mission9 銀狼の姫騎士の英雄歌
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mission9 銀狼の姫騎士の英雄歌
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一行は銀狼城下の街へ繰り出した。銀狼の城下街は、城砦から内陸へ向かうほどに栄える。城砦近くは騎士団に属する者の家族が住むが、内へ向かえば街道には大店が軒を連ね、少し離れれば民家の近隣に気軽な市が開かれている。昨日の大雪で皆が雪掻きに駆り出されており、道は人々で賑やかだ。
「いいか、ニーナ。揚砂糖はな、必ず目の前で揚げてもらうんだぞ。揚げたての熱々がいっちばんうまい! 特にこんな、雪が止んで青空が広がる寒い日はな!」
ローランはニーナに話しかけながら、一番前を楽しげに歩いた。カジャカがその後ろにつき、クラウナーがその更に後ろ。ノワーレは前二人の会話を聞きながら殿につく。
「ベニエって何?」
「小麦の生地を練って、熱々の油で揚げて、いい匂いの砂糖をまぶした菓子だ。一口頬張ると口の中にシナモンの香りと砂糖の甘み広がって……小麦の香りが油の旨味と渾然一体となり、じゅわっと口の中に楽園が広がるのさ!」
ローランとニーナが話すのを聞きながら、ノワーレはクラウナーが落ち着かなげにあたりを見渡していることに気が付いた。
「何か珍しい?」
ノワーレが問うと、クラウナーははっとして、恥ずかしそうに笑う。
「大聖軸の外を歩くの、初めてなんだ。こんな風なんだね」
クラウナーは嬉しそうに微笑み、ノワーレは、この少年はずっと大聖軸に保護されていたのだ、という事実を思い出した。生まれてからずっと、ということは、とんでもない箱入りの世間知らずなのではないか。
「食べ歩きとかもしたことない?」
「外でものを食べたことがない……」
クラウナーが言うので、ノワーレは少し考えて、「ローラン!」と声を張った。
「なんだどうした! 銀狼の姫!」
「クラウナーにもなんか美味しいもの見繕うよ。子供の市に行こう!」
「そいつぁ名案だ! 子供の市を抜けて小聖軸、帰りは仲通を冷やかしながら戻る、でどうだ!」
「それで行こう。クラウナー、たくさん食べるよ!」
ノワーレはクラウナーの腕を掴み、ローランの隣へ進み出た。驚いたクラウナーが何か言っているが、ひとまず無視する。
一行は子供の市、と呼ばれる、歩きながら食べる菓子や軽食ばかりを扱う市へ入り込んだ。店先では雪掻きを終えた若者たちが肉包菓子を頬張り、子供たちが雪玉を転がして遊びながら甘乳茶と揚砂糖をぱくついている。子供を叱る親の声と、小道を走り回る子供の笑い声。冷たい空気の中に漂う、温めた葡萄酒や香辛料の匂い。
「ノワーレ様! いらっしゃい!」
角の店の女将に声をかけられ、ノワーレは手を上げながら近づいた。
「こんにちわ。揚砂糖五つに温葡萄酒二つ、甘乳茶三つ、お願い」
「はあい! なんだい大所帯だね!」
「うちの新人二人とお客が二人。美味しいものを案内して回ってるんだ」
「それはいいね! ほら! お嬢さんもお坊ちゃんもよぅくごらん! 揚げたてをあげようね!」
女将は丸めた生地をどんどん鍋に放り込み、ニーナとクラウナーは二人して鍋の中で膨らんでいく生地に見入った。生地は黄金色に膨らんで、女将が見事なトングさばきで取り出し隣の砂糖の器へ放り込む。砂糖をまぶされたそれは瞬く間に紙に包まれて、二人の前へ差し出された。
「はい! お待ちどう!」
クラウナーとニーナは、それぞれ礼を言いながら受け取った。「ほら、すぐ食べなさい!」とローランがけしかけ、二人は恐る恐る頬張る。
「おいしい!」
まず声を上げたのはニーナだった。
「甘い」
クラウナーが戸惑ったように呟き、すぐにまたかぶりつく。
「美味しいだろ? ほら、喉を詰まらせるんじゃないよ」
女将は二人に素焼きのカップ入りの甘乳茶を差し出し、二人は素直にそれを飲んだ。カップから口を離し、二人同時にほう、と、息をつく。
ノワーレは二人のそっくりな様子に笑いを噛み殺しながら、自身も揚砂糖にかぶりついた。ついでに温葡萄酒を受け取って喉を潤す。街中では、子供は香辛料を入れた甘い茶で、大人は薄めの酒で体を温めるのが慣いだ。女将と顔見知りのローランとカジャカはそれぞれ砂糖多めとかお茶ぬるめとか注文をつけ、女将が笑いながら従う。
「さっき向こうで串焼きも出してたよ。 もうそろそろ焼き上がる頃合いじゃないかい」
女将が道向こうを指しながら言い、ローランが「そりゃあ、ぜひとも行かなきゃだな」と揚砂糖を飲み込んだ。
「よし! どんどん食うぞ!」
ローランが威勢よく宣言し、カジャカが何度も頷く。どうやらお腹が空いているらしい。
「まだいけるね?」
ノワーレがニーナとクラウナーに問うと、二人は揚砂糖でべたべたになった指をどうしようか慌てているところだった。女将が笑いながら手拭いを貸してくれる。
一行は、本当にどんどん食べた。羊の串焼き、蜜漬けパン、肉包菓子に木の実入り飴菓子。寒空の下で白い息を吐きながら大いに食べ、薄いスープで甘みと油を流し、また別の店先へ。
ニーナは何を食べても「美味しい!」と声を上げ、クラウナーは一口目は戸惑って、しかし、必ず二口、三口、と食べ進めた。どれも気に入ったようだ。カジャカは完全にマイペースに食べ進めており、誰よりもおかわりをしている。ローランは途中から温葡萄酒をちびちびやるだけになり、ノワーレも三人の食いしん坊を後ろから見守った。
島の最北に位置する銀狼領の夕暮は早い。ノワーレは、道の先に見える小聖軸が夕陽に眩く輝いているのを見た。銀狼領の陸を守る小聖軸は街の中心にあり、広場や集会所を兼ねる。
ノワーレは小聖軸の周りに排雪の山が出来ているのを見て、近くの店で肉包焼をあるだけ買った。ニーナたちに食べさせながら、手頃な袋に放り込んでもらう。代金を払うノワーレの背後からローランが手を伸ばし、袋の中の肉包焼を一つとった。
「差し入れか?」
「うん。雪掻き終わりたちがいるだろうしね」
「それなら僕にもいい顔をさせてもらおう」
ローランは同じ店で温葡萄酒を薬缶ごと求め、一行は肉包焼を食べ食べ小聖軸へ向かう。ノワーレの見立て通り、小聖軸の周りでは、街の若衆たちがまだ排雪の整理をしていた。
「あっ! お嬢さまだ」
「ノワーレさまだ」
「あれ? お客様です?」
若衆たちがそれぞれ声を上げ、ノワーレは彼らを労いながら「うちの新人」とクラウナーとニーナを紹介した。街の民にはまだ大会合の情報は行き渡っていないため、救世主やら女神の写し身やらと仰々しい役目を出すこともない。
「これ、みんなで食べて」
ノワーレとローランが差入れを出すと、若衆たちは大いに盛り上がった。「お嬢さまから差入れだぞ!」「お客から温葡萄酒だ!」「ありがとうございます!」野太い歓声が上がり、ノワーレは苦笑する。
「ノワーレ、人気者だね」
ニーナが言い、クラウナーが眩しそうな眼差しでノワーレを見た。ノワーレは「騎士団ってだけだよ」と笑う。温葡萄酒の薬缶を渡したローランは彼らと少し談笑し、不意にノワーレを見た。
「ようし、ここはひとつ、僕が場を盛り上げてやろうじゃないか!」
ローランの目に意地悪な光が閃き、ノワーレは嫌な予感を覚える。
ローランは雪を固めた山に嘘のような身軽さでよじ登ると、右手の礎石指輪を派手な色の弦楽器へ変えて声を張った。
「皆の衆! 銀狼の姫の訪いに感謝し、共に歌おうではないか! 銀狼領の者なら知らないとは言わせないぞ、皆もよく知る、銀狼の姫騎士の英雄歌だ!」
ニーナが目を輝かせ、クラウナーが驚く横で、ノワーレは一人頭を抱えた。カジャカがノワーレを無表情で見上げ、諦めろ、というように首を振り、肉包焼を差し出してくる。
「ノワーレ! 銀狼の姫騎士って、ノワーレのことだよね?」
ニーナは今にも飛び跳ねそうな勢いで、実に楽しげにノワーレを見上げてきた。クラウナーは何も言わないが、表情には隠せぬ好奇心が滲んでいる。ノワーレは諦めて「行っておいで」と二人をローランがよく見える前方へ行かせた。自身は雪山の影にこっそり隠れる。
雪山の向こうでローランが弦を派手に掻き鳴らし、街の民が大好きな「銀狼の姫騎士の英雄歌」が合唱された。
――女神に愛されし銀狼の姫。麗し見目に猛き心、騎士団の姫はこれにあり……。
騎士とは、民の憧れだ。
海に負けぬ聖獣を従え、流氷の上を駆けて災厄獣を命懸けで討ち倒す。民の命を一身に背負い、女神より与えられし使命に身を費やす貴き戦士たち。
憧れを受け止めるのも使命のうちとはいえ、やはり、気恥ずかしい。なによりノワーレは生まれた頃から銀狼の騎士だから、民らが憧れる勇姿も戦働きも、場合によっては若気の至りによる恥ずべき突進だったりするのだ。
――銀狼の血を引く麗しき姫騎士、我らを導く貴き光……
自分は、銀狼の血を引いていない。
ローランの、民の歌声が、ノワーレの心に一滴の曇りを滲ませた。
自分は流氷の上で拾われた、得体の知れない者に過ぎない。
ノワーレ・ルーアルジャンという存在は、銀狼の姫騎士は、偽りではないのか。
偽りの姫騎士が、まったき女神の力を行使する二人を導くなど、許されるのだろうか。
ニーナとクラウナーは、民に紛れノワーレを謳った歌を楽し気に聞いている。
女神と同じ眼差しを持ち、女神の恩寵たる氷を駆使し、災厄獣との戦いを終わらせることを予言されている二人だ。
そんな二人が、何者とも知れぬノワーレを信じ、懐いている。
女神は一体何を思って、ノワーレを二人を導く者に指名したのだろう。
ニーナとクラウナーが探しにくるまで、ノワーレは雪山の影から動けなかった。
…………
mission9 完了
称号獲得
ノワーレ「偽りの姫騎士?」
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