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スライムには負けるけど魔王には勝ちます  作者: すふぃ~だ


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蘇る魂の道しるべ⑱

ミールは腕の中でスヤスヤと寝息をたてているフローリアの体温を感じながら、ひっそりと呟くのであった。





 リリフ達との年末の宴会を終えて5日後、聖女は緊張した面持ちで玉座に座っていた。

 何故なら、これからスーフェリアからの使節団が訪問しに来るからだ。


 邪神襲撃以来、聖女の元には数多くの他国からの使者が訪れている。

 その目的は『救世主』の情報を得るため。

 よって、暗愚の聖女っぽさを演じて『え〜?よくわかんな〜い。ごめんね♪てへ、ぺろ』といった感じで、軽くあしらうことが出来ていた。


 しかし、今回の使節団はおそらく、そういう感じではない。

 隣国にも関わらず、一カ月以上経過してから訪問してくるのだ。

 かなり念密に準備をしてきているだろう。

 そして、その使節団の目的は『貴族制度の廃止』を掲げるルーン国への圧力だと予想できる。


 前にも少し説明させて頂いたが、もし、ルーン国の『貴族制度の廃止』が上手くいったら、その波は世界中に広まる可能性がある。

 そうなったら甘い蜜を吸いまくる事が出来ている現在の仕組みが無くなるのだ。

 黙っていても大金が入ってきて、数多くの者達に命令する事が出来て、例え罪を犯しても捕まることが無い。

 そんな特権を簡単に手放すはずがない。

 正に世界中の貴族達が一致団結してルーン国を潰そうと画策してくる。

 今回の訪問は、その第一歩となるだろう。


 一体、どんな圧力をかけてくるのか。

 既に一部の農作物や物品に関税がかかっている。今はまだ限定的だが、これを皮切りに多数の国から同じ制裁を食らうとなれば、ルーン国の財政はかなり厳しくなる。


 そして一番懸念されるのが『結界石』の制裁だ。


 もしかしたら、この世界法で守られている仕組みすら、覆してくるかも知れない。

 もしそうなれば、国家存続すらも危うくなる。

 聖女の政策に反対の者も数多く出るようになり、やがて自分は聖女を剥奪される・・・なんて未来も決して絵空事ではなくなってくる。


 一体どうすれば・・・


 そんな考えが頭の中を占めてしまっているので、緊張した表情で使節団の到着を待つ聖女なのであった。



「スーフェリア使節団が到着しましたっ!」



 玉座の間に、兵士の声が響く。

 聖女も重臣達も、ピッケンバーグ率いる衛兵達にも緊張の空気が流れる。


 やがて、ツカツカと足音を響かせながら、20人ほどの使節団が玉座の間に現れた。

 スーフェリア国の国旗と同じ、赤と黒の制服に身を包み、ゾロゾロと威圧的に歩いてくる姿は、まるでドラマで出てくる大学病院の総回診のようだった。

 

 先頭の銀髪を7:3に整えた男が、胸に手を当て、お辞儀をしながら挨拶する。


「お久しぶりでございます、聖女様。再びお会いできて光栄でございます」

「久しぶりね、エンリケス。私はちっとも会いたくなかったわ」

「はっはっは。相変わらずご冗談がお上手でございますな」

「いえ、本心よ」


 シーンと一気に張り詰めた空気に満ち溢れる玉座の間。

 銀髪の男はクイっと眼鏡を持ち上げる。口元をニヤつかせながら。



「あああっ。え、エンリケス殿。そ、それで今回はどのようなご用件でございますかなっ?」

 聖女の隣に立っていた小太りな男が、取り繕うように汗を拭いながら尋ねる。



 この男の名はポドロスキ。

 ナンバー3だったスランデルに代わり、現在、ルーン国の内政面を取り仕切っている。

 とはいえ、野心家だったスランデルとは違い、この男は平凡そのもの。

 家庭菜園を育てることを生き甲斐にした、絵に描いたような中間管理職だ。

 しかし、聖女がスランデルの後釜に指名したのはこの男だった。

 当然、周りの重臣達も、本人でさえも驚きの声を上げる。


「自分には無理です!聖女様!お考えなおしを!何卒!何卒ぉ!」

「拒否するなら打ち首よ。就任するか、打ち首になるか。好きな方を選びなさい」

「そ、そんなぁ・・・」


 こんなやり取りがあり、ポドロスキは渋々引き受けたのであった。


 何故、このような平々凡々な男を聖女は指名したのだろうか。


 考えられる理由の一つは、この男は野心を全く持っていないから。

 以前の聖女ならば、火の無い所に油を注いで火を付けて、燃える炎を見て楽しんだり、火を消そうと必死になってる人々を見て楽しんだりと、悪戯好きな面があった。

 なので、野心家のスランデルが権力を握っていても、さして問題はなかった。


 しかし、現在の聖女は真逆。

 

 誠実に、良い国にしよう、民が暮らしやすい国にしようという気持ちに溢れている。

 本気で、差別のない、虐げられる事のない仕組みを作ろうと奔走している。

 故に、不正やら汚職やら賄賂やらは御法度で、旧スランデル派や貴族派との相性はすこぶる悪い。

 

 聖都の重臣の中には、旧スランデル派の者達もまだまだ多く存在しているし、貴族の息がかかっている者も多数いる。

 大企業と同じように、組織が大きければ大きいほど、派閥争いは熾烈を極め、その関係は複雑に絡み合う。


 実際の現実は、トップが代われば全て解決!・・・なんて事には中々ならないのが実情だ。


 そのため、現在の聖女には、数多くの悪意や陰謀がひっきりなしに襲ってくる。

 その数々の悪巧みに乗ることなく、しっかりと仕事をこなしてもらうには、野心が全く無い、この男がピッタリだったのだろう。

 


 そして、もう一つ考えられるのが、この男が人畜無害な存在だからだろうか。


 この男の唯一の長所というか、特徴なのが、どんな相手に対しても、不快な気持ちを持たせない点が挙げられる。

 それが包容力なのか、逆に存在感が無いからなのかは分からないが、相手の話をしっかりと聞き、どんなに罵声を浴びせられてもカチンときたり感情を昂ぶらせることなく穏便に対応し、けして荒波を立てる事はない。

 正に中間管理職になるべくして生まれてきたような男なのだ。


 なので、聖女は、この生まれながらの中間管理職適正MAXなポドロスキを、突き上げてくる部下達との(あいだ)に挟む事により、自分の改革をスムーズに行いたいといった思惑があるようだった。


 この男はどんな些細な事案でも必ず判断を求めてくる。

 通常であれば『は?それくらい自分で考えろや!』とか、『んな事イチイチ説明しなきゃ分からんのか、ボンクラ!』とかを言いそうになるくらい、自分の考えを優先させる事はない。


 しかし、改革を推進している聖女にとっては、勝手に判断されるよりかは、こっちの方がずっと良い。

 組織を成熟させるには、下から様々な意見が出てきて個人の判断を尊重してくれる仕組みの方が結果を出しやすいが、改革はボトムアップよりもトップダウンの方が成功しやすいのだ。


 それじゃあ、改革を進めるにはイエスマンを並べれば良いんだね?

 そう考える方もいるかもしれないが、それはそれでリスクがある。

 何故なら、イエスマンだらけの幹部が揃えば、トップはどうしても独裁者になりやすい。

 そして、その独裁者は暴走しやすいからだ。


 また、イエスマン自身も有能なヤツはいない。

 トップの意見を右から左へと。全く考えなく通過させる。

 そして批判的な意見が出ると『トップが言ってるんだから、しょうがないでしょ』と完全に他人事で対応する。

 そこに責任感などはあるはずもなく、立場が悪くなれば平気で鞍替えするような連中なのだから。


 ではこのポドロスキはどうであろう。

 一見するとイエスマンに見える。というか完全にイエスマンにしか見えない。

 先程も述べたが、何事も穏便に、荒波を立てずに対応するのがモットーなのだから。

 しかし、聖女に対して完全にイエスマンかと問われると、そういう訳でもない。

 なるべく聖女の意見を尊重しようと考えてはいるが、しかしそれは、聖女のご機嫌を取るためでもなく、自分の意見がないからでもない。


 全てはこのルーン国を良くするため。


 聖女の意見を尊重するのも、それがルーン国のためになるからと考えているからだ。

 なので、時には聖女の行動を諫めたりもする。


 記憶に新しいのが、ガタリヤの領主、デトリアスの葬儀に向かう時だ。

 あの時、聖女は翌日には出立しようとしていたが、それを止めたのがポドロスキ。


 あの時は『英雄捜し』のため、他国からの使者が数多く訪れる予定となっていたのだ。

 それをすっぽかしたりしたら、外交問題に発展しかねない。

 そうなれば、今後、どんな荒波が押し寄せてくるか・・・

 なので、なるべく穏便に済ませたいポドロスキは、涙を流しながら聖女の膝元にすがりつき、日程をずらすように懇願したという訳だ。


 このように、軸の部分はルーン国のために行動してくれて、破天荒な聖女のいわば緩衝材のような役割をしてくれて、野心のために悪巧みに加担することもない。

 ある意味、理想的な聖女の右腕だ。

 なので、よくこの男を数多くの家臣から見つけ出したとも言える。


 優れた指導者は、人選能力も長けている者が多い。

 このポドロスキの適性を見抜いたことは、聖女が着実に優秀な指導者の道を進んでいる事を示していた。



 聖女とのあいだを取り持ったポドロスキの言葉に、このエンリケスと呼ばれた男は深々と頭を下げて

「おお、これは失礼。本日は我が国の聖女、スーフェリア・ロプティーナ様の名代みょうだいとして参じました。我はロプティーナ様から任命された全権特使としてお考えください」


 この言葉に聖女もポドロスキも若干、眉間にシワを寄せる。



 スーフェリア聖女の『名代』として訪れた全権特使。



 この世界の『名代』とは、貴方の世界の意味と少し違う。

 通常であれば、単なる『代理』という意味だが、聖女の名代となると、その者が聖女の役割を果たす事を意味する。


 何故なら、この世界の聖女は他国に訪問しない。

 いや、する事ができない。

 それは、もし聖女になにかあれば、結界の全てが消え去ってしまうからだ。

 なので、その聖女の代わりに、他国で様々なお役目を果たすのが、『名代』として訪れた全権特使。


 つまり、この場所にスーフェリアの聖女が来ていると同じこと。

 世界序列2位の聖女が来ていると同じこと。

 

 この世界は序列が高い方に決定権があり、序列が高ければ高いほど、力は強大になる。

 それは、一つの国すらも滅ぼすほどに・・・

 決して、生半可な対応では済まされない。

 暗愚の聖女っぽく、のらりくらりと対応したらタダじゃおかねーぞ・・・と、強烈に釘を刺された感じだ。



「そう。それで要件はなにかしら?」

 聖女は心の動揺を抑え込むように、お腹に力を入れて平静を装う。



「はっ。それでは我が主、ロプティーナ様のお言葉を伝えさせて頂きます。我がスーフェリア国はルーン国に対して『優遇国措置』を解除させて頂きます。よって今後は今まで免除していた制度は全て無くなる事となりますのでご承知のほどを」


「なっ、なんとっ?!」


 ポドロスキは驚きの声を上げるが、聖女はにこやかな笑顔を浮かべて冷静を装う。


「まずは交流の一環として行なってきました双方の留学生制度。これを廃止いたします。次に文化交流を目的とした姉妹街制度の廃止。短期間の他国旅券証無しでの入国も認めません。今後は必ず旅券証の提示を求めます。また、それに伴い、入国の審査も厳密に行いますのでご承知のほどを」


「むむむ・・・」


 人材交流を無くすとなると、当然、友好関係も無くなる。

 それは国力も技術力も劣るルーン国の方が影響が出やすい。

 最新の技術や知識などを大国から学び、自国に戻って還元する・・・といった事も出来なくなるからだ。

 そして短期間のビザ無し入国も出来ないとなると、スーフェリアから来る観光客も大幅に減るだろう。

 良好なビジネス関係だった企業も続々と関係解消となるだろう。


 ポドロスキは腕を組んで唸っている。聖女は変わらずに平静を装う。


「また、全ての農作物に100%の追加関税をかけます。更にスーフェリア国に出入りするルーン国籍の輸送隊には品物の数に応じて通行税を課します。一つ一つの品に、例え米粒一つでさえ、ネジの一本でさえ、通行税を払わずにルーン国へ輸入する事は出来ませんのでご承知のほどを」


「バ、バカなっ?!そんな事をすれば価格転嫁され、スーフェリアの物価が上がってしまいますぞ?!」


「さあ、それはどうでしょうか?現在、唯一、邪神の具現化が起こった国。それはすなわち、それだけルーン国が穢れに満ちている証拠ではないでしょうか?悪魔種に汚染された作物と言えば、みんな買わなくなりましょう。幸いにもドーラメルクの港が開港した影響で、我が国には多種多様な作物が、安く、大量に、入ってきております。わざわざ汚染されたルーン国産の作物を買う必要はないのでございます」


「むむむむむ・・・」


 この世界は貿易が重要な部分を占めている。

 どうしても結界の範囲は決まっているので、一つの国で全てに対応するのが難しいからだ。

 その貿易に関して、スーフェリア国はルーン国にとって、超お得意様。

 隣国なので輸送距離も短く済むので輸送費は安いし、人口も多いので行き交う物資も豊富、そして序列も高いため資金がたっぷりある。

 要は沢山買ってくれるし、安く買える。

 そんな国がルーン国にとってのスーフェリアなのだ。


 その貿易に圧力がかかった。

 

 風評被害でルーン国産の不買運動が起これば、輸出業は大打撃だろう。

 通行税がかかれば輸入品は高額になり、多くの民の家計を圧迫する事になるだろう。


 ポドロスキは油汗を額に浮かべて唸っている。聖女は変わらずに平静を装っているが、少しだけ唇を噛んだ。


「最後にゴルニュード鉱石の輸入でございますが、こちらは不正に、決められた数を上回る鉱石を獲得している国があるとの情報がたびたび上がっており、困っておりました。そこで今後は、その国毎に認定貴族を選定し、その貴族が一括管理を行うように聖女セブンへ発議予定でございます。それに伴い、ゴルニュード鉱石の価格を現在の5倍へと変更いたします」


「馬鹿なっ!そんな事をすれば、世界中大混乱ですぞっ?!」


「ご安心ください。認定貴族には特例措置の権限を与えます。つまり、認定貴族を通せば価格は従来の値段通り。あくまで不正を防ぐ目的でございますからな。も・ち・ろ・ん!『貴族がいない』国がもしあるのであれば話は変わってきますが、そんな国などあるはずないですからな!はっはっはっはっ!」


「ぐぬぬぬぬ・・・」


 ゴルニュード鉱石とは、結界石の元となる鉱石だ。

 この鉱石がなければ、いくら聖女がいようと、街に巨大結界を展開する事はできない。

 正に世界平和の根幹を担う鉱石なので、現在もかなり厳密に管理されている。


 故に、結界石の数を不正している国があるというのは、偽りだろう。

 スーフェリアにとって、不正しているかどうかは問題ではなく、貴族がいるか、いないのかが重要なのだ。


 そして、この世界の取り決めは、『聖女セブン』と呼ばれる世界序列上位7人の聖女によって決められる。

 多分だが、スーフェリアの発議に対して、既に根回しは済んでいるのであろう。

 つまり、聖女セブンで『認定貴族制度の導入』の発議は、過半数が取れて可決される見込みが既についている。

 だからこそ、5倍といった法外な価格を提示したのであろう。

 当然だが、序列も国力も乏しいルーン国にとって、今後、結界石を5倍の値段で買わなければならなくなるのは、非常に厳しい。


 この世界は全ての国で同じ通貨『グルド』を使用しているので、通貨を発行して急場を凌ぐ事も出来ない。

 他国との金融の繋がり、つまり『株価』やら『投資』やらの関係も薄いので、国債を発行して海外からお金を集める事も難しい。逆に、繋がりが薄いので、他国が財政で逼迫(ひっぱく)しても、その影響が世界中に広がる事もない。

 イメージ的には『地方自治体』のような感じ。

 その国、その国で、自己責任で財政をやりくりする必要があるのだ。


 そして、序列が高い国ほど、補助金が多く支給され、序列が低かったり財政が赤字になったりすると補助金は低くなる。

 もし仮に、財政が悪化しても助けてくれる仕組みはないので、よりダイレクトに住民の生活に影響が出てくる。


 そうなれば、日々の食べ物すら確保出来ない住民で街は溢れかえり、聖女の政策に反対する者も数多く出るだろう。

 どんどんとインフレが促進し、貧困率は加速し、公共事業は後回しにされ、結果、施設の老朽化は進み、セキュリティの脆弱性ぜいじゃくせいを突かれてテロリストに結界石を破壊され、街の結界が消える・・・なんて可能性もゼロではない。


 もしそうなれば、街の結界すら守れないのに、なにが聖女か・・・との声は大きくなり、緊急の聖女セブンが召集され、ルーン国聖女の資格は剥奪される・・・なんて未来も現実味を帯びてくる。


 ポドロスキは歯を食いしばり唸っている。聖女は変わらず平静を装っているが、玉座の肘掛けを掴む手が、小刻みに震えていた。


「以上が、我が主、ロプティーナ様からのお言葉でございます。これらの措置は来月から発動とさせて頂きますので、ご承知のほどを」

「ら、来月?!あまりに急すぎ・・・」

「ただし!我が主、ロプティーナ様は事を荒立てる気はございません。もし貴国が『態度を改める』というのであれば、全て水に流しても良いと仰っております。くれぐれもちっぽけな正義感で大義を見誤らないよう、切に願うばかりでございます」

「ぐぬぬぬぬ」


 態度を改める・・・というのは貴族制度の廃止を撤回するという事であろう。


「そう。わかったわ、エンリケス。ご苦労様」

 聖女の言葉に、エンリケスと呼ばれた使節団の団長は胸に手を当てて軽くお辞儀をする。


 しかし、てっきりそのまま退出すると思っていたが、一向に帰る様子がない。

 聖女もポドロスキも顔を見合わせる。


「どうかしましたかな?エンリケス殿。できればこれから重臣達を集め、協議をしたいのですが・・・」

「はっはっは。まあ、そう焦らずに。もうしばらくしたら、お越しになりますので」

「お越しになる?どなたかが来るとでも??・・・」

 いぶかしげな顔をするポドロスキの疑問を打ち消すように、慌てた様子の兵士が玉座の間に駆け込んできた。



「ご、ご報告致します!た、只今ハミスから調査団がご到着されましたっ!」



「はああぁぁ???」

 思わず聖女の口から驚愕の声が漏れる。


「ちょ、ちょっと待って。は?はぁ??只今って言った??何?今から来るってこと??ちょっと!どういうこと?!ポドロスキ!」

「わ、私にもさっぱり分かりません!ハミスからは何の通知も受けておりません!」



 動揺する聖女の目に、眼鏡をクイッと上げて笑みを浮かべているエンリケスの顔が映る。



 やられた!!



 これだ。これだったんだ!

 スーフェリアの狙いはこれだったんだ!

 だからエンリケス達は、わざわざ一ヵ月以上時間を空けて訪問しにきたんだ!




 ────今日、私を潰すために────




 世界中の貴族達が一致団結して貴族制度廃止を掲げるルーン国を潰そうと画策してくる。

 今日はその第一歩だと思っていた。

 しかしそうではなかった。


 今日なのだ。

 今日、一気に全ての決着をつけるつもりなのだ。


 今後も続くと思っていた日常が、唐突に終わりを告げる。

 アーニャやリリフ達と騒いだ、あの楽しかった日々。

 その日常が唐突に終わる。

 聖女は立ち上がるも、頭の中は真っ白になり、呆然としている。


 そんな聖女にはお構いなしに、エンリケス達、スーフェリアの使節団はスッと横に移動して敬礼した。

 その後を入れ替わるように、ザッザッザッと薄い水色の礼服や鎧に身を包んだ者達が行進してくる。

 数は40人ほど。スーフェリア使節団の倍くらいの人数だ。

 ハミス調査団は大学病院の総回診のようだったが、こちらは軍隊のよう。

 まるで、クーデターが成功し、玉座の間から王を引きずり下ろしにきたかのように・・・



 一つ一つ説明させて頂こう。



 まず、使節団への対応だが、聖女は全く引き下がるつもりはなかった。

 これくらいの圧力は想定内・・・いや、正直、想定よりも遥かに厳しい状況だが、それでも屈する訳にはいかない。

 ここで引き下がったら、期待してくれている住民達に申し訳が立たない。死んでいった者達に申し訳が立たない。

 自分の理想の実現のためにもここで屈する訳にはいかない。

 関税も通行税も、そしてゴルニュード鉱石の値上がりも。

 決して楽な道ではない。

 かなり厳しい財政となるだろう。


 どうやってゴルニュード鉱石を確保する財源を作り出そうか・・・


 ここは耐え凌いで何とか活路を見いだしたい。

 聖女の頭の中は、そんな考えが駆け巡っていた。



 そしてハミスの調査団の対応だが、聖女はトンズラするつもりだった。

 通常はこの日に訪問すると通知が来る。

 なので、その時に『あっ、ごっめ~ん。疲れちゃったから温泉街ユウゼンに湯治に来ちゃった。てへっ、ぺろっ♪』みたいな感じで逃げようと計画していたのだ。

 何故なら調査団には自白魔法を使用して調べる権利があるからだ。

 自白魔法を使用されたらアウト。完全に『救世主』の事は明るみに出るだろう。


 決して自白魔法を受ける訳にはいかない。

 調査団が帰るまでひたすら逃げ続けよう。

 どんな手を使ってでも逃げ続けよう。


 そんな思惑があった聖女の今、目の前にハミスの調査団がいる。

 おそらくハミスの調査団はスーフェリアの使節団に紛れて入国したと思われる。

 つまり、この2国は手を組んでいる。


 こうなったらもう逃げられない。

 完全に詰んだ。

 聖女は絶望の表情を浮かべている。



 自白魔法を受けないようにすればいいんだよね?

 こうなったらなり振り構わずに、今からでも逃げちゃえばいけるんじゃね?

 そう思う方もいるかもしれない。



 しかし、ハミスの調査団の半数は騎士だ。

 立派な水色の鎧に身を包んでいる。


 対して、この場にいる味方で戦力になりそうなのはピッケンバーグ率いる衛兵達。

 数こそは衛兵の方が多いが、実力はハミスの調査団の方が上であろう。


 せめてルゾッホ将軍がこの場にいれば・・・


 いや、それでも逃げきることは出来ないであろう。

 おそらくピッケンバーグと同程度、いや、ピッケンバーグよりも格上な騎士が数人いると思われる。

 そして調査団の中には優れたマーカーも同行している。

 逃げようとした瞬間、あっという間に追跡魔法をつけられ、水色の騎士たちに取り押さえられるだろう。

 何故なら、この場にはスーフェリア・ロプティーナの名代、全権特使がいるのだから。


 つまり、この場にスーフェリアの聖女がいると同じ事。

 世界序列第2位のスーフェリア・ロプティーナがいると同じ事。

 その使節団が招待した形となっているハミスの調査団。

 この調査団の意向はそのままスーフェリア聖女の意向。

 調査を拒否しようものなら、スーフェリアの聖女に逆らったと同じ事。

 直ぐに犯罪者扱いになり拘束されるだろう。

 


 ここはルーン国の玉座の間だが、1番発言力があるのはルーン国の聖女、ルーン・スワイラル7世ではないのだ。



 話をまとめると、ハミスの調査団はスーフェリアの使節団に同行することにより、ルーン国の聖女が拒否する事が出来なくなり、自白魔法を行使する事が出来る。つまり、『救世主』の情報を得る事が出来る。

 そして、スーフェリアの使節団の狙いは、その『自白魔法』がかけられている瞬間であろう。

 お分かりかと思うが、自白魔法をかけられると、自身でコントロールが出来ない。

 ありとあらゆる質問に正直に答えてしまう。

 例え、それが『救世主』とは『関係ない質問』であったとしても。


 おそらく、ルーン国の聖女を陥れるための質問を用意しているのであろう。

 今現在は、かなり優秀な指導者になっているルーン国の聖女であるが、ちょっと前までは聖女セブンから『是正要求』を3回も受けてしまうほどの暗愚っぷりだった。


 おそらく突っつけば、かなりの悪行の数々が明るみに出るであろう。

 それを証人が沢山いるこの場で全て明るみに出す。

 そして『聖女の資格なし』とスーフェリア聖女の名代エンリケスが判断する。

 それは当然、スーフェリアの聖女が下した決定と同じ事。


 直ぐにそのままルーン国の聖女は身柄を拘束され、軟禁状態になるであろう。

 そして緊急の聖女セブンが召集され、ルーン・スワイラル7世の聖女資格を剥奪する事が決定する。

 直ぐに代わりの聖女を、聖女が複数いる国から派遣する議論が始まるだろう。


 現在、複数の聖女がいる国はスーフェリア以外に2つある。

 しかし、5人もいるスーフェリアが断トツでトップだ。

 その中で、一人はほぼ引退状態、もう一人はドーラメルクへと派遣された。

 つまり、余っているのは実質2人だが、それでも今までの実績、ルーン国との距離の近さをかんがみて、スーフェリアから聖女が派遣されるのは間違いないだろう。


 もし仮に、ルーン国内で新たな聖女が誕生したとしても、その時は既にルゾッホ将軍も、ポドロスキも、ピッケンバーグも任を解かれ、重臣の全てはスーフェリアに属する者へと成り代わっていると予想できる。

 そうなれば新たな聖女はスーフェリア国の傀儡(かいらい)となるのは確実。


 スーフェリアから聖女を派遣する事になっても、ルーン国で新たな聖女が誕生する事になっても、どちらにせよスーフェリアの力は増すばかり。

 その影響力はハミスを凌ぐほど強まり、スーフェリア国は長年の悲願である『世界序列第一位』の座に君臨する。


 これが、スーフェリアが描く最高のシナリオだろう。

 その為に、この玉座の間に留まり、ハミスの調査団に場所を譲ったのだ。

 自白魔法の時に、直ぐに口を出せるように・・・


 

 甘かった・・・

 考えが甘かった・・・



 もはや財源がどうのこうのと言ってる場合でもない。

 下手をしたら、今日、このまま、この玉座の間で拘束される。

 ここで聖女としての役目を終える。

 それだけは何としても避けなければ。

 しかし、聖女に残された選択肢は決して多くはなかった・・・


   続く

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