六
「うひょーい、速い、速いよ!」
窓にへばりついてかぐやが叫ぶ、新幹線の中。
駅前広場での大騒ぎからようやく移動を開始して、新幹線のホームについたのはちょうど流線型の車体が滑り込んできた時だった。
スタイリッシュで力強いその姿に目を丸くしているかぐや達を引っ張って、大急ぎで新幹線の中に入ったのは発車のベルがホームに鳴り響いている時だった。
ようやく車内で予約しておいた席を見つけた時には、窓の外の景色は静かに横に流れ始めていた。
「どうだいねぇ、かぐや。速いだろう、地球の乗り物は」
「そうっすね! 姐さん! 滑るみたいでごさいますわよ」
水尾とかぐやが向かい合って窓に張り付いている。
「ですから姫様。そのお言葉使いは……」
水尾の隣に座るととが呆れ返って小さく漏らす。
兎のととをすっかり気に入ってしまった水尾は、自分の膝の上にととを乗せようと頑張っていたが、あまりにも激しく抵抗されてしまったため仕方ないと隣に座らせたのだ。
隣に座っているといっても、水尾は相変わらずととに抱きついてわしゃわしゃと撫で倒していた。これに対しては、駅前では懸命に反抗していたととも諦めたのか、うなだれてされるがままになっている。ただ涙目になってきているのは、きっと誰の目にも見えていないだろう。
「ねぇねぇやと。お菓子持ってきた? あれ食べようあれ! 昨日買ってきたあれ!」
「はい、こちらに」
この一団の中で数少ない男子であるやとは鞄の中からクッキーの入った箱を一つ取り出して、隣に座るかぐやに手渡す。箱には今放送されているアニメの人気キャラクターが描かれている。昨日、アニメショップでかぐやが見つけたものだ。
通路側に座る織羽と伊吹は、初めて乗る新幹線に遠足気分ではしゃぐみんなをよそに二人で話をしていた。
「伊吹って、私達みたいなものってことは分かるけど、何かのお話に出ていたの?」
「あ、いやぁ、そういう訳ではないんだよ。俺たちは」
伊吹は織羽の質問に笑いながら答える。
窓際でかぐやとはしゃぐ水尾をちらりとみて、伊吹は話を続ける。
「俺たちは、織羽ちゃんとは少し違って子供んときは普通の人間だったんだ。俺の生まれは近江でなぁ、比叡山では結構優秀なガキだったんだよ」
かぐやから回ってきたクッキーを齧りながら続ける。
「ただ、そんときから大の酒好きでな、それが祟っちまって、ある時人から外れた存在になっちまった。ほら、昔の人間って、人ならざるものを毛嫌いしてたからさぁ、その後は地獄よ。どこ行っても追い出されてな」
「……伊吹って……なるほどね、それは大変だったね。じゃ、水尾さんも?」
織羽はその話で何かを理解して、言葉を返した。
「アイツはもっと大変さ。アイツも元は人間から生まれたんだが、初めから歯は生え揃っている上に髪も生えていて、そんなだから、母親がショックでその場で死んじまってなぁ。父親もそんな赤子に恐れおののき、すぐに捨てちまったもんで、しばらくは髪結屋に拾われていたんだがそこからも追い出されて、丹波まで逃げた所で俺と出会った。そのあとは、まぁ二人であちこちぶらぶらってかんじだな」
伊吹がクッキーを齧る音が、話の終わりを告げる。
二人の間に、静かな空気が流れる。
「わりぃな、せっかくの旅路にしんきくせぇ話しちまって」
「いえいえ。お話が聞けて私も何より」
頭をがしがしと掻きながら、ガハハと笑いながら謝る伊吹に、クッキーを片手に織羽が笑顔で答える。
一向を乗せて、都会を抜けた新幹線は平野を抜け、トンネルを抜け、目的地に近づいていく。
○
ひんやりとした空気。どうやら随分と北上したようだ。
新幹線を降りたやとが最初に感じた事はそんなことだった。
下車した一行は今度は車の旅を始める。
伊吹が事前に予約しておいたレンタカーを運転し、更に田舎へとすすむ。
「ほれ、到着ー」
伊吹に促されて、みんなが車を降りる。
山の麓にあるお寺。一行がついたのはそんな所だった。
「オーウ、イッツ、ジャッパニーズ、オッテラー!」
かぐやの言葉が再びカタカナになってしまう程の、日本の街ではよく見かける様な、ありきたりなお寺だった。
「ほれ、かぐやの嬢ちゃん。あっちにある団子屋、かなりうんまいよぉ」
「まじでございますか、姐さん! 行きましょう! 私、あのよもぎ団子っていうもの食べてみたいんだ!」
「あ、お待ちください、姫様ー」
水尾がかぐやを引っ張って境内を走っていく。ととも急いでその後を追い、伊吹と織羽、やとが残される。
先に行った三人とは反対のの方向に、伊吹が歩き出した。
「俺たちは、こっちだ。こっちに、目的のものがある」
伊吹の声を聞いて歩き出したやとは、歩き出す気配のない織羽に気付いて顔だけで軽く振り返った。
ぼんやりと空を見上げる彼女が何を思っているかなどは、兎であるやとには分からなかった。
お寺の裏にある山に少し昇った所に、その木はあった。
その木は、明らかに周りの木と違っていた。小さな白い花が枝の先々まで咲き誇っている。端から見れば、緑に覆われた木々の中に一本だけ白く輝く木のようだった。
その木の前に、織羽は立ち尽くしていた。
「気付いたか」
彼女から少し後ろに下がった所、小高くなった所に伊吹が腰掛けている。どこから持ってきたのか大きなボトルに入った酒を、これまたどこから持ってきたのか小さなコップに注ぎながら、目の前で大木を見上げている織羽に声をかける。
織羽からの答えは無い。しかし彼女は気付いていた。
「その花に名前はねぇ。なんでも昔っから、咲き出してから一度も、花弁が散った事も葉を落とした事も、枯れた事すらねぇんだ」
自分の前にそびえる木が、あまりにも異常な事に。
「……奇麗だね」
織羽は木に咲く白い花を見上げながら、喉の奥から絞り出すように声を出す。
「さて、長い長い昔話でも始めようか。まぁ、聞きたくなかったら、聞き流してくれよ」
酒を少し口に含み、伊吹は長い話を始めた。
——さっき新幹線の中で話した通り、俺は昔からあの水尾と、あとは何人か俺達と同じ様な境遇の奴らと一緒になって、旅って訳じゃねぇが日本をあちこち回ってたんだ。それこそ、日本の北から南まで、海だって渡ったさ。
ある時、あーいつの頃だったかはもう忘れちまったが、まだ明治にはなってなかったかな? まぁ、俺は水尾と二人でちょうどここに来ていたんだ。春のちょい前だったな、ここの桜を見に来ていた。桜の名所があるとかないとか聞いたからな。
そこで、妙にしおらしい老夫婦を見つけたのさ。ちょうど、今織羽の娘さんが立ってる所で、木を植えていたのさ。それも泣きながらね。
俺は止めたんだが、水尾がそのじいさんに声をかけちまったんだ。そしたらそのじじい、ばあさん共々ぼろぼろ涙こぼしながら、いろいろ話してくれたさ。『神様がこの冬に自分達の所に恵んでくださった、美しく優しく器量もいい、最高な娘』の事もな。
だが、その話をしているじいさんばあさんの側に、その娘さんはいなかった。なんでも、春が来る前にその娘さん、怒って出て行っちまったらしい。
二人とも、『怒らせたのは約束を破った自分達に他ならない。なんという罪をおかしてしまったのか』て、そりゃもう反省していたさ。
で、せっかくだから俺も、木を植えていた理由を尋ねたらこれがまた笑いもんだ、『いつか娘が戻ってきたときに、今度こそ約束が果たせるように』だとさ。
そのじいさんばあさんもとうの昔に消えちまって、今はこの奇麗な花咲く木しか残ってねぇがな——
「それでも、なんでだろうねぇ。一年のうちに何回か、俺たちはこうしてこの木の花を見に行ってこうして酒飲んでるってわけさ」
コップの中身を飲み干しながら伊吹が言い切った。
彼の長い昔話を聞き終えても、織羽は木の前から動かなかった。ただ静かに、白く小さな花をただ見上げていただけだった。
「よいしょっと……」
のんびりと座っていた伊吹は膝に手をついて、見た目とはかけ離れた様な声を上げて立ち上がる。
いい加減どこから取り出したのか、もう一つ取り出したコップに酒を注ぐと、それを手に織羽のとこまで歩き出した。
「そのじいさん達の墓は、今は残ってねぇ。ど田舎のただの農家だからな、仕方ない。今じゃ、この木が二人の墓代わりだ」
伊吹はそう言うと、織羽の足元——つまりは木の麓にある小さいくぼみに、酒を入れたコップをコトリと置いた。
そのまま数秒間、二人とも動く事も無く、口を開く事も無かった。
更に数秒間たった後、
「……ちょっと、一人にしてもらっていいかい?」
小さな声で、織羽がそれだけ言った。
それを聞いて、伊吹は口だけで小さく笑うと再び立ち上がった。
「……これだけ、最後に話させてくれ」
数歩進んで、織羽の横を通り過ぎたところで伊吹は足を止め、自分の頭上まで咲き誇る白い花を見上げながら静かに口を開いた。
「もしもその木の前に、鶴の娘さんが来たとしたら今の話をしてほしい。そんでもって、もしもその娘さんがその花を奇麗だと言ってくれるのだとしたら、その花に、ぜひとも名前を——て、あるじいさんが死ぬ前に言っててな。………まぁ、それだけだ。ゆっくりしていきな」
そう言い終えると再び歩き出してどこかに行き、木の周りには織羽だけが残った。
○
「おいしいですね、姐さん! このとろとろ団子!」
「おいしいねぇ、とろとろ。これ、みたらし団子ねぇ」
かぐやと水尾は団子という日本独特のスイーツを片手に、お寺から続く参道を歩いていた。
道沿いにある土産屋などをのんびり散策している。たまに聞こえてくる「おーい、おじょうちゃん、どうだい、よってきなぁ」の声にニコニコと手を振り返せば気分はもう日本散策だ。
「いんやぁ、ほんっと、いいお天気様だねぇ」
串にいくつか残っていたお団子を一気に口の中に入れ、串をくわえたままうーんと背伸びをする水尾。
二人の後からトコトコとついてきているととの手にも、団子が刺さった串が握られている。ととにいたっては、彼女の口にあまりにも合った日本のスイーツだという事もあり、あちこちの売店で団子を見つけてはお店のおばちゃんに分けてもらったり、水尾に買ってもらったりした大量の団子がその鞄の中に収まっている。どうやら月に持ち帰るらしい。
「ところで、水尾様」
そんなととが、声をかけた。
「んん? なんだい?」
「その……。この度はこんな遠く離れた地まで私達を案内して下さり、誠にありがとうございます。織羽様の事ですが、結局ご実家の方には連絡ついたのでしょうか?」
「あぁ、なんだぁ、そんなことね」
急にかしこまった口をきいたととに、水尾は一瞬考え込んだもののすぐに明るい声で返事をする。
「あの鶴の娘さんにゃ、伊吹がついていったけど、あとあんたのお仲間ね」
「やとです」
「そうそう、そんな感じの坊やね。だから、伊吹に酒でも盛られてなけりゃ、大丈夫よん」
「さ、酒ですか!」
「誰が酒を盛るってぇ?」
噂をすればなんとやら。水尾たちの所に威勢の良い声と共に合流してきたのは伊吹だった。後ろからやともついてきた。織羽の姿はない。
「あの娘っこに酒は飲ませてねぇよ」
「あんたは飲んだんだねぇ」
伊吹の解釈も、水尾にばさりと切り捨てられる。
「祝い酒だ。文句あっか」
舌打ちをしながら小さくごねる伊吹に、かぐやは笑顔で聞いた。その手に3本目の団子を持ちながら。
「じゃあ、織羽はちゃんと実家に寄れたの?」
笑顔の質問に、伊吹は笑顔で答える。
「おうよ。今は、家族で団らんの時だ。俺たちはこっちの方でブラブラしてるか」
「だってよ、嬢ちゃん。今度はあの赤毛が、ラーメンをおごってくれるってよ」
水尾がちゃちゃを入れて、賑やかな一行は参道を歩いていった。
参道、いや町中が、一瞬強い風に煽られた。ただの風ではなかった。強いが、しかし優しげに吹くその風は、今まで見た事もないような、白く奇麗な花びらを運びながら、誰にも気付かれないで吹き荒れ、そして誰に気付かれることなく消えていった。
その風の意味を知っている水尾と伊吹はそっと目配せをしていた。
必要以上の真実は告げないと、両者の目は言っていた。
月に住む者は、地球と比べるとはるかに長寿だ。日本の平安時代に生まれたかぐやが今でもぴんぴんとして、日本のアニメに夢中になっているのが何よりの証拠だろう。
そんなかぐや達が知っている地球に住む者は数少ない。長い付き合いといえばせいぜい織羽くらいだろう。
やとは最近日本で暮らして、様々な人と接してきてはいるが、それでも気づかない事がある。
かぐや達は知らないのだ。
人間を始め地球に住む生き物は、月と比べると寿命が短い事を。
かぐやの計画は、織羽が実家に行って、おじいさんおばあさんと感動の再会を果たす事で完成するはずだった。
しかし、それはもうかなわないのを、かぐや達は知らない。やとでも分からなかった。
おじいさんもおばあさんもとうの昔に亡くなり、実家と呼べる物も、何も無い事を彼らは知らない。
それでも、彼らは望んでいた。感動を、奇跡を信じていた。
そして月に住まう者達の望みは、違う形でかなえられるのだった。




