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スライムには負けるけど魔王には勝ちます  作者: すふぃ~だ


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蘇る魂の道しるべ⑭

 『いや・・・長は寧ろ短いですよ・・・』

 ミールは頭の中にビル爺を思い浮かべて、再度げっそりする。





『それではワシはここらで退散するとしますかな。人間は『朝食』というのが必要なのでしょう?ゆっくりと食べていかれるがよい』

『ああ。ここの米は一段と旨そうだ。楽しみだな』

『ふぉっふぉっふぉ。ワシらエルフが丹精込めて作っておりますからなぁ。それでお客人。天界送還の儀は正午からじゃが、出来ればその前に幹部を交えて、先程の件を話し合いたいのじゃが、よいじゃろうか』

『ああ、全然構いませんよ。それじゃあ10時頃に伺う感じでいいですか?』

『じゅうじ?じゅうじとはなんでしょうな』

『ああ、失礼。つい人間感覚で話しちゃいました。それじゃあ準備が出来たらそこのザッツさんを迎えによこしてもらってもいいですか?』

『ふむ。よかろう。では後ほどザッツを迎えに行かせますじゃ。では』


 長は軽く一礼して奥へと歩いて行く。

 ミールもエゼノアの実家に向かって歩き出す。

 エゼノアの実家からは湯気が立ち上っており、近づいてみると、とても良い香りがした。



『遅くなりましたぁ』



 ミールが家に入るとフローリアがエゼノアのお父さんの肩を揉んでいた。エゼノアのお父さんは猫背になりながら、とても幸せそうな表情を浮かべている。そしてお母さんはそれを優しい笑顔で見守っていた。

 言葉など通じなくても、お互いに思いやる気持ちさえあれば問題ないようだ。


『あら。お帰りなさい。随分と歩いたのね』

『いやぁ・・・色々と新鮮でつい長居してしまいました』


「あっ!ミールさん、おはようございますっ」

「フローリアさん、おはようございます。あはは。お父さんがとても上手だって言ってますよ」

「えへへっ」


『さあさあ、ご飯の準備が出来たわ。早速召し上がれ』


 畳の上に長テーブルが置かれ、様々な料理が並んでいた。普段、エルフはあまり食事をしないとのことなので、かなり奮発したように見える。

 ミール達は畳の上に直接座り、テーブルを囲む。


「うわあぁ、凄い量・・・食べきれるかなぁ」

『ごめんなさい、少ないかしら?普段人間の方がどれだけ食べるのか分からなくて・・・足らなかったら言って下さいね』

『いあいあ。めっちゃ豪華だなってフローリアさんも言ってますよ。食べきれるか心配だって』

『あら、そうなの?それなら頑張った甲斐があったわ。残しても構わないから、食べられる分だけ召し上がれ』

「そーなんだぁ。ミールさんも言ってましたもんね。普段はあまりお食事をしないって。よーしっ。せっかくおばあちゃんが作ってくれたんだしっ。頑張って食べるぞぉ」

「おっ。こりゃ旨いな」

「本当ですっ。とっても美味しいっ」

「やっぱエルフの里は作物の質も違うんだな」

「ですねっ。お米一粒一粒が、お野菜の一つ一つがとても美味しいですっ。ミールさん、私、食い溜めしますっ!」


 ミールとフローリアが美味しそうにムシャムシャと食べている様子を嬉しそうに見つめる両親であった。





「ぐわあぁ・・・食いすぎたぁ」

「ううぅ・・・く、苦しい・・・」


 ミールとフローリアは朝食を平らげ、畳の上で大の字で寝っ転がる。


『あらあら、大丈夫?うふふ。でも沢山食べてくれて嬉しいわ』

 エゼノアのお母さんは笑いながら食器を片付ける。


「すまん。俺ちょっと寝るわ」

「わ、わたしも・・・ちょっとだけ・・・」


『あら、寝るの?それじゃあこれを食べてみて』

『これは?』

『これはキコの実っていって、これを食べると良い夢が見られるって効果があるのよ。是非試してみて』

『へー』

「ミールさん。これは?」

「なんかこれを食べると良い夢が見れるんだと。食べてみようぜ」

「そんな木の実があるんですね。流石エルフの里って感じですねっ」


   ポリポリポリ・・・


「んぐっ・・・これは・・・」

「なんていうか・・・表現しづらい・・・不思議な味って感じですね」


 その木の実は、渋いような、苦いような、酸っぱいような、しょっぱいような、なんとも表現しづらい味をしていた。


『うふふ。美味しくないでしょ?でもそれが良いのよ。味は不味いけど、その分、良い夢は見れるから。儀式前には起こしてあげるから安心しておやすみなさい』


「んじゃ、ちょっと失礼して」

「ううう・・・私、このまま里にいたら確実に太ります・・・」

「ぐーぐー」

「すーすー」


 お腹が膨れ、睡魔が襲ってきた2人は、キコの実をかじってから横になる。すると、直ぐにスヤスヤと寝息が聞こえてきた。

 無理もない。

 ミールもフローリアも、ここ2〜3日、まともに寝ることも出来なかったのだから。

 しかも、ここはエゼノアの実家。この里ではかなり安全な場所だ。

 なので2人はこのチャンスを逃すものかと、あっという間に眠りに落ちたのだった。



 この世界の冒険者も、貴方達の世界の兵士も、『何処でも寝れる』というのは大切な能力だ。

 特にフィールドや戦場では、いつモンスターが襲ってくるか分からない、いつ頭の上に爆弾が落ちてくるか分からない。

 24時間、常に神経を張り巡らせる事になるだろう。

 そんな状況でも『寝ること』が求められるのだ。


『明日は遊園地!早く寝ないといけないのに楽しみすぎて全然寝れないよぉ』とか『明日はいよいよ入試だ。早く寝て万全の体調で迎えないといけないのに緊張して全然寝れない!』とか。そんなレベルの話ではない。


 どんなに身体が疲れていても寝ることが出来ない。

 眠くても眠くても寝ることが出来ない。

 

 死の恐怖感が常にある状態で精神を保つこと、睡眠を取る事は容易ではないのだ。


 そして、睡眠障害に陥った兵士が数多くいる戦場は悲惨だ。


 精神が病んでしまった者の誤爆により理不尽に殺される者も多い。

 恐怖に耐えられず、自ら自決する者も多い。

 目を血走らせた兵士が薬物に手を染めるのも戦場では珍しくない。


 実際に最前線で戦っている兵士達は、ゲームやアニメのように俊敏に、的確に、英雄的に行動する者などはいない。


 もっともっと悲惨で、とてつもなく理不尽で、ウンザリするほど絶望的な現場なのだ。


 なので、実際の戦場で1番最初に教えられるのが寝ること。

 ミサイルや砲弾がいつ飛んでくるか分からない戦場でも、直ぐに寝れることが求められるのだ。

 寝ることにより、精神を安定に保つ事が出来るし、判断能力や身体機能も正常に保たれる。

 戦場で寝ることが出来て、ようやく一人前というわけだ。


 普段、惰眠を貪っている皆さん(失礼)も寝るということの重要性を是非知っておいてもらいたい。


 筋肉を硬直させ、一気にリラックスさせるやり方や、頭から順番にリラックスさせて睡眠を促すやり方など、色々と方法はあるので、普段、なんとなーくで寝ていた皆さんも、一流冒険者を目指して、自分にあった睡眠方法を模索してみても良いかもしれませんね。




 一時間ほど仮眠したミールは再び胸に圧迫感がして目を開ける。

 視線は天井を見上げたままだが、どういう状況になっているのかは直ぐに分かった。


 顎の部分には髪の感触があり、とても良い香りが鼻をかすめ、スースーと静かな寝息を耳で捉え、身体をギュッと抱きしめられている感触がある。


 ちょっとだけ眼球を下に動かすと、やはりフローリアがミールに抱きつき、スヤスヤと寝息をたてていた。


 うーむ。


 正直、悪い気はしないので、そのまましばらくジッとしているミール。

 すると視界にエゼノアのお母さんが覗き込む姿が映る。


『あ・・・起きた?・・・ザッツさんが迎えに来ているんだけど・・・』

 お母さんは小声でヒソヒソとミールに話しかける。


 フローリアが右側から抱きついてきているので、ミールは左手で『オッケーです』と合図を送る。

 そしてゆっくりゆっくりと起き上がり、お母さんが掛けてくれていた毛布を自身の代わりにフローリアに差し出した。

 フローリアはムニャムニャとしながらも、毛布を抱きしめミールを解放する。


 その様子を見て、笑顔を浮かべるエゼノアの両親。


『すみません。僕は一足先に祭壇に向かうので、正午になったらフローリアさんを連れて来て貰えますか?』

『わかったわ』


 そしてフローリア宛に手紙を残して、入り口で待っているザッツに声を掛ける。


『すみません。お待たせしました』

『いや、こちらこそ疲れているところ申し訳ない』


 2人は里の奥へと歩みを進める。


『おはよーございまーす』

『ああ、おはよう』


『わあっ!人間!人間っ!握手してー!』

『ああいいよ。よろしくな』

『わーい、わーいっ』


 すれ違うエルフに元気に挨拶してみると、結構笑顔で返してくれたり、近づいてきた子供の頭を撫でても笑顔で見守っていたりと、昨日と比べると大違いだった。

 かなり信頼してくれているエルフが増えたみたい。

 もちろん全てではないが・・・


『お前は本当に人間なのだな・・・』

 前を歩くザッツがぼそっと呟く。


『え?ああ、はい。正真正銘の人間ですね』


『俺は・・・正直、人間は穢れを放つ存在。悪魔種と同じと思っていた・・・だから最初、門の前でお前を見た時は、この命を賭けてでも倒さなければと思ったんだ・・・しかし、お前の話を聞き、あの娘の話を聞き、そして長の話を聞いて俺は思った。俺達エルフと何も変わりはしない。いや、寧ろ俺達よりも純粋なのではないかと。俺はエルフは神に仕えるべき存在なんだというプライドだけは高くて、実際は廃れ行く里の未来に対して何もしなかった。尊重どころか他者を遠ざけることしかしなかった。だがお前達と語り合い、俺は尊重する心、相手と話し合う大切さを学んだ。お前のお陰で目が覚めたよ』


 ザッツは振り向きもせずに、歩きながら背中越しに語る。

 そしてしばらくして

『ありがとう』

 と小さく呟く。


『いえ、こちらこそ』

 ミールもそのまま歩みを止めずにボソッと言う。


 この里のあちこちで、確かに尊重の苗は芽吹き初めているようだった。




 ザッツに案内されて到着したのは奥にある広場だった。

 大きさは昨日案内された『庭園』を一回り大きくしたくらいの広さがある。そして一番奥に祭壇があり、女神像がミール達を見下ろしていた。


 ザッツはそのまま、付近に建てられた納屋のような建物に入っていく。そこにはおそらく祭事に使用されると思われる祭具や礼服、楽器など、様々な品が保管されていた。

 そのまま奥へ進むと、ちょっとした休憩スペースのような場所があり、長と2人の幹部が既にミールを待っていた。


『長。お連れしました』

『ご苦労。ザッツ、お前もそこに座るがよい』

『はっ』

『ではお客人、こちらへ』


 ミールは長に勧められ、長の正面の椅子に座る。

 配置的には『庭園』と同じで、右側に熱血漢エルフのリューズベルトが、左側には長髪の知的エルフが座っている。

 そしてザッツは長の後ろ、斜め左の位置に座った。


『では儀式まであまり時間がないので、早速話し合いを始めるとしよう。お客人。先程、話にあった聖女や結界のことは既に、この2人には伝えておる。その上で、何か追加で語るべき情報はあるだろうか』


『そうですね・・・』

『結界内に100万の人間が暮らしているだと?!そんなバカな話が信じられるか!』

 ミールが話し始めようとしたのを遮り、熱血漢エルフことリューズベルトが声を荒らげる。


『いや、信じられないのは分かりますが、事実なので・・・』

『リューズベルト。貴方の気持ちは分かりますが、この人間が嘘をつく理由が見当たりません。何でもかんでも否定しては話し合いにすらならない。少し黙っててもらえますか』

『ぐ・・・』


 知的エルフがリューズベルトに苦言を呈す。

 そして長髪を耳にかけながら、ミールに質問した。


『その結界とはどれほどの大きさなのですか?』

『そうですね。だいたいこの里の20倍・・・いや、30倍くらいですかね。グルッと一回りするだけで1日が終わるような感じです』

『バカがっ!そんな大きさの結界などあるはずなかろう!』

『リューズベルト』

『む・・・』


『失礼。その結界とはどのように作り出されているのでしょう』


『下界には魔石っていう加工品がありまして。まあ、特殊な石だと思ってもらって構いません。その魔石に魔力を溜めたり、魔法の力を付与させたり出来るんです。その魔石を使って巨大結界を維持してるって感じですね』


『ふむふむ。それは興味深いですね。その結界とは具体的にどのような力を発揮するのでしょうか』


『皆さんが使うエルフの結界とはちょっと違う感じですね。皆さんの結界はあくまで自分に有利な空間、相手が苦手な空間を作り出す感じだと思いますが、聖女の結界は完全にモンスターや悪魔種を弾くことが出来るのが特徴です。なので、絶対的な安地を確保する事が出来るため、人間は再度、繁栄する事ができたって感じですかね』


『ふむ。その結界には人間は自由に出入りできるのですか?』

『もちろん。人間だけじゃなくて、エルフの皆さんも自由に出入りできますよ。だからもし下界に降りたとしても、エルフの皆さんは安全地帯を確保する事が出来るって事ですね』

『バカが!例え結界に入れたとしても人間が襲ってきたら意味ないわっ!』

『リューズベルト(怒)』

『ぬ・・・』


『そうそう。それと皆さんは人間を毛嫌いしてると思いますが、人間達は貴方達エルフの事を敬っています。信仰してると言っても良いかもしれません。それほどエルフは神の使いだとして崇められているんですよ』


『ほう・・・』


『なので、法律・・・掟みたいなモノですけど、それで保護されてるんですよ。もしエルフに危害を加えようものなら厳罰が下るって感じですね。なので、人間が襲ってくる可能性は非常に低いでしょう。それと衣食住。服も食べ物も住む場所さえも人間達が用意してくれるので皆さんが生活に困ることもありません。安心して結界内に住んでください』


『嘘をつくな!そんなことがっ・・・あるわけ・・・なかろう・・・』

 またしても割って入ってきたリューズベルトだったが、知的エルフに睨まれて、声は段々小さくなる。


『これはエゼノアさんの日記を見た長も証明できるはずです。そうですよね?長』


『うむ。確かにこの者の言う通り、エゼノアは結界に守られた人間の村で暮らしていたようじゃ。そしてエルフ語の知識がある者と出会い、やがて2人は恋に落ちたようじゃな』


『そう。世界各国には『エルフ特使』と任命された者達が存在します。この者達は国から命令を受けてエルフの知識を学んだ者達なんです。そしていざ、エルフが現れたらその支援をするのが役目ですね。エゼノアさんの旦那さんも、国から要請を受けて派遣されたエルフ特使だったという訳です』


『人間達はその知識をどこで得たのでしょうか?』

『それはもちろんエルフの皆さんからでしょう』


『ということは、いずれかの里が密かに人間達と交流していた・・・という事ですか?』


『ほれみろ!やはり人間は信用ならんっ!コソコソと嗅ぎ回りやがって!』

『リューズベルトよ・・・』

『むぅ・・・』


 今度は長に諭され、静かになるリューズベルト。

 なんか段々と、直ぐに噛みついてきては、素直に黙るこの男に愛着が湧いてくる。


『僕は里に帰還することが出来なかったエルフの皆さんから得た情報だと思っています。この里でも最初に里同士の交流をするために送り出した第一陣。そして偵察部隊として送り出した第二陣、扉の開閉を確かめるための第三陣。多数のエルフ達が下界に降りています。この世界には多くの里があるようなので、世界中で数多くのエルフが下界に留まったと予想できます。そのような里に帰還できなかったエルフ達と交流を図り、情報を集め、その知識を世界中で共有し合った結果だと思っていますね』


『ふむ・・・世界中で共有・・・ですか』


『ええ。人間種は情報を書物に残す習慣があるんですよ。又、魔道具を使い様々な情報をまとめ、検索し、調べる事が出来る技術があります。なので、エルフの皆さんのように人から人へ語り継ぐ感じではなく、大量の情報を一気に沢山の人に伝える事が出来るので、エルフの知識は海を渡り、国境を越えて人々に伝わっていったんだと思いますね』


『その知識というのはどの程度のモノなのでしょうか?里の生活のこと、そして里への侵入方法などが知られている可能性は?』


『それはないと思いますよ。正確な記録が残っている2500年の間にエルフの里に侵入した、って記録は一切ありません。一般的に知られている事柄は、エルフは違う言語を使用していること、隠れ里に住んでいること、神の力を使う事が出来る神の使いであること・・・くらいですから。そして、そのエルフ達から教わったのでしょう。皆さんが信仰しているゼロス神や癒姫神を人間達も同じように信仰しています。教わった通りの名前で・・・』


『そうですか。それを聞いて少し安心しました。我らと同じ神、ゼロス様、ポメラニアン様、そしてこの里を管理してくださっているロゼニャンニャン様を信仰しているのであれば、互いに共存の道も探れるでしょうから』


 わぉ。


 随分と可愛い名前になってるな。

 これを本人が知ったらどうなるだろうか。



『まあっ!まあっ!とっても可愛らしいですわぁ!うふふっ!にゃんにゃん♪にゃんにゃん♪』

 と、ノリノリで踊り出すことだろう。



『ふむ。ではお若いの。昨日来たばかりで分からないことばかりじゃとは思うが・・・何か気付いたことはあるじゃろうか。ほんの些細なことでも構わん。お主が里に入れてワシらが入れん理由。必ず何かしらあると思うのじゃが・・・』


『そうですね。エルフの皆さんだと門が開かない理由は・・・正直、確実な事は分かりません』


『そうか・・・』

 ミールの言葉を聞き、長も、知的エルフも、リューズベルトでさえも落胆の表情を浮かべる。



『ですが、一つだけ。決定的に皆さんと僕とで違う点が一つあります』

『おお、それは何かな?』



『それはこの里を作った女神。そして管理している第一の器の名前が違うという点です』


『な、名前が・・違うとな・・・それはどういう・・・』


『つまり、僕は女神の正確な名前を知っていて、皆さんは間違って覚えているって事です』


『バカが!いい加減な事を言うのも大概にしろ!我々が女神様の名前を間違っているだと?!そんなことあるか!ふざけるなぁ!』

 リューズベルトは立ち上がり、激怒する。


 長はポカーンと呆気に取られているが、知的エルフは考え事をしているのか黙っていた。


『ち、ちなみに・・・ほ、本当の名前は・・・なんと?』



『女神、癒姫神の本当の名前はポウラルアン。そして第一の器の名前はロゼニーニャ。これが本当の名前です』



『ポ、ポウラ・・ルアン・・・様・・とな』

『長!騙されてはなりませんぞ!第一、何故貴様のような人間無勢が本当の名前を知っていると言うのだ!?』


『僕は先日、偶然ですが第一の器、ロゼニーニャと直接会って会話する事が出来ました。その時に女神の名前を教えてもらったんですよ』


『がっはっはっはっ!嘘もそこまでいくと立派だな!直接会った?!馬鹿馬鹿しすぎて呆れて物も言えんわ!恥を知れ!人間が!』


『ふむ。なるほど・・・』

 リューズベルトはミールの話を全く信じていないが、知的エルフは意味ありげに頷く。


『長。もしかしたら、この者の言う通りなのかも知れません』

『正気か?!ソクラテス!お前はこんな馬鹿げた話を信じると言うのか?!』


 ようやく知的エルフの名前がわかった。

 名は体を表すとはこの事だろう。


『私はこの者に初めて会った時、何処か懐かしいような、不思議な感覚を覚えました。人間相手に懐かしいとはなんだろうと、自分でもよくわからない感覚だったのですが、この者の話を聞いてその正体がようやく分かりました。この者からは女神様の雰囲気を感じるのです。あの『千年祭』で微かに感じることが出来る女神様の陽光。あの全てを満たす神々しい陽光の残香をこの者が纏っている。それこそが、この者が嘘を言っていない証拠なのではないでしょうか』


 なるほど。

 庭園で初めて会った時に匂いを嗅いできたのは、こういう事だったのか。

 自分でも知らない内に、ロゼニーニャの放つオーラを纏っていたらしい。


 とりあえず自分の体臭のせいではなかった事にホッとするミール。



『おお・・・おぉ・・・そうか。そうじゃったのか。なるほど。ソクラテスの言葉でワシもガッテンがいった。ワシも最初見た時に懐かしい感覚がしたのじゃ。まるで母親に出会ったような不思議な感覚じゃった。そうか。あれは女神様の残香じゃったのか。うむうむ、そうじゃ、その通りじゃ』


『むぅ・・・』

 リューズベルトも小さく唸るだけで否定をしなくなった。

 どうやら薄々女神の雰囲気を感じ取っていたようだ。


『して、女神様は・・・ロゼ・・・ロゼニャン・・・』

『第一の器はロゼニーニャです』


『おお、そうじゃ。そのロゼニーニャ様は里の事を何か言っておられただろうか』

『いえ。その時は全く違う事を話題にしていたので、残念ながら』

『そうか・・・じゃが、これは大きな一歩じゃ。まさか我らが名前を間違っていたとは・・・神に仕える者として申し訳ないのぉ』


『しかし、長。何故我らは名前を間違える事になったのでしょう。もしかして1番最初、女神様が里をお造りになった頃から間違えていたのでしょうか』


『いえ。これは間違いなく『大厄災後』のことでしょう』

『ふむ。何故そう思われるのかな?』


『村の外れに住んでいるビル爺。このエルフは里の創設の頃から生きているのですが、ビル爺は名前を間違ってはいませんでした。なので、ビル爺が関わっていない『大厄災後』に間違えたんだと思いますね』


『ふむぅ』

『あんな怪しい厄介者の言うことなど信じられるかっ!お前らがグルで、我らを騙そうとしているのではないかっ!』

『リューズベルト』『リューズベルトよ・・・』

『ぐ・・・』

 2人に諭され静かになるリューズベルト。


『ビル爺は厄介者なんかじゃないですよ。偉大な・・・本当に偉大なエルフです』

 ミールは静かに返答する。


『ふむ・・・ということは、『大厄災後』の混乱の中で間違えてしまった・・・という事じゃろうか・・・しかし、お若いの。間違いはこの里だけではない。世界各地にある里のエルフも同じように間違えておるのだ。そのような事が本当に起こりうるのであろうか』


『ええ。僕もそれは思いました。しかし唯一のチャンス・・・失礼。間違いが起こる可能性があるとしたら、それは長が初めて『連絡会合』に参加した時なんじゃないかなって思いますね』


『あの時か・・・では、ワシが間違いを広めてしまったと・・・いうことなのか・・・』


『いえ。長1人のせいではないでしょう。僕もよくありますが、結構当事者でない者は、その場にいて、話を聞いていたとしても、実際の名称はうろ覚えな事はよく有ります。おそらくその場にいた者は長も含めて新参者ばかりだった。そして、唯一当時を知る、南の・・・なんでしたっけ?議長をした人・・・』


『ふむ。『南の大森林』の長ですな』


『そうそう。その『南の大森林』の長の言う事を真に受けてしまった。当時を知っている者が間違うはずはない。この長の情報は正しいはずだ。そういった先入観や、大厄災による疲弊、混乱が合わさり、この間違いは起こってしまった。僕はそう考えますね』



 皆さんもテレビで、ネットで、会議で、色々な場面で情報に触れているだろう。

 だが、実際に関わっていない場合、話を聞いているだけだった場合は、脳に定着してない事も多い。


 例えば、総理大臣の名前。言えるだろうか?その前の首相は?その前の前の首相は?

 あれ?誰だっけ・・・てことにならないだろうか。

 

 例えば、新型コロナウィルスの株。オミクロン株が有名だが、その他の株の名前は言えるだろうか。あれだけ当時は騒がれていたが、今パッと言える人は少ないのではないだろうか。


 このように、実際に声を出して絡んでいる者と、ただ何となく話を聞いているだけの者とでは大きな差が出る。


 リリフは、よく人の名前を間違える事が多いが、それはスキルのせいで周りの雑音が多く聞こえてしまうので、普段から何となくでボヤッとした感じで聞くクセがついてしまっているからなのである。



『そうか・・・思い出したわい。そうじゃ、確かにワシは当時『あれ?こんな名前だったか?』と思ったんじゃ。じゃが、皆が何も言わんもんじゃからワシも流されてしもうた・・・あの時、声を上げておれば・・・』


『何回も言いますが、これは長1人のせいではありませんよ。まず『南の大森林』の長。この方も実際はどんな立場だったのかは分からない。実際は長老達の話を聞くだけで発言などはしてない、今のザッツさんのような立場の方だったのかもしれません。もしかしたら、幹部でもなんでもない、ただの普通のエルフだったのかもしれません。それなのに議長として祭り上げられてしまった。正直、里の未来の事など考えた事もない。だが今更、よく知りませんとは言えない。ここは自信満々に知っているフリをして取り繕おう。そんな感じで間違いは始まったのかもしれません』


『ふむぅ』


『そして、先程も言いましたが、他の全ての長は『あれ?おかしいな』と思いながらも反論も否定もしなかった。なまじ、人間とは違い、言葉を大切にしているが故に、年長者の言葉を鵜呑みにするクセが付いてしまっていたのでしょう。その結果、この情報は世界中の里へと伝わることとなった』


『むう』


『そして各里のエルフ達も、長が言っているのだから間違いないはずだ・・・といった考えの元、誰も声を上げることがなかった。何となく『おかしいな』と思っている者もいたと思いますが、声を上げなかった。周りに合わせてしまった。そうして徐々に徐々に、時間が経過すると共に、間違った情報は真実へと変わっていったのでしょう』


『確かに・・・それならば納得ですね』

 ソクラテスは静かに呟く。


『人間のように書物に書き記す事が出来ていたならば、このような間違いは起こらなかったのかもしれません。そして皆さんが普段書いている日記も当時は書いている者は少なかった。何故なら皆、生きるのに必死だったから。大厄災の影響で大混乱になっている時期に書き記している者は少なかったでしょう。そしてその時期は多くのエルフが命を落としました。通常は日記を使い、その者の善行を報告すると言ってましたが、その当時は多分、そういった儀式もしてなかったんじゃないですか?そういった危機的な飢餓、大混乱、そしてエルフの特性。これらが合わさったことによる悲劇。エルフだからこそに起こってしまった間違いなんじゃないかなって思いますね』


『確かにそうじゃ・・・あの頃は本当に・・・本当に悲惨じゃった・・・次々と仲間達が倒れ、全員飢餓に苦しみ、儀式どころじゃなかったんじゃ。そうか・・・あの500年の歳月にワシらは大切なモノまで失ってしまったんじゃな・・・』


『いや。散々言ってきましたが、この間違いが里に戻れない理由って確定した訳じゃないですよ。あくまで可能性の一つです』


『ですが、大きな可能性を秘めているのも事実です。我々の使用する『神力』は言葉を大切にしています。その言葉一つ違うだけで、全く違う効果になったり、発動しなかったりするのです。そう考えると、名前を間違っていたから門が開かなかった・・・というのも可能性としては高いのではないでしょうか』


『うむ。確かにソクラテスの言う通りじゃ。ワシも同意見じゃ』

『ですが長!こんな馬鹿げた話を証明する方法はあるのですか?!まさか、また『双月月蝕』の日にエルフを下界に送り出すと言うのですか?!私は反対ですっ!』

『ふむぅ・・・・確かにのぉ・・・何か別の方法はないじゃろうか・・・』



『あの・・・長。一つ宜しいでしょうか?』

 ずっと黙っていたザッツが手を上げる。



『ふむ。よかろう。話してみよ』


『はっ。ありがとうございます。あの・・・その・・・これから行われる『天界送還の儀』にはポメラニ・・・えっと・・・女神様のお名前も、第一の器様のお名前も使用して呼びかけます。そのお名前を、この人間が言う正式なお名前に置き換えては如何でしょうか?もし、本当にお名前が違っているとしたら、正確なお名前を呼ぶことにより、何かしらの変化が生じるかもしれませんので』


『おお!それは名案じゃ!確かに試してみる価値はありそうじゃの!』

『ですね。もしかしたら『千年祭』の時に感じる事が出来る女神様の陽光が現われるかもしれません』

『うむ・・・まあ、その程度であれば問題なかろう』


 そうして長や幹部達が意見をまとめている間にも、広場には続々とエルフ達が集合してきていた。

 フローリアもエゼノアの両親に案内されて広場に到着しており、エルフの人達と一緒に女神像を見上げている。

 儀式を行う正午の時間は、もう間近に迫ってきていた。





「あっ、ミールさーん!」

 ミールを見つけたフローリアは笑顔で手を振る。かなり表情は明るい。


「おはようございます、フローリアさん。なんか良い夢を見れたみたいですね」

「はいっ。お母さんと一緒にお料理を作っている夢でした。それを子供園のみんなが美味しい美味しいって食べるんです。優しい母にまた会えてとっても幸せでしたっ」

「そうですか。それはなにより」


 幸せそうな笑顔を見せていたフローリアだったが、急に不安そうな表情を見せる。


「あ、あの・・・ミールさん。だ、大丈夫・・・ですよね?・・・」


「大丈夫。きっと上手くいきますよ。ここは余計な事を考えずに、お母さんへの想いを女神様へ伝えましょう」

「はいっ。わかりましたっ」


『では、エゼノアの娘よ。ワシに付いてくるがよい』

 冠と礼服に身を包んだ長がフローリアに語りかける。


「足は大丈夫ですか?」

「はい。ゆっくり歩く程度なら問題ないです」

 ミールに通訳されたフローリアは、長に続いて女神像へと歩みを進めた。


 広場には全てのエルフが集合しているようで、子供も含め、全員が両膝を地面につけてお祈りをしている。

 女神像の右側には、礼服を着たリューズベルトが、鈴が沢山付いている棒を構えていた。

 左側には、こちらも礼服を着たソクラテスが、大きな縦笛を持ってフローリアを見守っている。


 祭壇を上り、女神像の前でひざまずく長。

 フローリアも同じようにネックレスを握りしめながらひざまずいた。


 長は女神像の前にある場所を指差す。

 そこには草花や蝶をかたどった彫刻があり、その1箇所に、明らかにネックレスが置けるように凹みが出来ている場所があった。

 フローリアはその凹みにネックレスを収める。



 ブオオオーーーーーンン

       シャンシャンッ



 祭壇下にいるリューズベルトとソクラテスの鈴の音と縦笛の音が広場に響き渡る。

 その演奏はとても厳かな音色で、ただでさえ清々しい雰囲気に包まれているエルフの里を、より一層、神聖な場所へと変えていった。



『我らが神、尊き唯一神、癒姫神ポウラルアン様、そして筆頭たる器ロゼニーニャ様に申し上げます。本日、我ら同胞の灯火が『天寿の首飾り』に宿ることとなりました。願わくば、この者が天界へと旅立つ事をお許しください。そしてもし、天界へと通ずる道しるべとして存在をお示し頂けるのであれば至上の喜びでございます。我らの全てはポウラルアン様と共に。我らの願いはロゼニーニャ様の導きと共に』


 長の威厳に満ちた言葉が広場に響き渡る。


 チラホラと『え?誰??』『おかしくないか?』といった表情を浮かべてキョロキョロする者がいたが、リューズベルトが睨みながら威圧的に鈴を鳴らしたので、サッと目を閉じて祈りを続けていた。



 ブイホウウウンボロボロフイインンン

            シャシャーンシャンッ



 一際大きな音を立てて、鈴と縦笛の音色が響き渡り、その後、広場は静寂に包まれる。


 広場に集まったエルフ達は目を開けて長を見上げた。


 普段ならここで終わりだ。

 ここで長が『皆の者。無事○○の魂は天界へと旅立った。ご苦労であった』と皆へねぎらいの言葉を掛けて解散する流れ。

 特に『天寿の首飾り』に変化がある訳でもないし、女神が姿を現わしたり、声が聞こえてくるような事もない。



 しかし・・・




   パアアアアァァァアアァァァ・・・・




 明らかに女神像から光が放たれた。

 その光はとても穏やかで、温かくて、そして優しい。

 全てを包み込むような、全てを認めてくれているかのような、全てを許してくれているかのような。

 その場にいる全員の目から自然と涙が流れていくような幸せに満ちた陽光。

 そんな光で溢れていた。



「お、おいっ!見ろ!」

「おお、首飾りがっ!」

「天に昇っていく・・・」

「女神様・・・」

「ありがたや、ありがたや・・・」



 いつもなら、全く反応を示さない首飾りが空中に浮かび、ゆっくりと天に昇っていく姿に驚きの声を上げるエルフ達。


 首飾りは燦々と輝く太陽と重なる位置まで上がると・・・一瞬だが、ほんの一瞬だが、笑顔の女性が人々の頭の中に映り込み、ネックレスは光の中に消えていった。



『おお・・・・おおぉぉぉ・・・・何ということじゃ・・・・何ということじゃぁ・・・女神様が・・・女神様がぁ・・我らの元にお姿をお見せくださった・・・・おおぉぉぉ・・・何ということじゃぁ・・・』


 長だけではない。

 ソクラテスもリューズベルトも、そしてこの広場に集まった大勢のエルフ達も。

 大粒の涙を流しながら、女神に感謝を捧げる。


『なんとぉ・・・なんとぉぉ・・・』

『これが女神様のぉぉ・・・なんと温かい・・・』

『女神様の・・・御慈悲が・・・溢れておる・・・・』

『女神様が我々に笑いかけてくださった・・・ありがたや・・・ありがたやぁ・・・・』


 正確には、皆の頭の中に一瞬映り込んだ女性はロゼニーニャだったので、この広場に満ちている陽光もロゼニーニャから放たれたものだろう。

 だがしかし、やはり第一眷属の存在感は圧倒的。

 エルフ達が女神の波動と思ってしまうのも、やむを得ないだろう。


 フローリアは光の中に消えていったネックレスを見届け、今は青空が広がっている空を見上げた。


「お母さん・・・よかったね・・・」

 そっと呟き、涙を拭う。


 しばらく広場からはエルフ達の感謝の言葉が絶えることはなかったのであった。





 祭壇から降りたフローリアは、嬉しそうにミールに話しかける。


「ミールさんっ。お母さん、天界へ行けましたよねっ?!」

「ええ。間違いなく行けましたね。良かったですね、フローリアさん」

「はいっ!全部ミールさんのお陰ですっ。本当にありがとうございます」

「いやいや。フローリアさんの熱意のお陰ですよ。僕はその熱意に引き寄せられただけですから」


「そんな事ないです。私一人じゃ、なにも出来なかった・・・私・・・初めて、男性の方に頼る事が出来たんです。初めて・・・この人なら全てを任せられるって思ったんです。そして・・・初めて男性の方を・・・ミールさん。私・・・私っ・・・」


 フローリアは長耳を真っ赤にしながらミールを見つめる。

 その瞳は、頬は、唇は赤みがかかっており、『私、完全に恋してますっ!』と主張しまくっていた。



『うおふぅほぉんっほぉんっ!びぃぃぃんっ!』



 そんな、今にも告白しそうなフローリアを止めたのは長の鼻をかむ音。

 涙を流しながら鼻をかんでいる。


『おおぉ・・・女神様ぁ・・・びぃぃぃん!・・・お姿を・・・お見せくださり・・・ありがとうございますじゃあ・・・』

『やはり本物の女神様の陽光は違いますね。『千年祭』で感じる微かな雰囲気とは雲泥の差でした。大丈夫ですか?リューズベルト』

『ぬっ。何がじゃ。ワシはいつも通りじゃ!』

 リューズベルトは大粒の涙を流しながら、何故か強がっている。


 長はミールとフローリアの前まで歩いていき、ミールの手をガシッと握った。


『お若いの。本当にありがとう。本当にありがとう。これはもう間違いない。我らは女神様のお名前を間違っていたのじゃ。まさかこれほどまでの女神様の陽光を頂けるとは。お陰でエルフの未来が開かれた。感謝する。感謝するぞよ、人間達よ』


『いえ。長こそ、僕らみたいな者を受け入れてくれてありがとうございます。長、そしてリューズベルトさん、ソクラテスさん。話し合いに応じてくれてありがとうございました』


『うむうむ。良きかな、良きかな』

『私も改めて話し合う大切さを学んだような気がします。ありがとうございました』

『ふん。まあ、お前達だけは信用してやろう』


 ウムウムと満足そうに髭をさわっている長は、未だ感謝の言葉に溢れる広場で、皆に語りかけた。


『皆の者。見たようにエゼノアの魂は天界へと導かれたようじゃ。これは女神様がエゼノアの行いをお許しになられた証拠。もはや異論のある者はおらんな?』


 長は周囲を見渡すが、誰も反論する者はいなかった。


『そして、皆も感じたように女神様が初めて我らにお姿をお見せくださった。今まで『天界送還の儀』にて、女神様の陽光を感じたことはない。そればかりか『千年祭』でさえ、微かに雰囲気を感じるのみじゃった。しかし今日、女神様の陽光をこの身で感じ、ワシは思い出したのじゃ。ワシが子供の頃、まだ大厄災が起こる前の時代。その頃の『天界送還の儀』は、今のように女神様の陽光に溢れておった。もっと女神様を身近に感じていたんじゃ。それが大厄災が起こり、全ては変わってしまった。その原因はワシにある。皆の者。本当に申し訳なかった』


 ザワザワするエルフ達。


『先程の儀式の最中、ポメラニアン様の、ロゼニャンニャン様のお名前が違っているのではないかと思った者もいたはずじゃ。そう。違っていたのじゃ。間違っていたのは我らなのじゃ。癒姫神様の本当のお名前はポウラルアン様。ロゼニャンニャン様の本当のお名前はロゼニーニャ様。今回、女神様がお姿を現しになったのが何よりの証拠じゃ。間違っておったのは我らなのじゃ』


 更にザワザワするエルフ達。


『しかし今日、我らはその間違いを正す事が出来た。その間違いに気付かせてくれたのはこの人間達じゃ。この人間達が教えてくれなければ、我々はずっと女神様のお名前を間違えたままじゃったじゃろう。改めて感謝するぞよ、人間達よ』


 長はミール達に向かって深々と頭を下げる。


『そして今日、我らは大きな一歩を踏み出した。この人間と共に尊重の苗を育てると選択した我らに女神様は微笑んでくださったのじゃ。今まで掟に縛られて窮屈に感じておった者もおるじゃろう。決められた婚姻に不満を持つ者も多かったじゃろう。じゃが、今しばらくの辛抱じゃ。必ず近いうちに我らの里には女神様のご加護を授かるであろう。それまで今しばらくワシに力を貸してほしい。我らの里がエルフの未来を救う道しるべとなるのじゃ。皆でエルフの未来を明るく照らそうぞ』



 パチパチパチパチパチパチパチパチ・・・



 多くの拍手が鳴り響く。

 エルフ達は顔を高揚させて、目を輝かせている者が多かった。

 ミールですら、ロゼニーニャと会話した後は高揚感に包まれていたのだ。普段、陽のエネルギーを主食としているエルフならば尚更だろう。

 まるでカーテンコールのような拍手が広場に湧き起こる。


 そんな鳴り止まない拍手の中で、長がミールに尋ねてきた。


『お若いの。お主達はいつまでこの里にいられるのかな?可能ならば今しばらく滞在してくれると助かるのだが・・・』


「フローリアさん。長がいつまで里にいられるのか聞いてます。どうしますか?」

「え??えっと・・・どうしましょうか。私は特に急ぎの用事はないのですが、あまり長居をしてしまうと、村の子供達が心配すると思うので・・・」

「確かに。では今日はもう1泊して、明日の朝に旅立つことにしましょうか?」

「は、はいっ。それでお願いします!」


『ふむ。そうか。それは残念じゃな。じゃがしょうがない。里の恩人に迷惑をかける訳にもいかんからの』

 そういうと長は、未だに拍手が沸き起こっている広場で皆に語りかける。


『皆の者。うたげじゃ。宴の準備をするのじゃ。主役はもちろん、この人間達。残念ながら、明日の朝に旅立つそうじゃ。なので今夜は盛大な宴を開き、この者達を送り出そうぞっ』


『おおおおぉぉぉ!』

 エルフ達は元気に雄叫びを上げる。


『よしっ!まずは班を分けるぞっ!食料の調達はカヤック!お前が班長だ!調理班はバンヤとルルコモが指揮をとれ。食器や備品の用意はブブリンが班長だ!松明の用意も忘れるなよ!あと音楽班はグルーシュがまとめてくれ!舞いと歌い手の選別を頼む!子供達はミレーバが面倒をみてくれ!そして他の者達は協力して手の足らなさそうな班を手伝うよう頼む!ザッツ!お前は連絡班だ!全体の指揮は俺とソクラテスが執る!班の動きをみて遅れがあるようなら報告してくれ!以上だ!歌や踊りと掛け持ちしながらの準備となるだろう!大変だろうが今日は千年祭以上の良い宴にしたい!皆、頼むぞ!』


『おー!』

『よっしゃ!やるかー!』

『さあて、こりゃ忙しくなるわよぉ!』

『最高の舞いを見せてやろうじゃない』

『はーい。女性陣、一旦集まってぇー!』


 一気に騒がしくなった広場。

 エルフ達は忙しそうにしながらも、楽しそうに準備している。

 そして一番元気に仕切っているのはリューズベルト。

 皆を鼓舞しながら、誰よりも動き回っている。


 ちょっと話したくらいで、接したくらいで、その人の全部を知ったような気になってはいけないな。

 ミールは精力的に動き回っているリューズベルトを見て、そんな事を思うのであった。





 その日の夜、ミール達を送り出す、とても豪華な宴が開かれた。


 エルフの里は数多くの松明が灯り、周囲を明るく照らしている。

 女神像の広場の周りには、沢山の料理が並べられ、とても良い匂いがした。

 地面には全体を覆うように茣蓙ござが引かれ(といっても、神力を使って作製されているようで、ツヤツヤとまるでシルクのような質感をしているが)エルフ達は靴を脱いで、座っているようだ。


 1人1人に小さなテーブルが用意されているが、そのどれもが一級品。

 テーブルも、お椀も、お箸さえも、とても丁寧に作られた光沢と質感、模様をしていた。リューズベルトも言っていたが、特別な宴に使用される品を使ってくれているようだった。


 女神像の前には舞台が作られており、ここで舞を披露するのだろう。

 ミールとフローリアは舞台が1番良く見える位置に座っていて、その周りには数々の花や装飾品、そして料理が並べられている。

 完全に王様のような待遇だ。


 やがて全員がそれぞれの場所に座り、宴が始まるのを待っている。


 長が杯をもって舞台の中央に歩いて行き、グルッと周りのエルフ達を見渡した。


『皆の者。よくぞここまで準備してくれた。皆のお陰でとても素晴らしい宴を開くことが出来そうじゃ。この里の住人全てを誇りに思うぞよ。そして感謝する、ありがとう』


 長は深々と頭を下げた。

 エルフ達もお互いを称えるかのように、パチパチと拍手をする。


『そして再度、改めて説明、謝罪しよう。皆も知っておるな。感じておるな。この里は徐々に衰退の一途を辿っておった。その原因は外部の里と交流する事が出来なかったからじゃ。『何故外部のエルフを受け入れないんだ』と不満を訴える者も多数いた。ワシはその度に、外部の里も厳しくエルフを送り出す余裕がないのだ、次の連絡会合で交流を再開するように長達を説得するから、もう少し待って欲しいと言って誤魔化してきた。しかし違うのじゃ。本当の理由は、今まで里の門は開くことが出来なかったのじゃ。この里を出たら最後、戻る事は叶わなかったからなのじゃ』


 長から語られる真実を、エルフ達は真剣な表情で聞き入っている。


『ワシはこの事実を隠すため、皆を厳しい掟で縛り付けた。戻る事は叶わぬゆえ、出る者を減らそうと考えたからじゃ。掟は効果を発揮し、エルフの流出は食い止める事が出来た。が、掟の影響で、次第に下界への恐怖、人間達への嫌悪が増していき、女神様が望む『尊重』とは程遠い、差別的、閉鎖的な考えを持つ者も多く現われるようになってしまった。その責はワシにある。皆の者。改めて謝罪しよう。本当に申し訳なかった』


 長は再度、深々と頭を下げる。


『しかし!』

 顔を上げ、カッと目を見開く。


『そんな厳しい状況にも関わらず、尊重の苗を育てる選択をした我々に女神様は微笑んでくださった!ご慈悲を下さったのじゃ!皆の者、もう大丈夫じゃ!今後は自由に下界に行き来する事が出来るじゃろう。当然、外部の里との交流も始まるじゃろう。そのきっかけをくれたのがこの人間達じゃ!皆の者!我らの里を救ってくれた、この人間達に今一度盛大な拍手を送ろうぞ!』



『おおおおおぉぉおぉぉぉ!』



 長に導かれて、エルフ達は大きな拍手、歓声をミール達に送った。

 それをミールは気まずそうに頬をポリポリしながら、言葉の分からないフローリアは、エルフ達の大歓声にキョトンとしている。


『この者達を見れば分かる通り、人間は穢れを放ってなどおらん。下界は穢れに満ちてなどおらんのじゃ。よって下界の話を聞いてもなんら問題はない。逆に下界の知識を深める事は我々にとって良い結果となるじゃろう。なのでエゼノアの日記も公開しよう。聞きたい事があれば、どんどんと人間達や我々幹部に質問して欲しい。今夜は無礼講じゃ。さあ、宴を始めようぞ!我らエルフの栄光ある未来のために!乾杯っ!』


『乾杯!』

『かんぱーい!』


 大きな声で盃を掲げるエルフ達。

 直ぐに太鼓や鈴、笛の音が響き渡り、袖口をヒラヒラさせた衣装を着たエルフ達が、続々と舞台に上がった。そしてクルクルと回転して優雅な舞を披露している。

 華やかな音楽と舞に、広場は一気に活気づく。



『さあ、どんどん食べてねっ。おかわり沢山用意してるからっ』

『さあさあっ、ググーっと一杯。飲んで飲んで!』



 やはりエルフの里の環境が良いのか、並んでいる料理もお酒も、とても美味しかった。

 今日の朝食もそうだったが、ついつい箸が伸びてしまう感じ。

 朝は満腹になるまで食べてしまったので今夜は自重しなくては・・・

 そんな思惑が頭をよぎるミール達だったが・・・今回はエゼノアの両親以外にも沢山のエルフ達が代わる代わるミール達にお酌してくるので、食べても食べても、飲んでも飲んでも、直ぐに新しい料理が追加されるのでキリがない。

 しかも全員ニコニコしながら勧めてくるので、断ることも忍びない感じ。


「うへ〜。こんなに飲めないって」

「ううう。ミールさん。私、ここにいたら確実に太ります」

 

 ミールとフローリアのお腹は、エルフ達の大歓迎に悲鳴を上げるのであった。



『ねえねえっ!人間達は私達の事を崇めているってホント?!』

『人間の結界って悪魔種すら入ってこれないんだろ?すげーな』

『人間達は遠くの人にも自由に会話できるの??』

『なあなあ、海ってどれくらいの大きさなんだ?え?チヘイセンが見えるくらい??チヘイセンってなんだ?!』


 エルフ達は興味津々に次々と質問してくる。

 やはり普段は同じ毎日の繰り返しなだけあって、刺激に飢えていた者も多かったようだ。

 もちろん変化を望まない者も一定数いると思われるが、今現在、この里はロゼニーニャの陽光に当てられている。

 つまり、全員が浮かれている状態。

 なので、多くのエルフが瞳をキラキラさせながらミールやフローリアの話に聞き入っていた。



『フ、フローリアちゃん!俺の嫁になってくれないか?!』

 一人のエルフがフローリアの前に座って、真剣な表情でプロポーズした。

 


『お前正気か?!混血だぞ?!』

『構うもんか!だってこれだけ外見も心も美しいんだぜ?!混血なんて関係ないね!』

『でも・・・この里に人間の血を入れるなんて・・・』


『じゃあ、なんで俺達は人間との間に子孫を残す事が出来るんだ?エルフの血を汚すってなら、そもそも繁殖できないようにすればいいじゃないか。でも俺達は人間との間に子を(もう)ける事が出来る。それは俺達エルフの神ゼロス様がお許しになっている証拠じゃないか。そして我らの女神ポウラルアン様も人間との共存、尊重をお望みになっている。だったらこれからは、里に混血がいてもいいんじゃないのか?!』



 え?ゼロスって人間の神なんじゃないの??と思っただろうか。

 実は正確にはゼロスは人種ひとしゅの神なのだ。

 つまり、正確にはエルフはエルフびとと呼ばれる存在で、ブルニ達人獣や獣人の元となる存在は亜人あじんと呼ばれる者。

 両方ともゼロス神に創られた存在なのである。



『た、確かに・・・だ、だったら俺もフローリアちゃんと夫婦になりたいぜ!』

『うおおぉ!俺もだぁ!実は初めて見た時から可愛いなぁって思ってたんだ!』

『俺もだ!めっちゃタイプなんだ!俺と結婚してくれ!』


『ちょっと!アンタ達、落ち着きな!フローリアちゃんはこの男と夫婦になるに決まってるじゃないかっ!』


『やっぱりそうかぁ!そうだよなぁ!』

『ちくしょー!いいなぁ!』

『良いんだ!俺はそれでも良いんだ!』

『は?!どういうことだ?!』


『だってコイツは人間だろ?たかだか100年くらいしか生きられん種族だ。だったらこの男が死んでからフローリアちゃんをめとればいいじゃないか』


『うおっ?!そうか!そうだよな!』

『でも、混血ってどれくらい生きられるんだ?俺達と同じくらいなのか?』

『そうだよな・・・おい、アンタ。どれくらい生きれるか知ってるか??』


『え?あ、えっとですね。下界のハーフエルフはだいたい2〜300年くらいですね。たまに500年くらい生きる者もいるようですが。ただ、もしかしたら、陽のエネルギーのみが供給されるこの里で暮らすことが出来れば、もっと長く生きられるかも知れませんね』


『おおー。そうか!だったら問題ないじゃないか!おいっ、アンタ!アンタが死んだ後に俺と結婚してくれないかと言ってくれ!』

『バカヤロー!俺が先だ!俺と結婚してくれ!』

『いや、俺だ!アンタが死んだ後は俺と夫婦になってくれ!』



 ・・・・・・・。



 実に通訳しづらい内容だ。

 男共は口々に『死んだ後に』と繰り返しており、ミールを亡き者にしたいようだった。

 当然フローリアも、目の前で熱心に声を上げている男共の様子が気になっているようで、チラチラとミールを見ている。


「フローリアさん。このエルフ達はフローリアさんと結婚したいそうです」

「えええええぇぇ?!け、けけけけ結婚ですか?!」


 驚いているフローリアに、エルフ達は必死にアピールしているようだ。


 土下座で叫んでいる者。

 筋肉を誇らしげに見せている者。

 キラッと輝く極上のスマイルを送る者。


 フローリアはタジタジになりながら、必死に答える。


「え、えええっと・・・ま、まずは・・・その・・・皆さんの事をよく知らないので・・・まずは私、村に帰ったらエルフの言葉を勉強したいなって思ってます!沢山勉強して、皆さんとお話ししたいなって。け、けけ結婚の事は、まだよく分からないですが、せっかくお知り合いになれたんですし、おじいちゃんもおばあちゃんもとても優しくしてくれるし。私、もっともっと皆さんの事を知りたいんです。だって私もこの里が大好きですからっ」


 フローリアの言葉が通訳されると男共は大声を上げて泣き叫ぶ。


『うおおぉ!そうだよなあぁ!俺も沢山フローリアちゃんと喋りたいぜ!』

『そうだそうだ!俺も人間の言葉を勉強しようかな!』

『だよな!これからは下界と交流する事もあるかもしれない。だったら人間の言葉を話せるエルフが必要になるもんな!よしっ!俺が最初に覚えてフローリアちゃんにプロポーズするぜ!』

『バカヤロー!俺が先だ!』

『バカ言うな!お前めっちゃ頭悪いだろ!俺が行く!』



 男共が言い争っているのをよそに、エゼノアのお母さんがフローリアの手を優しく握る。



「フローリアさん。貴方は自分の名前の意味を知っている?って聞いてます」

「え??分からないです・・・」


 フローリアの答えに優しく頷くエゼノアのお母さん。


「この名前はね、貴方がエゼノアと父親にとても愛されていた証拠でもあるのよ、って言ってます」

「え・・・そうなんですか・・・」


 父親の話題になり、フローリアは少し不安な表情を見せる。

 そんなフローリアの頭を優しく撫でながら続きを語るエゼノアのお母さん。



「フローリア・リール・ラウラ・アポニウス。フローリアはエルフ語で『宝物』って意味だと。そしてリールとラウラ。これは『夫』と『妻』って意味。だからこの場合は『夫妻』って意味になると。そしてアポニウス。これはエルフ語で『大切な』って意味になる。だからフローリア・リール・ラウラ・アポニウスは『私達夫婦の大切な宝物』って意味なのよって言ってます」



 この言葉を聞き、ブワッと涙が溢れるフローリア。


「そ、そうだったんだ・・・私・・・私、望まれない子じゃなかったんだ・・・お父さんもお母さんと同じように愛してくれてたんだ・・・よかった・・・本当に良かった・・・」


 号泣するフローリアを優しく抱きしめるエゼノアのお母さん。


『そ、そうか・・・お、俺も教えるよ!フローリアちゃん』

『俺もだ!おい、アンタ!通訳してくれ!』

『俺の名前の意味はね・・・・』



『はいはいはい!ここまで!ここまで!暑苦しいったらありゃしない!男共はあっち行った!行った!シッシ!』



 再度、アピールを始めようとした男共を遮り、女性のエルフ達がフローリアを囲む。

 フローリアを気遣ってくれているようだ。


『ほらほら、フローリアちゃん。お化粧してあげるよ』

『この衣装着てみて。私達の伝統的な衣装なんだけど、とっても似合うと思うのっ』

『わあぁ・・・肌きれぇぇ・・・いいなぁ』

『爪にこれを塗るととっても優雅に見えるの。塗ってあげるねっ』


 女性陣は泣いてるフローリアの頭を撫でながら、笑顔で身振り手振りで話しかける。

 フローリアは涙を拭きながら、照れくさそうに笑顔で答えている。

 善意の気持ちに通訳は不要だ。

 フローリアを含めた女性陣はキャッキャしながら楽しそうにお化粧を始めるのであった。



 ミールはこの場にいると、暑苦しい男共に『言葉を教えてくれ!』とせがまれるのは目に見えているので、立ち上がり場所を変える。

 ちょうど、リューズベルトとソクラテスが並んで酒を飲んでいたので、そこに混ざることにした。

 幹部2人の輪の中には易々とは入れないだろうという魂胆だ。


『リューズベルトさん。ソクラテスさん。今日はこんなにも素晴らしい宴を用意してくれてありがとうございました』

『む、お前か』

『いえいえ。こちらこそですよ、ミールさん』


『やはりエルフの里は料理もお酒も美味しいですね。ついつい食べ過ぎてしまいます』

『ふん、当たり前だ。我らの里が下界に劣る訳なかろう』

『リューズベルト。そのような見下した言い方はよくないですよ』

『む・・・』


『この宴もとても良い雰囲気ですね。凄い優雅で華やかで』

『人間達はこのような宴をあまりしないのですか?』

『いや。するんですけど、人間達は宴というか祭りって感じなんですよ』

『マツリ?』


『ええ。みんなで神輿っていう出し物をエッホエッホと担いだり、競争して1番を競い合ったり、なかには食べ物を投げ合う祭りなんてものもあるんですよ。魔法を使って色とりどりの光を出したりしてとても煌びやかです。どうしても人間は安定より刺激を求めてしまう傾向がありますからね』


『がっはっは!正に野蛮な人間らしいな!』

『リューズベルト』

『む』


『これからは人間の生活や習慣から学ぶことも沢山あるでしょう。この里から1番近い集落は何処でしょうか?』


『この近くにオアシスがあるのはご存知ですよね。ビル爺の時代から有るようですが、そこに人間の集落があります。もちろん結界も展開しているので安全ですよ。エゼノアさんやフローリアさんもそこに住んでいたので住民の皆さんのエルフの理解度も高いです。もし皆さんが集落に入った場合、直ぐに『エルフ特使』が駆けつけると思うので、まずはここで情報を集めるのがオススメですね』


『ふむふむ。ではその集落に行けばフローリアさんがいるのですね。やはり我々も下界には不慣れですからね。顔見知りがいるのは有り難いことです』


『いや。フローリアさんがいるかは分からないですね。エゼノアさんもそうだったようにフローリアさんも好奇心は旺盛な方ですから。もしかしたら世界中、旅をしていて不在かもしれません』


『なるほど。人間は移動を安全に行える手段はあるのですか?』


『ええ。小さいですが結界を発動させながら移動できる手段があります。連絡手段もあるので油断さえしなければ比較的安全に移動できますね』


『ふむ。人間が使う魔法には我々とは違う点が多くありそうですね』


『いや、どうなんでしょうね。人間は数が多いので、それだけ研究も進みやすいってだけで、皆さんが使う『神力』の魔法も同じような事が出来るのかも知れませんし。逆に神力の魔法には神力の魔法だけの特異性が多く有るような気がしますけどね』


『当たり前だ!我ら神の力と人間ごときの力が一緒な訳あるまい!』

『リューズベルト』『リューズベルトよ・・・』

『む・・・』


 ソクラテスと一緒にリューズベルトを諌めたのは長。

 宴が始まった頃はグルっと一周するように、色々な場所に顔を出していた長だったが、一通り顔出しは終わったようで、ミール達の輪の中に加わる。


『お若いの。楽しんでおるかな?』

『ええ、とても。本当に心が温まる音楽と踊り。そしてとても美味しいお酒に癒されてます』

『うむうむ。それはなによりじゃ』

『今、人間の魔法について話していた所です。一番近くにある集落の事、安全に移動できる手段がある事なども教えてもらいました』

『ほう。ソクラテスよ。後で皆にも伝えてやってくれ。結構、多くの者が興味あるようじゃからな』

『かしこまりました』


『自分も一個、聞いてもいいですか?』

『もちろんじゃ。何なりと聞いてくだされ』

『えっと。皆さんが使う神力の魔法。あの使い方を教えてもらっても良いですか?あのエルフの結界ってやつ』


『馬鹿が!お前が使える・・・わけ・・・なかろう』

 案の定、長とソクラテスに睨まれて、言葉の後半は静かになる。


『もちろん僕が使えるとは思いませんが、後学のために見ておきたいんですよ』

『ふむ、よかろう。ソクラテス』

『はっ』


 長に指名され、ソクラテスは自身に神力を込める。



『天界の主、金色の王、統べるは歴史、導くは命の灯火、我は誓う、世界に願う、幾重にも重なる光の輪、その尊き束に紡がれた、気高き光の一糸のみ、願わくば、この大地へと繋ぎとめ、悪しきを拒み、善を助す、黄金の結界よ、顕現せよ!』



『おお・・・』

『うおおぉぉおおぉぉ!!』



 ソクラテスの周りにエルフの結界が発動し、ミールは感嘆の声を上げるが、その声はエルフ達の大歓声にかき消される。

 見ると、綺麗にお化粧をされたフローリアが、エルフの伝統衣装を身に纏い、女性陣と一緒に舞を踊り始めたようだ。

 足を痛めている影響で激しい動きは出来ていないが、エルフのお姉さん達に支えられて楽しそうに踊っている。見よう見まねで踊っている姿はとても可愛いらしく、そしてなにより光沢を放つ羽衣に身を包んだフローリアはとても美しかった。

 一気にその場にいた全員の注目を浴びている。



『これは凄いですね。これは自分を高める効果もあるんですか?』

『ええ。自身を高め、敵を弱体化させる力があります。悪しき者は、この光が苦手のようで近づいて来ないようです。ちなみに・・・』


 ソクラテスは先程と同じように、神力を高めて言葉を重ねた。

 すると、今度はソクラテスの右腕だけが黄金の光を放っている。


『このように、『この大地へと繋ぎとめ』の部分を『我が右腕に繋ぎとめ』へと変換すると、場所を変えることも可能です』



『へえぇぇ!凄い。ちょっとやってみていいですか??』



 ソクラテスの結界を見たミールは、興味本位で気軽に提案する。


『がっはっは!バカめ!出来るわけ・・・・』


 また噛み付くリューズベルトだったが、直ぐに言葉を失う。

 何故ならミールの身体は黄金の光に包まれていたからだ。

 ミールは心を落ち着かせて、一音一音、意識しながら言葉を重ねる。



『天界の主、金色の王、統べるは歴史、導くは命の灯火、我は誓う、世界に願う、幾重にも重なる光の輪、その尊き束に紡がれた、気高き光の一糸のみ、願わくば、この大地へと繋ぎとめ、悪しきを拒み、善を助す、黄金の結界よ、顕現せよ』

 


『な、なんとぉぉ!!』

『し、信じられない』

『アガガガ・・・』



 ミールの周りに黄金の空間が現われ、神々しい輝きを放っている。

 大きさはソクラテスの半分にも満たないほど小さいが、確かにエルフの結界は発動したようだ。


 長もソクラテスも驚愕の声を上げて、リューズベルトにいたっては、口をあんぐりと開けて硬直している。


 しかし、他のエルフ達はフローリアの姿を目に焼きつけようと舞台の周りに集まっているので全く気付いていない。

 男のみならず、子供や女性も集まっているので、フローリアには人を惹きつける魅力があるようだ。


『あはは。出来ちゃいました』

『お主はいったい・・・』

『貴方は何者なのですか?・・・』

『お前、ホントに人間か?・・・』


 3人同時に驚愕の声を上げる。


『ふむふむ。確かに自分の能力を高めてくれてるようですね。これは良い技を会得出来ました。ご教示ありがとうございました』


 ミールはエルフの結界を引っ込める。


『に、人間は・・・皆、こんなにも簡単に会得してしまうものなのですか?』

『いや〜。正直、自分は特別なだけで、下界の人間で同じ事が出来る人は、ほとんどいないと思いますよ』

『そ、そうですか。それを聞いて少し安心しました。ミールさんのような人が沢山いるとしたら、オアシスの集落に行っても安心できませんからね』


『ふんっ!コイツとあの娘以外は全員敵だと思っておれば問題ない!』

 相変わらず極端な考えだが、ちょっと嬉しい。


『いやはや・・・それにしても驚いたわい。ほっほっほ』

 長が禿げ上がった頭をペチペチしていると、舞台で舞を披露していたお姉さんが、ミールの元に走ってきて、手を引っ張る。


『え?!俺も踊るんすか?!』

 なかば強引に手を引っ張られ、舞台へと連れて行かれるミール。

 エルフ達から拍手が湧き起こる。


『まいったな・・・』

 ミールは頭を掻きながらも、お姉さんの動きを追いながら踊りだす。

 ちょうど、キャンプファイヤーで踊るフォークダンスのように、ペアで踊る構成らしい。


 お姉さんはサッとミールの身体を誘導し、フローリアとのペアにしてくれた。

 フローリアは照れくさそうにしているが、とても嬉しそうだ。

 ミールも、フローリアの足に気を遣いながらも、笑顔で踊る。

 

 エルフの里は、久しぶりに笑顔と笑いに包まれた夜を過ごすのであった。




 翌朝、ミールとフローリアは里の門の前に立つ。

 入ってきた時は思いっきり警戒されていたが、今となっては真逆。

 里のエルフ全員でお見送りしてくれていた。


『またいつでもおいで』

『アンタ達なら、いつでも大歓迎よ』

『お姉ちゃん、バイバーイ』

『フローリアちゃんっ!また会おうねぇ』

『その男が死んだら迎えにいくぜ!』

『俺は別の人間を嫁にしようかな・・・』

『私も人間の男を探そうかしら!』

『待て待て待て。まずは外部の里と交流するのが先だろ?!』

『ダメダメ。エル男って陰湿な人ばかりなんだもの!』

『分かる〜!私もフローリアちゃんみたいに優しく気遣ってくれる男が欲しいわ!』


 エルフ達は楽しそうに自分の意見を言い合っている。

 おそらく今までは、それすらも出来なかったのであろう。


 もしかしたら今後、外部との交流を推進する派と、今まで通りの変化を望まない派とで意見が対立する事もあるかもしれない。

 しかし、あの長が、上手くまとめてくれることだろう。


『本当に世話になったのぉ。出来れば『千年祭』の開催も近いことじゃし、それまで里に滞在してくれてもよいのじゃが。どうじゃ?せめて『千年祭』まではこの里におらんか?』

『あ、そんなに直ぐに開催するんですか?ちなみに何日後です?』

『うむ。あとたったの2年ほどじゃ』

『げげげ。じょーだんキツいぜ。アンタ達エルフにとっては2年なんて直ぐかもしれんが、人間にとっては長いんだよ。また今度な、じーさん』


『ほっほっほ。そりゃぁ残念じゃのぉ。ほっほっほ』

『ミールさん、フローリアさん。またお会いできる日を楽しみにしています』

『ふん、もう来るなよ』

 1人だけ素っ気ない言葉を残すリューズベルトだったが、1人だけ目を赤くしている。



『これ、持っていって。おにぎりとキコの実よ。お腹が空いたら食べてね』

『ありがとうございます。助かります』


 ミールは、エゼノアのお母さんからお土産を受け取るとマジックポケットに入れる。


『フローリア。いつでも来ていい・・・ううん。いつでも帰ってきていいからね。ここは貴方の家なんだから』


『おじいちゃん おばあちゃん ありがとう』

 フローリアはミールから教わったばかりのエルフ語でお礼を言う。

 そしてエゼノアの両親とギュギューと抱きしめ合い、笑顔で手を振る。



「皆さーんっ!本当にありがとうございましたぁ!また絶対に来まーす!またお会いしましょー!」



『またねー!』

『元気でー!』

『気をつけてねー!』

 エルフ達も笑顔で手を振り、ミール達を送り出す。


 ミールとフローリアは笑顔でブンブンと手を振りながら、門へと消えるのであった。



 入ってきた時もそうだったが、出る時も同じように白い空間を進む。

 前回も5分くらい歩いた記憶があるので、出る時も同じくらい歩くのであろう。

 ミールはフローリアの手を握りながら、真っ白な光の中をゆっくりと歩いていた。


 その表情は暗い。


 エルフ達との別れがつらい・・・という訳でもなさそうだった。

 ミールは考えごとをしていたのだ。


 それは里に滞在している途中からミールの頭の中によぎっていた事で、途中思わず言葉にしてしまった事柄でもあった。



 その言葉とは・・・



『ええ。僕もそれは思いました。しかし唯一のチャンス・・・失礼。間違いが起こる可能性があるとしたら、それは長が初めて『連絡会合』に参加した時なんじゃないかなって思いますね』



 これは、ミールが『天界送還の儀』の前に、長とリューズベルト、ソクラテスと話し合っていた時の言葉だ。



 そう。



 チャンスなのだ。



 唯一のチャンスだったのだ。



 神力の魔法は『言葉』が重要な役目を担っているのは周知の事実。

 ソクラテスも言っていたが、言葉一つ違うだけで全く別の効果を発揮したり、発動しなかったりする。



 もし、この名前を間違うということが、意図的に仕組まれていたとしたら・・・



 エルフ達が里に戻れなくなるので、エルフ族を衰退させる事が出来る。

 エルフが行う儀式も本来の力を発揮することは出来ないだろう。

 そして1番懸念されるのは、神への信仰が正常に伝わらない事。



 ロゼニーニャが言っていたが、神のエネルギーは人々の信仰と陽の感情から得ることが出来るらしい。

 その信仰の部分。

 もし名前を間違えることで、正常に陽のエネルギーが神に伝わっていなかったら?



 ロゼニーニャの話では、まだまだ神が具現化するにはエネルギーが足らないらしい。

 陽のエネルギーは脆く、崩れやすいからだと言っていたが・・・

 もし、この信仰の部分が影響していたとしたら、どうだろうか?


 世界中で最も活発に活動しているのがゼロス信者だ。

 ゼロス自身は封印の糧となっているので具現化はしないだろうが、その娘と言われている癒姫神が具現化できるほど力を蓄えたら、世界のバランスは一気に神側に傾くだろう。


 しかし、一向に癒姫神が具現化する兆しはない。

 それが人々の信仰の力が、数多くいるゼロス信者の信仰の力が伝わっていないからだとしたら。


 もしそうだとしたら、それは正に、何千年もの時間を掛けた計画的な犯行だ。


 ミールは背筋が凍るような錯覚を感じながら、真っ白な空間を進むのであった。


   続く

今後の投稿間隔に変更があります。詳しくは活動報告をご覧ください。

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