五
「はい……あなたですか。こちらは今から本買うためにレジに……、で?」
「勝手に見たんですか! ……まぁいいです。そうですよ、お分かりでしょう。あなた方はどうしてるのですか?」
「……今本屋で、これからまだ少なくとももう一件行くのですが」
「あそこという言葉で察しがついたのですが、ま、その通りです。いつでも出れますが……、目的地は遠いでしょう」
「先程も言った通り、今日はまだ行くとこがありますので、……早くて明日以降になりますが」
「では、明日の午前十時くらいでいかがでしょうか」
「どちらでもいいですが……、車よりは電車を使った方が姫様は喜ばれるかと」
「ではそのように。ただ切符の手配がちょっと……」
「ありがとうございます。娘さんとは、姫様でしょうか? それか、織羽嬢でしょうか?」
「……分かりました。よろしくお願いします」
○
大通りから少し外れた通りにある、小さくもなく、目立つ程大きくもないアパートの一室。
やと一人にとっては広々過ぎるくらいと思っていたこの部屋も、今では三人の居候達とそのお荷物によって散らかっている。
「ふぅー」
玄関に今日買ったお土産達をぶちまけて、体中の息も吐き尽くして倒れ込むやと。
ふと目線を前にもってくと、袋からはみでた箱の中でニッコリと微笑んでいるフィギュアと目が合った。
あの巨大書店でのひとときを終え、一行が次に向かったのはアニメショップ。
日本各地に店舗を広げる中で「本店」と称されるだけあって、青い看板を掲げたその店は、一階から九階までアニメ関連のグッズで溢れていた。
もう月の姫様を止めておく事は出来ない。何も言わなくても、建物の外に出る事も無いだろう。
問題だったのは、いよいよ店を出るときになった時だった。やと、とと、織羽の三人掛かりでかぐやを探して、彼女が抱えているフィギュアやらゲームやらその他アニメグッズをとりあえずレジまで運んでいって、階を降りるごとにあちらこちらに走り去って、気に入った物を持ってきたかぐやをいちいちレジへと運んでいって、ようやく建物から引きずり出せた時には日はとうに暮れていた。
とりあえずやとの家に行こうという事になっても、キョロキョロ見回して、何かを見つけてはそちらに行こうとするととや、そちらに行ってしまったかぐやを引き戻しつつ、気が付いたときにはいなくなってしまった織羽を探して道案内をし、ようやくアパートへとたどり着いたときには、やとは一人疲れきっていた。
「ふんふんふんー。ねぇ見てよとと! これ超可愛い!」
「姫様、ここは姫様の家ではないのですから勝手に開封してはダメですよ。月に持ち帰るのが面倒になりますから、帰ってからのお楽しみに——ってあぁぁぁあ! また新しいのを開けて!」
「これこれ! このアニメのグッズあると思わなかったんだよなぁ。さすが日本、東京にきてよかったぁー!」
「ほれかぐや。こんな物もあったよ」
「ほぉ織羽! こんな物もあったのか!」
やとは盛り上がるかぐや達をちらりと見て、ため息をつこうとして気を取り直し、とりあえず夕食の支度を始めようとする。
幸いにもかぐや達が月から来る事は事前に知らされていたので、彼はみんなが数日間滞在できるように準備をしておいた。夜の支度のために近くのコンビニに走る必要もない。
台所に行って、冷蔵庫の中から昨日買っておいた弁当をいくつか出してレンジの中に放り込んでスイッチを押す。
次に暖める弁当の表示を確認して、何分レンジに入れればいいか考えているとき、後ろから小さな声がかかる。
「やと、ちょっといい?」
ととだった。さっきまで織羽やかぐやと盛り上がっていた彼女は静かにやとの後ろに立っていた。かぐやと織羽はまだ楽しくアニメ談義で盛り上がっている。
「……今日はなにも分かりませんでした」
やとはととの質問を先回りして、簡潔に答える。
それを聞いて、ととも言葉を返す。これは今までの会話とは違う。姫に仕える者達の業務連絡だ。
「そうですか。私も今日は何の手がかりもだめでした。姫様は多分探してもないでしょう」
「そうですか」
レンジからホカホカになった弁当を取り出しながら、やとは今回の日本訪問の秘めた目的を思い出してため息をつく。
かぐや姫は、確かにアニメに夢中のオタク姫様であるのは認めざるを得ない。
しかし、とと達月の宮殿の従者はみんな、本当はそんな月の姫君が心の優しい方である事を知っている。
そんな姫様が、ちょくちょく月に遊びに来る宿無し鶴、織羽の事を何気に気にかけている事も。
かぐやが織羽に隠れて出した命令。それは織羽が主人公のおとぎ話の舞台を調べる事だ。
織羽がいつか話していた、とある老夫婦と一緒にいたあの時間は、今日の日本でも有名なおとぎ話になっているという。
織羽にとって、あの夫婦と過ごした家は実家といえる。
かぐやは織羽に内緒で織羽の実家を探し出し、そこに連れて行こうとサプライズ的な事を考えているのだ。
今日もあの大きな書店やアニメショップなどを巡っている間も、やと達は織羽に隠れた所で日本の昔話や逸話等の資料を探していた。
しかしながら、いざ探してみるとこういう物は情報が少なすぎるものだ。舞台は見つからないどころが、『鶴の恩返し』という話自体にもいろいろな説があり、どの話を信じればいいのかも分からなくなってしまった始末だ。
「日本に来て、さらに分からなくなったね」
ため息まじりに、ととが言った。小さく搔き上げた髪からはぴょんと長い耳が出ている。一日兎の長い耳を閉まっていたが、さすがにずっと隠しているのは疲れるのだ。ここには普通の人間はいないので、とともやとも耳を普通に出している。
「そこでだ」
今日食べる分の弁当を一通りレンジで温め終わったところで、やとはととに声をかけた。
「日本に来て知り合った方に、私達のように人間とはちょっと違ったものを相手にする便利屋さんがいるんだが、その方々が織羽嬢の実家について心あたりがあるそうです」
「ほう、それで」
ととは温め終わった弁当を——つまりは本日の夕食をお盆に並べている。
「明日はその方にお会いして、その心あたりのある場所に案内してもらおうと思います。結構な遠出になるそうです」
「交通手段は?」
「鉄道です。切符の手配は彼らが済ませてくれるそうです」
「そうですか」
ならいいです、そう言ってひょいとお盆を持って運んで行くとと。やとがはっとして手伝おうとしたがあっさりと避けられた。
「やとが運ぶとひっくり返すでしょう」
「そんな事ありません。日本で一人暮らしを始めてから、最近は熱い鍋も触れるようになりました」
「どうせ月に戻ってきても、食事運びの仕事は回しませんから」
「ととはケチですね」
「なら、今度熱々の汁物がたっぷり詰まった鍋を両手に一個ずつ持って、月の都一周しますか?」
「そんな事言うからケチなんだ」
顔をそらして小さく呟いたやとの声も、ととはしっかり捕まえる。
「なんとでも言って下さい、兎は地獄耳なのですよ」
その日の夕食は、かぐやと織羽が中心となっておしゃべりに花が咲き、狭いアパートの一室はとても賑やかなものだった。
ただ、さっきまでなにやら言い合っていた二匹の兎達はなにやら言葉少なだったのは多分誰も気付かなかっただろう。
○
次の日、快晴なり。テレビの天気予報では絶好の行楽日和となっていた。
姫様の身だしなみを整えるとと。
「姫様、なんでそんなに帽子がお嫌いなのですか?」
「嫌なものは嫌なの!」
「今日は遠くまで出かけると言ってあるでしょう。日差しが強くても困らないように、せめて持ってて——って、どこ行くんです!」
「だって……帽子かぶったら、地球の奇麗な空が見にくくなっちゃうじゃない」
ふてくされたように言い返すかぐやに、ととはため息を小さくつく。
「全く、姫様は……」
しばらくかぐやと一緒にアパートの窓から青い空を見上げる。そして、ちゃっかりと帽子をかぐやにかぶせる。
「そうやってしんみり言えば通用すると思いましたか、姫様」
「あれ?」
「あれじゃありません! ほら、もう行きますよ」
「あぁ、待って待って」
きゃいきゃいと甲高い声でいいあう二人。
「……やと」
「なんでしょうか、織羽嬢」
「あの兎さんと月の姫君は朝からあんなに盛り上がっているのでしょうか」
「さぁ? いつもの事ですよ」
部屋の片隅で静かに自分の身支度を整えていた織羽とやとが呆れ返っているのは、いうまでも無かった。
○
「へぇ、これが月のお姫さん。こりゃぁ、またちぃさくて、かわいいねぇ」
簪を差した栗毛の女性が目の前にちょこんと立っている小柄な少女に声をかける。
「あたしゃ、水尾って呼ばれてるもんさ。今日は、よろしくな」
独特な話方で簡単に自己紹介を済ませた水尾に対して、その前に立っていた方も自己紹介をする。
「自己紹介が遅れました。月にて姫様の世話役をしております、兎人のととでございます。こちらにおりますのが姫様でございます。この度は、私達に日本を案内して下さるそうで、誠にありがとうございます——てうわぁ!」
「え、じゃあ、あんたなの? うさぎって本当? ねぇねぇ、耳はどこどこ? どこにあるの?」
小さいながらも自分とかぐやの紹介を済ませたととに、水尾は目を輝かせて飛びついて頭をわしゃわしゃと撫でまわす。
「ちょ、ちょっと、やめて下さい! うわ、うわわ、耳でちゃうう」
「あ、耳でてきた! いやぁ、本当にうさぎのみみだぁ! かーわいぃねぇ」
「ぎゃあ、やめて下さい! ひ、姫様ぁ! なんとかしてくださいぃ!」
午前十時、天気良好、今日も賑やかな東京の駅前。
駅前広場で水尾にとと、かぐや達が楽しげに騒いでいる側で、織羽とやとは伊吹と話をしていた。
「すまねぇな、水尾がやかましくて。まぁ、悪いやつではないから、一つ頼むよ」
赤毛をぐしゃぐしゃと掻きながら軽く伊吹に、織羽が言葉を返す。
「せっかく大人数になったんだし、別にいいんじゃない? かぐやも楽しそうだし」
織羽達の目線の先では、かぐやと水尾が早くも意気投合し、ととにちょっかいを出して遊んでいる。
「そう言ってもらえると安心だ。それにしても、あんたが鶴の娘さんか。なかなかのべっぴんさんだな」
「織羽よ。今日はよろしく」
「こっちは伊吹っつうもんだ。よろしく頼むよ」
伊吹ががっしりした手を差し出し、織羽も握り返して握手をする。
「今日はありがとうございます。伊吹殿」
織羽の横にいたやとがそう言って、小さくお辞儀をした。
伊吹は困ったように、それでもハハハと大きく笑いながら言葉を返す。
「いやいや、『殿』は付けんでくれよ。照れくさくなっちまう。それに、海の底からの客は相手にした事はあるが、月からのお客さんはさすがに初めてだ。こっちもまあ楽しませてもらうよ」
それを聞いて、織羽が少し面白そうに質問をする。
「へぇ、私達みたいにちょっと訳ありなものも、まだいるの?」
「あぁ、かなりいるぞ。とくに東京は引っ越してきたり観光目的で来たりするヤツが多いから、そいつの相手をしている。この前は竜宮城の姫さんが家出してきて、『空に行きたい!』なんて言うもんだから、数年前に出来た展望台まで連れて行ったりしてたなぁ。そう言えば、一寸法師のやろうは仕事見つかったかなぁ。あいつ意外とめんどくさがりだからなぁ、やと、何かいい案ないか?」
「こっちにそんな話を振らないでくださいよ。とりあえず最初はバイトから始めたらいいんじゃないでしょうか? フードコートなんていいじゃないですか」
むっとしながらも少しは考えて言葉を返すやと。
それを聞いて、うーんと唸りながら頷いた伊吹は駅に取り付けられている大きな時計に目をやり、場を切り替えるように声をあげる。
「おっと、そろそろ時間だ。電車が行っちまう。おーい、水尾。そろそろ行くぞ」
伊吹に呼ばれた水尾は、まだととの頭をわしわしと撫で回していたが、伊吹の声を聞いてようやく手を離した。
「あいよん。よっし、嬢ちゃん。一緒に行こうや」
「おう、姐さん。どこまでも行きましてよ」
「あ、ちょっとお待ちください、姫様ぁー」
意気揚々と歩き出した水尾とかぐやに、目を回しながらついていくとと。
そんな光景を見ながら、やとはぽつりを一言。
「姫様……こんな短時間でそんな言葉を……」
それを聞いて、伊吹も肩をすくめる。
「いやぁ、ほんと。水尾がうるさくてすまねぇな」
なんか思ったよりも長くなりそう……。ホントごめんなさい。ナツ様、花ゆき様もホントごめんなさい。反省してます。
残り二回程で完結しますので、しばしおつきあいください。




