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スライムには負けるけど魔王には勝ちます  作者: すふぃ~だ


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蘇る魂の道しるべ⑬

 フローリアはより一層、ミールの手をギュッと握り、力強く答える。

 そして真っ白な光の中に歩みを進めるのであった。





 しばらく真っ白な光の中を進む2人。

 当然、方向感覚なども全くなく、真っ直ぐ進めているかも不明だ。

 しかし、不安などは一切浮かんでこない、不思議な感覚だった。



 5分くらい経っただろうか。



 段々と白い光は薄れ、次第に風景がハッキリと見えるようになってきた。


 まるで、のどかな田舎の風景といった感じだろうか。


 茅葺かやぶきの屋根の家、小さな田園、小川には水車が回り、空には満天の星々。


 ミール達はしばらく、その光景を呆然と眺めていた。

 エルフの里は隔絶された世界と聞いていたので、もっと不思議な空間というか、生活感がない雰囲気というか。

 そんなイメージを持っていたが、目の前に広がっている風景は、自分達の世界と変わりはない。

 おそらく、風も吹けば雨も降る。多分四季さえもあるだろう。

 植物も昆虫も動物も存在する、多様性溢れる世界のようだった。



「!!!!!」



 おそらく門番と思われるエルフが、あからさまにビックリした感じで、椅子から転げ落ちている。

 まるで怪物か、お化けを見たような感じだ。


 ミールはニッコリと笑顔を返すが・・・




『ぎゃああああぁあぁあ!』




 悲鳴を上げながら里の奥へ走って行った。


 まあ、しょうがないよな・・・

 ミールは逃げる門番を苦笑いを浮かべながら見送る。


 毎日見張りをしているのか、年に3回しかない『双月月蝕』の日だけ見張りをしているのかは分からないが、完全に油断していた門番さん。


 今まで誰一人、外部からやってきた人間はいないと思われるので、彼が門番として仕事をした初めてのエルフになるのであろう。



 ミール達は敢えて歩みを止めて、里の入り口で待つことにした。

 ズカズカと里の奥へと歩いていくよりかは、入り口で待機していた方が敵意はないと伝わりやすいと考えたからだ。


 やがて、真っ暗だった里のあちこちに魔法の灯りがつきはじめ、奥からエルフの里のおさとおぼしき人物を先頭に、成人のエルフ達が群れをなして近づいてくる。

 その表情は、警戒、驚き、怯え、嫌悪などが入り交じった表情に見えた。



『この里にどんなご用かな?人間の方々よ』



 当然、エルフ語で話しかけてきているのだが、いちいちエルフ語で記載してから、人間の言葉に通訳するのもめんどう・・・失礼。

 効率が悪いので、そこは省かせて頂く。


『こんばんは。エルフの里の住人達。突然貴方達の日常を乱してしまい申し訳ございません。僕はミールっていいます』


 ミールがエルフ語を話したことにより、少しだけ安堵の表情を見せるエルフの里の人々。


『実はこちらの女性。見ての通り、人間種とエルフの混血。下界ではハーフエルフとよばれておりますが、こちらのお母さん、つまり、以前この里から出たエルフの女性の事で伺わせて頂きました』


 エルフのおさは少し眉間にシワを寄せて、フローリアをジッと見る。

 そして驚いたように呟いた。


『なんと・・・その子はエゼノアの子か・・・』


 エルフの長はしばらく目を閉じて、空を見上げる。

 昔の事を思い出しているようにも感じた。


『事情は分かりました。では落ち着いた場所で話を聞くとしましょう・・・ザッツ』

『はいっ』

『至急、皆を庭園に集めておくれ。子供達はミレーバの家に集めよう。なるべく全員参加するように』

『はいっ。分かりました!』


 そう言うと、ザッツと呼ばれた者は、里の奥へと走っていく。


『ではお客人。どうぞこちらへ』

 長は手をかざし、ゆっくりと奥へと歩いて行く。


 フローリアは言葉がわからないので、緊張した面持ちでエルフ達を見ていた。


「では、フローリアさん。エルフの皆さんが話を聞いてくれるそうなので、ついていきましょう」

 ミールは優しく語りかける。

「は、はいっ!」

 

 ミールは肩を貸しながら、(おさ)に続いて中央へと歩いて行く。

 その後ろを多数のエルフが警戒しながら付いてきているので、ミール達はサンドイッチにされている感じだ。


 途中、寝巻き姿のまま、慌てた様子でエルフ達が家から出てくるが、一様にミール達を見て、驚きの表情を浮かべている。


 多分、江戸時代の人達が、初めて黒人を見た時のような感じだろう。


 子供のエルフなどは好奇心なのか、指を指して近づいてこようとするが、親が必死に止めていた。

 長を先頭に前後を警戒したエルフ達に挟まれているので、犯罪者のように見えているのかもしれない。



 そしてミールは歩みを進めるにつれて、ある事に気づく。



 廃れている・・・



 エルフの里は神に近しい場所、エルフ族は神に使える者。

 そういったイメージを持っていた。


 いや、確かにその雰囲気はある。

 里は『のどか』という言葉が最も相応しい感じで、穏やかで、空気が美味しく、一言で言うと心休まる場所といった感じだ。

 そして行き交うエルフ達は温厚そうな優しい顔の者が多かった。


 だがそれと同時に、明らかに廃墟になっている家や、手入れのされていない雑草だらけの畑がチラホラ見られ、子供の数も少ないように感じられた。

 なんとなくだが、緩やかに過疎化への道を進んでいるような感じだった。

 


 しばらく歩くと集会所のような場所に到着する。



 この集会所は屋根は無く、植物のツタと、とても透き通った水が張り巡らされており、長が言っていたが『庭園』という名に相応しい感じだった。

 真ん中に椅子が6個、円状に置いてあり、その周りを細い水路が囲んでいる。

 その外側は一段高くなっており、多数の椅子が置かれているので、観客席のようだった。


 おそらく、何かの会議などが開かれた場合、真ん中の席に代表のエルフが座り、議論を重ね、他のエルフは周りに座って傍聴(ぼうちょう)するのであろう。


 ミール達は先に中央の席に座らされ、他のエルフの到着を待つ。


 傍聴席には次々とエルフ達が席についていく。

 時間は深夜なので寝ていた者がほとんど。

 寝ぐせが付いていたり、寝巻き姿のまま来ている者も多数いた。

 しかし、全員、信じられないモノを見た・・・って感じで中央に座っているミール達を見てヒソヒソと会話を交わしている。


 しばらくして(おさ)が、幹部とおぼしき中年のエルフを2人従えて『庭園』に入ってきた。


 真ん中の席にエルフの(おさ)が、ミール達の正面の位置に座る。


 そして腕を組んでミール達を睨みつけている中年のエルフは、右側の席にドカッと座った。


 もう一人、髪の長いエルフは少しミールの事を見つめて・・・クンクンと近づいてきてミールの匂いを嗅いだ。

 そして直ぐに、『ふむ』と意味ありげな言葉を残して左側の席に座った。



 あれ??

 もしかして俺って臭うのかな。



 確かにスワップの街を出発してから一度もお風呂に入れてない。

 しかし、ククラーソン村でルルの介護をしている時に、タオルで身体は拭いたし、『香水鏡』も使用したので大丈夫かと思っていたが・・・



 唐突のカミングアウトになってしまい申し訳ないのだが、結構冒険者は臭い。見た目以上に臭いのだ。


 皆さんはアニメやゲームなどで、冒険者に触れ、姿をイメージしているかと思う。

 どんな服装をしているだろうか。

 作品によっては上半身裸でズボンのみの男がいたり、ビキニのような防具を身につけている女性もいたりする。

 かくいう自分もそういった冒険者を登場させているが・・・


 想像してほしい。


 命のやり取りをする戦場で、貴方だったらどんな装備を身につけるだろうか。


 最近はクマによる被害も多くでているので、少しは想像しやすいと思う。

 体長1メートルであっても、噛む力は相当なモノだ。

 それが2メートルを越える大人のクマに噛まれようものなら、簡単に頭蓋骨は粉々になる。

 そして、その巨体で時速40〜60キロで向かってくるのだ。

 


 本当に薄着で向かって行けますか?

 


 モンスターの中には、炎ブレスを吐く奴もいれば、毒ブレスを吐くやつもいる。

 そんなブレスを素肌で喰らったら、あっという間に火傷、浸食されるだろう。


 又、森の中では頻繁に雑草たちが皮膚を傷つけてくるし、もし攻撃をくらって砂利じゃりのような地面に吹き飛ばされたら、皮膚はただれ、全身血まみれだろう。


 ましてや、この世界はゲームの世界ではない。

 貴方の世界と同じように死んだら終わり。やり直しなどきかない世界だ。



 もう一度言おう。

 本当に裸や薄着で向かっていけますか?



 貴方達も車に乗る時にシートベルトをするだろう。

 自転車・・・は、まだまだしてる人は少ないが、バイクはヘルメットをするだろう。

 それは何故?


 ルールで決まってるからだ!・・・と言う人もいるだろうが、もしルールで決まってなくても、多分、自分はシートベルトをする。ヘルメットを被る。

 それは、こんなんで命を守れるなら安いものだからだ。


 ご存知の方も多いだろうが、シートベルトやヘルメットをした場合と、しない場合では、致死率に非常に大きな差が出る。


 実際に自分は若い時に、バイクの運転中に、信号無視のタクシーに跳ね飛ばされた経験がある。

 その時、頭からアスファルトに叩きつけられたのだが、ヘルメットをしていたおかげで助かった。

 もし、あの時、ヘルメットをしてなかったら、今の自分はいないだろう。

 そういった経験をしているからこそ、自分は必ずシートベルトをするようにしている。


 冒険者の装備も似たようなモノ。


 装備を身につけた方が圧倒的に致死率は下がる。

 もし2メートルを越えるクマに噛みつかれても、兜を装備していれば、頭蓋骨を守る事が出来る。

 太い腕から繰り出される鋭い爪も、鎧やショルダーガードなどを身につけていれば助かる事もあるだろう。


 そして戦いを経験するにつれて、これを装備してたおかげで助かった!・・・てな体験は増えていき、身につける装備も増えていく。


 なので、ほとんどの冒険者達は、いくつかの防具を重ねて身につけているのが普通だ。

 身軽さを優先しているリリフでさえ、服の下には鎖帷子(くさりかたびら)を着込んでいる。


 だがしかし、貴方の世界でもシートベルトをするのを嫌がったり、風を感じたいからとヘルメットをするのを嫌がる人がいるように、こちらの世界でも、複数の装備を身につけるのを嫌がる冒険者も多い。


 それらを否定はしない。

 装備を複数身につけると、俊敏性は確実に落ちるし、攻撃の邪魔にもなるからだ。

 今は火力重視のPTが多いので、防御力は捨てて、その分、俊敏性や回避能力を上げ、とにかく攻撃力に全振り!・・・といった、アジリティ型も増えている。

 なので、裸や水着のような軽装備のみで戦っている冒険者も確かに増加傾向にあるのだが・・・やはり全体的に見れば少数派。


 ほとんどの冒険者はいくつかの防具を重ねて身につけているのが現状だ。


 へー。

 やっぱり備えは大切なんだね。

 僕も、私も、後悔してからじゃ遅いし、シートベルトやヘルメットをする事にするよ!・・・と思った貴方。


 違う違う。

 本題はここからだ。


 つまり、ほとんどの冒険者は装備をいくつか重ねて身につけており、それが攻撃を受け止める盾役であれば、尚更、装備は重量を増していき、そして『臭さ』も増していく。


 剣道の防具などを身につけた事がある方なら分かるかと思うが、鎧などはとても重いし暑い。

 それを身につけて命を落とすかもしれない現場で戦うのだ。

 まるで、ぬいぐるみの着ぐるみを着ているかのような暑さで、大量の汗をかくのは必然であろう。

 その汗で服や下着はびしょびしょ。蒸れて雑菌が繁殖し、酸っぱい匂いが湧いてくる。

 そして道中は、モンスターの返り血、体液なども大量に浴びるのだ。



 臭くないわけないのである。



 貴方達の世界でも、車や高級ブランド品を一人で大量に所持している人がいるだろう。

 しかし、多くの人は、車は持っていても一台、ブランド品も数点だけのはずだ。


 同じように、鎧などはかなり高額な為、複数所持している者は少ない。

 銀ランククラスになると収入は倍増するので、遠征毎に鎧や防具を変えている冒険者も多いが、普通の赤や紫ランク程度では、同じ鎧をずっと使い続けているのが一般的。


 アニメでも、キャラクターは同じ服や装備を身につけているだろう。

 あれは、登場の度に衣装が替わると視聴者が混乱する、いちいち変えていたら作画が大変になりコストもかかる・・・といった大人の事情も多少あるが、何より街から街へと転々とする冒険者は多くの荷物を持てない。

 故に、荷物は最小限にする必要がある。


 つまり、何回も同じ防具や服を身につけて、戦いに向かう。

 その度に汗やモンスターの血、体液が防具に染み込んでいく。



 もう一度言おう。

 臭くないわけないのである。



 街ですれ違っただけで、『あ、このPTは遠征帰りか』と分かってしまうほど、冒険者と悪臭は切っても切れない関係なのだ。



 だがしかし、先程ミールが言っていたように『香水鏡』という魔道具が開発されてから状況は一変する。


 この魔道具は手鏡のような形をしており、魔力を注ぐと鏡部分からビームが発射され、そのビームに触れた部分の匂いを消してくれるのだ。

 香水鏡によってはストロベリーやシトラス、フローラルなど、様々な香りに対応しており、冒険者の心強い味方となっている。


 ミールはあまり香水を付けるのは好まないので、使っているのは無臭タイプ。

 なので、匂いそのものが消えていると思っていたが、考えが甘かったようだ。


 確かに『香水鏡』を使えば匂いは消えるが、汚れそのものが無くなる訳ではない。

 例えば、汗の染み込んだシャツに『香水鏡』を使えば、臭いは消えるが、汗の結晶はシャツに付いたまま。

 皮膚のカスや血のりなども、そのまま服に付着したままなのだ。

 おそらく、そういった付着物に、このエルフは反応したのであろう。


 そうだよな。エルフにとっては別種族なわけだし。

 俗に言う『人間臭い』ってヤツだろう。


 さっきの泉で身を清めといた方が良かったか・・・

 ミールは頭をポリポリといて、人知れず反省する。



『では、まずはどうやってこの里に来ることが出来たのか。それからお聞かせ願いますかな?里の者は皆、不安に感じております。もしかしたら今後、多数の人間や悪魔種が攻めてくるのではないかと』


 おさを始め、幹部、そして周りのエルフ達、全員が厳しい目でミールを見つめる。


『不安に感じられるのはもっともです。突然皆様の平穏を乱してしまい、改めて謝罪致します。今回、僕らがこの里に来れたのは、このハーフエルフのお母さん。つまり、以前この里に住んでいた女性の日記を見ることが出来たからです。その日記にはこう書かれていました。『清らかな清流にオルランの花が咲く時。泉の中央、聖木に門が現われる。全ての癒やしの根源の筆頭たる器に誓うべし。我が願うは共存。武を捨て知を取り、尊重の苗を育てに来た者なり』と。この暗号めいた言葉を解読し、私達はここへ辿り着いたということです』


 ザワザワザワ・・・


 傍聴席に座っているエルフ達からざわめきが起こる。


『え?今のどういう意味?・・・』

『あれだけの情報でここまで来たというのか?』

『嘘よ。人間の言うことを信じちゃダメ・・・』


 ヒソヒソと意見交換する傍聴席のエルフ達。



『嘘だ!!今ので何が分かるのだ?!他にも何か隠しているに違いないっ!俺は騙されないぞっ!!』



 長の右側に座っていた中年のエルフが怒鳴り声を上げる。


『確かに信じられない気持ちも分かります。ですので、まず、このハーフエルフの話を聞いてもらえないでしょうか?なぜ、このように里に来ようと思ったのか。それを聞いてから判断して頂けると幸いです』


 ミールの落ち着いた対応に、怒鳴り声を上げた中年のエルフも、ムスッとしながらも椅子に座った。


「ではフローリアさん。エルフの皆さんに、何故ここに来ようと思ったのかを、正直に話してみてください」

「は、はいっ・・・」


 フローリアは若干緊張した表情を浮かべて立ち上がる。

 エルフの人達から罵声が飛び、ざわめきが起こっているので、あまり歓迎されてないと感じたからだった。


 フローリアは首にかけた母のネックレスを握りしめながら話し出す。



「皆さん、は、初めまして。わ、私はフローリア。フローリア・リール・ラウラ・アポニウスと申します」

 フローリアが名前を名乗ると、若干だがエルフ達の雰囲気が和らいだ気がした。



「私の母、エゼノアは半月ほど前に亡くなりました。本当に最後の最後まで私の身を案じ、そして感謝してくれた、とても優しい母でした。私は悲しみにふけっていると、ある時、部屋に飾っていた、このネックレスが光っているのに気付きました」


 静かに語り出すフローリアの言葉を通訳するミール。

 エルフ達は静かにミールの言葉に耳を傾けている。


「その光は鼓動するように光を放っていたので、もしかしたら母の魂が宿っているのではないかと考えるようになりました。しかし3日くらい前になると、光はかなり小さくなっていました。このままでは母の魂が消えてしまう。なんとか母の魂を里に帰してあげたい。私はこんな思いに突き動かされ、気づけば単身森に入っていきました」


 そして足をさすりながら

「しかし、森のモンスターに襲われ、足を負傷してしまい、私は命を落としかけました。その時に偶然、このミールさんに救われて、私は間一髪助かりました。そしてミールさんはエルフ語を読む事が出来たので、その後は2人で協力してこの里を目指し、辿り着いたという訳です」


『貴方は何故、エゼノアの魂を里へ帰してあげたいと思ったのですか?』

 エルフの長が尋ねる。


 ミールが通訳すると

「それは、もしかしたら母は後悔しているのではないかと考えたからです。母は時折、深夜に日記を書いていたのですが、その際に泣いている事があったからです。もしかしたら、母は里を出たことを後悔しているのではないかと。もしかしたら・・・私は望まれない子供だったのではないかと・・・」


『その日記を見せて頂いてもよろしいかな?』

「あ、はい。どうぞっ」


 フローリアは礼儀正しく両膝をついて、長に日記を手渡す。


『ふむ・・・』

 長はしばらく日記に目を通す。その他のエルフは黙ってそれを見守っていた。

 そしてフローリアは、うつむいたまま黙って椅子に座り、長が読み終わるのを待っている。


『ページの最深部、今、長が読んでらっしゃる、ずっとずっと奥の方にエゼノアさんの内に秘めた想い、つらかった思い出、そしてさっき自分が言ったエルフの里へと通ずる暗号が記載されています』


 ミールが補足すると

『おお、そうですか。なるほどなるほど』

 長は本を閉じて、なにやらブツブツと言葉を発する。

 すると日記はピカーっと光り、本の後ろ側が開いた。



『わお。やっぱり後半から読める方法があったんだな。ちぇ。一枚一枚、ページをめくり続けた俺の労力を返してほしいぜ』



 フローリアがかなり丁寧な対応をしているのでバランスを取ろうとしているのか、長が礼儀作法などではなく、心の本質的な部分を重要視している事に気付いたのかは分からないが、言葉使いが素に戻っているミール。



『ふぉっふぉっふぉ。一枚ずつめくり続けたとな。そりゃぁたいそう時間がかかった事でしょう。ご苦労さまでございましたな。ふぉっふぉっふぉ』



 長はそう言うと、再び真剣な表情に戻り、日記を読み始めた。

 そしてしばらくすると、フーッと息を吐いて本を閉じる。



『皆の者。この日記に書かれているのは、この者が言った通り、あの一節のみじゃ。他にこの里へと通ずる手がかりなどは一切書かれておらん』



『本当ですか?!長っ!』

 右側の中年のエルフを筆頭に、ザワザワするエルフ達。



『疑うなら自分の目で確かめるがよい』

 長はゆっくりと日記を差し出す。


『い、いえ・・・失礼しました』

 直ぐに静かになるエルフ達。


 どうやらエルフ界は、人間よりも年功序列の気持ちが強いようだ。

 多く歳を重ねたエルフほど、発言力は増していくように感じる。


「あ、あの・・・その日記には何が書かれているのでしょうか?・・・私は・・・本当に母の後悔の原因になってはいないのでしょうか・・・」

 フローリアが遠慮気味に尋ねる。


 フローリアとてミールを疑っている訳ではない。

 しかしミールがとても優しいのも知っているので、どうしても自分を気遣って本心を語っていないのではないかと思ってしまうのだ。


 ミールはちょっと迷ったが、正直にフローリアの言葉を通訳する。

 この長の雰囲気からして、『お前が父親を殺したんだぁ!』などとは間違っても言うまい。


 ミールの予想通り、長はとても穏やかな表情を浮かべてフローリアに語りかけた。


『エゼノアが安らかな最後を迎えられたのは間違いなく貴方がいたからですじゃ。とても貴方を愛していましたし、感謝していました。最後までエゼノアを気遣ってくれてありがとう。エゼノアに変わり、感謝を』


 ミールが通訳するまでもなく、長の優しい声質を聞いたフローリアの頬に涙がつたう。


『では皆の者。ワシから大体のあらましを伝えよう。まずこの娘はエゼノアと人間の男との間に生まれた子じゃ。そしてエゼノアは半月前に亡くなり、魂は我らの『天寿の首飾り』に予定通り宿ることとなった。この人間の娘は首飾りの事は知らなかったが、光を放つ首飾りを見て、エゼノアの魂が宿っていると感じたようじゃ。母親が後悔していると感じたこの娘は、何とか里へ魂だけでも帰したいと思い、単身森に入る。そして里を探している途中でこの男に出会った。この男はエルフ語の知識があったので、日記を読み、ここまで辿り着いたようじゃ』


 ザワザワザワ・・・


 ヒソヒソと色々なところから話し声がする。

 しかし先程とは違い、疑いや疑念の声というよりかは、この訪れた訪問者への驚きや興味の声が多いように感じる。


『そしてこの日記には下界の日常が書かれておる。当時は言葉も通じず、かなり苦労したようじゃ。しかし、この娘の父親と出会ってからは充実した日々を過ごしておる。日記には喜びの声が溢れておったよ。しかし、身体が弱っていくにつれ、この娘の今後を見守れない事に悲しみを抱くようになった。だが、ワシらと交わした契約はしっかりと発動していたようで、エゼノアには喋る事も文字に残す事もできなかった。ただ唯一、この日記の最深部には少し書き残す事が出来たようじゃ。そのおかげで、この者達は手掛かりを掴む事が出来たということのようじゃな』


(おさ)っ!それではまるでポメラニアン様が情報を見落としたようではないかっ!我らの女神様がそのような間違いを犯すだろうか?!』



 ん?



『落ち着きなさい、リューズベルト。そもそも、自分の子供にすら教えていないエルフ文字を読める者が現れた事が特殊なのじゃ。はたして下界にエルフ文字に精通している者が何人いるだろうか。そして書かれている場所は日記の最深部。後方から読む事が出来ぬ人間には思いもつかぬ場所であろう。更に書かれている内容も暗号のよう文章。このような情報では普通、到底たどり着けん。リューズベルトよ。これは見落としなどではない。高尚たる我らの唯一神のお慈悲、尊重を重んじるポメラニアン様の崇高たるお慈悲に他ならないとワシは思うぞよ』


『んぐ・・・』

 リューズベルトと呼ばれた右側のエルフは、再度眉間にシワを寄せながら椅子に座る。



『長。この男は一体何者なのですか?何故この男はエルフの知識があるのでしょう?』



 手を上げて発言したのは、左側にいる中年の長髪エルフ。

 右側の男は、やや熱血漢タイプだが、左側の男は落ち着いた、知的な感じがする。


『ふむ。確かに。お若いの。お主は何処でその知識を身につけられたのかな?』


『いや~。申し訳ないんですが話せないんですよ』

 頭をポリポリと掻きながら、謝るミール。


『貴様っ!隠し立てするとタダじゃおかんぞっ!』

 右側の熱血漢エルフは、声を荒らげる。


『いやいや。だってそう約束しちゃったんで・・・貴方方の契約と同じですね。里を出た場合は戻る事はおろか喋ることも出来ない。そういった契約と同じように、僕も誰に教わったとかは喋れないんですよ。まあ・・・一つだけ言えるとしたら、とても美しい女性でした』


『むむ・・・』

 熱血漢エルフは眉をしかめてミールを睨む。


『ふむ。なるほど・・・では皆の者。今回の訪問により、我々の安全が脅かされるような事態にはならないようだ。エゼノアと交わした契約はしっかりと働いており、人間達に里の事を知られた訳ではない。また、この者達も通常通り、神木の門を通ってここまで辿り着いたようじゃ。危惧していた結界の破壊による侵入などでは無いようじゃな』


『しかし、(おさ)!』


『うむ。お主の言いたい事は分かる。その件は後で確認する必要があるようじゃな。じゃが、まず大切なのは、この者達に敵意は無いということじゃ。突然の事でビックリした者がほとんどのはずじゃが、まずは、それに安心してほしい』


 長は髭を手で触りながら、皆に語りかける。


『そしてこの者達が、この里に訪れた理由。その娘の願いはエゼノアの魂が天界へ導かれる事。その想いはとても純粋なものだ。ここはどうであろう。掟を(たが)える事にはなるが、エゼノアの魂が天界へと旅立つのを許しても良いのではないかとワシは思うが・・・』


『しかし長っ!それでは示しがつきませんぞ!今まで一度たりとも掟を破った者を許した事例はないはずだ!例外を作っては今後の掟を守るのに支障が生じるやもしれませんっ!私は反対です!』


『そうだ・・・掟は守るべきだ・・・』

『でも長が言ってるんだから・・・』

『冗談じゃない・・・勝手に里を出た奴が悪いんだ・・・』

『今回だけなら良いんじゃないかしら・・・』


 ザワザワと『庭園』は今まで以上にざわめいている。

 長の言う『今回だけ特別』の意見の者、熱血漢エルフの『掟は守るべき』の意見の者と、半々といった感じに見える。



『長。私も今回は掟を守るべきだと思います』

 手を上げて発言したのは左側の知的なエルフだ。



『今まで里が脅かされなかったのは、掟を守ってきたからというのも少なからずあると思います。一度出たら帰還を許さない掟があるお陰で、里を離れる決断を防ぐ抑止力にもなってきました。それは言い換えれば無駄に命を散らす同胞を救う結果となってきたとも言えるでしょう。下界に降りれば我々は長く生きられないのです。それほど下界はけがれに満ちているのです。そんな穢れに満ちた外部からの侵入を防ぐという観点からも、掟は大きな役目を果たしていると言えるでしょう』



 熱血漢エルフのように『お前らが悪い!俺が正しい!』と相手の意見を全く聞こうともしない者も厄介だが、この知的エルフのように、感情に流されることなく、冷静に分析して、どっちに利があるかを考えるタイプも厄介だ。


 傍聴席のエルフ達からも『そうだそうだ』『その通りだ』との声が聞こえてくる。

 残念ながら、フローリアの願いの成就は、かなり旗色が悪いと言わざるを得ないだろう。



『確かにこの者達に悪意はないかと思います。そしてこの娘の純粋な想いには敬意を表したい。きっとエゼノアが愛情を持って育てた証拠でしょう。私も1人の親として、長のように『今回だけは特例で』と言いたくもなります。しかし、エゼノアは自らの意思で里を出たのです。周囲の反対を押し切り、里を出たのです。そして戻ってきたエゼノアの願いは『娘の行く末を見守りたい』といった個人的な気持ちです。出て行った理由も、戻ってきた意味も、いわば自分勝手な意思を優先した結果。言い方はキツくなってしまいますが、自業自得と言わざる得ません。それなのに今回特例として認めてしまったら、里を出ても戻ってこれるのかと、掟を守ることを軽んじる者が現われるかもしれません。そのような気の緩みが里全体に広がれば、我々の安全すら脅かされるでしょう。そういった観点から、私は掟を守るべきと主張します』


 パチパチパチ・・・


 傍聴席のエルフ達から拍手する者がチラホラでている。

 そして表だって拍手などはしないが、賛同する意見の者は多いようだ。


 更に・・・僅かだが『ここで人間を下界に帰したら、仕返しにやってくるかもしれん。ここで始末してしまおう』などと、かなり過激な発言をする者も数名現われていた。


 長も反対派の数が予想以上に多かったので『むむむぅ・・・』と腕を組んでうなっている。


 ミールから通訳されていたフローリアは絶望の表情を浮かべていた。


『むぅ・・・大変申し訳ないが、里の者の意見を無視する訳にもいかん・・・確かに掟を守ることで里の治安を守ってきた面もあるしの・・・すまないが、魂を天界に送ることはできん。エゼノアの娘よ。どうか分かってくれ』



 おさが里の総意を伝えると、フローリアは中央で土下座をして全員に呼びかける。



「お願いします!どうか母を許してください!許してあげてください!確かに母は自分の意思で里を出ました!自業自得と言われても仕方ないと思います!ですが!母はとても優しく私を育ててくれました!愛情深く私を育ててくれました!そして母は1度たりとも里の悪口を、不平不満を言ったことはありません!とても美しい所だと、穏やかな人達が住む素晴らしい所だと!」



 フローリアは大粒の涙を流しながら、必死に訴え続ける。



「私が、じゃあなんで里を出たのって聞くと、人間の世界に触れてみたかったと!人間とお友達になりたかったんだと言いました!帰りたい?って私が聞くと、静かに首を振り、自分が悪いから帰れないの、でもね、後悔はしてないの、愛する夫と出会い、私を産むことができて私はとっても幸せよって笑顔で言いました!母は!母は1度たりとも後悔を口にしたことはありませんでした!死ぬ間際でさえ、一言も里に帰りたいなどとは言いませんでした!最後まで私の身を案じてくれる優しい母でした!今回の事も私が勝手にしたことです!決して母は自分本位な考えで戻りたいなどとは言ってません!悪いのは全部私なんです!私が悪いんです!だからどうか母を許してあげてください!お願いします!どうか!どうか!」



 泣き叫ぶフローリアの言葉を、淡々と通訳するミール。

 その熱量のギャップで、人々の心に灯火が宿る。



「私は母に恩返しがしたい!こんなにも優しく育ててくれた、大好きな母に恩返しがしたいんです!下界に戻る私が不安なら、ずっとこのまま里に居続けても構いません!私の存在が不安なら、どうぞここで殺してください!私はどうなっても構いません!だからどうか!どうか母を許してあげてください!お願いします!私の大好きな母を!お願い・・します・・・うううっ」



 最後は泣き崩れてしまうフローリア。



『おお・・・なんということじゃ・・・』

 長は席を立ち、泣き崩れているフローリアの背中をさする。



『皆の者。ここまで純粋な想いを無下にしてもよいのだろうか。リューズベルトよ。お主はまだこの娘の願いは叶えられんと言うのか』



『し、しかし・・・掟が・・・』




『我が願うは共存。武を捨て知を取り、尊重の苗を育てに来た者なり』




 唐突にミールがはっきりとした声で合言葉を言った。

 エルフ全員の視線を集める。



『合言葉なので全員言えますよね?里の出入りに関する、いわば鍵の役割を果たしているので、これは女神が作ったと考えるのが妥当です。つまり、この合言葉には女神の願いが込められている。このような者が里を訪れて欲しいとの願いが込められているんです。『我が願うは共存。武を捨て知を取り、尊重の苗を育てに来た者なり』・・・不思議ですよね。こんなにも全員が知ってる言葉なのに、誰一人として掟の存在に疑問を(てい)さないなんて。そして、女神の願いとは正反対の掟を(かたく)なに守り、里を捨てたエルフを、外部から来る訪問者を拒絶し続けているなんて』



さっきまでのザワザワ感は完全に沈黙し、全員が考えを巡らしていた。

『庭園』はフローリアのすすり泣く声だけがヒッソリと鼓膜を揺らしている。



『皆さん、もう一度頭に合言葉を思い描いてください。口に出して女神の願いを感じとってください。『我が願うは共存』・・・共存なんですよ、女神が望んでいるのは。つまり、女神は孤立なんて望んでいないって事なんです。そして『武を捨て知を取り』・・・こんなにも純粋に母のために必死に願っている娘を『念のため殺しておこう』といった考えで武力を使って始末しますか?はたしてそんな者が天界に導かれるのでしょうか?はたしてそんな決断を下す里に女神は祝福を授けるでしょうか』



 長はフローリアの背中をさすりながら、熱血漢エルフは腕を組んで唇を噛み締めながら、知的エルフは親指を舐めて考え事をしながら、ミールの言葉に耳を傾ける。



『しかし、僕は人間種とエルフ族は『知を取る』ことが出来ると思っています。だって悪魔種とは違い、こうして会話することが出来ているんですから。そして互いの『知性』を合わせることが出来たなら、その力は共鳴し、悪魔種にすら対抗しうる『知識』になると、僕の師匠も言っていました。確かに平穏の日々を過ごしていた皆さんが、変化を恐れる気持ちは分かります。なので、人間種はけがれに満ちていると決めつけ、武を取り、知を捨て、我々を追い出したくもなるでしょう。しかし、この娘の純粋な想いすら、穢れに満ちていると一蹴するのは、余りにも里の未来に無頓着(むとんちゃく)なのではないでしょうか』


『里の未来だと?・・・』

 熱血漢エルフは眉を上げて反応する。


『ええ。失礼ですが、この里は徐々に衰退しているのではないですか?』


『む・・・』

 熱血漢エルフだけではなく、この『庭園』に集まっている全てのエルフ達から、見て見ぬふりをしていた課題を突きつけられたような、考えないようにしていた問題を追求されたような、少し気まずい感じの雰囲気を感じた。


『お若いの。何故、そのような事をお主が知っておるのじゃ?』


『少し見れば分かりますよ。ここに来る途中も、沢山の空き家や放置された土地がありましたし、ここにいる皆さんは、子育て世代・・・というよりも、子育てを終えて、ひと段落付いた感じの方が大勢いますし。こういった問題を抱えているのにも関わらず、何も行動せずに、変化を恐れ、来る者を拒み続けるのは、おきてを守って里に平和を・・・というより、掟に執着して里を衰退させているようにしか見えません』



『だからと言って、なんなのだ?!お前にこの問題が解決できるとでも言うのか?!』



 いきり立つ熱血漢エルフに、穏やかに言葉を返すミール。


『それは話し合ってみないと分かりません。だからこそ、最後の言葉に繋がるのです。『尊重の苗を育てに来た者なり』・・・尊重とは相手を認めること。僕ら人間種とエルフ族は確かに違う種族です。考え方も習慣も価値観も違うでしょう。自分達とは違う習慣に嫌悪な感情を抱き、『拒絶』する事ではありません。自分達の考え方、習慣こそが正しいと相手に押し付ける『強制』でもありません。『服従』なんて(もっ)ての(ほか)です。相手は自分達とは違うと認識し、その考えを認める事。その『尊重』の姿勢があってこそ、お互いに話し合う事ができて、新たな扉が開かれるのです』


 ミールはエルフ1人1人の目を見ながら語り続ける。


『尊重とはお互いが認め合わないと成立しません。せっかく慈悲をかけて滞在を認めたのに、相手から何の感謝もなく、わがまま放題な行動をしてきたら、不愉快な気持ちになるでしょう。そんな相手と話し合う事など出来ませんよね。ですが、この娘はどうでしょうか?母の事を想い、一生懸命な娘は、貴方達と話し合う価値はありませんか?』


 フローリアも涙を浮かべた瞳でミールを見上げる。


『下界はけがれに満ちている。皆さんはそうお思いだと思いますが・・・では質問します。貴方達のエネルギー。陽のエネルギーは一体何処から発せられているのでしょうか?』


 シーンとなる庭園。


『リューズベルトさん。貴方は陽のエネルギーは何処から来てると思いますか?』

 ミールは熱血漢エルフに質問する。


『そ、それは・・・・下界の生き物・・・に、にんげん・・・からだ』

 熱血漢エルフ、リューズベルトは小さな声で答える。


『そう。貴方達エルフ達も、そして神々さえも。下界の人間達の陽のエネルギー、そして信仰によってエネルギーを得ています。つまり人間達が滅びれば、貴方達エルフも滅びるという訳です。こんなにも人間達のエネルギーに依存している皆さんが、何故人間達を毛嫌いするのでしょう』


 ミールはフローリアの元に歩いて行き、立ち上がらせる。


『それはお互いの事を知らないからです。下界は穢れに満ちている。掟が禁止しているので、下界に降りることはダメに決まっている・・・そんな断片的な情報しかないので皆さんは我々の事を嫌悪してしまうのです。なので、まずは話し合いませんか?お互いの事を知りませんか?確かに人間の中には『穢れ』を所持している者がいます。ですがこの娘は違います。皆さんも分かりますよね?この娘の心は穢れを知らない純粋な想いで満たされています。どうかこの娘を信じてもらえないでしょうか?この娘を信じて、一歩踏み出してくれないでしょうか?この娘と共に『尊重』の苗を育ててはくれないでしょうか』


 ミールはエルフ語で語りかけているのでフローリアには分からない。

 だが、エルフ達にお願いをしてくれている事は雰囲気で感じることができた。



「お願いします!どうか!どうか!」

 フローリアも必死に頭を下げる。



 エルフ達はお互いに顔を見合わせる。

 もうこの場にいるほとんどの者が、おさと同じ『今回だけは特別』派になっているようだ。

 しかし、踏ん切りがつかない。

 あと一つ、誰かが背中を押してくれれば・・・・

 そんな感じに見える。



おさ。一つ宜しいでしょうか?』



 しばらくの沈黙後、左側の知的エルフが手を上げた。


『確かにこの者の言う事も一理あると私は思います。しかし、今まで前例のない出来事ゆえに戸惑いもあることは事実です。ですので、ここは女神様に判断をゆだねるというのはどうでしょうか。通常は10日間、我々が祭事を催し、故人の善行を報告し、その後に『天界送還の儀』を行う流れですが、今回は一切、祭事を行わず、直接『天界送還の儀』に入るのです。そして女神ポメラニアン様がお許しになれば、エゼノアの魂は天界へと導かれるでしょうし、許されないのであれば『天寿の首飾り』は粉々に砕け散るでしょう。どちらにせよ、我々は女神様の判断に従うのみ。こうすれば、我々が掟を破ることにはなりませんし、女神様のご意向にも沿う形にもなるでしょうから』


『うむ!うむ!それは良い考えだ!皆の者!異存は無いな?!』



 パチパチパチパチパチパチパチパチ!!



 数多くの拍手が『庭園』に響き渡った。

 ほとんどのエルフがウンウンと笑顔で頷いて、拍手を送っている。

 中には立ち上がって拍手している者もいた。


 その拍手に感動したのか、フローリアは何回も何回も頭を下げてお礼を言う。


「ありがとうございます!ありがとうございます!」


 感謝の言葉に通訳は不要だ。

 傍聴席のエルフ達は、そんなフローリアに笑顔で拍手を送り続けるのであった。




 しばらくして・・・

 傍聴席のエルフ達はそれぞれ退席していく。

 その中の男女2名のエルフが、おさに連れられて中央のミール達の場所へと降りてきた。



『ではお客人よ。『天界送還の儀』は本日の正午に行われる。それまではこの者の家でくつろいでくだされ』

おさ。ありがとうございます。お二人とも、お世話になります』


 ミールは2人のエルフにお礼を言うが、様子が変だ。

 2人は目に涙を浮かべて、悲しみの表情をしている。


 フローリアも、この2人のエルフの様子が気になり、会話しているミールと2人のエルフの顔を交互に見比べている。


「フローリアさん」

「え?あ、はいっ」


「こちらエゼノアさんのお父さんとお母さん。つまりフローリアさんのお爺ちゃんとお婆ちゃんです」

「えっ・・・」


 フローリアはビックリして、2人のエルフの顔をマジマジと見る。

 どうみても中年の、40歳前後の見た目をしていたからだ。

 やはりエルフは長寿なだけあって、見た目の老いもゆっくりなようだ。


「フローリアさん。『天寿の首飾り』を・・・お母さんの魂が宿ったネックレスを見せてくれないかと言っています」

「あ、はいっ。どうぞ!」


 2人はフローリアからネックレスを受け取ると、膝を折り、泣き崩れた。

 その2人を見て、フローリアの瞳からも涙がこぼれ落ちる。


 2人はそんなフローリアを優しく輪の中に加えた。

 そして3人でネックレスを囲み、泣きながら抱きしめ合う。

 しばらく『庭園』内には、3人のすすり泣く声が寂しく響くのであった。




 2人に連れられて、ミール達はエゼノアの両親の家、つまり実家に到着した。

 こぢんまりとした茅葺き屋根の家で、入り口付近に台所のような場所があり、中央に囲炉裏いろりを囲んで食事する場所が、その奥には寝室らしき場所がある。

 つまり、特に部屋が分けられているのではなく、1フロアで生活しているようだ。


 ミール達は用意された座布団に座る。

 エゼノアのお母さんが、良い香りの飲み物を出してくれた。


 エゼノアのお父さんが、段ボールみたいな箱を抱えて持ってくる。

 その中には数多くの品が収められていた。


 お父さんは、その一つ一つを手に取り、笑顔でフローリアに説明する。



「フローリアさん。これはエゼノアさんお手製の昆虫図鑑だそうです。エゼノアさんは女性ながら虫取りが大好きで、よく捕まえてきては、こうしてスケッチして特徴などを記していたそうですよ」

「へええぇ。そーなんだぁ。確かにお家で虫とかが出ても、手で平気で捕まえてましたっ」

 フローリアの言葉が通訳されると、笑顔で頷くエゼノアの両親。



「フローリアさん。これはエゼノアさんが寝るときにいつも抱いていたぬいぐるみだそうです。エゼノアさんは寂しがり屋だったようで、このぬいぐるみがないと寝れなかったそうです」

「へええ・・・そーなんだぁ」

「ぬいぐるみ、固くて汚いでしょ?って聞いてます」

「あはは。そうですね」

「どうやら当時のエゼノアさんも汚れが気になって、小川で自分で洗濯したそうなんですよ。そしたら固くダボダボになっちゃって、当時はワンワンと大泣きしたそうです。それでも結局は、ずっとそのぬいぐるみを抱きしめて眠っていたって言ってます」

「そっかぁ・・・」

 フローリアは汚れが染みついたぬいぐるみを愛おしそうに撫でる。



 次にお父さんは3個の木彫りの人形を手に取り説明し始めた。


「これは初めてエゼノアさんがくれたプレゼントみたいです。1週間くらい内緒でコソコソと作業していたようで、お二人は何をしているのか気になっていたそうです。そしたらエゼノアさんが『お父さん、お母さん、いつもありがとう』と言って、この木彫りの人形をくれたそうです。お父さんとお母さんだよって言って。本当に嬉しかったと言っています」

「そっかぁ。じゃあこの小さいのはお母さん?」

「そうみたいですね。『エゼノアはいないのかい?』って聞いたら『忘れてた!』と言って慌てて追加で作ったみたいです。三体並べて『これでいつまでも一緒だね』って言っていたあの時が懐かしいと言っています」

 その言葉に涙ぐむフローリアと両親。

 そして、フローリアはそっと小さな人形の頭を撫でる。

 とても穏やかに。

 そんなフローリアを両親は温かい瞳で見つめるのであった。



 しばらくお父さんからエゼノアゆかりの品の紹介が続いたが、流石に深夜ということもあり、ミールとフローリアは奥の寝床に移動した。


 エゼノアの両親はそのまま囲炉裏の前でエゼノアの日記を静かに読んでいる。

 その穏やかな背中を、布団の中で見つめ続けるフローリア。


「お母さん・・・良かったね」

 嬉しそうに小声で呟く。


 ミールはそんな呟きを耳で捉えながら、瞳を閉じ、眠りに落ちるのであった。





 まだ日の出前の、うっすらと光が出てきたような早朝。

 ミールは胸に圧迫感がして目を覚ます。


 見るとフローリアがミールに抱きつき、スヤスヤと寝息を立てていた。

 どうやら、何かを抱きしめないと寝られないのは母親譲りのようだ。


 ミールは、そぉ〜っとフローリアを起こさないように起き上がり、自身の代わりに枕を置く。

 フローリアはムニャムニャと寝ぼけながらも枕を抱きしめた。


 エゼノアのお父さんは囲炉裏の横で、ガーガーとイビキをかいて寝ているが、お母さんは既に起きており、台所で朝食の準備をしていた。


『おはようございます』

『あら、おはよう。早いわね。よく眠れた?』

『はい。久しぶりにぐっすり寝れました。やはりこの里は居心地が良いですね』

『そりゃそうよ。なにせエルフの里ですもの』


 エゼノアのお母さんは、お玉を片手にエッヘンと胸を張る。


『ははは。そうですよね。せっかくなんでちょっと散歩してきます』

『分かったわ。いってらっしゃい』


 ミールは家の外に出ると、ウーンと伸びをする。

 冷たい空気はとても心地よく、多分、空気が美味しいと感じるのは、こういう感覚なんだろうなと思うほど、清々しさに溢れていた。

 

 里全体は、微かに小鳥達のさえずりがしているが、それ以外はシーンと静まり返っている。

 普段の日常では、もしかしたら、この時間から活動しているエルフもいるかもしれないが、今回は深夜に予期せぬ訪問者がいたせいで、全員まだ寝ているようだ。



 数名を除いて・・・



 そう。

 家の前で2人のエルフが、木陰からジーっとこっちを見ていた。いや、睨んでいた。

 その瞳、表情からは警戒心がありありと見て取れる。

 

 おそらく一晩中監視していたのであろう。

 

「ちょっと散歩してきます」

 ミールはそのエルフにも笑顔で声をかける。


 エルフは警戒しながらも頷いた。

 そして一人は何処かへと走り出し、もう一人はミールと距離を取りながらも後ろを付いてきた。

 多分、一人が仲間の元へ報告に行き、もう一人はそのまま監視を続けるのであろう。

 身なりや対応の仕方を見ると、おさの命令で里の総意として監視しているという風には見えない。

 なので、数名のエルフが個人的に、勝手に監視していると予想できた。



 庭園でのやり取りの時、ミールが最後に演説したのは、記憶に新しいと思う。

 その時、自分はこう書かせて頂いた。

 

 

 この場にいるほとんどの者が、おさと同じ『今回だけは特別』派になっているようだ・・・・と。



 ほとんどの者・・・そう、全員ではないのだ。



 皆さんはこの作品を通して、ミールやフローリアの人柄を知っているだろう。

 なので、警戒する必要はない。敵ではない。といった情報を既に持っている。


 故に、この警戒しているエルフに対して『そんなに警戒しなくても大丈夫なのに』とか『あんなに説明したのに疑り深いヤツ』とか思ったり、『なんて愚かなエルフ』と思う方もいるかもしれない。


 しかし、何の情報も持たない、このエルフ達に、『庭園で説明しただろ!』『いい加減信じろ!』・・・などと言うのは酷なことである。

 たった1日、たったの30分程度、話を聞いただけで信じられるか!・・・というエルフがいるのは当然なのだ。



 そして少し話が逸れるが、全ての意思を統一するのは不可能・・・ということも是非覚えておいて欲しい。


 例えば、部活などで『大会に優勝するぞ!』といった目標を立てたとしよう。

 ほとんどの者がスタメンで、数人控えがいる・・・といった場合では、全員の意思を統一する事は、さほど難しくない。

 何故なら全員の時間が等しく共有され、一緒に汗を流し、努力を重ね、色々と話し合うことも出来るからだ。


 だが部員が何百人もいるって場合は、『はぁ~部活つまらないなぁ』って人は必ず出てくる。

 やはり、人が増えるにつれ、同じ空間、目標を共有したとしても、考え方や熱量を一致させるのは簡単ではないのだ。


 今は部活を例に挙げさせて頂いたが、これが年齢もバラバラ、仕事も場所も一致しない人達が集まった場合はどうだろう。


 人それぞれ、生まれた環境が違えば、考え方や価値観も変わる。


 一人っ子の人もいれば5人兄弟もいるし、裕福な家庭もあれば貧困な家庭もある。

 愛情深く育てられた人もいれば、虐待された人もいる。


 そして成長するにつれて、友達が沢山できる人もいれば、イジメられる人もいる。

 有名校に進学する者もいれば、受験失敗して無名校に進学する者もいる。


 有名企業に就職できる者もいれば、職を転々とする者もいる。

 結婚して幸せな家庭を築く者もいれば、ケンカばかりしたり、ストレスが溜まったりして離婚や浮気をする者もいる。


 このように、人が生きていれば様々な人生の分岐があり、価値観も大きく変わる。

 それは人としての尊厳すら壊すほどに。



 例えば、『人を殺すことは悪い事だ』といった問いがあったとする。

 多くの人がYESと答えるだろう。

 世界中の法律で悪だと定められている事案だが、これすらも大勢の人に問いかけた場合、必ずNOと答える者がいるのだ。


 ちょっとふざけて答えているだけでしょ?

 無記名じゃなくて名前が残るアンケートだったらこうはならないでしょ?


 皆さんはそう思うだろう。

 だが、この世の中には人を殺すことは悪い事ではないと、本気で考える者がいるということを、皆さんはよく自覚したほうがいい。


 以前、邪神がルーン国を襲った事は皆さんご存知かと思うが、その時でさえ『このまま聖都が滅べば良かったのに・・・』と思った者は確実にいる。

 他の街に、他国にいる傍観者ではない。実際にあの時、あの場所にいた者の中で・・・だ。


 散々、尊重が大事。相手を思いやる気持ちが大切。と書かせて頂いたのに申し訳ないが、世の中には話し合いが通用しない者がいることも同時に覚えておいてもらいたい。


 それまでの家庭環境、交友関係、教育方法などの影響で、話し合いすら出来ない、過激な思想、極端な思想を持っている者は、実際はかなり多い。


 又、このような極端な思想とまではいかなくとも『ああ、この人は本当に自己中な人だな』『他人に迷惑をかけてもなんとも思わない人なんだな』と思う人間に出会った事がある人はそこそこいるのではないだろうか?


 だがこういった自分中心の人達に苛立ったり、嫌悪したり、間違いを指摘しても意味がない。

 何故なら、そういう事に気が回らないからこそ、そういう行動や思考をするのだから。


 もし、指摘しようものなら『ほえ?貴方何言ってるの?』と逆に怪訝な顔をされて『アイツやべぇ奴だな・・・』と陰口をたたかれること必然。


『お前だああぁぁ!!』と叫ぶことになるだろう。

 

 つまり・・・


 いくら相手に憤りを覚えても何も変わらない。

 批判しても効果がない。

 嫌悪感を抱いても、相手は気づかない。

 どんなに指摘しても話はかみ合わない。

 ただ、ただ、自分の心が荒むだけ。


 よくSNSで炎上した人を、自分は全く関係ないのに、徹底的に批判する者がいるが、それも似たような感じ。

 自分は正義感で批判しているのかもしれないが、そういった批判を繰り返していると、結局は自分自身の心にストレスが溜まるだけ。

 もし、対象が謝罪したり辞退したりすると、その瞬間はスッキリするのかもしれないが、トータルで冷静に見てみると、イライラしている時間の方が圧倒的に長い。

 しかし、それに気づかずに、批判した事が『成功体験』となり、『自分は世の中の役に立った!』『悪者を退治してやったぞ!』『やはり自分は正しいんだ!』と脳内に刻まれて、一時のスッキリが『快感』に変わる。

 イライラしている時間が『悪者を懲らしめるためだ』『こんなに頑張ってる自分はなんて偉いんだ』と自分にとって必要な時間と認識していく。

 そして、どんどんと自ら火種を探すようになる。

 ありとあらゆる『偽情報』『煽り記事』『スキャンダル』に触れて、誹謗中傷が当たり前になってしまう。

 どんどんと、怒りやすくなり、キレやすくなり、心がすさみ、被害妄想な思考になり、体調不良になり、日常生活にすら影響を及ぼす事になる。

 何故なら脳が勘違いしているだけで、実際は長時間イライラしている事に変わりはないからだ。


 そのイライラする時間を、美味しい物を食べたり、好きな音楽やアニメを観たり、推し活に励んだりする時間に置き換えて、心を幸せで満たした方がナンボかマシである。



 何故、このような事を長々と書かせて頂いたかというと、皆さんには幸せに生きてもらいたいからなのである。




 おいおい、どうした?突然・・・と心配になると思うが。




 この世の中は『正直者が馬鹿を見る』世界。



 これが数多くの世界を渡り歩いてきた自分なりの結論である。

 


 は??この人何言ってんの?と思った方は、もう一度、よろしければ、この物語の最初の部分を読み返して頂けると幸いである。



 自分は『ある存在』と契約をし、数々の窮地に陥った世界へと転移し、数多くの世界を救ってきたという設定・・・・・失礼。実績がある。


 その中には、救えた世界もあれば、救えなかった世界もある。

 しかし、多くの世界で共通するのが、三文小説にも出てこないような、理不尽な結末が本当に多いという事だ。


 必死の思いで、ようやく魔王を倒して、喜びの声が溢れる街や村を凱旋パレード中に村人に殺されるとか。


 悪の権化だと思ってた国が、実際はそうではなく、自分の国の王様が、その国を陥れるために自分に嘘をついていた事が、その国を滅ぼした後に分かり、今度は自分が悪の権化とされて、勇者達に殺されたとか。


 あまりにも争いが絶えないので、その星の創造神が面倒くさくなって、星そのものを破壊してしまったとか。



 貴方達の世界でも沢山あるだろう。



 しっかりと法定速度を守っているのに、暴走してきた飲酒運転の車に追突され、ルールを守っていた者が死に、飲酒運転の者が生き残るとか。


 人を殺してみたかった、或いは死刑になりたかった、という理由で、真面目に勉強を頑張っていた学生が、面識のない者に殺されるとか。


 一生懸命働いて、生活を切り詰めて切り詰めて、必死に親の介護をしながら生活していたが、遂には生活が破綻して自殺する・・・その一方で、精神障害と偽った生活保護受給者は毎日パチンコ屋通い。



 ボルテージが上がってきたので、この世界での自分の体験談も語らせて頂こう。



 真面目にバイトを頑張っていたのだが、不真面目でいつもタバコばかり吸っている古株の人達に目を付けられ、オーナーに嘘の告げ口をされた。

 オーナーは古株の人達を信じるので、身に覚えのない口実で自分がクビになる・・・といった経験をしたことがある。

 

 まあ、自分の場合は、その数年後にその店も潰れてしまったので溜飲りゅういんが下がることにはなったのだが。


 おそらく読者の皆様も、大なり小なり、自分は悪くないのに被害を受けて悔しい思いをした事や、ルールを破っている者、楽をしているヤツが得をしているのを目撃した事などがあるのではないだろうか。


 残念ながら、この世の中は真面目で正直な者が損をしやすく、自分勝手で横柄な人ほど成功しやすい、得をしやすいといった傾向がある。


 つまり、真面目な人、正直な人ほど、騙されやすい。

 優しい人、気遣いが出来る人ほど利用されやすい。


 そして残念ながら、そういった人達は、理不尽な悪意に巻き込まれやすいのだ。


 信じてもらえないと思うが、自分も最初は世界を救うために一生懸命だった。

 困っている人の話をしっかりと聞いて、身を粉にして頑張った。

 疲れていても弱音を吐かずに頑張った。

 全然感謝されなくても、横柄な態度を取られても、笑顔で頑張った。


 その結果が、魔王を倒した帰り道に、被害妄想の思考に陥った村人に殺されるといった結末だったのだ。


 言うなれば、オリンピックや世界的に有名な大会で優勝した人達がパレードしている所で『俺とアイツは子供の頃、同じチームだったんだ。それなのにアイツだけ成功して・・・悔しいから殺してやる』『こんなに借金で首が回らない状態なのにコイツらは楽しそうにしやがって。腹いせに殺してやる』『隣人が中継を見てる時うるさくて眠れなかった。そのせいで面接に遅刻した。全部コイツらのせいだ。殺してやる』といった考えの連中に殺されるようなものだ。


 いやいや、それってただのひがみでしょ?

 いやいや、それって自分のせいだよね?

 いやいや、それって選手は関係なくね?


 このような呆れた理由で犯行に及ばれたら、それはテロのようなモノ。

 防ぎようがない。


 だが、そんな犯行に及ぶ彼ら彼女らの心の中にも、しっかりとした正義があるもんだから困ったものだ。

 そう、このような呆れた理由ですら、彼ら彼女らには正義なのだ。


 仮に、彼ら彼女らのことを『究極の自己中』と呼ぶことにしよう。


 以前『聖女巡礼』の最後の方でもお伝えしたが、このような者は少数派、本当に極少数なのだ。

 だが、この者達の声は大きい。

 この者達の行動は脳裏に刻まれる。


 コイツのせいで家族がバラバラにされた。この組織のせいで俺の家族はめちゃくちゃになった等々。

 犯行自体は許されるモノではないが、しっかりとした理由があれば同情や議論の余地があるだろう。


 しかし、『究極の自己中』の犯行は同情の余地がない。

 非常に身勝手な理由だ。

 呆れるほど理不尽な理由だ。

 その発想たるや、開いた口が塞がらないほどなのだから。


 なので、『究極の自己中』の犯行は防ぎづらい。

 常に我々の予測の斜め上の発想をしてくる相手の攻撃を防ぐのは容易な事ではないのだ。


 更に悲しいことに、これらの者達を『英雄視』する者がいる。これらの犯行に感化される者がいる。

 故に負の連鎖は止まらない。



 また、何故だかは分からないが『究極の自己中』の犯行に巻き込まれるのは、いつも優しい人、真面目な人ばかり。

 まあ、優しい人、真面目な人の絶対数が大幅に上回っているから偏って見えるのかもしれないが・・・


 しかし、それを差し引いても理不尽に思えるほど偏っているので、このような、しょーもない作品に目を通してしまう『神の如く優しい読者の皆様』は十分に注意してほしい。



 ・・・・・こほんっ。



 つまり、『なるべく関わらないのが唯一の自衛』ということなのだ。



 だが、このような考え方を寂しい世界だなと感じる人もいるだろう。

 助け合い思いやり溢れる世界が良いと思うだろう。



 自分も同じだ。

 本音は少し願望がある。

 願いがある。


 この世界の先、幾重にも重なった世界線のずっと先の方、遙か彼方の奥の奥の世界には、正直で素直、思いやりがある人が報われる世界があるのではないかと。


 今までの世界でも表面上は幸せな世界、思いやり溢れる世界はあった。

 しかし、時が流れると、直ぐに仲間同士で醜く争うようになる。傷つけるようになる。

 それも、ちょっと生まれた場所が違う、文化が違う、言葉が違う、見た目が違うといった理由だけでだ。


 まるで光ある場所には必ず影が存在しているかのように。

 どんなに多角的な角度から光を当てようと、どんなに白色のペンキで影を塗りつぶそうとも、まるで書道の和紙に墨汁の墨がポタッと落ちるように、必ず闇の部分は現われる。

 そして浸食していく。


 何度も何度も・・・


 かく言う自分も、既に諦めている。

 こういうモノだと受け入れている。


 だがしかし、心の奥底ではどうしても思ってしまう。


 この世界線のずっと先の方には、助け合い、認め合い、思いやり溢れる世界があるのではないかと。


 そんな願望を抱かずにはいられないのである。





 いつの間にかボルテージが上がってしまい、随分と長い間、本編とは関係ない話をしてしまった。

 実はまだまだ語りたい事は沢山あるのだが、それは次回にするとして、お話を本編に戻そう。


 ミールは警戒しながら遠巻きに付いてきている見張りを引き連れて、里の中を散歩していた。


 フラフラと当てもなく歩いているようだが、実はしっかりとした目的がある。


 それはエゼノアの日記にも出てきていた『ビル爺』の家に行くこと。


 日記に書かれていた内容によると、ビル爺の家には下界の品、つまり人間達が使っている魔道具に溢れているらしい。


 どうやって調達しているのか、ビル爺なる者が頻繁に下界に降りて仕入れているのか、もしくは別の方法があるのかなど、色々聞いてみたかった。

 そして単純に、どんな魔道具があるのか見てみたかったのだ。


 エゼノアの日記には里の外れに住んでいると書かれていた。

 なので里の周りをグルッと一周して、それらしい道を探す。


 すると、小川の横に、奥へと続く小さな小道があるのを発見した。

 里の集落とは別方向に道が出来ているので、この道はビル爺の家へと続く道か、もしくは畑や田んぼに続く道か。


 しかし、畑や田んぼに続く道であれば、頻繁にエルフが行き来しているので、もう少し道が広かったり、踏み固められた感じになっているはず。


 だがこの道は、そんな風ではなく、どちらかというと『けもの道』に近かった。

 なのでこの道がビル爺の家に続いているのは間違いないだろう。


 ミールが小道に歩みを進めると、見張りのエルフがあからさまにビックリしたような声を出す。

 そして慌てた様子で里の方へと走っていった。

 おそらく『大変だぁ!ビル爺の方に人間が行ったぞぉ!』とでも報告しに行ったのであろう。


 正直、騒がれたり、行くのを止められたりしたら面倒だったので、ミールは構わず、そのまま小道を進む。



 しばらく進むと、森が開け、小さな一軒家が見えてきた。

 


 家の大きさは1LDKくらい。腰辺りの高さまで伸びた植物の塀に囲まれ、庭には家庭菜園のような小さな畑があった。

 

 しかし特筆するべきは何と言っても、その家の外観だ。


 里の家の全てが茅葺きの屋根を持った古民家風の造りだったのに対して、このビル爺の家はレンガで造られた洋風の家だったのだ。


 まだ早朝だったということもあり、ミールは入るのを少し躊躇したが、折角ここまで来たのだからと、思い切って敷地内に足を踏み入れる。



「こんにちはぁ・・・じゃなかった・・・お、おはようございまーぁーす・・・」



 小声で挨拶をしながら入っていく。

 すると直ぐにワンワンと、七色で透明な犬が、シッポを振りながら出迎えてくれた。

 その犬はその場でクルクルと回り、ハッハッッハっと荒い息づかいをしながらおすわりした。

 まるで頭を撫でてくれ、と言わんばかりにミールを見つめている。


 ミールはぎこちなく頭を撫でてみる。するとなんと感触があった。

 明らかに透明で、実体などないように見えたが、触ることが出来るらしい。


 その他にも、庭には七色の犬や猫が走り回り、その上を蝶や魚たちが楽しそうに飛び回っている。

 ウサギさんが出迎えて・・・と日記に記載されていた部分は、実際は犬だったが、内容はほぼ間違いないようだ。

 しかも、そのどれもが実体があるようで、草花を揺らしながら走り回っている。


 最初、魔法のような、召喚獣のような存在なのかと思った。

 しかし、家にはプロジェクターのような魔道具があり、レンズが向いている方向に犬や魚たちが飛び回っているので、魔道具を使った技術ということらしい。


 ミールはこんな魔道具は見たことがないので、ミールが知っている年代よりももっと先の、神々の時代の魔道具なのではないかと感じた。


 そしてテラスには一人の年老いたエルフが、飲み物を飲みながらミールを見ていた。


 このエルフはかなりの高齢だ。

 エルフの寿命は1~2000年と言われており、長生きな者で3000年程度。

 なので、里のおさは2~3000年近く生きていると推測出来るが、このエルフは更に長寿のようだ。

 おそらく万年近くの時を生きているのではないだろうか。



『あ、どうも。おはようございます。勝手に入っちゃってすみません。僕はミールっていいます』



 ミールが頭をカキカキしながら挨拶すると、ビル爺は入れ歯を外したお爺ちゃんのように、口をフガフガしながら答える。



『にゃむにゃむ。まぁーさかぁ。にゃむ。本当にぃ、来るとはのぉ。にゃむにゃむ。正にぃ、お告げのとぉーりじゃ。にゃむにゃむ。この歳まで生きていたぁ、甲斐があったのぉ。ふがふが』


『お告げ?僕が来る事は知ってたって事ですか?』


『もう何年になるかのぉ。にゃむにゃむ。前にぃ、女の子ぉが、来た以来じゃなぁ。にゃむ。今じゃあ、すっかりぃ。ワシも村の嫌われ者じゃて。ふぁっふぁっふぁ。にゃむにゃむ』



 あれ?ガン無視??

 いや、耳が遠いだけか。

 次はもう少し声を張って問いかけてみよう。



『さっきお告げって言ってましたけどぉ!僕が来るのはぁ!わかってたって事ですかあ!!』


『にゃむにゃむ。驚いたじゃろ。ここに来る者はぁ、にゃむにゃむ、みんな光る犬を見てぇ、腰を抜かすでのぉ。ふぁっふぁっふぁ』



 あ、ダメだ。

 完全に聞こえてない。

 もっと耳の真近で、大声で伝えるしかないか。



『ったく。面倒くせーな。勝手に上がるぜ、爺さん』

 ミールがボソッと悪態をついて、ビル爺の耳元に行こうとテラスに上がろうとした瞬間。




『なあにが面倒くさいじゃああぁ!!お主は礼儀というものを知らんのかあああぁ!!』




『うおっ?!なんだ?!聞こえてんのかよ!』


『当たり前じゃあぁ!わしゃまだ耳はボケとらんわぁ!!』


 ツバを飛ばしながら大激怒のビル爺。

 しかし、ズズーと飲み物を一口飲んだら、又、以前のようにフガフガしながら静かになる。


『にゃむにゃむ。まったく、最近の若いモンはぁ、にゃむにゃむ。年寄りをぉ、労わるっちゅーことを知らん。にゃむにゃむ。嘆かわしいのぉ、ふがふが』


『悪かったって。それでじーさん。お告げってなに?』


『前きた女の子はのぉ。それはそれはワシをぉ、にゃむにゃむ、労わってぇ、くれたもんじゃて。ワシの話をぉ、にゃむ、目を輝かせてぇ、聞いておったのぉ。にゃむにゃむ』


 あ、ダメだこりゃ。

 

 どうやらビル爺の話に割って入る事は出来ないようだ。

 とりあえずミールはテラスに上がり、ビル爺の向かいの席に腰を下す。


 すると七色に光る女性がお茶を持って現れた。

 しかも外見は完全にバニーガール。

 なるほど。日記に書いてあったウサギさんとは、こっちのことだったのか。


 ウサギさんはニコッと笑顔を向けると、お辞儀をして部屋の中に戻っていく。

 どうやらビル爺の身の回りのお世話をしているらしい。


『にゃむにゃむ。どうじゃ?良い女じゃろ。にゃむにゃむ。ワシもぉ、若い頃はぁ、にゃむ、随分と下の世話をぉ、してもらったもんじゃて。ふぉっふぉっふぉ』


 急に下品な話を始めるビル爺さん。


『それにしてもぉ、もう何年になるかのぉ、にゃむにゃむ。ポウラルアン様がぁ、この里を創りぃ、随分と経つがぁ、にゃむにゃむ。里の様子もぉ、すっかりぃ、変わったとぉ、聞いたがのぉ、にゃむにゃむ』


『爺さんは全然この家から出ねーのか?』


『にゃむにゃむ、ワシがぁ、家を出てぇ、里に行くとぉ、大騒ぎになるでのぉ、にゃむにゃむ。もう知ってる顔もぉ、いなくなってしもうたわい。にゃむにゃむ、じゃがワシにはぁ、バニーちゃんがおるでのぉ。全然寂しくはぁ、ないんじゃよ。にゃむにゃむ、このバニーちゃんはぁ、テクニックがぁ、凄くてのぉ。ワシは何度もぉ、にゃむにゃむ、昇天してもうたわい、ふぉっふぉっふぉ』


 初めて会話のキャッチボールが出来た・・・が、バニーちゃんの話はずっと続くのだろうか・・・


『お主もぉ、試してみるかのぉ。ワシはぁ、すっかり役立たずにぃ、なってしもうたしのぉ。にゃむにゃむ。バニーちゃんもぉ、たまにはぁ、抱かれたいじゃろうしなぁ、にゃむにゃむ』


『いえ、遠慮しときますっ』

『つれないのぉ。にゃむにゃむ。お主がぁ、バニーちゃんとぉ、してるとこを見ればぁ、にゃむにゃむ。ワシもちっとはぁ、興奮するとぉ、思うんじゃがなぁ、にゃむにゃむ』


 このじーさんは初対面の相手に、一体何をさせようとしてるんだ?・・・

 ミールはこの家に来たことを少し後悔し始めていた。


『そんでぇ、なんじゃったかのぉ。にゃむにゃむ。そうじゃ、お告げじゃったかのぉ』

『そうそう。それそれ。お告げってなに?』


『うむぅ。あれはまだゼロス様がぁ、ご健在の時代でのぉ、にゃむにゃむ、あの頃のワシはぁ、まだ若かったでのぉ。体力がありあまっとったわい。だからあの頃にぃ、バニーちゃんと出会っていたらぁ、ヒイヒイ言わせるぅ、ことがぁ、にゃむにゃむ、出来たと思うんじゃよなぁ、にゃむにゃむ。あの頃に戻ってぇ、バニーちゃ・・・・』


『爺さん!バニーちゃんの話は後で聞くからっ!先にお告げの話をしてくれ!』

『にゃむにゃむ。つれないのぉ・・・』



 ここからは、ビル爺の話を要約してお伝えさせて頂く。

 なにせ、ビル爺の話はゆっくりだ。

 そしてお年寄りの特徴として、同じ話を何度も何度も繰り返すので、話も中々先に進まない。

 さらに直ぐにバニーちゃんの話へと脱線するので、聞き出すのもかなり苦労する感じ。

 ようやく話が終わった頃には、朝日はとっくに昇っており、ミールはげっそりとしていた。



 ————ビル爺の話————



 ビル爺が生まれたのは、まだ神ゼロスが現出していた時代。

 当時の世界は悪魔種がほとんどおらず、エルフ達も人間達と一緒になって下界で生活していた。


 しかし、今からおよそ6000年前。

 悪魔種の神『滅魔神』の具現化により、状況は一変する。


『滅魔神』の力は凄まじく、世界はあっという間に滅亡寸前にまで追いやられる。

 その状況を打開するべく、神ゼロスは自身をかてとして『滅魔神』を封印する事に成功した。


『滅魔神』が封印された事により、世界は安念の時を取り戻したかに見えた。

 しかし、それは見た目だけだった。

 神ゼロスを失った事により、神々の力は急速に衰え、下界の世界には負のエネルギー、エルフ達が言う『けがれ』が溜まるようになる。


 そうなるとエルフ達は生きていけない。

 次第に消耗していくエルフ達の行く末を案じたのか、癒姫神ポウラルアンは世界各地にエルフの里を創り、管理を第一の器、ロゼニーニャに任せた。


 ビル爺はその時は既に皆を束ねる存在になっていたので、オアシスの恵み地方(ババリオン国のクオーツの森林地域のこと)の里の初代長(しょだいおさ)として就任する。


 癒姫神ポウラルアンの結界の力は強く、里には一切、負のエネルギーは流れ込んで来なかった。

 したがって、『滅魔神』によって激減したエルフ族も、他の地域の里と協力して、次第に力を取り戻し、里の中で繁栄していった。


 ビル爺も(おさ)として、ホッと胸を撫で下ろしていた時、唐突にお告げがくだされた。


 そのお告げは癒姫神ポウラルアンからで、里のエルフ全員に聞こえていた。


『近いうちに、下界の品を持った者が現れる。その品を里で保管せよ。決して里の外に持ち出すことはあいならん』


 このお告げにより、里は大騒ぎになった。

 この頃には、下界の品は穢れている・・・というのがエルフ達の共通認識だったからだ。


 ポウラルアン様はこの里を滅ぼすおつもりなのか?

 そんなわけないだろ!何か理由があるんだ!

 その理由とはなんだ?!言ってみろ!

 女神様の御心がお前なんかに分かるか!

 なんだと!

 やんのか!コラァ!


 このままでは里は分裂してしまう。

 ビル爺は自分が全ての責任を負う事を提案する。

 長を引退し、村の外れで下界の品を管理し、一人で暮らしていくと。

 決して、家の外には出ないと。

 だから、逆に誰も近づけるなと。

 

 里のエルフ達はこれを了承し、ビル爺は里の外れで一人暮らしを始める。

 しばらくして、お告げの通り、下界の品を持った者が現れた。

 その者を見たビル爺は、直ぐに確信する。

 ゼロス様の化身、いや、思念のカケラだと。

 その者に神の力はなく、一見すると、ただの人間のように見えるが、その奥底から感じる波動は、正にゼロス様が現出していた頃に感じた波動そのもの。


 ビル爺はここで、自分の使命に気づく。

 この品を守り通す事が、エルフ族の未来、はたまた世界の明暗を分ける道しるべとなるに違いないと。


 そうしてビル爺は一人、下界の品、魔道具を守る役目を忠実に全うする。


 神ゼロスの思念のカケラは、だいたい500年間隔くらいで定期的に現れた。

 その都度、魔道具は増えていき、ビル爺の家も七色に光る犬や(バニーちゃんも)に囲まれ、賑やかになっていく。


 4回目の訪問、今思えば最後の訪問になったあの日、思念のカケラは一つの魔石をビル爺に渡した。

『いずれこの里を訪れる人間にこの品を与えよ』と。


 それから数百年後、人類を滅亡寸前にまで追いやった『大厄災』が起こる。


 里の結界は壊されることは無かったが、人間が極端に少なくなった事により、陽のエネルギーも減り、エルフ族は次第に衰退していったようだ。

 当時の長が密かに深夜に訪ねてきて、里が危機に陥っていることを知った。


 なにか打開する手はないか?


 長は悲壮な表情を浮かべて尋ねてきたが、ビル爺はどうすることも出来なかったらしい。


 それから数百年が経過し、なにも知らないエルフが迷い込んできたことで、当時の長や主要な者達が全員亡くなった事を悟った。

 何故なら、お告げの事は、この里の誰しもが知っている事案。

 それを知らない者が現われたということは、語り継ぐ者がいなくなった証拠。

 そして『大厄災』後は思念のカケラも訪れなくなったので、段々と、ビル爺が里の外れに住んでいる理由は風化していったようだ。


 それ以来、ポツポツと好奇心旺盛なエルフが近づいてきたが、皆、魔道具を見て、直ぐに転がるように逃げていった。


 そして、以前は『ビル爺は1人で里の危機を背負ってくれた崇高たる恩人。感謝しつつ、その想いを汲んで、けっして近づかないように』と語り継がれてきた言葉は、『里の外れに住んでいる変わり者。穢れた魔道具を沢山持っている厄介者』と変換されていく。


 たまに悪意を持って、ビル爺を排除しようとするエルフも現われたそうだが、七色の犬や猫が追い返してくれたそうだ。

 どうやら悪意を持った者に反応するセキュリティシステムも担っているらしい。


 そうしてビル爺は、犬や猫、バニーちゃんに囲まれて、人間の訪れを待つ。

 そして遂に、ミールが訪れたという訳だ。




『にゃむにゃむ。しかしぃ、これでワシもぉ、お役目を果たせるっちゅーもんじゃぁ。にゃむにゃむ、遂にアレを渡す時がぁ、来たんじゃのぉ。にゃむにゃむ、バニーちゃんやぁ、あの魔石をぉ、持って来てはぁ、くれんかのぉ、にゃむにゃむ』



 ビル爺に言われ、バニーちゃんは一つの魔石を家の中から持ってくる。

 それは手のひら大の大きさで、輝きに満ちていた。



 七色の・・・とか。

 色とりどりの・・・とかのレベルではない。



 一欠片一欠片が、一粒一粒が、いや、もっともっと小さな、分子レベルの大きさの、一つ一つが複雑に光り輝いているような、いや、そこには全く何もないと思ってしまうような透明感溢れる輝きで、いや、全てを飲み込んでしまうような真っ黒な混沌の輝きで・・・そんな、とても人間の言葉では言い表せないような輝きを放っていた。



『こりゃスゲーな。なにかとんでもねーヤツが封じ込められてるのか?』


『にゃむにゃむ。ワシにもぉ、分からんのぉ。にゃむにゃむ、ゼロス様のぉ、思念のカケラ様もぉ、中身に関してはぁ、何も言わんかったしのぉ。ふぉっふぉっふぉ』


『ふーん。見たところ、特別なヤツが封じ込められてるようには感じねーけど。まあ、せっかくなんで、これは俺が預かっておくよ』


『にゃむにゃむ、頼んだぞよ、人間よ。にゃむにゃむ、この世界のぉ、命運はぁ、お主にかかっておるぅ、らしいからのぉ、にゃむにゃむ』


『そりゃぁ残念だったな、爺さん。悪いが俺は正義のヒーローなんかじゃないんでね。エルフに破滅をもたらすかもしれねーぜ』


『ふぉっふぉっふぉ。それならぁ、それでぇ、構わんじゃろぉ。にゃむにゃむ。ワシらエルフはぁ、神に使えるべきぃ、存在じゃぁ。にゃむにゃむ、ゼロス様ぁ、ポウラルアン様のぉ、ご神託をぉ、実行するのみぃ、じゃからのぉ、にゃむにゃむ』



『ふっ。だがじーさん。本当によくやったな。1人で一歩も外に出ずに守り続けるなんて、普通の精神力じゃできねーぜ。何度も『なんで自分が』って気持ちが湧いてきたはずだ。それでもアンタはやり通した。マジでスゲーよ。今じゃ里のエルフ誰1人、爺さんの想いを知ってるヤツはいねーが、俺は忘れない。ビル爺さん。アンタは本当に偉大なエルフだ』



『ふぉっふぉっふぉ。泣かせる事をぉ、言ってくれるのぉ、にゃむにゃむ。そうか、ようやくワシも役目を終えれる時が来たようじゃなぁ、にゃむにゃむ。長かったのぉ、本当に長くて・・・そして一瞬じゃったわい・・・おお、皆が迎えにきておるわ・・・うむうむ、直ぐ行くぞよ・・・・待って・・・お・・・れ・・・」



 ここでビル爺はガクッとうな垂れる。

 ミールは立ち上がると、静かになったビル爺の前に立つ。



『偉大なるエルフ、ビルよ。安らかに眠れ。そして天界で見守っててくれ。あんたが1人で過ごした6000年を俺は無駄にはしない。あばよ、ビル爺。安らかに・・・』



 キラッとミールの瞳から一粒の輝きがこぼれ落ちる。




『だああぁれえぇがあ!安らかにじゃああぁぁ!!ワシを勝手に殺すなああぁぁ!!』




 フンガーっと立ち上がり激怒するビル爺。


『うおっ!生きてんのかよ?!』


『当たり前じゃろがああ!お主が時間もわきまえずぅ!朝っぱらから来るもんじゃからぁ!ワシは眠いんじゃああ!普通ぅ!日の出前に訪ねてくるとかぁ!ありえんじゃろぉ!最近の若いモンはぁ!マナーというヤツを知らんのかぁー!睡眠不足はぁ!長寿の天敵なんじゃぞぉ!!』


 ビル爺は腕を組んで仁王立ちの状態で、至極真っ当な事を叫んでいる。


『もうよい!ワシの役目は済んだ!バニーちゃんや!ワシは寝るぞい!添い寝してくれ!』


 呼ばれたバニーちゃんは、ビル爺をお姫様抱っこして、家の奥へと運んでいった。


 後には呆然としたミールが、とり残されたのであった。





 ビル爺の家から出て、エゼノアの実家に向かう。

 すると、ちょうど里への入り口らへんでエルフが3人、警戒しながらミールを睨んでいる。

 その中には、幹部とおぼしき熱血漢エルフこと、リューズベルトの姿も確認できた。

 どうやら彼が主導していたらしい。



『貴様!ビル爺の家で何をしていたっ!』

 いきなりけんか腰で怒鳴りつける。



『何ってただの世間話ですよ。何をそんなに怒ってるんですか?』

『とぼけやがって!ビル爺がどんなヤツだか知ってるだろ!』

『いやいや。知るわけないじゃないですか?僕は昨日来たばかりですよ?』

『しらばっくれやがって!さてはあのジジイがお前を手引きしたんだな?!どうりでオカシイと思ってたんだ!里の門は開かないはずなのにお前が来たんだからな!』


『開かない??』


『チッ!いつまでもとぼけていられると思うなよ!おい!ヤツの身体を調べろ!必ず何か持ってるはずだ!』

『はっ!』


 両サイドにいたエルフ達は警戒しながらミールに近づいて来る。



『はあああああぁぁぁ・・・』

 ミールはあからさまに大きなため息をつく。

 そして躊躇なく、服を脱いでいき、あっという間に素っ裸になった。

 ローランちゃんもビックリの脱ぎっぷりだ。



『貴様ぁ!何をしている?!』

『はあ??なにをしてるも何も調べるんですよね?どうぞご勝手に』



 ミールは両手、両足を広げて『大』の文字を表現している。

 ローランちゃんとは違い、真ん中にフラフラと象さんの鼻が揺れているが。


 リューズベルトお付きのエルフ達は、急いでミールが脱いだ服を確認し、ミール自身の裸体も目視で確認した。



『りゅ、リューズベルト様・・・何も持っておりません・・・』

 2人は遠慮がちに声を出す。



『何を!そんなはずはない!』

 リューズベルトはドカドカと大股に近づいてきて、ミールの服を乱暴に調べる。



『あーあぁ!!寒いなぁー!ひもじいなあ!なーんにも悪い事してないのにぃ!いきなり容疑者扱いされて気分悪いなぁ!!』

 ミールは大声を上げながら、そのまま里へと歩き出す。



『お、おい!ま、待て!』

 リューズベルトは慌てて呼び止めるが、ミールはズカズカとそのまま進む。



『あーあ!皆さん聞いてくださぁーい!!リューズベルトさんにぃ!いきなり服をぉ!無理やり脱がされましたぁ!寒いよぉー!ひどいよー!えーん!えーん!』



 ミールが散歩を始めた頃は、まだ朝日も昇っていない早朝だったので誰1人いなかったが、今は既に8時近く。

 里の人々は動き出しており、大声を出しているミールに気づき、『なんだなんだ?』と家から顔を出す。

 そして裸のミールを見て、『見てあれ』『あらやだ。リューズベルトさんがまた何かしたんだわ』『可哀想。泣いているじゃない』『裸にされるなんて、ひどいわ』等々。

 ヒソヒソとリューズベルトを非難する。



『何をしておる!リューズベルトよ!!』



 大声を出して叱ったのは里のおさ

 少し高台になっている場所からリューズベルトを睨んでいる。


『お、おさ・・・』

『リューズベルトよ!昨日、この者達に協力すると全員で決めたはずじゃ!お主は女神様のご意思に背くつもりか?!』


『し、しかし・・この者がビル爺のもとへ・・・』

『ビル爺の元へ行ったからなんだというのじゃ!この者は人間じゃぞ?!魔道具に対して我らとは違う認識を持っておる!お前はそんな理由でこの者をこんな目に遭わせたのか?!こんなにもはずかしめる必要があるのか?!』

『それは・・・コイツが勝手に・・・』


『ザッツ。お客人に服を返してあげなさい』

『はっ』


 長の側で待機していたエルフは、駆け足でリューズベルトのもとに駆け寄り、服を取り戻してミールに返す。


『リューズベルトよ。もう下がれ。これ以上恥を上塗りするな』

『は・・・』

 リューズベルトは少し不服そうに里の奥へと去って行く。


 ミールが服を着ていると、長が高台から降りてきてミールに頭を下げた。


『お若いの。申し訳なかったのお。ワシの管理不足というやつじゃ。許してくだされ』

『いえいえ。こちらこそ勝手に出歩いてしまい申し訳ございません。長が来てくれて助かりました。ありがとうございます』

『ふむ。昨日はゆっくりと休めましたかな?』

『ええ、とても。やはりエルフの里は居心地が良いですね』


 長はミールの返答に満足したように長いヒゲを触っている。



『長。ひょっとして、現在の里の門は開かないような感じなんですか?』



 ミールの質問にヒゲを触っていた手がピタッと止まる。

『何処でその事を聞きましたかな?』


『いや、さっきリューズベルトさんが言ってたんで』

『ふむ。なるほど・・・』


 そう言うと長は杖をつきながら、ゆっくりと歩き出す。

『では歩きながら話しましょう』


 そして長はエルフの里の現状をミールに説明した。


『このエルフの里が創られたのは、今からだいたい6000年前と言われておりますじゃ。下界の(けが)れからエルフを守るため、癒姫神ポメラニアン様がお創りになったと。それにより疲弊したエルフ達はこの里を利用して安念の時を得る事が出来ました。しかし、穢れによって激減したエルフの復興は容易な事ではなかったようなのでございます・・・失礼ですが、人間種の方々は、近親者との交わりは禁止されていたりしますかな?』


『ん?ああ、そうですね。多くは3等親の結婚は禁止って国が多いですね』

『それは生まれてくる子供に影響が出るからですかな?』

『そうですね。必ずではないんですが、疾患や障害の確率が上がってしまうので、とりあえず近親者同士は止めておこうねって感じですかね』


『ふむ。やはり人間種の方とは種族も寿命の長さも変わるせいか、多少違いがあるようですな。我々エルフ族は4等親内の血の交わりを禁止しております。それは必ずといっていいほど奇形児が生まれてしまうからなのですじゃ。我々エルフにとって奇形児を産むという事は『悪魔を産む』と同義のうとまれる行為なのです。生まれた奇形児は直ぐに殺され、産んだ母親も処罰されるのですじゃ』


『うへぇ~。可哀想。生まれてくる子には何の罪もないのに』


『その通りでございますじゃ。子供には何の罪も無い。ですが、なまじ神に仕える者としての本能なのか、姿が異様な奇形児を拒絶する者は多く、どうすることも出来ないといった所でございますな。ならばせめて、無駄に殺される子供を無くそうと、罪の問われる母親を無くそうと、4等親内の交わりを禁止しているのでございます』


『ふ~む。種族が違うと色々と風習も文化も違うんだなぁって改めて思うな・・・』


『ですな・・・そういった関係もあり、数が激減したエルフの復興は容易な事ではなかったと聞いておりますじゃ。そこで、我々は外部の里と交流し、別の里のエルフの血を入れることで、エルフ族の復興を目指したのです。実はこのように、エルフの里は世界各地で存在しておりましてな。そうして外部の里からエルフを招き入れ、逆に外部の里へエルフを送り出し、お互いに繁栄していったという歴史があるのですじゃ』


『ほうほう。どうやって外部の里と連絡を取るんですか?』


『里の奥に女神様の像を祀った祭壇がありましてな。本日もそこで『天界送還の儀』を行うのですが、その女神像は世界中の各里にも置いておるのですじゃ。この女神像に『神力』を使った魔法を唱えると、外部の里と連絡が取れるという仕組みですな。ただし、女神像に力を宿す時間が必要になるので、外部の里と連絡が取れるのは10年に1度。一年で最も太陽が昇っている時間が長い『夏至』の日に行われますな』


『へー』


『里同士の直接交流が始まって数千年が経過した頃には、里単体のみで繁栄できるくらいエルフの数も持ち直すことが出来たそうですじゃ。すると段々と、互いの里へ直接交流する機会は次第に減っていったと聞いております。外部の里に行くということは、家族と引き離されることに繋がりますからな。更に1度下界に降りて、外部の里まで移動しなければならないので、どうしても危険が伴ってしまう。なので、お互いを行き来する交流はほとんど無くなり、女神像での連絡も近況報告をする程度に変わっていったそうでございますじゃ』


『ほうほう』


『ですが、3000年前の『大厄災』で再びエルフ族は窮地に追い込まれました。人間種の数が激減し、世界は巨大な穢れに満ち溢れ、エルフが得られるエネルギーが大幅に減ったからですじゃ。多くの年老いたエルフ達が、子供達が、飢餓により命を落としました。生き残った者も丈夫な者など1人もおらず、皆、衰弱しておりましたな。ワシはその頃、成人前の若造でしたが、随分と悲惨な状況だったのを覚えておりますじゃ。通常、里で暮らすエルフは1週間に1度、食事をすれば充分なのですが、その当時は毎日食事をしても足らないくらい、陽のエネルギーは少なくなっておりました。当然、それでは食料は足らなくなり、食べ物の奪い合い、罵り合い、そして殺し合い。とても神に仕える存在とは恥ずかしくて言えないような、醜い争いの光景が、今でもハッキリと目に焼きついておるのです』


『そうか。みんな生きるのに必死だったんだな。人間もエルフも・・・』


『ですな。そのいざこざで、多くの命が失われ、気づけばワシのような若造が里の中心となっておりました。ワシはとにかく、もうこれ以上争うのは止めようと皆を説得し、農業に力を入れる事を提案したのですじゃ。幸い、時期は春を迎えた頃でしてな。自分が率先して畑を耕し、水路を作り、雑草をひっこ抜き、シャカリキになって働きましたわい。徐々に他のエルフ達も手を貸してくれるようになり、皆で手を貸し合い、励まし合い、食べ物を分け合い、なんとか大変な時期を乗り切りました。初めて野菜を収穫できた時は嬉しかったですなぁ。段々と果物や米も収穫できるようになり、我々の里は危機を脱することができたのですじゃ』


『なるほどね。だからこの里は畑や田んぼが多いんだな。いや、最初見たときに思ったんだ。やけに多いなって。エルフは陽のエネルギーを吸収することが出来て、食べ物はほとんど必要ないって聞いてたのにな・・・ってね。だが今の長の話を聞いて納得したよ。そういった経験をしていたら、不測の事態に備えて食べ物を多めに備蓄しておこうって考えるのは当然だよな』


『その通りですじゃ。今では3年間、全く収穫が出来なくても大丈夫なくらいの備えをしております。もう2度と、あのような悲劇は繰り返したくないですからな・・・』


 長が歩いていると、すれ違うエルフ達が明るく挨拶をしてくる。

 長は手を軽く上げて、それに答えていた。

 どうやら、そこそこ人望は厚いようだ。


『そうして我々の里は飢餓の危機を脱しましたが、6000年前と同じようにエルフ族の繁栄、子孫を繋げるという面ではまだまだ問題が山積み状態でしてな。これも同じように外部の里と再び交流を再開し、乗り切ろうと考えたのですじゃ。じゃが、その里同士の話し合う『連絡会合』も長らく開催はされておりませんでした。前回連絡を取り合ったのは、ちょうど『大厄災』直後の大混乱の時期でしてな。ワシは若造だったので『連絡会合』には参加しておらず、当時の長や幹部の方々の怒鳴り声や罵声が遠巻きに聞こえてきていたのを覚えております。それから500年という長い間、『連絡会合』が開かれる事はありませんでした。何回か連絡を試みましたが応答はなかった。やはり他の里も、それどころではなかったのでありましょう』


 長は瞳を閉じて、白い髭を触りながら続きを語る。


『それから約100年後、『大厄災』から600年が経過した頃、ようやくエルフの里に安定して陽のエネルギーが供給されるようになりました。食事も以前のように1週間に一度取れれば充分になり、ワシらの里も完全に元の生活に戻っていったのですじゃ。これは、もしかしたら外部の里も持ち直しているかもしれない。ワシはそう考えて、願いを込めながら『夏至』の日に女神像に神力を注ぎました。すると多くの里と連絡を取ることができて、ワシはそのまま里の代表として初めて『連絡会合』に参加したのですじゃ』


『ふむふむ』


『その会合に参加した者のほぼ全てが、今回初めて参加した者ばかりでした。そして、全員疲弊した顔をしておったのが印象的でしたわい。連絡が付かなくなった里も幾つかあり、やはりエルフにとって、この500年は非常に厳しい500年であったと改めて感じましたな。唯一、当時を知る『南の大森林』の里の長が議長を務め、里の存続をかけた話し合いが行われました。そこで里同士の交流を再開する事が決まり、どの里へ何人送るかなど、具体的な取り決めが交わされたのですじゃ。しかし・・・問題が起こりました』


『ほう』


『ちょうど連絡会合が終わった後、しばらくしたら『双月月蝕』が起こる時期でしてな。里の者達はそれに備えて準備していたのでございます。ワシらの里も数人のエルフを送り出し、そして外部の里から来るエルフを待ったのですじゃ。じゃが・・・『双月月蝕』が始まってもエルフは1人も現われなかったのです・・・』


『それってさ。単純に外部の里の奴らがエルフを出すのを渋ったんじゃないの?』



 段々とミールの口調が普段通りになってきているので、長のお供をしているザッツと呼ばれたエルフは、あまりいい顔をしてないが、長の態度は変わらないまま。

 やはり長は、あまり気にするタイプではないようだ。



『ワシらもそれを1番に疑いましたじゃ。なんてけしからん連中だと。じゃが、次の10年後の連絡会合で、参加した里の長、全員が口を揃えて言ったのですじゃ。『何故送らないんだ?ワシらは送ったのに!』と』


『ふむ。確かにそれは妙だな。口裏を合わせている長も何人かいるかもしれないが、全員が同じ事を言ったとなると、何かしらの別の問題が起こっている可能性が高いな』


『そうなのですじゃ。なのでワシらも色々と話し合いました。もしかしたら下界の穢れが想像以上に強くエルフは直ぐに死んでしまうのではないか?もしかしたら悪魔種が多数現出しており、エルフは殺されているのではないか?いやいや、人間達に里の場所がバレていて、待ち伏せされているんじゃないのか・・・等々。散々話し合いましたが、やはり現状では情報が圧倒的に足りないという結論になり、一旦エルフを送り出す事は中止し、次の連絡会合までにそれぞれ情報を集めるということになりました』


『まあ、確かにそれしかないか・・・だが、今回は、より一層、足並みは揃いそうにないな』


『お恥ずかしい話ですが、その通りですじゃ。エルフにとって下界に赴くというのは命を縮める行為ですからな。ここは一旦様子を見ようと、次の連絡会合まで何もせずにいた里もあったかと思いますじゃ。しかし、我らの里はエルフを派遣しました。この里は農業に力を入れたこともあり、生き残ったエルフの数も外の里に比べれば多かったというのも理由の一つじゃが、何よりこのままではエルフの未来が閉ざされてしまう。そんな危機感にも似た使命感に突き動かされ下界にエルフを送り出したのですじゃ』


『ふむ』


『しかし危険な行為であることも事実。故にまずは遠出をせずに近場で情報収集をするように命じました。『まずは門の近く、森周辺を探索しそこで情報を集めよ』『森のあちこち、平原のあちこちに人間が住んでるはずだ。発見したら拉致して情報を引き出せ』『双月月蝕が始まったら、一旦この里に帰還せよ』といった任務ですな。人間は空を飛んだり、陸や水の上を高速で移動したりと、世界中飛び回っていると子供の頃に聞いた覚えがございます。なので、この世界に対して何かしらの情報を持っていると考えました。まずはどういう状況なのかを知ってから今後の方針を決めようと考えたのですじゃ。そして、もしも下界が穢れに満ちていたら、なんの成果もなくて良いから、とにかく直ぐに帰ってこいと言って送り出しました。しかし・・・そんな指示を出したのにも関わらず、送り出したエルフは誰一人帰ってこなかったのであります』


『ふむ・・・』


『これは流石に変だ。何かがおかしい。仮に悪魔種と対面してしまったとしても、倒せるような実力者を送り出しておりましたので、誰一人帰ってこないのは流石に不自然だと。何日も何日も、我々幹部達は議論を重ねました。そして、一つの結論を導き出したのですじゃ。それを確かめるため、『双月月蝕』の日にエルフを2人、極秘に下界に送り出しました。与えた命令は一つ。下界に降りたら、直ぐに門を開き、帰ってこいと。もしかしたら本当に待ち伏せしている者がいるかもしれないので、1人はその護衛。最初から防御結界を発動させ、守っている間にもう1人が扉を開ける。これならば確実に帰還できるはず。例えデーモンが待ち伏せてても帰還できるはずでしたのですじゃ。しかし・・・いくら待っても2人は帰ってこなかった。いつまでも変化のない門を見ながら我々は確信したのですじゃ。これは『門が開かない』のだ・・・と』


『なるほどな。そんな事があったのか・・・』


『その次の『連絡会合』でワシはこの事を伝えました。ワシの他に数人の長が同じ意見を持っており、我々エルフ族は里の扉が開かないのだと結論付けたのですじゃ。そして『今後は下界に降りることを禁止し、現状維持』といった、なんとも不甲斐ない方針を示して連絡会合は終了しました。この里の欠点は、下界の様子を見れないことですからな。今までは短時間に下界に降りて情報収集をして、里に帰還するといった偵察を行うことにより、人間の様子や悪魔種の状況を把握することが出来ておりました。なので『大厄災』が起こった事も把握できておったのですが・・・今回は全く情報がない。ただ、ただ、里に戻る事が出来ないといった事実だけが重くのしかかっておりました』


『だろうね・・・』


『ワシは悩みましたわい。どうやってこの事実を里の者達に伝えようか・・・と。これはいわばエルフ達にとっての死刑判決のようなものじゃ。限られた人数の中での繁栄はエルフにとっては不可能。近いうちに必ず頻繁に奇形児が生まれてくるようになるじゃろう。そして徐々に徐々に里が衰退していくのは明らかじゃ。この事実を里の者達が知ったらどうなるだろうか。里を飛び出して確かめようとする者もいるだろうし、将来に悲観して無気力になる者もいるじゃろう。もしかしたら自暴自棄になり、里の者達を傷つける者もいるかもしれない。悩みに悩み抜いた末に、ワシは里の者達にこの事実を伝える事が出来なかった。そして結局、今現在も幹部の者のみが知る事実なのであります』


『なるほどね。だからリューズベルトさんは俺を疑ってたのか』


『ふむ。じゃがな・・・じゃが、実は今もワシは悩んでおるのじゃよ。本当に良かったのだろうかと。里から出るエルフを掟で縛り厳しく管理したのも、戻ってこれない事実を隠す為。結婚相手をこちらで指定していたのも、少しでも遠縁の者と結ばせて子孫の存続を図るため。騙し騙し、ここまでやってきたのじゃが、事情を知らない最近の若者は、かなり不満が募っている様子。このままでは第二、第三のエゼノアが出てくるかもしれん。お主が昨日、言っておったじゃろう。『武を捨て知を取る』ことで生まれる事があると。あれを聞いて思ったんじゃ。ワシは皆を縛り付ける『武』を取ってしまい、皆で話し合う『知』を捨てていたのかもしれないと。あの時、皆に打ち明けて全員で話し合う事が出来ていたら、今頃はもっと良い里になっていたのかもしれん・・・どうしても、そんな考えが浮かんできてしまうんじゃよ・・・』


 長は池の前で歩みを止めて、規則正しく回転し続ける水車を眺めながら本音を語る。


『俺は長は賢明な判断をしたと思うけどね。この里はいわば巨大な密室だ。こんな限られた場所で混乱が起こったら、それは大厄災の悲劇と同じような結果になるだろう。確かに解決する知恵は出る可能性もあるが、多くのエルフが関われば関わるほど、混乱は大きくなり、収拾も付かなくなる。万が一に備えて話せなかったという長の気持ちは分かるよ』


 ミールも足を止めて、長の横に立ち、独り言のように呟く。


『誰だって未来は分からない。そしてどっちが良かったんだろうなんて考えるのはナンセンスだ。だってどっちを選択してても結局は結果次第だからさ。もし、話し合いをしたとしても、その影響で大混乱になり、結果、里が壊滅してたら『ああ、話し合いなんてしなければよかった』って思ってるだろ?考えるだけ無駄なんだよ』


『ふむ・・・』


『重要なのは長が現在も悩んでいるってことさ。それだけ里の事を考えてるって事だろ?『国民の為、貧しい人々の為、未来の子供達の為』なんて言ってる指導者や政治家達のほとんどは、結局自分の事しか考えてない。出世、名声、そして金。耳心地の良い事を言っておきながら、自分の地位が続くことしか考えてない。そして立場が悪くなると平気で人のせいにする。もしくは何の責任も取らずにトンズラするような連中さ。だが長は今も悩んでいる。里の事を思い続けている。エルフ族の未来を本気でうれいでいる。そして、例え自分がツラい立場になったとしても皆を導こうという強い信念がある。もし俺がエルフだったら、長みたいなリーダーに付いて行きたいと思うぜ。長、アンタは尊敬に値するエルフだ』



『ふぉーほぉっほぉっほっ!たかだか100年くらいしか生きられん人間風情が生意気言いよるわい!ほぉーふぉっふぉっふぉ!ふぉーふぉっふぉっ!これは愉快!愉快!ほぉーふぉっほっほっ!』



 長が大声で笑うのが珍しいのか、水を汲んでいた者も、畑仕事をしていた者も、動きを止めて長をマジマジと見ている。


『じゃが人間よ。礼を言うぞよ。まるで久方ぶりに愚痴を聞いてもらった気分じゃわい。ほっほっほ。人間とは不思議な生き物じゃな。もしくはお主が特殊なのか・・・』



『いやいや。人間が特殊なんだよ。エルフと違って短命だから、沢山の事を経験しようとする。学ぼうとする。そして伝えようとする。俺達はお互いに言語も習慣も価値観も違うけど、だからこそ、話し合う価値はあると思うし、尊重の苗を育てる意味はあるんじゃないのかな』



『ほっほっほ。その通りじゃ。実はな、お主が門の前に立っている姿を見た時、ワシは何故か懐かしい感じがしたのじゃ。まるで母親に会ったかのような不思議な感覚じゃった。じゃからワシは正直、驚きよりも期待感の方が大きかったんじゃ。不可能だと思われた門の開閉を成し遂げてお主達は現れた。もしかしたら、この者達なら、廃れゆく里の未来を変えてくれるやもしれん。徐々に八方塞がりになりつつあるこの時期に、不思議な感覚を持つ其方達がやってきた事には、何か大きな意味があるのではないか。ワシはどうしても、そう思ってしまうんじゃ。お主達とならば、互いに尊重の苗を育てる事が出来るであろう。期待しておるぞ、人間よ』



『ははは。俺はどっちかと言うと人間が嫌いな方だから、あんま期待されても困るんだが、まあ、頑張ってみるよ。とはいえ、これで納得した。いや、エゼノアさんの日記を読んだ時に思ったんだ。この里の場所を示す言葉はかなり苦労して書き残した跡があったんだけど、肝心の合言葉には全く制限がかかってないように感じたんだ。正直、絶対に里に入れさせたくないのなら、場所を隠すよりか、鍵を隠したほうが数段安全だと思うんだよ。場所は何かの偶然で発見される恐れがあるが、あんな複雑な合言葉は、どんなに偶然が重なっても正解を導くことなんて出来ないだろうからさ。でも長の話を聞いて分かったよ。この里の合言葉が先に作られて、掟は後から作られたモノ。だから制限を受けなかったんだろうなってね。まあ、ぶっちゃげ合言葉は女神の力が宿っている可能性が高いから、掟の契約程度では女神の力を抑えることなんて出来るはずがないってことなのかもしれないけどね』



『ふむ。確かにそれはワシらも初めて知る事柄でしたな。知っているつもりでも、実は違ったという事柄は実際はもっとあるのかもしれません。こういった事を知れるというのも、尊重の苗を育てる選択をした恩恵ということでしょう』



「確かにね。どうしても閉鎖的な空間では情報は行き詰まるから。それじゃあ、ついでに一つ訂正させてくれ。さっきの話だと人間達は世界中に散らばって住んでいて、空も飛べるし水の中も潜れる・・・だったっけな?長は、そんなイメージを持ってるみたいだけど、そりゃ間違いだ。3000年前の『大厄災』の影響で、そんな文明はすっかり滅び、今じゃ空も飛べないし水も潜れないって感じさ。そして重要なのが、人々は『結界』の中で暮らしている、つまり、1箇所に固まって生活しているんだよ』


『結界とな?』


『そうそう。人間の中に『聖女』と呼ばれる存在がいてね。そいつの魔法でモンスターや悪魔種が入って来れない結界を作り出しているんだよ。だから大厄災前の世界のように、世界中に人間が散らばって生活してるってことはなくて、その結界の中で固まって、だいたい100万人くらいの人々が生活しているのさ』


『ほほう。なるほど。エゼノアの日記に記されていたのはそれだったのか。うむうむ。それは素晴らしい情報じゃな。早速、次の連絡会合で伝えるとしよう。ザッツ、お主も覚えておくように』

『はっ!』



『なあなあ。1個、俺からも質問してもいいかい?』

『ふむ。ワシに答えられる事なら何なりと』



『あのさ。この里って図書館みたいな場所ってあるの?』

『としょかん・・・とな?』


『そうそう。例えば人間はさ、様々な歴史や文明の情報なんかを書物に書き留めて、それを保管して、様々な情報を後世に伝えてるんだよ。そういった場所ってあるのかな?』


『ふむ。なるほど。残念ながらそういった場所はありませんな』

『げっ。そうなのか?でも、みんな日記は書いてるんだよな?その日記とかも保管してないの?』


『ふむふむ。これも種族の違いということでしょうな。我々エルフは確かに日記を書く習慣がございますが、それは死後に執り行われる儀式にて生前の善行を報告するため。そしてその日記は故人とともに灰となって天界へと送られるのですじゃ。なので基本的に日記は残されないのでございます』


『へええ・・』


『そして、我々エルフは『言葉』を非常に大切にしております。『神力』を使った魔法を使う際も、幾つもの言葉を組み合わせて詠唱する必要があるので、言葉には魂が宿っていると信じられておるのですじゃ。故に、今までの歴史や『天寿の首飾り』の生成方法などの魔法技術は親から子供へと。言葉として代々語り継がれてきたのですじゃ。なので、先程お主が言った下界の聖女やら結界やらの話も、言葉として他の者へと伝えていくということですな』


『なーるーほーどーねー』

 ミールは長の言葉に相づちを打ちながら、ウーンと伸びをする。


『ふぉっふぉっふぉ。随分と話し込んでしもうたわい。年を取ると話が長くなっていかんですなぁ』

『いや・・・長は寧ろ短いですよ・・・』


 ミールは頭の中にビル爺を思い浮かべて、再度げっそりする。


  続く


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