」
そう言うとギルド長はダッシュで応接室を出て行く。
「これは大変な事になりました・・・爺や!爺やはいますか?!」
「はは~。アーニャ様、お呼びでしょうか」
いつもの側近のお爺さんが応接室に入ってくる。
「爺や。至急、魔法電算機の知識がある者が必要なのですが、心当たりはありますか?」
「魔法電算機・・・でございますか?それは、組み立ての技術者という事でしょうか?」
「いえっ、内部のシステムを構築出来る者。プログラミングが出来る者です。しかもかなり高度なシステムを構築できる者が望ましいです」
「う、うむぅ・・・そこそこ知識がある者はいるかとは存じますが、そこまで高度な知識がある者は、残念ながら今のガタリヤにはいないでしょうなぁ・・・」
「そ、そうですか・・・とりあえず、各省庁に連絡して、確認してください。あと、ダストン将軍に連絡をとってください。北門で待機するようにと」
「ははぁ。かしこまりました、アーニャ様」
爺やは、お辞儀をしながら応接室から出て行く。
「うわぁ。思ったよりも大事だねぇ」
「ですわね。ミール様の事が知られる危険性もありますが、神の使徒様がただの人間だったと知られたら、大聖女様にもその影響は飛び火しそうですもの」
「じゃな。大聖女様が嘘をついたのか?!・・・となりそうじゃのぉ」
「したら、結構ヤバくね?」
「ですね。何とかしないと・・・アーニャ様。私達も一応、ギルドに向かいますっ」
「分かりました。ちなみにリリフさん達は魔法電算機に詳しい方を、どなたかご存知ではないですよね?」
「す、すみません。私は全然・・・」
「わたくしも全く分かりませんわぁ」
「あたしもあいにく、そういった方面はサッパリだわさ」
「俺も、聖都だったら心当たりあるんだけどなぁ。ガタリヤはわかんねーや」
「リリフ姉様ぁ。誰を探してるんですぅ?」
「んとね、ほら、魔法新聞とかで色々と調べられたりするじゃない?そういったシステムを作れる人だよ」
「ほええ。記事を書ける人って事ですかぁ?」
「ううん。そうじゃなくて・・・・・ああああ!そうだ!ランボーさんは?!セリー、前に言ってたよね?!人気の記事主がいるって!そのランボーさんだったら、結構知識があるんじゃないのかな?!」
「そ、その方を知っているのですかっ?!」
リリフの言葉に食い気味に反応するアーニャ。
「え?・・・ご、ごめんなさい。人気の記事主ってことくらいしか・・・」
「そ、そうですか・・・」
「アーニャ様。ランボー様と何かあったのでございますか?」
「実は・・・・そのランボーという方には困っているのです。何故か重臣達でしか知り得ないような情報を掴んで、皆さんに開示してしまうので・・・以前、我々は大貴族マンハッタンを処罰する計画を密かに立てていました。マンハッタンがグワンバラ様の食堂に向かう情報を事前に得ていたのでラインリッヒを食堂に向かわせ、広場には処刑台の設置の準備に取りかかっておりました。しかし、このランボーという方に『明日、屋敷か広場で何かが起こる』といった情報をリークされてしまい、危うく失敗する所でしたわ。幸い、マンハッタンの耳には届かなかったようですが、もしバレていたら逆に我々が不利な立場に陥る所でした。それ以外にも数々の極秘情報や私のプライベートな情報も開示しているので、現在、密かに捜査中の方なのです・・・」
「そーなんだぁ」
「確かにランボー様は、記者顔負けの記事を書かれております。わたくしは単純に凄く取材をされているのかと思っておりましたが・・・確かに変ですわね。普通では分からないような内容がたびたび記事になっておりますもの」
「魔法新聞を管理している側とか、収益の振込先とか。そういった所を調べれば分かるのではないでしょうか?」
「流石お兄ちゃん!」
「それが幾つもダミーを挟んでいるようで、中々ランボー自身に辿り着けていないようです。かなり巧妙で複雑な鍵をかけているようで・・・なので、確かにリリフさんが言う通り、ランボー自身にコンタクトが取れるならエクレアさんに対抗できる存在なのかもしれないですね」
「ふーむ。上手くいかんもんじゃのぉ」
「毒をもって毒を制す・・・みたいな感じですからね」
「まあ、しょうがなくね?居場所わかんねーならどうしようもねーしさ」
「そうね。こうしてても仕方がない。あたしらもギルドに向かおうかね。色々と口裏を合わせとかないとボロが出そうだし」
「そうですわねっ。参りましょうっ」
「ありがとうございます、皆さん。では馬車を用意させますので使ってください。なにか進展などありましたらご連絡致します」
「はいっ。ありがとうございます、アーニャ様」
そうしてアーニャが用意した馬車でギルドに向かうリリフ達。
「あーあ。なんとかランボーって人と連絡取れないかなぁ」
「なにかメッセージとか飛ばせないん?記事主の記事ってコメント書けるようになってんじゃん」
「ランボー様の記事は一切コメントを受け付けてないのですわ」
「あちゃー。それじゃあどうしようもないのぉ」
「あっ、それじゃあアーニャ様にお願いして、街中に動画で呼びかけてみたらっ?直ぐにギルドに来て下さいって」
「流石リリフ姉様ですっ」
「それは難しいと思いますわ。街中で呼びかけてしまいますと、野次馬達も群がってくるでしょうから。それだけ鍵をかけているようなお方です。きっと正体を知られるのに抵抗がある方だと思いますわ」
「だなだな。つか、多分捜査されてんのも知ってんじゃね?」
「あー。それな。だとしたら無理じゃね?」
「ですね。捕まる危険があるのに協力なんてしないでしょうから」
「そうよねぇ・・・でもこのガタリヤの住民の中で、世界的に有名なエクレアさんに対抗できる人なんているのかなぁ・・・」
「ブルニ、ギルドに着いたらお外で叫んでみますっ。誰か詳しい人いませんか?って」
「あはは。ありがと、ブルニ。でもそれだと見極めるのが難しそうね」
「ですわ。あまり実力がないのに自信満々で来られても困りますもの」
「そうじゃのぉ。この緊急性を理解していて、エクレアっちゅー者の事を知っているヤツはそうはいないじゃろうなぁ」
「そうですね。素性の知れない人に僕らの全てを任せることは出来ないです」
「ふえーん。ごめんなさーい」
「ううん。ありがと、ブルニ。とっても嬉しいよ」
リリフはブルニの頭をナデナデする。
猫耳は柔らかく、頭の毛もフワフワしていて暖かい。
人間の毛髪よりも人獣の毛の質は密集しており、暖房性能も高いようだ。
頭を撫でているだけで幸せな気持ちになれる。
なんでこんなに優しくて一生懸命な人獣を街の人達は毛嫌いするのかな。
もっとわかり合えれば良いのに・・・
そんな事を考えていたリリフの瞳に5階建てのガラス張りの建物が写る。
そこでリリフの脳内で二つの事柄がピタッと一致した。
「あああああぁぁああぁっ!!そうだっ!そうだわ!」
「うおっ?!ビックリしたっ!」
「なんですのっ?!なんですのっ!リリフ!」
「リリフちゃんは心臓に悪いのぉ」
「ごめんなさい!私ここで降ります!セリー!リューイ!ブルニ!一緒に来て!ルチアーニさん達とビレットさん達はこのままギルドへ!後で合流します!」
「なんじゃ、なんじゃ?どうしたんじゃ?リリフちゃんや」
「私、思い出したんです!電算機に詳しい人を!なんとか私達で説得して連れ出しますので、皆さんはギルドで時間稼ぎをお願いします!行くよ、みんな!」
「わ、わかりましたわっ」
「はいい、リリフ姉様っ」
「りょ、了解です」
「わかったわ、リリフちゃん。それじゃあギルドで!」
「はい!」
リリフは馬車を降りて、5階建の建物に向けて走って行く。
「みんな行くよ!人事局へ!」
リリフ達は人事局に到着した。
ガタリヤには高層ビルはもちろん、5階建クラスのビルなども数は多くないので、ガラス張りの建物は太陽の光を反射して、遠くからでも分かるくらい目立っていた。
「リリフ姉様ぁ。ここって・・・」
「うん。ブルニが国籍登録の時に来た人事局だよっ」
「ここで何かするのですか?リリフ」
「うんうん。ブルニ達を国籍登録する時にさ、ちょっと不正したじゃない?それが普通の人だったら出来ないような不正だったみたいで。見かけによらず、かなり魔法電算機に詳しい人だったってミールが言ってたの思い出したのっ」
「な、なるほど」
「そんな方がいらしたんですのね」
「ううん。私達も前に一度会ってるじゃん?難民申請の時に会った・・・なんか、かなりアーニャ様のファンみたいな人」
「ああっ。なるほどですわ。あの方だったのですわね」
「うんうん。あの人がブルニ達の登録もしてくれたみたいなの。だからお願いしてみようよっ。アーニャ様のファンだったら、きっと力になってくれるはずだしっ」
「なるほどぉ、流石リリフ姉様ですっ」
「分かりましたわ。参りましょう」
そうしてリリフ達は人事課へと歩みを進める。
まだお昼近くの午前中という事もあり、人事課の前は多くの人で溢れていた。
特に最近は聖都でのアーニャの活躍もあり、序列も1位になった事もあり、移住希望者が多く、いつも以上に多忙だ。
全員、忙しそうに仕事をしているが、1人だけ、デスクに肘を立てて顔を支え、ボーっとしている者がいた。
その者はアーニャの魔法絵を見つめながらウットリしているようだった。
「あ、あの人だ。あのー、すみませーん」
リリフは声をかけるが全く反応なし。
ウットリとした表情を浮かべて魔法絵に見入っている。
「あのー。ちょっといいですかぁ?すみませーん」
「あ、受付はこちらでーす!今順番に対応しておりますので、そこの整理券を取ってお待ち下さーい!」
受付の職員さんが対応してくる。
「ああ、違うんです。そこの人に用があるんですけど・・・」
職員さんはちょっとため息を付くと、ボーっとしている者に話しかける。
「ボラン課長。お客様ですよ。少しは仕事してください」
職員の呼びかけにようやく反応したその男は、リリフ達を見て心底嫌そうに立ち上がる。
「はいはいはい・・・なんでしょうか・・・私は今、忙しいのですが・・・」
もの凄くテンション低く答える。
「あ、あの・・・ボラン・・・さん。わ、私達を覚えてますか?以前、難民申請の時にお世話になった者です」
「知りませんね。では」
ボランは素っ気なく答えると、デスクに戻っていく。
「あああ!ちょっと!ちょっと待って!ほら、この子達は?!以前、人獣の国籍登録してもらった者です!『アーニャ様の上着』と引き換えに!」
少しでも興味を引こうと、リリフは『アーニャ様』の部分を少し強調して話す。
ボランは眼鏡をクイっとあげて、ブルニとリューイをジーっと見つめる。
「ああ、はいはいはい・・・・確かにあの時の人獣達ですね。それで?殺処分でもするんですか?でしたらこちらではなく、警備局へ・・・・」
「ち、違います!折り入ってボランさんに頼みたい事があるんです!話を聞いてもらえませんか?!」
「はあ?・・・なぜ『私』が!『見ず知らず』の貴方達のために!時間を割かねばならないのですか?!いきなりやってきて『話を聞け』ですと?!全く意味がわからない!そんなクダラナイことで私の『アーニャ様を愛でる』という貴重な時間を奪わないで頂きたい!」
癇に障ったのか、語気を強めて言い放つボラン。
「いや、ボラン君。堂々と当たり前のように言ってるけど、今、就業中だからね・・・・」
1番奥に座っている部長がボソッと独り言を呟くのを、リリフの耳のみが捉える。
「全く!何をしに来たかと思えば、このボランに頼み事とは!人に頼み事をする時は、相応の礼というものがあるでしょう?!前に来た方は・・・そう、ミールという方は私に最高で崇高で至上な品を私に捧げてくれました!だからこそ、私は彼の願いを叶えたのです!しかし!貴方達は手ぶらで私に頼み事をすると言う!なんたる非礼!なんたる無礼!貴方達には礼儀というものがないのですか?!」
「いや、ボラン君。当然のように言ってるけど、我々公務員は見返り貰っちゃダメだからね・・・」
部長は書き物をする手を止めずにボソッと呟く。
「うわー。どうしよ。めっちゃ怒ってるよぉ」
「ふえーん」
「なにか手土産になりそうなモノは・・・」
「わたくしにお任せを」
自信満々のセリーは、受付台に自身の胸を乗せる。
「ボラン様。もし、わたくしのお願いを聞いてくださったら、この胸を好きにしてくださいまし。好きなだけ揉んでも、吸い付いても、挟んでもよろしくてよ」
ヒソヒソと小声で提案する。
しかし、ボランは全く興味ない様子。
いや、かなり嫌悪の表情を浮かべている。
「はあぁぁ・・・それはアレですか?ご自身の胸にそれだけの価値がおありだと?そう言いたいのでしょうか?」
「う・・・」
「貴方ねぇ。もう一度、鏡をよくご覧になった方が良いのではないでしょうか?もしくは治療院で視力の修復を受ける事をお勧めしますね。本当に自己肯定力が強い女ほど、醜いものはないですね。寒気がします」
「ううう・・・」
ボランは自身のデスクの引き出しから一枚の魔法絵を取り出して持ってくる。
「愚かな貴方の後学のために教えて差し上げますよ。いいですか?本当に価値がある胸元とは、このようにふっくらとしたアーニャ様の胸元のみ!この大きさ!丸み!服に抗う弾力!透き通るような白さ!ほのかに赤みがかかる質感!きめ細かい肌質!全てがパーフェクト!ディゥス・イヅ・パーフェクツ!それに引き換え、貴方は何ですか?!正に下品という言葉しか浮かんできません!貴方のは、ただの脂肪の塊!私からしたらトンプーと何ら変わりはない!家畜ですよ!家畜!どこの世界に家畜の胸を揉んで喜ぶ人がいるんですか?!恥を知りなさい!」
「うわーんっ!あんまりですわぁ!うわーん!」
ボロカスに打ちのめされたセリーはリリフに泣きつく。
「なに、あの男」
「ひどーい」
「最低」
お昼前の忙しい時間帯なので、多くの人がセリーとボランのやり取りを見ていた。
なので、至る所でボランを非難する声が上がるが、ボラン自身は全く気にしてないようだ。
いや、むしろ『アーニャ様。愚かな女を成敗しました!』と思っているのか、ドヤ顔をしている。
「ボラン君・・・住民の皆さんに暴言吐くのはやめようね・・・始末書書くの僕なんだから・・・」
部長は書類にハンコを押す手を止めずにボソッと呟く。
リリフは泣いてるセリーの頭を撫でながら
「うわー。どうしよ。余計怒らせちゃったみたい」
「怖いですぅ」
「とりあえず、僕らはアーニャ様の知り合いだという事をアピールしてみませんか?どうやら、かなりアーニャ様に執心しているようなので」
「そ、そうよね。あ、あの!ボランさん!私達、アーニャ様の知り合いなんです!今回、ここに来たのもアーニャ様の手助けの為なんですっ!」
「はあ・・・貴方ねぇ。世の中にはついていい嘘と悪い嘘があるんですよ?ましてやアーニャ様とお知り合いなどという嘘は最も醜い嘘です。何故?!どーして?!貴方達のような田舎者丸出しの底辺冒険者がアーニャ様と知り合う事が出来ると言うのですか?!全く、呆れてモノも言えません。もういいですよね?お帰り下さい」
「うわわ。全然信じてくれないよぉ。どーしよ」
「ぐしゅっ。あんまりですわぁ」
「そうだ、ブルニ。さっきアーニャ様と魔法絵撮ってただろ?あれを見せよう」
「おお!!そうよ!そうだわ!ボランさん!私達、さっきまでアーニャ様とお話ししてたんですよ!その証拠に魔法絵があるんですっ!見てもらえますか?!ブルニ、見せれる??」
「はいっ、リリフ姉様っ」
ブルニはカメラに魔力を込める。するとウインドウ魔法のように、先程撮影した魔法絵が空中に浮かんで見えた。
「はいはいはい・・・どうせ・・・むっ!」
ボランは完全に信じていない風にチラッとウインドウに視線を移し、直ぐにガバッと食い入るように覗き込む。
「むむ・・・これは・・・むむむむ」
「ほらほら、私達も写ってるでしょ?さっき撮ったばかりなんですよっ!」
ボランは無言で自身のデスクに歩いていき、椅子には座らず、そのまま魔法電算機で何やら操作をしている。
そして眼鏡をクイっと上げながら、リリフ達の元に戻ってきた。
「確かに、アーニャ様の本日のお召し物と瓜二つですね。ふむ・・・どうやら貴方達がアーニャ様の知り合いというのは本当なのかもしれません」
え??なんで今日のアーニャ様の服装を知ってるんですか?・・・との質問を飲み込むリリフ。
「そ、それじゃあ、私達の話を・・・」
「しかし!」
強引にリリフの言葉を遮るボラン。
「本当にアーニャ様の手助けになるのかは疑問ですね!貴方達が勝手に言ってる可能性もある!アーニャ様を利用しようとしてる可能性もある!私はどんな事があってもアーニャ様を裏切る訳にはいかないのです!」
「わわ分かりました。そ、それじゃあ、ちょっと待ってください。アーニャ様に通話で聞いてみます」
「ははん!いいでしょう!通話できるモノならしてもらおうではありませんか?!」
「ぐしゅっ・・・きっと通話できても『偽者だっ!』と言うにきまってますわ」
「確かに・・・あり得そうですね・・・」
「ふえーん」
「はっはっはっ!このボランがアーニャ様の声を聞き間違うはずがないでしょう?!例え100万の雑音があろうとも、ボランはアーニャ様の声を聞き逃しません!ああ、愛しのアーニャ様ぁ」
ウットリと自分の世界に入っているボランを尻目に、リリフはアーニャに通話をかける。
「はい。リリフさん、どうかなさいましたか?」
「あ、アーニャ様っ。突然すみません。あの・・・電算機に詳しい人って見つかりましたか?!」
「いえ。申し訳ないのですが、まだです。各省庁に問い合わせているのですが・・・」
「あっ。だったら私、1人心当たりがあるんですっ。しかもミールのお墨付きの人だから対応できるかもしれないですっ」
「え?!ミール様の?!本当ですか??リリフさんっ」
「はいっ。ただ・・・協力を得るにはちょっとアーニャ様から直接お願いしてもらう必要があるんです。今からその人を加えますので、アーニャ様からお願いしてもらってもいいですか?人事局のボランさんって人です」
「なるほど。わかりましたわ」
「ありがとうございますっ。ではちょっとお待ちをっ」
リリフは魔法膜から顔を出す。
「ボランさん!アーニャ様が話しても良いって言ってくれてるんで、ちょっと魔法膜に顔を突っ込んでくださいっ!早く早く!」
「はいはいはい・・・・どうせ・・・・・むむ!」
ボランはイタズラに付き合っているかのような、呆れた感じで魔法膜に顔を突っ込むが、直ぐにうなり声を出す。
「はじめまして、ボランさん。私は領主のアーニャと申しま・・・」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお?!?!?!?!?」
馬鹿デカい声で叫ぶボラン。
魔法膜に包まれているので周囲に声は漏れていない。
なので、この被害にあったのは2人だけ。
リリフはスキルの影響で耳が良いので、至近距離での大声を浴びて気絶しそうになっている。
アーニャはボランの馬鹿デカい声にビックリしたのか、思わず通話を切ってしまった。
魔法膜が消え、大興奮のボランの声が静かな人事局に響き渡る。
「おおおっ!今のは!今のは紛れもなくアーニャ様!アーニャ様の声!なんと!なんということでしょう!アーニャ様がわたくしの!わたくしの名前を呼んでくださいました!おおお!なんということでしょう!今日は我が人生最良の日!ああ!愛しのアーニャ様!」
感動しているボランは周囲の冷たい目線などお構いなし。
ジーンと身体を震わせ、目には涙さえ浮かべていた。
「ボラン君。局内で大声出すの止めようね。怒られるの僕なんだから・・・」
部長は魔法電算機に入力する手を止めずに呟く。
直ぐにアーニャから折り返しがきたので、リリフも正気を取り戻す。
「ボ、ボランさん。ま、まずは落ち着きましょう。あまり大声を出されるとアーニャ様もビックリしてしまいますので・・・」
「おお、これは失礼。このボラン、冷静さを失ってしまいましたな。よろしい、まずはアーニャ様のお話を冷静に聞くと致しましょう」
「は、はい。お願いしますね・・・では通話を繋ぎます」
「あ、失礼しました。リリフさん。ついビックリして・・・・」
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアーニャ様あああああああああああああああああああああああああああああああぁぁ!!!!!」
「きゃっ」
またもや大声を上げるボラン。
通話を切るアーニャ。
気絶しそうなリリフ。
「だから落ち着いてって何回言えば分かるんですか?!鼓膜が破けそうです!」
「おお、失礼。つい我を忘れてしまいましたな」
「アーニャ様。何回もすみません」
「いえ・・・・こ、こちらこ・・・・・」
「※△□○〒◎▽◇☆※△□○〒◎▽◇☆※△□○〒◎▽◇☆※△□○〒◎▽◇☆※△□○〒◎▽◇☆※△□○〒◎▽◇☆※△□○〒◎▽◇☆※△□○〒◎▽◇☆※△□○〒◎▽◇☆※△□○〒◎▽◇☆※△□○〒◎▽◇☆※△□○〒◎▽◇☆※△□○〒◎▽◇☆※△□○〒◎▽◇☆※△□○〒◎▽◇☆※△□○〒◎▽◇☆!!!!!!!」
しばらく同じやり取りを繰り返す3人。
「い、いいですか?・・・・もうこれが最後です・・・ぜえぜえ・・また・・・お、大声を上げたら・・・はぁはぁ・・・もう知りません。私帰りますから・・・」
リリフは大声を上げまくるボランに完全に疲労している様子。
本来の目的を忘れて最後通告をボランに突きつける。
「あ、アアアアーニャ様・・・はぁはぁ・・・な、何回も・・・すみません・・・」
「いい・・・ええ・・・お気遣い・・・なくぅ・・・」
「さ、さあ。ボランさん。私達のお願いを・・・れ、冷静に聞いてください・・・いいですね?次、大声を出したら、私もアーニャ様も帰りますから・・・したら貴方は永遠にアーニャ様に会う機会を失いますから・・・私、悪口言いまくりますから。アーニャ様のボランさんの印象最悪にしてやりますから。いいですね・・・」
皆さんもご存知の通り、リリフは疑う事を知らないような、周りに明るさを配れるような、素直で実直な性格だ。
そんなリリフに、こんな言葉を言わせたボランは流石というべきか。
しかし、ある意味ボランにキレる事で、結果的にミールと同じように圧力をかける事となり、従順になるボラン。
「ああっ!・・・ふぐっ!・・・・だ、大丈夫です、アーニャ様。こ、このボラン。けっしてアーニャ様の期待を裏切りません!」
またもや大声を出しそうになった自分の口を自ら塞ぎ、冷静に返答する。
「では、アーニャ様・・・ボランさんにやって欲しい事を説明してもらえますか?」
「わ、分かりました。えっと・・・実はある人物の情報をハミスから来る者から守ってもらいたいのです。その者はかなり魔法電算機に精通している者だそうで、かなりの困難が予想されます」
「はいはいはい。なるほど。ハミスからという事は悪魔の女でも来るのですか?アーニャ様」
「!」
「エクレアという者をご存知でしたか」
「はっはっはっ。電算機界隈で、彼女の事を知らない者はいないでしょう。まあ、このボランの敵ではないですがね!がっはっはっ!」
「ええっ?!凄い!エクレアさんに対抗できるって事ですよね!」
「はっはっは。愚問ですな。ただでさえ、このボランはエクレアなど眼中にないですが、更に今回は『アーニャ様』のご期待を背負っております!つまり、今の私は『心・技・体』の全てを兼ね備えた状態!正に『鬼に金棒』いや、『ボランにアーニャ様』といった所でしょうな!がっはっはっはっは!」
「た、助かります・・・では早急に冒険者ギルドに向かって頂いて宜しいでしょうか?もうまもなく、エクレアなる者がガタリヤに到着するかと思います。私の方で少し時間を稼ぎますが、あまり猶予はございません。守るべき情報など詳しくはギルド長やリリフさん達に聞いてください。何卒宜しくお願い致します」
「お任せください、アーニャ様!悪魔の女など恐る恐るに足らず!アーニャ様の『忠実なしもべ』であるこのボランが!至上最高状態のボランが!必ずアーニャ様に仇なす者を成敗してご覧にいれましょう!」
眼光鋭く答えたボランは颯爽と奥の部長の元に歩いていく。
「部長!私は午後から有給を取らせていただきます!」
「へ??そんな急に困るよ、ボラン君。午後からは申請の照らし合わせや各省庁への報告や連携の確認、15時からは課長級会議があるじゃないか。午後からこそボラン君にはいてもらわないと・・・」
「部長!わたくし一人が抜けたくらいで回らなくなる組織形態が悪いのです!いつ、いかなる時でも対応できるように人材を教育するべきなのです!私が抜けてもフォロー出来る体制が出来てない事こそが、問題なのではないでしょうか?!」
「うん。その通り。ボラン君の言う通りなんだけど、そもそも、その仕組みを作ったり、皆を教育をするのが、ボラン君の役目だからね・・・」
「では!私はアーニャ様の期待に応えなければならないので失礼します!」
半ば強引に休みを勝ち取ったボランは、素早く荷物をまとめてリリフ達に声をかける。
「さあっ!行きますよ!我々の勝利のために!」
意気揚々と先頭を進むボランを見て、リリフは思う。
無駄に男前・・・
続く




