七
迂闊だと思った。
この手の罠なら何度もかわした事がある。さっきだって、遠くから気付いていた私は何事も無いように簡単に壊していた。
それなのに、こんな近距離でもう一つ罠がある事を考えなかった。
しかも人間も馬鹿じゃないから、その罠は改良されていて、私の足をがっちり掴んで逃げる事も出来ない。
あー、もう終わったわ。きっとこの後は食べられるか丹誠込めて整えた羽をむしられて売られるか、この二択しか無いのかぁ。そう思っていた所に、更に現実を味わえとでも神様が言ったのか、ついに人間の足音が近づいてきた。
「おやおや、これはまた大層なものが罠にかかっておるの」
声の質とその口調からして、やってきたのは男性の老人だと分かった。うっすらと目を開けると、随分と貧乏臭い格好をしている。どうやらこれが、私の生涯で最期に見る人間らしい。
もうちょっと若くて、イケメンがよかった……なんて、思ってはいませんよ? ええ、モチロン。カミサマニチカッテ。
そんな事を考えていたら、その人間は私の足元の罠を何やらいじり出した。くすぐったい、もうちょっと遠慮して触れよ。
「よしよし、ちょっと待っててくれよ。……と、よし、外れた。早くお逃げよ」
目をつぶってくすぐったいのを我慢していると、今まで動かなかった足が急に軽くなった。
小さく羽を動かしても、痛い所は何処にも無い。ためしに目を開けてみると、この人間はニコニコしたままで私をどうしようとする気配もなかった。
訳が分からないままとにかく遠くまで飛び去って、後ろを振り返ってみてもあの老人は笑顔で手を振ってるだけだっだ。その時、私はあの老人に助けられたと察した。
人間に貸しは作りたくない、人間に関わるとろくな事は無いから。この貸しはさっさと返さないといけない。
「よぉ、娘さん。人間に助けられたなんて、滅多なこともあるもんだなぁ」
なんとかあの人間に借りを返さなくては、と思っていた所に大きな声がかけられたのは、まさにそんな時だった。
彼は人間の形をしているが、人間ではないらしい。その証拠に、私を人間の姿に変えてくれた。私は気に入らなかったが、
「おぉー、べっぴんさんだなぁ」
彼はご満悦のようだった。
そして人間の姿になった私は、
「もともと鶴だったって事は、人間にばれちゃいけないからな」
そんな彼の言葉に見送られて、私はあの老人の家に向かった。
人間と暮らしてると、始めて分かる事がある。人間の作るご飯は温かくておいしい。
そんな事じゃなくて。
人間というのは、同じ人間同士ならこんなにも優しいのか。適当に言い訳をしたら、あっさりと家にすすめられ、温かいご飯とふわふわの布団を与えられた。
それからの数日間も老夫婦は私を疑う事無く、笑顔で接してくれた。
だから、私も舞い上がって、調子に乗ってしまったのだろうか。
真剣にあの夫婦への恩返しを考え始めた。
当初予想していた通り、あの夫婦はかなり貧乏な暮らしをしていた。
じゃあ、やはり金になる物がいいか。そう考えた時に目についたのは、今は細いただの骨と皮になってしまったが、本来は美しい羽がはえ揃っている一対の翼だった。
人間の生活に慣れていない私が思いついたのは一つ。
「……ばれなきゃいいのよ」
一人そう呟いて、次の日には行動を起こしていた。
機織りなんて初めてだったし、他人の目が無いのをいいことに随分と自己流で織ってしまったところもあるが、まさかあんなに喜ばれるとは思っていなかった。
やっぱり、高い値がついたからな。喜ぶのも当然か。
私が目の前でお年寄り二人が涙を流さんばかりに礼を言ってくるのを静かな目で見ているのを知ってか知らぬか、二人はひっきりなしに礼を言ってくる。
「ありがとうよ、こんな事をしてもらって。今夜は久しぶりに立派な物を食べられる」
「ばあさんのいうとおりじゃ。本当に、ありがとうよ。お前さんはもう立派な、わしらの娘じゃ」
ほんっと、人間はいつまでそんな事を……。
そんな私の口から出てきた言葉は、
「……そんなに喜んでいただけて、なによりです。これからも、お二人のお役に立つ事でしたら何でもいたしますので、もうしばらくよろしくお願いいたします」
立派な人間の娘のそれだった。
そしてそれを聞いて、おじいさん達はさらにその顔を緩めるのだった。
布地を作って、町まで歩いて売りにいく。その金をおばあさん達に渡す。二人はその金を何度も礼をいいながら受け取り、生活の足しにしていく。再び布地を作る。
そんな生活を繰り返していた。
羽を抜く時に、ようやく残りの枚数を気にし始めたころには、私達はいつの間にか親だ子だと呼び合う程の間柄になっていた。
○
織羽は変わらず大きな木の根元にたっていた。その足元には、変わらずに伊吹が酒を入れたコップが置いてあった。
細かく、一枚一枚が輝いている様な白い花弁は、そよ風に揺れる事はあっても決して散る事はなかった。
まるで、織羽に見てもらうのを待っているかのようだ。
「……約束、か」
自分でも気がつかないような薄い呟きを合図に、織羽は静かに、遠い昔の事を思い出していた。
○
それは、ある日の夕食の時だった。
「お前、花見をした事がねぇってか?」
おじいさんが口につけていた椀を離しながら、素っ頓狂な声をあげた。
花見、というものはどういうものかは知っている。しかし、鶴はそんなことしたことない。
しかし、普通の人間なら、どんなに簡素でも花見と称して何かをする事くらいはするだろう。
「ええ。私がいた所では、あまり花見をする習慣が無かったもので」
と、とりあえずはごまかした。
「しかしねぇ、せっかくここに来たんだ。次の春には、三人で初めての花見でもしましょうかねぇ、おじいさん」
「そうだねぇ。ここの花は奇麗だぞぅ。花びらがこう、ひらひらーと舞ってそりゃもう言葉を失うくれぇだ。それに、初めて娘に恵まれて初めての花見ときちゃあ、こんなにめでてぇことはねぇ」
おばあさんの提案に、嬉しそうに相槌をうつおじいさん。私は自分の椀に、囲炉裏にかけられている鍋に入っている汁をよそいながらそれを聞く。こういう動作にも、随分慣れたものだ。
二人の会話は更に続く。
「そうだ。確か近くの裏山に、小さな広い所が合ったはずだろう、あそこに、わしらの娘の記念の木を植えようじゃないか、ばあさんや」
「まぁおじいさん、それはいい考えですねぇ。それでは、今から何を植えるか考えなくてはいけませんね」
どうやら花を見るだけでなく、植えようという事になったらしい。
しかし、花見か。きっと桜の花を下から見上げたら、たいそうな迫力があるのだろうな。
「それは楽しみですね。私も、今から次の春が楽しみでなりません」
私自身、花見という人が行う行事を楽しみにしている事に小さな驚きをおぼえつつ、私は笑顔をおじいさん達に向けた。
「おぉおぉ、それはよかった。じゃあこれは、次の春までの約束じゃな、ばあさん」
「えぇ、おじいさん。これは三人の『約束』ですよ」
そう言った二人の顔を、私は今も忘れない。
そんな会話があった僅か三日後、私は家を出た。
○
「……そうか」
織羽はゆっくり、目の前の木を見上げた。
「この木はずっと待ってたのか。私がここに来る事を」
木は何も答えず、ザワザワと枝を揺らすだけだった。相変わらず花びらも葉も落ちない。
「全く、私が頼んだ約束は破るのに、こういう事はきちんとしちゃってさ。全くもう、人間ってやつは……」
言葉が続かない。「まったく、まったく……」と小さく続けているが、その織羽の言葉は、震えていた。
しかし、織羽は決心した。
「……よし」
今度はしっかりと意思を持ってその木を見上げる。木の枝はそれに応えるように、音をたてて大きく揺れる。
約束を破った上に、更に約束を守ろうとした二人には、これだけで十分だ。
「花、見に来ましたよ。とても、奇麗です。義父様、義母様」
これだけで、十分だった。
織羽の言葉を聞いた瞬間、彼女の視界が白で埋まった。
花が散り出したのだ。一斉に、吹雪となって、彼女を覆った。
突然の変化にも臆する事無く目を開いていた織羽の視界に、ぼんやりと人影が見えた。
花吹雪の舞う中だが、彼女にはそれが誰かなど見なくても分かる。
入り乱れる花びらの中で、二人は表情こそ見えないものの幸せそうに寄り添っていた。織羽はその二人に手を伸ばす。
「……私も行きますよ、お父様、お母様」
そう言って二人の後を追う織羽の姿は、やがて吹雪きに隠され、見えなくなった。
「この奇麗な花の名前は……」
そのささやきを聞いていたのは、さっきまでたっぷりと蓄えていた花と葉を落としきった木の根元にある、小さなコップだけだった。
花吹雪が町を襲った。
通りという通りを駆け抜け、そのくせ誰の目にも止まらずに、その吹雪は何の痕跡の残さずに、町から消えた。
○
あれから数日後。
「姫様ー!」
ととは月の宮殿の廊下を、彼女にしては珍しく走っていた。
あの後かぐや達は織羽と合流する事無く東京に帰っていった。
「あの娘さん、しばらく実家で過ごすってよ。俺たちは先帰るか」
伊吹が言ったからだった。
実家に戻って、おじいさんおばあさんと感動の再会を果たしてもらう、それが目的の彼女達はその言葉に疑いを持つ事も無く、もと来た道を辿って車に乗って、そして東京に戻っていった。
伊吹、水尾の二人と別れてからも、数日の間日本に滞在していたかぐや達は、日本観光を存分に楽しんだ。
数年前に開業したと伊吹が言っていた川沿いの大きなタワーにも行ったし、その近くの大きな提灯が下がっている、東京で最古だというお寺にも行ってきた、勿論、どこに行ってもかぐやはその姿を眩ませ、姫を捜そうとやとが必死になっている隣ではととが月に持っていくお土産を探そうと必死になっていた。
かぐや、ととが月に帰ってからも、織羽は月に遊びに来る事は無かった。二人とも、それぞれの地球土産を広げるのに夢中だったため気付くのは無かったが、引き続き地球に残ったやとが調べたところではあの一件以降、織羽は未だに行方知れずのままだった。
そんな中、月の宮殿に来客があった。
「姫様、来客です……よ」
かぐやの自室の襖を開けながら部屋の主を読んだととの語尾は、ため息になり消えていた。
「んん? ふぁーひー?」
ソファーに座って日本から持ってきたアニメ情報誌を読んでいたかぐやは顔を上げる。
大きなため息を一つついてととは開いたままの口からなんとか言葉を捻り出す。
「……姫様、まずは口の中のお菓子を飲み込んで下さい。その手の言語は私でも理解しかねます。そして、さすがに部屋を片付けて下さい」
むぐむぐむぐ……、ごっくん。
「んで、なーにー? ひょっとして欲しかった?」
口の中いっぱいのチョコレート菓子をようやく飲み込んで、かぐやは近くにおいてあった箱を手にしてととに差し出してきた。これも日本のお土産である。
「いりません! だいたい私はキノコ派です!」
「むー、タケノコの方がおいしいのに……もったいない」
ムキになって言い返すととに、かぐやは肩を落としながら箱を戻す。ついでに菓子を一つつまみ、口に入れるのを忘れない。
「それよりも姫様、お客様ですよ」
「ふーん、お客ねぇ」
気を取り直していったととに、かぐやの返事はテキトーだった。
ととは姫様の事が分かる。最近さっぱり遊びにこない織羽が少し心配になってきたのだ。というより、ただ寂しいのだ。
だからこそ、ととは精一杯明るい声で続きを言う。
「地球からの移住者が、引っ越しの片付けも済んで、ご近所の挨拶も済ませたという事で、わざわざ宮殿まで挨拶に来た次第だそうで」
「へー、地球から? そりゃ結構な事で」
「なんでも日本からお越しだそうですよ」
「へー……」
かぐやの声には相変わらず気が入っていない。
仕方ないと小さく呟いて、ととはとどめをさす事にした。
「確か、織羽様とかいう方でしたよ」
数秒の間。
「だれ?」
「織羽様です」
数秒の間。
「だれ?」
「織羽様です」
だんだんとかぐやの声が輝いていく。
数秒のm——
「織羽だぁぁぁ!」
さっきまでソファにぐでーっと座っていた姿はどこへやら。かぐやは久しぶりに月を訪れた親友に心弾ませて、ととを自室に残し走って出て行った。
「やれやれ」
想像していたとはいえ、それを上回る喜びようにととは先程とは違う明るいため息をつき、部屋を軽く見回した。
そして、かぐやの後を追おうとしてふとを足を止め、先程かぐやが差し出してきた箱に手を伸ばすと菓子を一つつまみ、そして部屋を出て行った。
「やっぱり私はキノコの方が好きですよ」
フッと、その口が綻んだ。
こんにちは、はじめまして。南傘と申します。
この度は、この作品に目を付けて下さり、誠にありがとうございます。
実はこの作品、私がなろうで初めて——
伊吹「おいおいおい」
水尾「ちょっと、いいかいねぇ」
おや、これはこれは伊吹さんに水尾さん。二人とも、今回はお疲れさまでした。おかげで一話分伸びてしまったよこんちくしょう。
水尾「いやぁね、それがさ」
伊吹「何か忘れてないか、作者さんよ」
はて、何か忘れてましたっけね? もう書く事は大分書いた気が……。
伊吹「俺達の正体、どこかで書いてくれたか? 話の最後に出してくれるはずなんだが」
え、そんな事言ってましたっけ?
水尾「試しに、『四』の後書きをご覧よ」
え、えぇぇ? (ポチポチ、チラチラ) あ、あぁぁぁ。確かに……。
そんな事書いてありましたね、確かに。いやぁ、スンマセン。すっかり忘れてましたよ。
伊吹「いやいや、別に怒ってはないさ、だって、あれだろ、八話目で書いてくれんだろ?」
え、マジすか? 書くんすか? でも、もう7回で完結って言っちゃったし……。
水尾「へりくつは、いらない、いらない」
伊吹「はい、書いた書いた」
うわ、ちょっと。押さないでくださいよ伊吹さん。あぁ、あぁああ! 他の作品書く時間がですね、うわわわわ……




